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事件の裏話

 ヒロイン退場、アルベル誘拐事件の裏話。



 修羅場ですわ・・・修羅場ですわ!

 思わず手を握ってくれているアンナの手を、強く掴んでしまう。私の緊張が伝わったのかアンナは「お嬢様、大丈夫です。必ずお守りします」と小声で返して握り返してくれた。

ア、アンナー! ジュリアスが従僕の鑑ならアンナはメイドの鑑ですわ!

 しかし、キシュタリアがあれほど人に冷たく当たるなんて初めて見ました。基本穏やかであると思っていたのに。それに私の思い付きに振り回されても、笑って許してくれる寛大な義弟でしてよ?


「で、でもキシュタリア様にお茶会に来ていただかないと」


「行くわけがないよ。それとも、君ごときが王族の威を借りた脅しをするつもり? お生憎様だけど、それはラティッチェ公爵家には通用しないよ」


 って、えええ? それはいっていいの、キシュタリア? サンディス王家は、お父様の心象がどうあれ王家である以上一定の敬意を払った方がいいのではないでしょうか?

 確かに過去に王族主催の場で私は誘拐された挙句にそのとき傷が残り、幼くして傷物令嬢に。王家は大失態と大きな借りをラティッチェ家に作ることとなりました。

 お父様は確かにこの国の重鎮でいらっしゃいますわ。ですが、そこまで蔑ろにしていいのですか!? キシュタリアはあくまで子息です・・・・

 私も王族嫌いだけど。だって、アルベルティーナって王族に関わると破滅ルート一直線だし。

 一人でアワアワしていると「大丈夫、この件に関しては陛下と公爵で話は済んでいる」とミカエリスがそっと耳打ちした。にぎゃああああ! やめて、その低音ボイスは背筋がぞくぞくするから! あの人気声優さんの生ボイスと同じ・・・ぴゃー! 流れ弾にあたったアンナがぶるぶるしてる!

 お父様・・・陛下を脅したりしていませんよね? ちゃんとお話し合いですよね? 娘はお父様が心配でなりません・・・


「話はそれだけ? じゃあどこかに消えてよ」


 背中からすら感じる気迫。青白い怒りの炎が見えている気がするキシュタリア。

 あんな怖い義弟を初めてみたお姉様は足が生まれたての子鹿のようになってしまいそうです。

 あの威圧を正面から受けた令嬢はよくもああ食い下がれるものである。私だったら一睨みで委縮して泣き出してしまいそう。

 最近の令嬢は精神的にガッツが必要なの? 社交界って怖いですわ。いえ、学園生活?

 こちらを振り返ったキシュタリアは、先ほどの永久凍土を思わせる冷気を綺麗に霧散させていた。少し眉を下げ、その整った顔に甘い笑みを浮かべる。ふわりと周囲に白薔薇でも咲き誇りそうな華やか慈しみの溢れる笑み。

 いつものキシュタリアだわ、と肩の力が抜けた。

 だが、後ろで絶叫が上がった。嬌声なんて生易しいものではない。咆哮のような大声だった。そしてどさどさと重量のある物が落ちるような音。

 見慣れない人間にはメンタルへの殺傷力抜群。その微笑爆弾といえる流れ弾に当たったらしい後ろの令嬢どころか令息までバッタバッタと倒れる気配がした。

 その声や音に驚いて、びっくりした猫のように目を見開いて緊張した。

前には相変わらずキラキラ笑みのキシュタリア。

とても素敵な笑顔だけど、何か魔法でも使ったの?


「あ、あのうキシュタリア。先ほどの方は? ずいぶん、その、風変わりな方のようでしたけれど」


「知る必要もないし、見る必要もないよ。さあ行こうか」


 にこっと完璧すぎる笑みは、はっきりと彼女を拒絶して、私から遠ざけたいという意図を感じた。あああ、先ほどの素敵な笑みが変わってしまったわー!

