点から線へ
ジュリアスにもついに届いた情報。
勿論彼にも激おこ案件。
夜も更け静まり返ったヴァユの離宮。その中でも一際警備が厳重な、王太女の寝室に彼はいた。天蓋の中に入り込んだジュリアスは、眠るアルベルティーナの手を握っていた。
呼吸は荒くないが、顔色は良くない。もとより色白な美貌が、青白い程だった。
原因のヴァンは今頃、饐えた空気の牢屋で蹲っているだろう。
奴の首を刎ねたところで、アルベルティーナの体調が戻るとは限らない。
「ジュリアス様」
気配もなく、背後に立ったのはレイヴンだ。
黒髪が、浅黒い肌が、黒い瞳が、その黒衣が全て闇夜と静寂に解けるようだった。
もともと気配が薄く、物音を立てない後輩だったが、その隠密としての技術は更に研ぎ澄まされていた。
最近は訓練もおろそかになりがちで、貴族として立ち回ることの増えていたジュリアス。アルベルティーナの願いを叶える布石でもあった。
あっさりと背後を取られたが、味方である以上咎めることはない。
いつに無く精彩を欠いた動きで、のろのろとレイヴンを見るジュリアス。
「なんだ。急用でないなら後にしろ」
「キシュタリア様より、ご連絡が」
手を伸ばし、緩慢に顎をしゃくり「よこせ」と促す。
レイヴンがジュリアスの手の平に乗せたのは、『オリガミ』だった。アルベルティーナがくす玉のアミュレットを作ったように、折るだけで鳥の様な造形を作っている。
(確かオリヅルだったか?)
軽くその折り鶴を見たジュリアスは、それに施された魔法に気付くと魔石のランプが置いてあるテーブルに折り鶴を置いた。
そして、丁寧に解き始める。
これは、ある一定時間以内に綺麗に折り鶴を解体し、一枚の紙に戻すことによって文書を読むことができる。強引に破こうものなら、隠蔽のために施された紙が燃え上がる。
アルベルティーナはラティッチェに居た時、せっせとくす玉以外にもいろいろ作っていた。
キシュタリアが要領の良いこともあるが、折れる種類はこれくらいだろう。ジュリアスはもう少し折れる種類が多い。
ジュリアスの鶴を解く音が、薄暗い部屋に響く。乾いた紙がすり合わされる音、衣擦れ、時折、ジュリアスの手が軽く掻く。
折り目の残る一枚の紙がそれなりに平たく広げられると、一文が浮かび上がる。
『人質は父様』
簡潔な、素っ気なさすぎるようなメッセージ。
それを目にした後、ジュリアスは血液が沸騰するような感覚に襲われた。
ふらりと御しきれない激情と頭痛に眩暈を覚える。役目を終えた紙はゆっくり端から燃え始める。煤も残すことなく、テーブルを焦がすこともなく僅かな黒塵を残して消えた。
笑い出したいような、全てを壊したくなるような衝動が腹の底から溢れ出す。
「……成程な、お嬢様を従わせるにも、苦しめるにも一番の人質だ」
殺してやる。
「可笑しいと思ったんだ。俺の忠告も聞いても、何度も無茶をしようとする。リスクがあるのに、そこまで必死になる理由が定まらなかった」
殺してやる。
「本来、どんくさいほど慎重な方なのに。御身だけでなく、キシュタリア様やラティッチェを危険に晒してまで動く理由……」
殺してやる。
「あの人が、人生を、願いを、すべてを引き換えに愛した父親を踏みにじっていたのか……!」
幸せに、と娘の幸福を希って死んだグレイル。
あの人でなしは、愛娘の前ではどこまでも献身的な父親だった。
最期の言葉はアルベルティーナにとって、生きなくてはいけないこれ以上に無い頸木だった。
もともと自分への執着が薄く、グレイルへの献身が染みついたアルベルティーナには、これ以上に無い遺言<呪い>だっただろう。
ジュリアスは自分の顔色が、表情がどれほど凶悪なものになっているのかに気付きながら制御できなかった。
その最悪過ぎる真実は、どこかでジュリアスは可能性を感じていた。
あって欲しくない、そんなことが有ってはならないと思っていた。
グレイルは死んだ。娘を守り、満足して今は安らかな眠りについている。そうでなければならない。そうであることは、アルベルティーナへの慰めになる。
それが、墓が暴かれ死体は盗まれ――挙句、あのような小物の手に落ちるという辱めを受けている。墓荒らしは一般的にも顰蹙を買うが、貴族、それも上級貴族となればとんでもない大きな屈辱となる。荒らされたほうも傷がつくが、犯人は貴賤問わず一族郎党吊し上げられても文句が言えない。
ジュリアスはめまぐるしく思考を動かすうちに、冷静さを徐々に取り戻す。この狡猾さが自分の最大の武器だ。
キシュタリアが突き止めたものを、無駄にしてはならない。
アルベルティーナの異様な行動に、すべて合点がいった。
(……今回、強引な動きがあったのはもしや人質に何かあったのか?)
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もうちょっとしたら新しい情報を出せると思いますので、しばしお待ちを!