無自覚とポンコツ
学園編続きです。もう少し続きます。
「お姉様の新しいアイディア、是非わたくしもお手伝いしますわ。
わたくしも常々思っていましたの。近年は折角可愛らしいドレスや美しいドレスが増えたのに、そちらはあまり変わり映えがしてないですわよね」
「そうですの。個人的には寝間着や、部屋着ももっと充実させたいですわ。
絹のネグリジェは着心地は良いのですが、季節に合わせた素材をもっと使ったり、もっと機能的にしたり、何より白一色というのが味気ないと思いますの」
「まあ、どんなものをお考えですの?」
「暖かい時はもっと風通しの良いものがいいですわ。あと冬はもっと分厚くもこもこした素材もいいですわよね。
色を増やすことはもちろん、シンプルな柄やワンポイントを取り入れても素敵だと思いますの」
毛皮ってわけじゃないけど、マイクロファイバー素材? パイル生地? 柔らかふわもこ素材っていいよね。そろいのルームシューズやナイトキャップも揃えてもいい。
そもそもそういう布地って開発できるのかしら?
ベルベットとかかろうじてあるのですけれど、あれって高級素材なのよね。地味に。
しかしここはラティッチェの財力に物を言わせて開発ですわ!
・・・・・・いつ修道院に行っても良いように心残りない全力投資をするつもりです。
わたくし、今のところヒロインを陥れても貶めてもいないの。断罪される要素がないどころか、面識すらない。王子たちすら顔があやふやですし。
ちなみに男性らにはちょっと退席をしてもらい、ジブリールとは新事業についてお話しています。
ジュリアスが最後まで残りたそうな気配を出していたけど、容赦なくお父様が回収していった。男同士の社交という名目で、サロンから見える温室で何やら話し合っている。
お父様、尋問とかしてないわよね? こっそり盗み見しても距離と角度が絶妙すぎて表情は見えないの。
「わたくしもそれとなく信用できる方から、どんなものがいいか情報収集いたしますわ」
「まあ、助かりますわ。ジブリール」
妹のように可愛がっているジブリールとの共同事業に、すっかり浮かれた私はこの学園に何をしに来たのか綺麗に忘れていた。
ジブリールが可愛くてすっぽりとヒロインや王子らのことなど頭から抜け落ちていた。
本当にジブリールは可愛い。思わず抱きしめると、ちょっと目を見張って驚いたもののすぐにジブリールも抱き返してくれた。同性とはいえ、先ほどの鉄拳制裁にジブリールに色々な脅威を覚えていた三人。その背後で男性らがそれぞれに浮かべていた表情は知らない。ジブリールを可愛がることに夢中だったのだ。
フラグもブラフもないジブリールならば、安心して可愛がれる。
その満面の笑みが――その後ろにいる三人に対しての勝ち誇りの渾身のドヤ顔であることを。
最初に我慢できなくなったのはキシュタリア。
前回、ラティお母様にコテンパンに怒られて接見禁止を言い渡されていた。折角の帰郷であったが満足な会話もままならなかったのだ。
「・・・アルベル姉様。そろそろ僕らともお話しませんか?」
かなり久々の姉様呼びに、思わず私はすぐさまキシュタリアのほうを向いた。
その反応に、ジュリアスが実に可哀想なモノを見る目でこちらを見ていた。
ジブリールに拮抗するため、長年封印していた屈辱の姉呼びを使ったキシュタリアと、夜這いに近いものを掛けられたにもかかわらず、その相手の義弟にあっさりと尻尾を振って喜ぶアルベルティーナの残念さが思わず目に出たのだ。
「まあ、姉様とお話したいの? そうね、私もキシュタリアに会いたかったわ」
指先を顎の前で合わせ、可愛い義弟の珍しいおねだりにすっかり相好を崩す私。
すっかりと大人びた義弟は、ほとんど私に甘えることなんてしてくれない。
そんな私の反応に、僅かに表情を引きつらせるキシュタリアなどすっかり浮かれてスルーする。後ろでジュリアスは頭痛が痛いと言いたげな顔をする。ミカエリスも苦笑を禁じ得ない。ただ一人ジブリールは冷めた目でキシュタリアを一瞥する。
お父様はそんな中であっさりと私の隣に座って場所をキープした。
「アルベルは家族思いのいい子だね」
「そうですか?」
「可愛いアルベル・・・お前はなにも我慢しなくていいんだよ。欲しいものを望むだけ手にすればいい。
慎ましく生きる必要も、苦労する必要も、清らかに生きる必要もない。
さあ、アルベル。何が欲しい? 望みをいってごらん?」
お父様、その問いかけは定期的にやらないと気が済まないのかしら?