 あれ? これ何度かこのパターンあったような?


「あ、もしやダチェス男爵令嬢ですか?」


「なんで普段はぽやぽやなのにそれに気づくかな?」


 そんな嫌そうな、苦々しい顔をしないでくださいましー! 眉間にしわが寄っていましてよ? 指先を眉間におくと、キシュタリアがきょとんとした。ぐりぐりとなくなれなくなれーと皺を指で解すと、苦笑に変わったキシュタリア。

 もう、何故そんなに拒絶することとなったのでしょうか。貴方のルートでしたらレナリア令嬢は心の孤独と傷を癒してくれる存在となっていたはず。

 義父、義姉に実母を虐め抜かれ、自殺に追いやられ――ていないですわね。私、お母様と仲良しですけど。ローズブランドのお揃いの小物とか持っていますわ。

 当然当主やその娘が冷遇するので、使用人たちも冷たく――ないですね。他所のお宅はどうなのかは解りませんが、蔑ろにしてないと思いますの。むしろお父様を除けば、ラティお母様が一番厳しいような? ラティお母様は私を大変かわいがってくださるのに、最近はキシュタリアに手厳しい気がするの。

 あれ?

 キシュタリア攻略するための重要部分が台無し??

 一番バチバチに虐めをしていた義姉は見ての通りポンコツヒキニートで、キシュタリアが心配するレベルのスーパー箱入り結界育ち。たまに幼女扱い。

 これじゃあ攻略するにも前提条件が違い過ぎて、ゲーム知識使って攻略とか無理ですね。

 昔から健気にも「僕が守るからね」といって私の手を引いてくれた義弟である。

 母猫が子猫を守るがごとく、過保護だ。もう一人の過保護、ジュリアスが自分はいられない時に私の預け先候補筆頭にするくらいのフォロー力を持っている。

 ん? 恋愛じゃなくてブラフじゃなくて幼女や要介護認定されている?


「お嬢様、教育に悪いものはさっさとお忘れください」


「ほら、ジュリアスもこう言っているし忘れようね?」


 やっぱりお子様扱いですわー!

 私がむくれていると分かっていて、サクサクと移動を再開しようとするみんな。

 ふと、立ち去った場所にまだ人がいたのに気づく。俯いて表情は解らないけれど濃い栗色の髪や服装はやはりあのキャラデザインに似ていた。


「見てはダメだ」


 ミカエリスにまでそういわれ、なんだかもやもやとした気持ちを残したままその場を後にした。

 結局ルート分からないでござるううう!





「じゃあまず、基本ね」


 基本、といって周囲に水の球を作り出してふわふわと浮かせるキシュタリア。

 それをゆっくり私の方へと近づけた。

 ツンツンと思わず触ると、ふるんと揺れた。感触はやっぱり普通の水。それが無数に浮いて囲ってくる姿は不思議だ。陽の光を受けてキラキラ輝いている。

 思わずそれを見上げて笑みが浮かんできた。


「すごいわ!」


 手を叩いてはしゃいでいると、水を魚の形や鳥の形にして周囲に遊泳させる。

 まさにファンタジーだわ! と内心喝采を上げて喜んでいると、唐突に水がはじけて消えた。思わず首をかしげてキシュタリアを見ると、笑みを返された。

 それと同時に地面が揺れる――否、私のいた場所だけが揺れていた。

 思わずアンナと手を取り合ってしまったが、二人纏めて盛り上がった土に乗せ上げられた。それは大きな手となり、やがて手の平、腕、肩、頭、胴体と巨体が出てきた。

 私とアンナを手の平に納めてしまうサイズである。唐突に視界が高くなり、呆然とする。

 土人形の手は、私たちが落ちない様に緩やかに丸籠のようになっている為よほどのことがないと落ちない。


「え? ええ?」


 気がつけば校舎を見下ろせるサイズだ。周囲を軽く一望して、その景色に息をのんだ。頬や髪を風が撫でる。遠くまで広がる景色は確かにゲームのオープニングで見た学び舎である。

