一騎打ち3
ミカエリスの逆鱗
「聞いたのは私だが? 彼とは剣の技量を競う場で会っただけだ!」
「ほざけ! そのような戯言を誰が信じるか……! やはり噂は当てにならぬ、お前を人質にして悪逆王女からヴェアゾを取り返す……っ!!!」
悪逆王女?
ミカエリスの脳裏に一瞬過ったのは、凶悪なツインテールのけばけばしい肉王女ことエルメディア。
横暴、暴食、我儘を絵に描いたような王女らしからぬ駄肉の塊。
美形の多い王侯貴族の中で異色の存在感だった。色々な意味で。
一時期、勝手に惚れられて付き纏われていたが、ジブリールとアルベルティーナによって角が立たずに退けることができた。
牽制のつもりが、大暴走をして墓穴を掘ったのだ。
何せ、アルベルティーナ達のいる部屋に押し入って暴れたのだ。
親である国王ラウゼスにまで頭を下げさせて、「ハイ婚約しましょう」などとはできるはずもない。
ミカエリスは、グレイルの育てた大事な『愛娘の玩具』である。そして、ミカエリスはアルベルティーナから、玩具以上の親愛をもって大切にされている。
それを取り上げれば、アルベルティーナは哀しみ、グレイルは激怒する。
余りにもリスキーだった。強引に縁を結びたがっていたエルメディアも、王妃のメザーリンも渋々引き下がった。
穏便に済ませたいラウゼスとアルベルティーナの意向もあり、エルメディアの暴走についてはそれほど激しい報復はなかった。
「何故エルメディア王女殿下が出てくる?」
「エルメディア? 違う、アルベルティーナという王女の方だ」
「人違いでは?」
会話の間でも激しい打ち合いは止まらない。
ミカエリスも体格がいい方だが、ヴァサゴはその上を行く。二メートル近い体躯を活かし、容赦ない猛攻を繰り出してくる。
獣人という点を差し引いても、体格が良い。ミカエリスも体格に恵まれている方だが、ヴァサゴはそれを抜くだろう。
それを凌ぎながらも、ミカエリスは考える。
(アルベルティーナは亜人や獣人に対して差別ほどの意識は持たないだろう。
何せ、接点が無さすぎる。外に出たのも僅かだし、恐らく、ヴェアゾが初めて見たといってもおかしくない)
ミカエリスは冷静だった。
相手が怒りのあまり、単調で力任せになっている攻撃を上手くいなしながら攻勢に入る機会をうかがっていた。
ミスリル製であるミカエリスの剣でも刃こぼれしないとなると、ヴァサゴの得物もミスリルかそれ以上の稀少な素材が使われた業物なのかもしれない。
ミカエリスの剣だって、当主に受け継がれる逸品である。
(一見すると無骨、だが素材となる物が特殊過ぎて装飾や加工を施すことができなかったなら納得できる)
一般に剣で多く使われるのは銅、鉄、鋼といったものが多い。一部稀少な金属を使った銀や金、白金や宝石、魔石を使うものもあるがそこからは値段が跳ね上がる。
幻級の素材はミスリル、ダマスカス、アダマンタイト、ヒヒイロアカネ、オリハルコンといったレアメタル。それらは極めて稀少で、殆ど遺跡からしか武器は発掘されない。
大半は人の手に負えない。ロストテクノロジーであり、一部ドワーフなどでまだ加工技術が伝わっているという。
(不味いな。こちらの武器が持たないかもしれない)
耳の奥で柔らかくしっとりとした――玲瓏で侵しがたい声が響く。
『――私と多少は打ち合う気があるなら』
『最低でもミスリル、まともに考えるならアダマンタイト製の得物を用意できるようになれ』
追いつくことのできなかった背中が見えた気がした。
は、と軽く息を吐いた。自嘲したくなる。笑いがこみ上げてきた。
何度も打ち合う手ごたえから、剣が悲鳴を上げているのが分かる。
まさか彼の魔王公爵以外で、ここまでミカエリスを追い詰める存在がいるとは。
恐らく実力は互角。力や一撃の重さはヴァサゴにあるが、剣士としての技術や技巧はミカエリスにある。
惜しむらくは武器の力の差。
ミカエリスの使う武器は長剣だ。細剣ほど華奢でないにしろ、大剣と比べればどうしても厚みも幅も薄い。
ミカエリスはこの剣が自分に合っていないとは思っていない。重さ、長さ、魔力の浸透力も申し分ないと思っている。
だが、大岩ごとき金槌と打ち合っているような衝撃。火花の散る刃。
刃毀れはしていないが、時間の問題だ。その衝撃を多く受け止めざるを得ない。
(体力はあっても、武器が持たないかもしれないな。仕掛けるか?)