その問いかけに先ほどまで和んだ空気だったみなさんが全力で気配を殺して黙りこくってしまいましたわ。もう、お父様ったら~。
そんなにわたくしが修道院に行きたいっていったことがいけないのかしら・・・・
お父様はアルベルの我儘推奨派ですものね。わたくし、悪女にはなりたくないの。
わたくしは、お父様たちがいれば十分幸せなのです――だから、作られた幸福でできた箱庭を壊されるのだけは嫌。どうしても、壊さなければいけないのならば、できるだけ誰も傷つかない様に自分で幕引きをしたいのです。
「お父様、今年のお誕生日にはちゃんと帰ってきてくださいまし!」
「ちゃんと帰ってきただろう?」
「お父様のですわ! 今年はお父様でも美味しいといっていただける甘さを抑えたケーキをご用意しますわ!」
「ああ、私のか」
その様子ではすっかりお忘れですのね・・・・っ!
忙しい方とは知っているのですわ! でも、こうしていわないと本当に忘れますの、お父様は! 私の誕生日の時は、しっかり最低一週間は休暇をもぎ取っているのに!
王都からは書を持った早馬が来ようと、文官や騎士が来ようと、セバスに相手をさせて待たせる徹底ぶり。
お父様、自分のお誕生日を基本祝う気ゼロなのですわ。
貴族はここぞとばかりに羽目を外してパーッとやる人もいるとききますわ。蓄えはあるのに、一切やる気のないお父様は根本的に興味がないのでしょう。ご自身のことですのに・・・。
「今年のケーキはわたくしが作りますのよ? その、どうしてもパティシエには劣りますけれど・・・」
調理器具も充実したとはいえ、箱入り娘が調理権をもぎ取るのは苦労いたしました。
お父様には内緒でといったら誰もなかなか首を振ってくれないの!
仕方なく、余り火や包丁を使わないチーズケーキならと了承を得ることは出来ました。
下のタルト生地は竈やオーブンに近づかせることを断固拒否したのでパティシエに焼いていただくことになりましたが、生地を混ぜるところまでは許可を得られました。
もしわたくしが怪我の一つ、火傷の一つでもすれば料理長どころか、厨房全員の首が物理的に飛ぶ可能性があるとセバスは言っておりましたが――ヒキニートのわたくしがお父様にできることなんて本当に少ないのです。
普段、様々な美食をお召し上がりのお父様の舌にはいささか不十分かもしれませんが、愛情は一杯込めるつもりです!
そんな言い訳を心の中でして、でもやはり恥ずかしくて指先をもじもじといじっているとお父様がきょとんとこちらを見ていた。
アクアブルーの瞳を見開き、瞬きを数回。唐突に目頭を押さえて空を仰いだ。何か堪えるように少しだけ間を持ち、少し震えた声でようやく絞り出す。
「・・・・・・・すまない、アルベル。お父様は少し用事が出来てしまったんだ」
「え?」
「まずは東の蛮族を潰して、あと国境沿いの三下どもも少し払うか・・・・あと第一王子派が自滅するのはまあいいが、王女派と第二王子派を軽く落としてバランスを取らねばならぬな。
ゴユランとの交易も私がやった方が早く済む。ダレルがしくじって面倒になったあと押し付けてきたら時間がかかる・・・・余計な手出しをできぬよう貴族院と元老会も一度きつく絞っておこう」
お父様!?
何をお考えですか!?
ぶつぶつと早口で何かの算段をつけ始めたお父様。
なにやらその内容がとても物騒な気がするのは気のせいですか?
おろおろと狼狽えて周囲にどうすべきか視線を送るが誰もが首を横に振る。
なんで皆さん『ご臨終です』といわんばかりのお顔をなさるのですか!? わたくしがお父様のために作るケーキはそんなに危険なものですか!?
試作品は、その、やはりプロと比べますと舌触りの滑らかさは微妙でしたけれど味は悪くなかったのですよ!?
ヒキニートに時間は多いので、何度も試作しましたのよ?
ちょっと飽きたのでチーズケーキからティラミスを作ったりしていましたが! あれはまだお父様にお出しできるものではないので今回はなしです!
あ、でもコーヒーゼリーはありかしら?
