もしかして幼女枠
ついにヒロイン登場。ほぼ声だけですが。
世知辛さにめそめそしていると、キシュタリアはしょうがないという顔をしながらもせっせと私の前に一口サイズのチョコレートを並べていく。白い皿に並ぶのは、どれもつややかなチョコレート。形は違ってもどれもローズブランドである。形そのものがローズブランドのロゴだったり、ロゴが絵や文字で刻まれていたり、真ん中にロゴが金箔で描かれていたりと様々だ。
どれも私の好きなものばかり。ミルクチョコレートや、オレンジピール入り、生チョコトリュフ、クルミ入りのもある。
お子様扱いか。こんなもので懐柔されてたまるかと思いながらも、一つつまんで口の中で転がすと芳醇なカカオの香りが広がり、ジワリと甘さとほろ苦さが絶妙なハーモニーを奏でる。思わずくしゃりと顔に笑みを浮かべて「美味しい」といってしまった。
うう・・・負けましたわ。大変結構なお味です。美味しゅうございます。
ローズブランドのチョコレートは私が全力で監修したものの一つ。
この世界にチョコレートがなかったの。カカオは見つけたけどカカオマスにしてからのチョコレートという形になった後が大変。私の求める滑らかな舌触りとあの独特の香り、そして甘さと苦みのバランスがなかなかに難しい。カカオ濃度を濃くするととても香りがよくなるのだけれど、苦くてぼそぼそしやすいのよね。
さすがラティッチェ家お抱えシェフたちを何度も悩ませた魅惑のチョコレート。
甘いのもいいですけれど、しょっぱいのもいいですよね。クラッカーとか。ジャムを乗せるのもいいですけれど、クリームチーズやハムを乗せて軽食クラッカーも良いと思いますの。ブルジョワの代名詞のキャビアとかは、この世界にあるのかしら? 確かチョウザメの卵ですよね。そもそもこの世界にチョウザメっているの?
お父様なんてキャビアクラッカーに赤ワインとか似合いそう。大人の魅力ですわ。
というより、この世界って本当にお菓子の種類が少なすぎませんか? 所詮は恋愛メインの乙女ゲームということですか! それ以外は添え物ですか! この世界を生きている人間としては全力で抗議させていただきます。
さっきケーキとマカロンも食べてしまったし、今日は食べ過ぎじゃないかしら?
でもなんだか疲れて、甘いものが美味しくて恋しくて仕方ないのです。
やはり学園に来たことはとても緊張して疲れてしまったのでしょうか。
いつもの面々に囲まれていると、なんだか気分も落ち着いてきます。
あれもどうぞこれもどうぞ、と周りから勧められて私の前のお菓子の山が築かれる。
あれ? 私ってやっぱり幼女枠? このけしからんほどの妖艶なボディラインをもってしても幼女枠?
大変解せない。でもとても美味しいので食べる。もぐもぐ・・・・口の中から幸せが溢れます。
「それで、お嬢様がコソコソとジブリール様に会いに来た理由は?」
「え? 新商品開発?」
「あれは半分くらい思い付きでしたでしょう。本当の理由は?」
ヒロインのルートを調べにきました、なんていって通じるわけがない。
しかし、ジュリアスの追及から逃れられる気がしない。
下手に嘘なんてついてもすぐにばれるし、どうしたらいいのかしら?
「ちょっとみんなの通う学園というものに興味があったの。
色々な人がいると聞いていたし、どんなものなのかしらと・・・」
嘘じゃないわ。なんか最近はとてもヒロインが色々と浮名を流していると聞きましたし。
乙女ゲーム上の学園は知っているけどリアルな学園は知らないから。
とりあえず、ヒロインことレナリア・ダチェス男爵令嬢のお顔はちょっと見てみたいわ。キャラデザでは素朴な清楚さと可憐さ持ち合わせた美少女的な感じでした。
少なくともキシュタリアやミカエリスを見るあたり、メインキャラクターの外見はさほど乖離していないはず。ですけど、ジブリールは劇的ビフォーアフターです。主に私のせいですが、一切後悔していませんとも。
「あまたの貴族のご令息どころか王子たちの心を攫ったという、噂のご令嬢をちょっと見てみたいと思いましたの!」
「ダメです」
「却下」
「おやめください」
「お姉様、あのようなお目汚しを態々視界に入れるなんて・・・・」
誰も彼も辛辣が過ぎるというものではないでしょうか?
