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ラティッチェの日常 書籍化記念SSその4

ラティッチェの平和な日常。






「あら?」


 アルベルティーナがきょとんとして周囲を見渡す。それに気づき、アンナも気にするが何もない。いつも通り、落ち着いているが豪奢で品の良い調度品や壁紙や絨毯が目に入るだけだ。

 一拍遅れたように屋敷がズシンと揺れた。

 はっとしたアンナが、すぐさまアルベルティーナに駆け寄り抱きしめる。それは、危険を感じた故の咄嗟の行動だった。

 アルベルティーナはきょとんと、手にマカロンを持ったまま止まっている。それは、新作フレーバーの試作品である。アルベルティーナに合格を貰わねば、ローズ商会の商品としては合格とは言えない。お茶の時間ではないので、皿の上に乗った数は少ない。

 アルベルティーナはアンナに抱きしめられたままじっとしている。アンナもじっとしていた。

 しかし、それ以降特に音も揺れもなく静かなものだった。

 アンナは暫くアルベルティーナを抱きしめたまま、来るかもしれない痛みや恐怖に身をこわばらせていたが、そっと目を開いて周囲を見渡す。


「何も、無いようですね」


「あちらの方から音がしたようだけど……庭の方ね」


 そういって、アルベルティーナが指さした方向をアンナも見てみるが、何も怪しい点はない。

 アルベルティーナを椅子に座らせたまま、アンナはそろそろと指さされた方向にある窓に近づいていく。

 目に入ったのは、茶色だった。本来ラティッチェの庭師が丹精込めて育てた芝生と花壇があるはずの場所は大地が抉れて地面を晒していた。

 庭師が見たら膝を付いて嘆くような有様である。

 地面と芝生の境に、何か転がっている。

 キシュタリアだった。

 全てに合点がいった。

 ラティッチェ公爵の気まぐれの拷問――ではなく訓練だろう。

 ラティッチェの紋章は双頭の黒鷲、そして錫杖と剣である。剣と魔法、知恵と力を示している。文武両道を掲げるラティッチェの次期当主としてキシュタリアは厳しく鍛えられている。

 同じ年のアルベルティーナはのほほんとしているが、あの恐ろしい魔王の機嫌をどんな状況下でも回復させられるという唯一無二の存在なので例外だ。

 そもそも、現当主のグレイルがアルベルティーナを嫁がせる気も、婿を取らせる気もない。事あるごとに「私の天使」と常日頃から、手の中で大事に大事に可愛がっているのだ。

 ずっと動かないキシュタリアに不安を覚えるアンナだが、セバスがキシュタリアを抱えてどこかへ連れて行く。それをグレイルは見送っていた。

 どうやら、キシュタリアは耐えきれず昏倒してしまっていたらしい。

 ふと、グレイルがこちらを振り返った――かなり遠いし、レースのカーテンの隙間から覗いているので見えはしない――はずなのに目が合った気がした。

 アンナは思わず、さっと頭を下げる。もはや染みついた条件反射に近い。


「アンナ、どうしたの?」


 隣からひょいとアルベルティーナが顔を出し、グレイルに気付くと「お父様」と嬉しそうにこぼした。

 緑の瞳を輝かせ、眩いばかりの美貌が綻ぶ。花も恥じらうような笑みである。

 そして窓に張り付くと手を振る。そして、それにグレイルはすぐに振り返した。


「あら? お庭の芝生がめくれているわね。お父様ったらやんちゃなんだから」


 それは「可愛い」と言わんばかりの声音だが「それは貴方の義弟も巻き込んで削った跡です」なんてアンナは言えない。

 セバスの様子からして、それほど酷い怪我ではないはずだ。悪戯にアルベルティーナの心を乱すのは、アンナの望まないところである。

 大好きな人に対しては痘痕も笑窪になりがちなアルベルティーナは、時々魔王属性をうっかり露呈してしまうグレイルに対しても大らかだった。

 たまにびっくりして引いてしまっても大抵が「お父様ったら」と微笑んで流してしまう。とても繊細なのに、時々とんでもなくズボラを通り越した大物感を出してくる。

 ふと、何かに気付いたアルベルティーナがぺたっとガラス窓に額をくっつける。


「あ! お父様ったら、花壇まで巻き込んでいますわ! もうっ!」


 珍しくアルベルティーナはぷんぷんしている。

 憤っていても可愛いだけなのだが、いつものように笑って流してしまわないのは珍しい。 

 何かあるのかと思ったが、アンナには少し背の高めの紫の花が植わっている事しか見えなかった。




 午後のお茶で、ぴっと小指を前に出したアルベルティーナがグレイルに詰め寄る。

 心なし目が虚ろなキシュタリアと、それを苦笑して見るラティーヌ。魔王の気まぐれ地獄授業が起きた後は、割と珍しくない光景だ。


「お父様、お庭や花壇を壊すのはお控えくださいまし」


「すまないね、アルベル。少し手加減に失敗してしまったようだ。次からは気を付けるよ」


 元老会に入れ歯が飛ぶ勢いで怒られようが、国王に窘められようが、その他大臣や他の貴族に突き上げられようが涼しい顔をしているグレイル。そのグレイルが大人しく謝罪した上に、アルベルティーナの小指に自分の小指を絡ませる。