そしてその景色を堪能しきる前にあっさりと地面に降ろされる。あっという間であった。

 降ろされた先でキシュタリアが手を伸ばしてくれていたので、それにつかまった。

 ふわりと風が巻き起こってスカートが膨らむ。思わず抑えるとふんわりと地面に降ろされた。


「す、すごいわー! 何!? ゴーレム? 土がいっぱい集まって人型になったわ!?」


「怖くなかった?」


「ええ、びっくりしたけど! 今のは風!? 凄いわ、キシュタリア!」


 はしゃぎだす私に、安心したような表情のキシュタリア。何をそんなに気にしているのかしら?

 あ、でもアンナは高いのが怖かったのか足がぷるぷるの生まれたての子鹿のようになっているわ。這うようにして、地面に戻りかけている土人形の残骸から逃げている。

 私は暗いところと狭いところは嫌いだけど、高くて広い見晴らしのいいところなら好きな様子。そういえば、ラティッチェ邸ではあまり見晴らしのいい場所がなかったかも。私の行動範囲になかっただけ?


「こんなにすごいなら、一度くらい家でも見せてほしかったわ」


「ごめんね、アルベル」


「理由があるのね?」


「君は誘拐されたことがあるよね? その記憶はほとんど覚えていないけど、恐怖心はしっかり残っている」


 いまだに暗い場所と、狭い場所が苦手なのはその弊害だ。

 箱に縛られてしまわれていた私を救い出してくれたのはお父様。

 だけれど、いまだに尾を引いてトラウマを残している。最近はジュリアスやお父様に縋り付いて半狂乱で泣いてはいないわ。

 傍付きのメイドや従僕が、私の環境に気を配ってくれているからこそだけれど。


「他にも何が引き金になるかは分からない。でも、わかっている範囲でもそれと対峙したアルベルの怯えようは尋常じゃない」


「魔法もそうかもしれないということ?」


「お義父様曰く、君の誘拐には魔法の痕跡があったそうだから」


 そりゃあ、色々な護衛や監視を出し抜くのに魔法なんて便利過ぎる能力を使わない人はあまりいないだろう。出し抜くためとか敢えて使わない、とかはあるかもしれない。

 確かに、私の暗闇恐怖症や閉所恐怖症は日々の使用人たちがとても気を使ってくれているので、それほど頻繁に出るものではない。

 以前、ドーラがいたときはしょっちゅう泣き喚いて迷惑をかけたわ。


「アルベルの魔法特性は稀少性の高いものだし、暴発しても危険性が低いものだ。

 講師も一流を雇っていたし――ただ、僕の魔力は一般よりも群を抜いて強いし暴発すれば周囲に被害が及ぶ可能性は高かった。僕の扱える四属性は、いずれかの属性を大半が有しているしね・・・」


