表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/338

力と矛先

 キシュタリアに続き、ミカエリスのターン。



 広い円状の白い石畳が広がる訓練場。

 その中心にミカエリスがいた。上着を一枚脱いだ状態。腰に長剣を下げ、燃えるような赤毛を首筋で結っている。ただ立っているだけで体の均等の良さがわかるし、非常に足が長いと改めて思った。

 これはモテるだろうな、と他人事のように思った。

 私は一応モテているのか? 死亡フラグか恋愛フラグか分からない。

 ミカエリスの周囲には人を模したような簡素な人形がいる。モデルデッサンに使う木人形を大きくして、白くしたようなものだった。やや首に当たる部分を下げ、手足をだらんと降ろしている姿は妙に不気味である。

 俄かにその不気味な人形に、一瞬帯電のような輝きが纏われたと思うと、ぎこちなく動き始めた。そして、ぎちぎちと音を立ててミカエリスに近づきだした。

 いやあああ! 普通に怖いし不気味! 今頭っぽい部分がグリンって動いた!

 ハラハラしてみていると、さっそく斜め背後から迫るドール。スラリと白刃を抜いたミカエリスは一瞥することもなくそれを薙いだ。

 ずっぱりと胴体に切れ込みが入る。そして、その傷口から炎が燃え上がっている。あっけなく切り伏せられ、石畳に転がるドールはあっという間に火が燃え広がって消えてしまった。

 いつの間に炎なんてと思ったら、まっすぐな刀身にいつの間にか燃え盛る炎が纏われていた。

 熱くないのかな、怖くないのかななんて思っていたけど、全く気にするそぶりも見せずミカエリスはゆらゆらしているドールを見据えている。

ふと思ったけどキシュタリアの時もそうだったけど魔法って呪文や技名を叫ばないモノなの?

・・・・うん、私も結界作る時に特に叫んでないわ。

 先生も、言葉にすることによって発動しやすくする人と、心の中で唱えている人がいるっていっていたもの。

 魔力操作とイメージが重要で、それを放出する引き金はそれぞれ。

 私の場合、頭の中でどんな結界がいいかイメージして発動する。形、性質、強度、様々だ。雨除けなら柔らかい傘のような半円のドーム状のものもいいけど、足場にしたければ四角い大きな積み木のようなものをイメージする。

 そもそも実戦で叫んでいたら、相手に奇襲とか無理だし、ずいぶんハンデになるわよね。噛んだり噎せたりしたら失敗しそうだし。



「ジュリアス――ぬるい、もっと速く鋭いのを寄越せ」



 ちらり、と石畳に煤けた後しか残っていない場所を見たミカエリスがいう。その顔にははっきりと好戦的な笑みが浮かべてあった。

 あのドール、結構速かったけどもっと強いのとかいるの? 

 困惑する私を尻目に、ミカエリスは同時に襲い掛かってきた4体のドールをあっけなく一閃した。僅かに残る炎の軌道が、この一瞬で数度の切り付けを行ったと教えてくれる。

 ミカエリス強い・・・・知っていたけど生で見ると滅茶苦茶強い・・・

 そりゃあ何度も大会で優勝しているのだから、当然といえば当然なのですけれど――次元が違いませんか?

 あっさりとドールたちを蹴散らしたミカエリスは、周囲に再び現れ始めたドールに特に驚くわけもなく一瞥をする。

 今度のドールは木刀のようなものを携えていた。色も紫色で、先ほどのよりもグレードアップしている感が強い。びえええ、もっと不気味ですわ!

 さっきよりぎゅんぎゅん高速で回っているし、なんか手足も鋭くそぎ落とされて異形感が満載ではないでしょうか? あれで蹴られたら、うっかりスパッといきませんか?