「用事って・・・王都での親子デートはどうなさいますの?」
お父様とのお出かけ、楽しみだったのに。
そんな寂しさが滲み、少し声のトーンが沈んでしまった。それを感じ取ったのか、お父様が非常に申し訳なさそうな顔をするのが居たたまれない。
私が迂闊な発言をしたのが原因なのに。お父様が、私の為にはどんなことだってしてしまう人だって知っていたのに。先に我儘を言ったのは、私なの。
「・・・それは済まない、アルベル。誕生日は必ず時間を取るから」
「絶対ですね? ・・・・主役のいないお誕生日会なんて寂しゅうございます」
「勿論。お父様は絶対に駆け付けるよ」
「無理をなさらないでくださいましね? お父様が壮健であってこそ、わたくしは幸せですわ」
お父様、本当にわたくしを溺愛しすぎですわ。
ねだったのが悪いんだけど・・・・そのためにお父様のお仕事である国防や政の予定をホイホイ変えてしまってよろしいのかしら。
無理はなさらないでくださいまし、お父様。
心配そうに見つめる私に、お父様は蕩けるような笑みを浮かべて抱きしめてくれた。
そして、アンナとレイヴンに私を任せると、セバスを連れて仕事に戻られてしまった。
「張り切ってどこかの国を滅ぼさないといいですね」
「なんでそんなことする必要がありますの?」
「分からないであれをぶちかましたのですか、アルベル様?」
「わたくしはお父様のお誕生日をお祝いしたいだけでしてよ」
一日――いえ、半日や最悪一時間ほどでもお時間がいただければ十分。
ヒキニートの私と違って多忙なお父様。お誕生日は数か月後だけれどそこまで必死にキープさせてしまうなんて・・・多少は融通はしてくれるとは予想はしていたけど、まさかここまで大ごとになるなんて思っていなかったの。
ずれてもいない眼鏡を直すジュリアスは、小さくため息をついた。
隣にいるミカエリスも首を振る。
「公爵にとってはそうする理由になりえたでしょう」
「うう・・・確かに安易にいってしまったとは思います。気を付けますわ」
そんな馬鹿なといいたいけれど、できそうなのがお父様なのです。
ミカエリスは伯爵だけれど、国境沿いの領地もある。そのため、小競り合いがあった時のために伯爵でありながら、自ら指揮を執り、時には戦場に出られるよう剣も嗜んでいる。
もしかしたら、お父様のお仕事の余波が飛んでくるかもしれない。申し訳ないわ。
お父様はにこやかにお仕事に向かわれた。ご機嫌斜めではなさそうでしたけれど、他の方に八つ当たりしないでしょうか。心配です。
「お父様が張り切り過ぎて他の方にご迷惑をおかけしないかしら?
ミカエリス、もしお父様があんまりな事を頼むようならわたくしに遠慮せず仰ってください。微力ながら力になりますわ」
言葉でしか制止のできない娘ですが、お父様が唯一攻撃できないのも私くらい。
大事な幼馴染、しかもかなり良心的な常識人のミカエリスをお父様によって襤褸雑巾になんてさせないわ!
意気込んでいるとミカエリスはするりと一房、私の髪をとって口付けた。
「そのお気持ちだけで十分過ぎるほどです」
悲鳴を上げなかった自分を褒めたい。
一礼とともに伏せた顔に落ちる赤毛の隙間から、下から見た私にははっきり表情が分かった。軽く目を伏せ、頬に影が落ちる。鮮やかな紅玉のような瞳はしっかり私をとらえていた。
華やかな美貌と洗練された振る舞い。低く腰にくるような囁き。摘ままれた髪先に、触れるか触れないかという僅かなキス。
時間にしてほんの数秒だろう。
恋愛経験ゼロのヒキニートには刺激が強すぎましてよ!!!
ミカエリスが顔を上げる瞬間に熱を帯びた視線に貫かれて、脳髄がくらくらする感覚に包まれた。
ミカエリスって私と一つしか違わないはずなのに、なんかもうこう、大人の色気オーラみたいなのがない?
普段そうではないけど、時折不意打ちのように出してくる気がするの!
軽くパニック状態になってしまった。なんだかすごいものを見てしまった気がするの。確か騎士の儀礼や挨拶とかに、護衛対象や目上の方とかの手を取って口付けたり、額を押し当てたりする儀式や作法はあると聞いたことはありますが・・・
何故に髪です? 肌に触れていないのに、そこはかとないエロスが・・・・?