あの、レナリア嬢はヒロインさんなんですよね? あの愛され小動物系ヒロインという奴ですよね? 皆さんの顔が一気に険しくなったのですが・・・・
あれー? おかしいですわー??
「ほんのちょっとだけですわ!」
「嫌です。あんな売女! アルベル様が汚れます!」
そ、そこまで断言しますか!? あの完璧使用人ジュリアスが、はっきり顔をゆがめて汚い言葉を使って全力で拒否してきましたわ・・・・
しかも、嫌だなんて。あのスーパー従僕が感情を押し出しての拒絶なんて。余程のことがあるのかしら?
そもそも私はそんなお綺麗な存在じゃなくてよ? 煩悩と俗世と願望にまみれてましてよ?
「ねえ、キシュタリア」
「却下」
「別にお話はしなくていいの。遠くからでも構わないわ。ねえ、どうしてもだめですか?」
「普通の令嬢ならともかく、奴はダメだよ」
かぶせ気味で断られました。なぜ! さっきまで甘々に私を甘やかすモードで、チョコレート並みにデロ甘だったキシュタリアがすっかりお小言モードに。
お父様すら陥落する両手を組んでおねだりポーズも駄目でした。ほんの少しだけ、キシュタリアの視線は泳ぎましたがそれだけでした。
ちっ、所詮ガワが良くても悪役令嬢が可愛い子ぶってもその程度ということですか。拗ねてませんわ。ええ、拗ねてませんとも。
「先に言いますが、私も反対です。彼女の言動は目に余ります」
「ミカエリス・・・貴方まで」
「恐れ多くも貴女に危害を加えようとする愚か者など、言語道断です」
「そんな・・・・」
何故ヘイトがそんなに集中しているのですか? この中では比較的温和で紳士のはずのミカエリスすら、取りつく島がないなんて!
ジブリールはちらりと表情を見たけど、全力で「イヤ!!」という顔をしていた。
「そんなに見たいとおっしゃるのでしたら当身でも食らわせ、猿轡を噛ませてロープで全身巻いて持ってきますわ」
「それは誘拐ではなくて?」
「用が済んだら保健室のベッドにでも転がしますわ。問題にはさせません」
ジブリールが過激な発言を・・・・そんなことをして、王子たちに気づかれたらジブリールが顰蹙を買ってしまう。そんな危険なことさせられませんわ。
レイヴンもずいぶんと嫌がっていたし、そんなにレナリア嬢は素行が悪いのですか?
でもそんなルートあったかしら? アルベルティーナが学園にいたなら、悪い噂なんて流したい放題ですけれど、私は現在進行形で全く面識ないですし。
今のヒロインはジブリール越しのお話だとハーレムルート狙いの感じもあります。
ですが攻略対象のキシュタリアやミカエリスの好感度はやっぱりお世辞にも高くなさそう。
そうなると、一番好感度の高い攻略対象のルートに進むと思われます。
王子たちがお気に入りと聞きましたけれど、本命はどちらなのでしょうか。
それによっていろいろ準備に必要なものが変わってきますもの。
その一つであるメギル風邪のお薬は魔力を一時的とはいえ減退させるもの、余りにかき集めては不審がられますわよね。何企んでいるって。
そもそも、あれって作れないのかしら? 攻略対象のカインやフィンドール当たりなら、本人もしくは伝手でなんとかなりそうだけれど彼らはレナリア嬢に現状オトされている可能性が高い。
下手に近づくより、やはり遠くからでもルートの確定ができれば・・・
ルートごとにある確定イベントの発生を確認できれば一番なのですけれど、大体の時期は解ってもジャストタイムまでは不明ですもの。
残念です・・・無念ですわ・・・
「みなさんが、そこまでおっしゃるなら諦めますわ・・・・」
この監視の目をすり抜けて、彼女を見に行ける気はしない。
むしろ、神懸かりの偶然が重なって一人で出歩けたとしても、私はこの学園の広大な敷地内で迷子になって息も絶え絶えになるのが容易に想像できます。
しょんぼりとした私に皆が複雑な表情を浮かべながらも、安堵のため息をつきます。
私が本家アルベルでしたら、きっと逆だったんでしょうね。むしろレナリア嬢が傷つけられないかやきもきしていたことでしょう。
「そ、そうですわ! お姉様! 魔法! お兄様とキシュタリア様の魔法をご覧になっては如何?