 バレエの『白鳥の湖』で黒鳥オディールがグランフェッテ・アン・トゥールナンという連続32回転をする見せ場があります。それも真っ青な超回転です。

 しかも回転してぶつかると衝撃が上がりますよね? 大丈夫なんでしょうか。

 心配している間にも、ドールはミカエリスに肉薄していきます。

 無機質なドールが容赦なくミカエリスに一閃を繰り出しますが、あっさりそれを受けて腕を撥ね飛ばした。そして返し刃でそのまま足を切り離します。片足と片手を喪ったドールはバランスが取れず、じたばたと床でうねります。怖いです。しかしそんなドールの上に、新たなドールが邪魔だといわんばかりに飛来してきました。着地点にいたドールはばっきりと腰の部分から粉砕されてぴくりともしなくなった。ドールに仲間同士の意識なんてないのですね。

 ミカエリスに急接近したドールは、両手に当たる部分が鋭く槍のようになっている。その両手を下から顎――というか顔をめがけて突き出してきた。だが、ミカエリスはそれすらも読んでいたのか、一歩引いて顔を上にすることによってあっさり回避する。

 ドールからすれば渾身の一撃のつもりだったのか、思った通りの手ごたえ無く空振りしたそれは間抜けにもガードのない胴体をミカエリスの目の前に晒すという大失態に繋がった。当然、その隙を逃すはずもなく白刃が心臓部を貫く。炎を帯びて高熱の剣は、貫いた部分から周囲を蕩けさせ焦がした。

 そしてそのまま力尽きたドールを踏みつけて進み、槍を持ったドールの後ろから狙っていた他のドールにミカエリスから肉薄する。あっという間に距離を詰め、流れるように一撃、二撃と次々ドールたちの体に叩きこまれた。

 先ほどの槍のドールは炎上しなかったのに、その二体はあっさりと焼き払われた。炎は燃やす対象を調整できるようだ。

 ミカエリスが動くたびに、鮮やかな髪が揺れて、銀と炎の輝きが舞う。炎舞だわ、とほうとため息をついた。

 その動きは危なげなく、次々とドールを屠っていく。

 気が付けば、最後の一体のドールが焦げた残骸となって床に落ちている。

 やべえな、ミカエリス・フォン・ドミトリアス。本来のルートでは全然関わってないけど、もしも対立する羽目になったらとんでもない強敵だ。

 私の護衛には凄腕(多分)のレイヴンや、ジュリアスもいるけど純粋にタイマン勝負だったらミカエリスのほうが強いのでは・・・・?

 うん、ヒキニートだけどいい子にしていてよかった。

 ちょっと怖かったけど、ドールが結構怖かったけど、とてもすごいものを見たわ。

 あとあのドールとやらは既視感があるのよね。何だったかしら?

 

「あのドール、昔ジュリアスに読んでもらった怖い話の呪いの殺人マネキンに似ているのよね・・・・」


「ああ、幼かったお姉様が滅茶苦茶怖がって、キシュタリア様やジュリアスに同衾を求めたというあれですね」


「ジブリールがどうして知ってるの?」


「以前、キシュタリア様に口を割らせましたの!」


「アルベル、どんなに可愛く見えてもジブリールはこういう娘なんだよ。覚えておいて」


 半眼のキシュタリアが、苦々しくジブリールを見る。ジブリールはにっこりと咲き誇る様に笑みを浮かべている。実に対照的だ。


「お転婆なジブリールも可愛いと思うわ」


 可愛い妹分が多少おいたをしても、私からの親愛がなくなりはしないわ。

 がっくりと肩を落とすキシュタリアと、勝ち誇った笑みで抱き着いてくるジブリール。やっぱり対照的だわ。

 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるジブリールにちょっとふらふらしていると、後ろから支えられた。今日ってこんなのばっかりでは?