こんな危機的状況だが、ミカエリスは楽しさすら感じていた。
やはり高みの見物のように指揮を執っているより、強者と対峙して真っ向勝負の方が性に合っていた。
ヴァサゴも似たり寄ったりだろう。
最初は怒り任せに近い連撃だったが、ミカエリスが上手く流し続けるにしたがってその顔には驚愕以上に好戦的な笑みが広がっていった。
獰猛なほどに口角を上げ、やがてくつくつとしたくぐもった笑みから哄笑を上げる。
「良いぞ、若造! あの魔王以来だ、俺とここまで打ち合ったのは!」
「ラティッチェ公爵が相手ではコテンパンに叩かれたのでは?」
「ハハハ! その通り! 尻尾を撒いて敗走する羽目となったわ!」
失敗談すら豪快に笑いとばす。
だが、唐突に笑い声も表情もそぎ落とし、ひたりとミカエリスを見据えた。
「だが、その王女とやらは魔王すら謀り殺したらしいではないか――実父だというのに」
何を言っている。
悪い冗談にもほどがある。
泣いて、縋って、その亡骸を胸に慟哭したアルベルティーナが?
キシュタリアが説得するまで、その首を抱いて離さなかった。
喪失に痛めつけられた心は、目覚めるまで半月近く掛かった。
追い詰められ、嘆いて、耐えて、そして覚悟を決めたアルベルティーナの横顔は悲痛だった。勇壮であった。
グレイルの気配すら匂う、覆らぬ壮絶な決意を秘めた彼女は凛と顔を上げた。
冷静であれ、そして時に冷徹であれと自分を強く律していたミカエリス。
ヴァサゴの言葉に、嘆く憐れな『少女』と悲壮な覚悟をした『王太女』の幻影が嫌でも掘り起こされた。己の無力さを思い知らされた。その言葉に、沸騰するような嫌悪と憤怒を覚えた。
言葉も呼吸も飲み込み、ミカエリスは足に力を籠める。
「ここにいるのがキシュタリアでなくてよかったな」
「ん?」
「貴様ら、消し炭すら残らず蒸発していたぞ」
白銀の剣が真っ赤に染まるほどの焔を纏う。その姿は、何匹のも大蛇が巻き付く様であった。ミスリルの剣に劫火が渦巻く。足元の雑草が、熱気に炙られ灰になる。
煉獄の螺旋はふれたものは須らく焼き尽くす高温だ。
底光りする真紅の瞳が、灼眼を射抜く。
一撃目。正面から切りかかった。剣の腹で受けられた。
二撃目。脇腹を鞘で殴りつけた。ヴァサゴの顔が苦悶に歪んだ。
三撃目。首から胸に掛けて狙った。体勢を崩しながらも、柄で弾かれた。
四撃目。弾かれた軌道を流れるように変え、太腿を切り裂いた。
この一撃により、ヴァサゴは決定的に劣勢となる。
五、六、七、とかつてアルベルティーナが炎舞だと称したミカエリスの剣の舞。
磨き上げられた剣技というものは、流れるように途切れない。
ミカエリスは知っている。常に凪いでいるようで、瀑布のように終わりない攻撃を浴びせてくる超絶技巧を。
それに比べれば、ミカエリスの剣技など児戯だろう。
まだ、ミカエリスはその領域に達していない。
それでも、何も知らず、見たことのない人間とは持っている経験も情報も違う。
会得するまで、その領域に達するまでいかずとも近い筋を辿ることくらいはできる。
身体強化と魔法剣を同時に、コントロールできるギリギリの出力で使用すれば、当然だが猛烈な勢いで魔力も体力も消費する。
骨が、肺が、筋肉が、血液が軋みを上げるのが分かる。
そんな苦痛を些末であると吐き捨てられる、圧倒的な激情が支配していた。
「どこの痴れ者だ!!! そんな質の悪い戯言を………っ!!!」
どんな侮辱より耐え難かった。
読んでいただきありがとうございました!
活動報告に書籍化を祝ってささやかに企画を考えています。
三つほど案がありますが、たぶんできるのはそのうちの一つかなと思います。
実際形になるのは一か月後くらいですが、14日の活動報告にコメントとして入れていただければ参考とさせてもらいます。
それを作る時間帯によっては、深夜のクレイジーテンションになるかもしれません。
①本編連続更新
②番外編
③IF・パラレルストーリー
個別にお返事は出来ないけれど、一週間くらい目途に集計しようと思っています。