「お父様がお許しにならないわね」


「僕だって、完璧にコントロールできるまでアルベルの傍で使うのは怖かったよ。

 結果的に避けて目を盗むように習うしかなかったけどね」


 アルベルに褒められたら、調子に乗ってしまいそうだし――と苦笑を浮かべるキシュタリア。

 それにもし私に傷の一つでもついたら、お父様はキシュタリアを不良品とみなして排除しかねない。そんなことで私も義弟をなくすなんて嫌だ。

 そういうところでも、守られていたんだ。私は。

 傷つかない様に、怖がらせない様に、悲しませない様に。

 今回の魔法の件は杞憂に終わったけれど、おそらくジブリールが私に見せてくれた小さな火はかなり勇気のいる行為だったのかもしれない。

 ジブリールだって優秀なはずだし、やろうと思えばもっと派手なことだってできたはずだ。あの火は、最大限の気づかいだったのだろう。


「ごめんね、黙っていて。でも、そろそろいい頃合いだし、可能性も低そうだからって結論になった。最近になって許しが出たんだ」


「そうなのね・・・ありがとう」


 ぎゅうっと優しい義弟を抱きしめてしまいたい衝動に駆られるが、キシュタリアは私と同じ好意ではないかもしれないのだ。

 精一杯笑みを浮かべ、感謝を込めて手を握ってお礼を言った。

 本当に私は恵まれている。下を向くと涙が流れてしまいそうで、顔を上げていた。



「さあ! 次はお兄様の番ですわ!!!」



 ちょっとしんみりした中、鼻息荒くジブリールがやってきた。

 そういえばキシュタリアが火の魔法だけ使わなかったのは、ミカエリスの為?

 私の腰にするりと華奢な腕が回る。後ろから抱きしめられるけど、大して体格の変わらないジブリールだとなんだか寄り掛かるのは不安ね。だけどぎゅうぎゅうされると足がふらつく。踏ん張れ! アルベル! ヒキニートの底力を見せるのよ!


「お兄様は魔法剣が得意ですのよ! この前、剣術大会の褒賞にミスリル銀でできた剣を賜りましたの! ミスリルは抗魔も高く、魔力伝導率が高くて、非常に丈夫な素材! 剣士垂涎の品ですのよ!!」


「・・・・ジブリール、僕はアルベルと話していたんだけどな?」


 ふらふらしていたのがバレていたのか、キシュタリア側に引っ張られあっさりそちらに体が傾いた。ぽすんと優しく抱き留められる。ふいー、ジブリールごと倒れなくてよかったでござるー。


「あら、嫌だ。うふふ、いくら義理とは言え弟ですのよ? いつまでも叶わない想いに身を焦がすのはおやめになったら? 最近わたくしまでに嫉妬するようになって!」


「ジブリール! 前から思っていたけど、君はアルベルに触りすぎじゃないか!?」


「同性特権ですわー! おーっほっほっほほ!!!

 やれるものならやってみるのね! 今まで築き上げたものが一瞬にして瓦礫と化しましてよ!!!!」


 細い腰に手をやり、慎ましい胸を張り、頬に手を添えて高らかに笑うジブリール。

 とても生き生きとしている。なんだかとても絶好調ね。それに喧嘩するほど仲がいいというのかしら、ジブリールとキシュタリアは随分あけすけにものを言いあうのね。

 でもなんだかちょっと険悪な気も? 気のせいよね?


「また始まりましたか・・・」


 呆れたようにジュリアスがいう。いつものことなの?

 ミカエリスも何とも言えない顔で言いあう二人を見ている。


「あれは長くなりそうだな・・・・アルベル、よかったらこちらで私の魔法をみますか?」


「お願いしますわ。先ほどジブリールのいっていた、魔法剣というものを見てみたいです」


「なら、ドールを使った模擬戦をしてみますか?」


「ドール?」


「標的を模した簡素な人形です。主に演練や模擬戦や実技試験で使われますね。単調ですが動きますので、かなり見応えがあるかと」


「見たいですわ!」


 実際に人と模擬戦を行うのを見るのは少し怖いけど人形なら大丈夫そう。はしゃぐ私に赤い瞳が柔らかに細められる。

 ジュリアスも「では準備をしてきますね」とまだしりもちをついていたアンナを立たせると、すたすたとどこかへ歩いて行った。

 目を輝かせてワクワクする私にちょっとだけ困ったような感じだったけど、気のせいですわ! ええ気のせいですわ!!

 ミカエリスの演舞? 剣舞ですか? あのイベント(に近いもの)が見れますわー!

 浮かれている私の後ろで、アンナが心配そうに見ていた――わたくしが喜んでいるのは良いことだけれど、興奮しすぎて疲れて倒れてしまわないかずっと気にしていたのだ。



 ・・・・・・・・わたくし、やはり要介護認定?




 読んでいただきありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ

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