「ミカエリス! 凄かったわ! 噂に聞いてはいたのですが、あそこまで見事なものとは存じ上げませんでした!」


「アルベルにお見せしたのは初めてですからね」


「本当に素晴らしかった。炎と剣で舞っているようで、一度にあれほどの数を相手にして、あっさりと倒してしまわれるんですもの!」


 月並みの言葉しか出せない自分が恨めしいが、この感動を伝えたい。必死に言い募るのだが、逆に落ち着くように諭されてしまった。

 ミカエリスは私よりもずっと上等な美辞麗句をもって称賛されてきたのだろうけれど、拙い私の称賛を笑顔で受けてくれた。

 ふと、彼が佩いているミスリル製の剣に目が留まった。先ほどまでメラメラと炎が燃え盛っていたのに、その鞘も柄も焦げた形跡は一切ない。


「あれだけ燃えていたのに、本当に煤一つないわね」


「純度の高いミスリル銀を織り込んだ鞘ですし、柄も火龍の皮を加工した品です。

 あの程度の火力ではびくともしませんよ」


 私がしげしげと眺めていると、その剣を見やすいように目の前に差し出してくれた。

鞘には繊細な文様のものが描かれている。角度によって色味を変える銀色は不思議で見ていて飽きない。余りにみているので「剣身を見ますか?」とミカエリスが提案してくれたので首を縦に振る。もちろん見たい。

 古代の装身具や芸術作品のようでドキドキしちゃう。

 白銀の剣身はウットリするほど美しい。神聖さすら感じる剣身の輝きは、一切反りがなく真っすぐだ。

まじまじと見ていると剣身に映った自分の髪と瞳が、いつもと違って少し驚いた。そうだ、変装中だったわ。

 だがあくまで見せるだけで触るのはアウトらしい。ミカエリスって結構ジュリアスと比べれば隙があるのでは? いけないかな? と伺うものの手を近づけると素早く下げた。昔は結構顔色が変わっていたのに。さらっと流された。悔しくて唸るが、苦笑されるだけであった。

 その手に何か隙はないものかと食い下がっていると、柄の付近に添えている手がなにかを持っていることに気づいた。隠しているのかしら。


「なに持っているの?」


 気になってその手の下をこじ開けようとしたら、ミスリルの剣が落下した。

 ガッシャーンという音は、幸い石畳の上でなかったのでしなかったがその刀身は吸い込まれるように土に刺さって埋まった。これ足に落ちたら切断事件?

 で? なに持ってたのかしら?

 手をこじ開けようとする必要もなく、それは剣に括り付けられていたのか一緒に落ちていた。鮮やかな紅のくす玉と小さな魔石と組み紐で作られたアミュレット。


「あら、剣につけていたの?」


「ええ、・・・そのアルベル。知りたかったのならいきなり手の中に指を入れるのは止めた方がいいかと思います」


「隠していたようなので、教えてくれないのかと思ったわ」


 何故隠していたのかしら、と首を傾げるとミカエリスは口を噤んでしまった。

 じっとその赤い目を見つめると、さっと逸らされた。

 何か後ろめたいことでもあるのかしら? この清廉潔白・騎士道精神満載のミカエリスが? ・・・・・このくす玉ごときに? お嬢様の工作よ? 魔力を込めていい素材は使っているからアミュレットとしては効果あるけれど。


「・・・いつか、お話します」


「ならいいわ」


 落ちた剣を拾おうとすると、素早く押しとどめられてしまい結局ミカエリスが拾った。

 ちぇっ、いけると思ったんだけどな。

 恨めしそうに見る私の視線から逃れるように、ミカエリスは素早く腰に下げてしまった。もうちょっと見たかったわ。


「二人ともすごいのねえ」


 流石、学園でも成績優秀者である。

 ラティッチェ公爵邸で毎日悠々と過ごしていた私とは全然違うわ。

 家庭教師はついていたけど、お父様の選んだ人だから優秀ではあるけれどスパルタとかとは程遠い。いつものほほんと授業受けていた。以前は結構ぴしっとしてたマナーの先生とも最近は授業はそこそこでローズブランドの新商品で盛り上がっている。

 私って社交より商品開発とか商人の裏方のほうが向いているのでは?

 そういえば、二人とも凄かったけどうちのお父様も超凄いらしい。戦場で様々な偉業を成し、名を轟かせている。でも、最近おっきい争いはないらしいし前線は退いているのかしら?