先ほど気になるとおっしゃっていましたよね? 訓練場を借りて、少し見ていってはどうでしょうか?」
あまりに消沈している私に、周囲が慌て始める。
ジブリールが出した魔法、という言葉につい興味が疼いてしまう。
「アルベル、僕の魔法が気になるの? 怖くない? 大丈夫?」
「私の使うものは火炎系だけですし、かなり攻撃型ですが」
「見たいです!」
即答しました、ええしますとも! だって私の使う魔法は基本凄く地味!
結界という薄い魔力の膜のようなもので対象を囲うというもの! ちょっと応用すると、その結界を踏み台にして脚立いらずに! 図書室で本を選ぶときや探すときにとても便利ですのよ! 空間把握能力や、魔力の物質化という高度な魔法の一つらしいですが・・・
本は貴重品ですけれど、お父様はたくさんの書物を持っています。最初は書斎だったそうですが目ぼしいものを見つけるたびに買い付けて増え続けて入りきらなくなり、クリスお母様があまり体も強くない方であったため刺繍以外に読書も嗜んでいらしたということもあり、ラティッチェ公爵家の蔵書量は多い。ヒキニートの私もそこそこ本を読みますしね。
「じゃあ、さっそく向かおうか」
「はい!」
折角ファンタジーな世界に来たのだから、一度はど派手なものを見てみたい。
自分に向かって放たれるのは断じてお断りさせていただきますわ。ですが、安全な場所からであれば見てみたいのです!
「そういえば、キシュタリアは何の魔法が得意ですの?」
「僕は割と何でも得意だよ。火、水、風、土。この四つは、一般的に持つ人が多い属性なのは知っているよね?」
「ええ、でも大抵一属性特化型が多いと聞きますね」
私の場合、結界という特殊魔法に特化したタイプ。
本家アルベルはそれ以外にも火とか闇とかバリバリ攻撃型も得手としていたが、私はその辺が極めてミソッカスである。
基本エレメンツである火、水、風、土は一般的で使用者も多い。光と闇はそれに比べると少ない。エレメンツの四大元素といえば前者だが、六大元素は後者二つも入れた属性。
それ以外にも基本属性を応用した属性に氷・雷・樹・音などの魔法もあるけれど、それらは更に使い手は減る――この属性だけを単一にもった人は、血族継承が多い。特殊魔法型に分類される。私の結界魔法の強さも王族に出る魔力傾向の一つです。
基本魔力の属性・性質がかみ合ったものでないと魔法発動しにくいし、威力も劣化しやすい。
基本はミカエリスのように一属性特化が多い。キシュタリアは多くの属性をまんべんなく使える。そうなるとやはりキシュタリアはすごい。公爵家に引き取られる稀有な才能。
ゲーム版でもアルベルと拮抗して殺し合いという名の魔法の打ち合いしていた。しかし、もしポンコツお姉様に同じことをしろといわれたらすぐに白旗を上げる。
「そういえば、ジュリアスはどんな魔法が得意なの?」
「秘密です」
にっこりと断言された。気になりますわ!
「ヒントとか」
「秘密です」
しゃべる気はないらしい。ケチ!
とりあえず訓練場とやらに行ってみようという話の流れとなり、ソファから立ち上がった。
お茶とお菓子を頂き過ぎてちょっとお腹がたぷたぷしますわー。
視線が滅茶苦茶痛い。
右にキシュタリア、左にミカエリスでなぜか超絶美麗な美男子二人を侍らせている謎の女。学園の皆様からすればそうでしょう。
いつもなら他の女性陣を牽制するジブリールは、にこやかにミカエリスの隣にいる。ジュリアスとレイヴンとアンナはそれぞれに少し距離を取りながら私たちの周囲にいる。
なんだかキシュタリアとミカエリスの距離近くない?
そう思いつつも背の高い二人が防波堤のように立ちはだかるので、かなり周囲の視線を遮ってくれるのはありがたい。
しかし、人が少ない道を選んだといっても全くいない訳もない。
ひそひそと声を落として何かささやかれる気配がするのは、気持ちいいものではない。
早く人目の少ない場所に行きたいと思っているのが伝わったのか、いつもより歩くペースが速い。そして、私がそのペースに遅れないように両サイドの貴公子たちがしっかりエスコートしている。さりげなく背中や腰に手が添えられて、支えるようにして歩かされている。自動歩行補助(人力)である。ちょっと転びかけたときなど、さらっと私を持ち上げて何でもない様に歩きましたからね! 超らくちんでござるー!