というより、元祖悪役令嬢のアルベルティーナは絶世の美女。清楚にして妖艶なはずなのに、完全敗北していませんか? 私も日々せっせと美を磨いているはずなのに・・・
何故・・・中身がポンコツだから?
なんてこと・・・・そこはフォローしようがないわ。秘めたる色気というものが私にはない・・・・・だと!? こんなにセクシーボディなのに!
宇宙を体感したように惚けていると、キシュタリアが肩をゆすってきた。気づけば真っ青な顔をして顔を覗き込んでいた。
「はっ!」
「アルベル、大丈夫?」
「戻っているわ! キシュタリア、また姉様と呼んではくれないの?」
「そっち!?」
大事なんです! もう! わかってないのかしら?
そこで気づく。そういえば、私ってキシュタリアに告白されていたような?
ラティお母様怒髪天事件で吹っ飛んだけど――私を心配そうに見ている義弟は、どうしても大切で、今更死亡フラグ候補だからと疎めなかった。好意の種類は違うけど、怨恨はない――よね? フラグの振りしたブラフじゃないですよね!? 信じていいの、キシュタリア!?
一人でぐるぐる思考迷路に陥っていると、ぎゅうと抱きしめられて宇宙へと精神トリップ再び。
・・・・・・・・・こやつまた身長が伸びたな!?
間違いない、絶対伸びた。前は肩に目元が来たけど今はおでこに肩が来ている。
うおおお、すっぽり収まる我が身が憎い! しばらくハグしてなかったから気づかなかったけれど、また差が広がったわ! ガッテム!
ああ、余り密着しすぎると変装用の眼鏡がとれちゃうわー!
「キシュタリア・・・・」
「なに、アルベル」
「また身長が伸びましたわね・・・・?」
「抱きしめられて、感想がそこ?」
なんで呆れた顔をされなくてはならないの!? わたくし結構気にしていましてよ?
抗議すべくもぞもぞと動き出したら、苦笑したキシュタリアがようやく離してくれた。
少し乱れた髪を手櫛で直してくれたので、大人しくしていた。しかし、一通り終わったキシュタリアが纏う雰囲気は悟りを開いた菩薩の気配だった。
最近よく周りで見ますわね。
「僕はアルベルが学園に来なくて本当によかったと思うよ」
「今更ですけれど、それは同意します」
「アルベル様は警戒心が無さすぎです」
「お姉様らしいといえば、らしいのですが心配が尽きませんわ」
キシュタリア、ジュリアス、ミカエリスが深々と頷きながら私を眺めている。というより、ジブリールまで頷いている? 何故ですかジブリール?! 貴女まで!
私は、そんな危ない問題を起こしたのだろうか。
学園に来て貴方たちとしか会っていないし、トラブルなど起こしていないはずだわ。
そんなにまずいことをしてしまったのだろうか。思わず眉を下げて見つめ返すと、ますます周りはため息をついてしまった。
「その美貌でその様な顔をして男を見つめなどすれば、あっという間に勘違いされます。
貴女に気がなくとも、十分過ぎるほど在り得ます。
中には貴女を力づくで、なにかしようとする愚か者も出る可能性があります。
貴女のすべては、あらゆる面で人を魅了し、豹変させるに十分な資質があることをご自分で理解してください」
小さな子に言い聞かせるように、ジュリアスが私に語り掛ける。
それは怒りでもなく、叱るでもなく、純然たる心配だった。
たしかに、本家アルベルはその魔性と美貌で様々な人間を篭絡して使い潰し、または使い捨てしていた。美貌で惑わなければ、権力を用いて屈服させていた。
あらゆる人間を塵芥のように扱い、そして最後には排斥されたアルベルティーナ。
だが、逆に利用しなくても勝手に寄ってきてどうこうされるってこと?
なにそれ怖い。
ああ、でも十分あり得る。だって私はポンコツだもの。うっかりあっさり騙されそう。
知っている範囲の人は、お父様の躾が行き届いた人間ばかり。でも、世の中全員なわけではない。ドーラみたいなのが外に一杯いるのかしら・・・
引きこもりたいでござる・・・
おんもが怖いでござる・・・
すっかりしょげた私が半泣きになりながらめそめそと義弟にこぼしていたら、なぜか私とは正反対に嬉しそうに始終ニコニコしているキシュタリア。
「ずっと家にいれば安全だよ、アルベル」
やっぱりそこに落ち着くの?
読んでいただきありがとうございました!