「お父様とお二人、どちらがお強いのかしら?」



 私の何気ない問いかけに、二人の笑顔が完全に固まった。

 ついでにジュリアスとアンナまで固まっている。ジブリールはさっと目を逸らした。

 皆が一様に黙りこくるので、思わず首をかしげてしまう。いけないことを聞いてしまったのだろうか。


「お嬢様」


 私の困惑に気づいたのか、いつもの感情の読みにくい真顔のレイヴンが声をかけてきた。


「レイヴン・・・わたくし、いけないことを言ってしまったのかしら?」


「公爵様は、国内はおろか諸外国にすら怪物扱いされる人外魔境です。

 それにキシュタリア様とミカエリス様を並べるのは失礼かと存じます」


 ツッコミどころが多すぎて目を丸くすることしかできない。

 お父様が滅茶苦茶強いとは聞いてはいたのだけれど、この二人が組んでも無理なの?

 そんな私の疑問が顔に出ていたのか「悪魔も暗殺者も逃げる方ですから」と追い打ちをかけられた。

 お父様チート過ぎでは?

 改めてお父様がチートな存在だと思い知ったのだけれど、何故その娘はこんなにへっぽこな攻撃魔法しかできないのか。

 それは自身の資質の問題だとは言われているけれど、一度くらいは格好よく魔法を決めてみたいです。





 しかし今日は良いものを見たわ。

 残念ながらレナリア・ダチェス男爵令嬢のルートは不明のままですが、それ以上に収穫というか良いものを見ることができました。

 とりあえず、ルーカス殿下ルートとハーレムルートの狙いの線は結構濃厚かな。

 でも、現状だとキシュタリアやミカエリスの攻略はほとんど進んでなさそう。

それにしてもキシュタリアの多種多様な魔法も素晴らしかったけど、ミカエリスの魔法剣による模擬戦も素晴らしかった。

 隣の芝は青いというけれど、あそこまで歴然とした差を見せつけられるともう感動しか起きないものである。

 お父様がなにか回したのか、帰りの馬車には10人近い騎士がしっかり護衛についている。それを見ても不安そうなキシュタリアたちに見送られ、馬車に乗り込んだ。

 甲冑が随分立派なのですが、騎士の中でも階級が高い方たちでしょうか? 申し訳ないですわ。

 帰り道がてら今日の出来事を話しながらすっかりと緩んだほくほく顔をしていると、学園の馬車用の門をくぐったところで止まった。アンナが怪訝そうな顔をする。


「何かしら?」


「お嬢様、私が対応します。顔を出さないでくださいね?」


「任せるわ、アンナ」


 緊急事態には弱いのです、ヒキニートは。

 外に出たアンナが、誰かと話している。その言葉のやり取りが続くにつれて、相手が一方的にアンナを追い詰めているような雰囲気を感じた。

 なにやら恐ろしい予感がします。

 両手を思わず胸元で組んでいると、背を向けていた方の入り口が急に開いた。開けたらしいのは騎士だが、真っ先に乗り込んできたのは別の人物だ。



「おい、貴様か。レナリアを泣かせた女というのは!」



 豪奢に輝く金糸の髪に海を思わせる明るい緑の瞳――端正であるはずの顔立ちだが、鋭く目を細めているので、非常に寒々しい威圧感を感じる。

 真っ白な絹のフリルシャツに深緑のクラバットにジャケットを羽織った貴公子は、冷たい目でこちらを見ている。

 私はこの人と面識がない。でも知っている。知らないけれど、知っている。


「私の名は、ルーカス・オル・サンディス! この名を知らぬとは言わせない。

 私の愛するレナリアを傷つけた罪、その身をもって贖ってもらおう!」


 




 読んでいただきありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ

 もし「面白い」「楽しい」と思ってくださいましたら、ブックマーク、評価、ご感想を戴ければ嬉しいです。

 直球でやる気が出るので。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