「キシュタリア様!」
あと少しで訓練場、というところに高い声が飛んできた。
その声が響いた瞬間、先ほどまでにこやかだった面々の顔から笑みが抜け落ちた。
あまりの変化に、思わず肩が震えた。それに気づいたのか、キシュタリアはさっと私を背に庇うように踵を返し、ミカエリスは任された私を守る様に抱き寄せる。ジブリールは素早く私に目配せし、安心させるようにさらに私を隠す様にキシュタリアの背に続いた。ジュリアスとレイヴンはキシュタリアの両脇にすぐさま向かい、アンナは私だけでも逃げられるようになのか、手を握り険しい表情で声のした方向を見ている。
厳戒態勢にして、臨戦態勢。そんな言葉が頭をよぎる。
「こんなところにいたんですね!」
甘さを過分に纏った好意たっぷりな明るい声が響き渡るが、それに対して友好的な視線は周囲にない。
その差がますます怖くて、身が縮むような思いをする。私が悪いのではないのだけれど、異様なことに巻き込まれたのは理解できた。
「何か用? 急いでるんだけど」
聞いたことのない、キシュタリアの冷たい声。
義弟とはずいぶん長い付き合いのはずなのだけれど、こんな固い声なんて一度も聞いたことがない。それは憎悪する義姉に向けた断罪シーンをほうふつさせる刺々しさだった。
「えっと・・・・ですね、実はルーカス様がお茶会を開くので、是非ご一緒しませんか?」
「断る」
「え? な、なんでですか? ほら、本物ですよ? ちゃんと招待状もありますし、行きましょうよ!」
「それに行って、何の意味があるの? あと前もいったけど、学校行事や授業関連以外では話しかけるなっていったよね?」
「どうしてそんな冷たいこというんですか? 学校は平等でしょう?」
「言わなければ分からないのか」
「だっておかしいですよ」
「まず一つ目、君は僕より身分が非常に低い。学校内だけでなく、社交場でもしつこく話しかけてきただろう。マナーのない奴を相手したくない。
二つ目、僕の義姉を中傷する噂を流した。それは僕だけでなく、ラティッチェ公爵家への侮辱だ。何の根拠もなく、妄言を周囲に吹き込んだそうじゃないか。
三つ目、僕は先二つの理由から、君が嫌いだ。何度も忠告しても人の話を聞かない人間を、僕が良く思うはずもないだろう。
だから個人的な催し事はすべて断る。君が関わっていると知っているなら、王族が関わっていようともね。
あと・・・もっと聞きたい? それともまた王子たちにでも言いつけるつもり?」
でもだって、とぐすぐす泣き出す少女。
はたから見れば、キシュタリアが一方的に虐めているように見えるけれど――内容を聞けばこの少女は結構やらかしているようだ。
周りの視線も冷ややかなものが多い。冷笑、失笑、嘲笑がさざめく様に広がっている。
身分が非常に低いということから、爵位・財力共に大きく下回っているのだろう。
あくまでキシュタリアよりということなら、子爵か男爵くらいはあるかもしれない。
しかしラティッチェ家への侮辱ってなんなの? そもそもアルベルティーナは学園どころか社交界にすら出てこないヒキニートのはず。誘拐事件以降、背中の怪我もあり妄想からくる容姿の悪評は勝手に流れているけれど、それ以外になにかあるっけ?
「で、でもキシュタリア様はアルベルティーナ様に酷いいじめを受けていたんでしょう!?」
「僕は義姉に虐められた記憶はない。あの人は僕どころか、使用人にすら手を上げないような人なのに、どうしたらそんな妄言が出てくる?
義姉と会ったこともなければ、言葉も交わしたことがない。面識もないのになぜそうも知らない相手を貶せるのかが分からない」
本家アルベルは手を上げるどころか、しょっちゅう物理的に首を吹っ飛ばすような女でしたし、気に入らなきゃ奴隷として売り払ったりしちゃうダークネス令嬢でした。本当にやべー女である。
全年齢版はまだソフトですが、R18版だと義弟の童貞を奪ったり、次々と美貌と肉体を使って男性を手玉に取って篭絡したり、攻略対象に媚薬を盛ったりその他もろもろ切りがない。
人気ゲームだったから、初版・移植・リメイクと色々あったのでそれによって若干お話が変わる時があるの。アルベルティーナはヒロインのハッピーエンドに伴って高確率で断罪・失脚・惨殺・処刑ルートが満載でもありましたが。ある意味そこは鉄板・・・
あら? もしかしてこの方は転生者?
どんな方かしらと気になるけれど、全く見えない。ガードが鉄壁過ぎます。
読んでいただきありがとうございました!