毒となるか、薬となるか
可能性に縋りたいジュリアス。
叡智の塔にヴァニアは不在だった。
叩き起こしてでも試薬品でも奪い取ってやるつもりだったのに、なぜこういう時に限っていない。
苛立ちながら待っていると、暫くしてヴァニアは戻ってきた。
その時のヴァニアは珍しくキチンとした礼服と、全く汚れも綻びのない綺麗なローブを身に付けていた。普段ぼさぼさな髪も、綺麗に整えている。
そうしていると意外とはっきりした顔立ちや、端正な風貌をしていると分かる。燐光を思わせる印象的な双眸もあって、神秘的である。
その姿に、思わず二度見するジュリアス。
「……何かあったのですか?」
「陛下へのご報告。姫様の容態とかね。元々別件もあったから~」
ラウゼス王へ拝謁していたらしい。
前々から心身の健康に憂慮があった王太女が倒れたのだから、当然と言えば当然だ。
だらしなく向かいに座ったヴァニアは、相変わらず飄々とした様子で話を促す。
「でぇ? 何の用?」
「メギル風邪の特効薬、姫殿下へ使うことはできませんか?」
「ん、できなくはないけどリスキーだね」
「何が!? これ以上の危険があると!?」
「いっとくけど、あれ使ったら暫く魔法使えないよ? 魔力の前段階の、魔素状態になる。氷と水くらい違うからぁ、魔力を練るのに非常に時間が掛かる上に、それを魔法として構築するにはさらに困難。
あのお姫様の唯一の抵抗手段がなくなるよぉ? 誘拐や夜這いされたら一発アウト」
「それなら護衛を増やせばいい。アルベル様のお加減が余程――」
「近々、ゴユランが宣戦布告してくるかもしれない。奴らがあっちの十八番の魔法具で、極大魔法をぶっ放して来たら間違いなく姫様は防衛に駆り出される。
王家の魔法具や血族魔法に拮抗できるのは、同じモノだけ。
というよりラウゼス国王以外に使えるのが姫様しかいない。ラウゼス陛下も結界魔法を使えるが、姫様に比べれば劣る。もしその状態でコッチの魔法が使用不可だったら、王都は吹っ飛んで被害は甚大。戦線が崩れれば、姫様は間違いなくあっちの捕虜として胎盤扱いだよ。死ぬほうがマシって目に遭う。
この大陸の王族は、元は一つの王家から派生したという伝承もある。姫様は外見からしてサンディス王家の系譜なのは疑いようがないからね。ゴユラン王家の残骸の相手をさせられるだろうね。まあ、稀少な血族魔法が無くても、あの美貌だと、そっちで骨肉の争いが起きそうだけど」
「だが……っ」
「ぶっちゃけ、ゴユランの状況からして絶対短期決戦で決めてくるはずだ。あそこは資源が少ないから、持久戦は無理。チマチマ国境で小競り合い起こしているのは、そうやって兵を分散させて注意を引き付けているんじゃない?」
それはジュリアスも考えていた。
ゴユランは水煙草や違法薬物――麻薬が蔓延しており、国の中枢の人間にも中毒者が多数出ている。まだ健常な人間は取り締まろうとしているが、中毒者はあの手この手で出し抜いて逃げ回っている。
その裏には死の商人の影がちらついているという。
既に、ゴユランは死の商人の傀儡かもしれない。
死の商人にしても、ゴユランにしてもグレイルという不倶戴天の天敵がいない今に攻め込みたいだろう。
アルベルティーナも危惧していた。
なんというか、アルベルティーナは箱入りポンコツなのに時々未来が見えているように確信めいたことを言うことが有る。
「で? フォルトゥナの公爵令息様はそれでも姫様にこの薬を投与する? 確かに理論上は緩和できるかもしれない。でも、ずっと投与し続けたら、何らかの副作用が出るのは時間の問題。メギル風邪優先で研究されたものだから、姫様のような容態に対して副作用は確認しきれていない。
それなら、姫様が誰かの子供を産んで魔力がそっちに移動する方がまだチャンスがある」
「魔力の移動?」