「指きりです! 次は、メッですわよ?」


 ユビキリというのは、指を絡めて離して約束をすることだ。

 ラティーヌはそんな約束の仕方を知らない。どこでそんなことを覚えてきたか謎だが、下手な契約書より、娘の口約束の方がグレイルには効くので黙っている。


「あそこには何か育てていたのかい?」


「ラベンダーですわ! サシェにすればとても良い香りですし、長持ちしますもの。重たいものでもないので、遠征――えーえーえーと」


 極度のお外嫌い、人見知りを拗らせたヒキニート令嬢のアルベルティーナは屋敷の敷地から滅多に出ない。

 出たとしても、馬車の外へは一層でない。

 そんなアルベルティーナが遠征などに行くはずもない。

 限りなく視線を蛇行運転させたアルベルティーナが、もごもごと口籠る。

 遠征など、軍事演習や領地や地方の魔物や野盗の討伐に出るグレイルしか行かない。


「お、お父様が次の遠征に行かれるのならば、少しでも良いお休みが取れるようにと思ったのです。やはり、お屋敷の寝具程整った環境ではないでしょう? ちょっとでも、安らぎになる物があればと……」


 アルベルティーナは観念した。隠し事や嘘の下手な彼女は、時々勢い余ってぽろっと秘密をばらしてしまう。

 アルベルティーナの秘密は可愛らしいものなので問題はないし、寧ろ、グレイルを喜ばせることが多い。

 予想外に暴露することとなり、真っ赤になったアルベルティーナは落ち着きがない。


「その、まだ素材を育てている途中でして……時間が掛かってしまいますの。出来たら、受け取ってくださいますか?」


「勿論だよ、私の可愛い天使」


 当然のごとく、娘に超絶甘いグレイルは即答した。

 乾燥ハーブやドライフラワーでなく、干した藁が入っていても喜びそうなグレイルである。

 アルベルティーナは身近な人に色々とプレゼントを考え、贈ることが好きである。

 正直、アルベルティーナとの約束や贈り物によって、グレイルの機嫌は激しく上下することが多い。これで暫く機嫌がいいはずだ。

 噂に聞いたが、遠征中は長期に愛娘と引き離されるため機嫌は地を這って穿っていくスタイルだそうだ。

 ご機嫌斜めが最高潮に達した際は、セバスや副官がアルベルティーナに一筆手紙を書いてもらうためにラティッチェの屋敷に訪れたことすらある。

 上機嫌のグレイルに、はにかんだアルベルティーナ。微笑ましい父娘の光景。


(平和ね)


 もっもっと隣で自分を慰めるようにマカロンを口に運ぶ息子の頭を撫でながら、ラティーヌはカップを傾ける。

 アルベルティーナが縫っているサシェ用の袋は一つではない。リボンもローズピンクやクリムゾンレッド、モーブにチョコレート、青もアクアブルーだけでも複数本あった――つまり、そういうことである。


(私が一番に、最初に貰ったことは黙っておきましょう)


 こっそり寝具のすぐそばのチェストに、箱ごと大事にとってある贈り物を思い出すラティーヌ。社交場でどんな陰険な嫌味を言われても、あれに触れれば怒りも悔しさも溶けて消える。

 義娘はパパっ子だが、ラティーヌにもとても懐いているのだ。

 世の中には実の親子でもいがみ合うというのに、後妻にしてはあり得ないほど恵まれているとラティーヌはしみじみ感じるのだった。







読んでいただきありがとうございました。


魔王パパンは虐めているつもりはないけれど、糞チート戦力なのでちょっと手加減を誤ると事故る。

でもキシュタリアは実力派のグレイルが肝入りで育てているので、原作より滅茶苦茶強いです。ミカエリスとジュリアスもゲーム設定より強いですが、一番伸びが変わっているのはキシュタリア。逆に一番戦闘能力がポンコツになったのはアルベルティーナ。攻撃に置いてはミソッカス。


そろそろ本編に戻ります。


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