フラン家の家紋
家紋って見てて楽しいですよね。由緒正しいところほど、色々意味があったりします。
一度そういう図鑑が欲しいとおもったのですが、高価なので諦めた記憶があります。
専門書や図鑑って高いですよね。
「わたくし、ジュリアスを褒めてあげたかったの。ずっと働き詰めでしょう? 勤勉や努力することは良いことだけれど、無理は禁物よ。たまにはゆっくり休んで頂戴」
ジュリアスの肌が色白ってことを差し引いても、顔色が悪かった気がしたの。
彼は要領が良くて、隠すのも上手で、本音を見せたがらないちょっと意地っ張りなところがある。
ね、と念押しをするとジュリアスは一瞬口をへの字に曲げ、仏頂面になったと思ったら顔を覆った。
「ですから、だから、本当に、どうやってそんな手管を覚えてくるんですか……」
蚊の泣くような声でそのように述べておりました。
意味が分からない。わたくしはただジュリアスを褒めたいと思い、褒めるべきだと思ったから伝えただけですわ。
「てくだ?」
首を傾げ、自分の手をまじまじと見つめる。
わたくしが訳が分からずてをぐっぱーぐっぱーしていると、ベッドに上っていたチャッピーとハニーも真似をする。
今までどこにいたかって? お布団の中ですとも!
ジュリアスはチャッピーとハニーが寝具の上に上がることを良く思わない。その時の虫の居所や、頻度によっては窓から投げ捨てるときもあるのです。いえ、揃って全く無傷で戻ってくるんですけどね。
わたくしは小っちゃくて可愛いので同衾大歓迎ですが、反対派のジュリアスとは常に平行線。
「てくだ……?」
なんぞそれ、とジュリアスに問いただす視線を寄越してしまった。
良くできたジュリアスは、視線一つでポンコツの真意を推し量ることのできるエリート頭脳を搭載している。
ポンコツの中身でぴよぴよなヒヨコが囀りまくっていることを気づいたのだろう、深々と溜息をついた。
幸せ逃げちゃうぞー。それともそんなにお疲れなの?
そんなお疲れジュリアスに、わたくしがぶっ倒れたというお話が伝わったとか、疲労倍増でしかない。
うーん、事業でも養子縁組の根回しでもビッグスポンサーですものね、わたくしは。いえ、ほとんどお手紙や口頭でのお願いで個人の情に訴えた感が強いですが。
特にフォルトゥナ公爵家関連なんて、お母様の面影濃いのを利用しまくっていますわ。
何故か頭を抱えているジュリアス。
労うつもりが、逆効果。やはりわたくしはポンコツ……。
次こそはもっとちゃんと褒めて労わろう。何がいけなかったのかしら? その辺は後で考えましょう。
よし、話題を変えましょう!
「あの、ジュリアスはフラン子爵として家紋はお決めになりまして?」
「いえ、特には。まだ爵位を取って数年ですし領地もないので。作るにしてもシンボルにする特産物や逸話もありませんしね」
お家の爵位格式によって、使用できる紋章の象徴が決まっています。
爵位が高ければ高い程、自由に使えるようになっています。王家の紋章に使用されるものと同じモチーフなどは特にそうですわね。
例えば盾は王族と、それに極めて近親の家系のみに使用できるモチーフです。
貴族社会には暗黙の了解やルールが多いのですわ。
「そう、ですの」
「如何しましたか?」
「その、刺繍をしておりますの。一般的に婚約者や夫にはハンカチやタイ等を贈りますでしょう?」
キシュタリアは慣れたラティッチェ公爵家のものだから割とサクッとできた。
ドミトリアス伯爵家は二本の剣だから、割とシンプルなので難しくありませんでした。
問題はフォルトゥナ公爵家、戦斧を持った獅子の横顔という初チャレンジのもの。何とか出来ましたわ。
休憩しろとアンナに言われているとき、ちまちまと読書と刺繍を交互にしていました。
ジュリアスは個人でフラン子爵という爵位を持っていますので、そちらもと思ったら紋章が分かりませんでした。
色々手を尽くしましたが、そもそもジュリアス本人が決めていないのではという根本的な問題が浮上。
「……つまり、私の持つ『フラン子爵家』の紋章を入れたいと?」
「ええ、それは貴方の努力と積み重ねの証ですもの」
形に残すべきでしょう。それなのに紋章がないのだもの。ここは本人に聞いた方が早いですわよね。
考えてもいなかったのは予想外ですが。
立ち上がりたての新興貴族にとって、家紋を考えるとは非常に名誉なことと聞きます。家のシンボルそのもので、貴族ならではですわね。誰も彼も熟慮して、選び抜いたものを作ると聞きますわ。
「子爵家ですよ?」
「ええ」
珍しく、しつこく確認しますのね。
そんなにおかしなことでもないと思うのですが……。
「……それを、四大公爵家の紋章と並べると?」
「嫌でしたら、別の物に刺して贈りますわ」
何故そんなに念押しをしますの? 嫌ですの?
確かにプロのお針子さんには劣る素人の刺繍ですが、これでも令嬢歴は長いのですからそれなりの腕ですのに。
主に刺繍したのはお父様かキシュタリアかラティお義母様宛のものですが。
そんなにダメでいけないことだったのかな、と思うと気持ちもしょぼくれてしまう。喜んでくれたらいいなと思っていたのが、逆効果だったとは。
「アルベル様、違います。嫌ではありません。嬉しく思っていますが、予想外だったので少し驚いただけです」
ホントかしら? 無理して言っていない?
「楽しみにしています。では、楽しみついでにお願いしても?」
何かしら? わたくしにできることなら。
「紋章、アルベル様が選んでいただけませんか? デザイナーに委託しても、簡単にモチーフだけ決めるのでもいいのです」
ジュリアスがいいなら、別にいいけど――ん?
「では決定ですね」
にっこりと微笑んだジュリアスは、もはや反故は受け付けないと言わんばかりだ。
「わたくし、全く途中から喋っていませんでしたが良く分かりましたわね」
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