「出産で魔力低下が起こるのは割とよくあることだよ。巫覡や神子でも純血や童貞失って魔力低下パターンはあるけど、あれは喪失・減少だけだ。出産の場合は子を腹で育てている間に魔力がごっそり移動することがある。下手すると母親が無魔力になったりするけど、時間が経てばだいたい戻る。
これは運だけど、生き物の生存本能的に起こることだから薬よりリスクが少ない。
何より姫様が継嗣を生むのは、サンディスにおいて国家存続に直結する問題だしね。いずれは避けては通れない」
「今のアルベル様が出産に耐えられると思うのか?」
そんな都合よく行くものかと、ジュリアスは疑問視する。
「子供ができた時点で安定するかもよ、あの人は生粋のサンディス王族らしいお姫様だから――腹にいる子供に母体に、無意識だろうが生き物はそういう仕組みがあるもんだよ。
サンディス王家の女系は妊娠・出産による死亡率が低いからねぇ。特に王家の瞳持ちは」
確かにアルベルティーナの母クリスティーナも体が丈夫ではなかったと聞くが、それでもアルベルティーナを身籠り無事出産している。
だが、ジュリアスはニヤニヤと冷やかすように笑うヴァニアが癪に障った。
「……焚きつけているつもりか?」
「あっははぁ。バレた? 僕はねぇ、あのお姫様が存外気に入っているんだ。元老会の手に落ちて欲しくない。大事なパトロンだからね」
アルベルティーナが産んだ子供は、どうあろうと王家の名を連ねる。
経緯は問わず、極端に王家の瞳を持つ王族が少ないが故に。
ルーカスやレオルドより、子にせよ孫にせよ結界魔法や王色の瞳を引き継ぐ可能性が格段に高い。
辛うじて二人の王子達が子を設けて、彼らの緑の目を受け継いだとしても、それは王家の瞳とは認められない。王子たちの緑の瞳は、王家の色ではないのだ。
現在、サンディスにおいて王家の瞳は国王のラウゼスとアルベルティーナだけだ。
「……魔力は安定しても、アルベル様はもともとお体が強くない」
それこそ、ジュリアスにとってリスキーさを覚える。
ジュリアスだけでなく、キシュタリアやミカエリスも王配への王手をかけていない。だが、かなり良い線まで言っている。
もっともスムーズに事を進めるには、身分や功績を鑑みればミカエリスが相手として都合がいい。
逆に、現状一番アルベルティーナと近くことを成しやすいジュリアスは、最も不適合だ。
アルベルティーナの後押しでフォルトゥナの末席に入れたが、はたから見ればコネで成り上がった腰ぎんちゃくに見える。事業は順調に進んでいるが、まだ結果が出切っていない。
先見の明を持つ人間は、既に考えを改めているのもいるがまだ少数だ。大衆を納得させるに至らない。大衆を納得させてから、漸くジュリアスは頭の固い老害どもを黙らせることができる立場になれるのだ。
まだ、ジュリアスの力は貴族世界には浸透していない。
サンディス王国は歴史が古い分、価値観がゴリゴリに凝り固まった選民主義の古狸が多くいる。新興貴族が幅を利かせるには、現実的で圧倒的な力を誇示するしかない。
フォルトゥナの名があっても、日の浅い義息子の立場は当然軽んじられる。次期当主はクリフトフであるし、ジュリアスの持つ爵位は現状子爵のみだ。
フォルトゥナのバックアップをもってして、漸く候補になれた。
この養子縁組も、アルベルティーナの願いであり、保護のためだからこそガンダルフとクリフトフは頷いたのだ。
他に理由とすれば、アルベルティーナと仲良くなる方法を聞き出したいという、実に憐れで格好悪い理由である。勿論、その交渉カードは上手く使わせてもらっている。
読んでいただきありがとうございました!
先日、活動報告でもお伝えしましたが重版が決まりました! ありがとうございます!
ブクマ、評価、コメント、レビューありがとうございます!