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ラティッチェの霊廟3

悪行、バレる。


 脳が、体の芯が、感情が沸騰して爆発する。

 墓守の持ったランプや、魔石の明かりが不自然な瞬きを起こし、音を立ててひび割れていく。激情に煽られた魔力が、その場に激しく渦巻いた。

 キシュタリアの異変に気付いた墓守が怪訝そうに見つめる。


「若さ――」


 墓守が声をかけるより早くキシュタリアは黒い棺に駆け寄り、乱暴に蓋を掴んだ。

 驚愕に墓守の手から落とされたランプが壊れそうなほど大きな音を立てた。


「若様!? 何をなさるのです!」


「棺が違う! 父様は呪い対策に聖水晶の棺に入っているはずだ! こんな在り来たりな黒い棺になんて入ってないはずだ!」


 墓守も意味が分かったのか、顔色を変えて棺に駆け寄る。

 蓋はしっかりと釘で打ち付けられているのか、キシュタリアが引っ張ってもびくともしない。

 爪を立て、指と腕が傷むほど強く全力で引きはがそうとするが、棺は頑強だった。立てた爪が痛みを訴える。力任せに引っ張ると棺が浮くだけだし、魔法だと中の物ごと木っ端にしかねない。

 人一人分の重さはあるが、その中身には疑いしか生まれなかった。


「若様、この棺は壊しても!?」


「構うか! 中の確認が先だ!」


 墓守はキシュタリアに許可を得ると、薄板を裂く様にベキリと音を立てて蓋を開けた。

 蓋の内側にたっぷりと打ち付けられた釘の描がびっしりと棺の形に添ってあった。

 これを作った人間は余程開けられたくなかったのだろう。

 開いた瞬間、鼻を突く凝った腐臭が漂った。生き物が腐った匂いだ。そこには半分白骨化した遺体があった。

 骨と皮と腐った肉が張り付いたような、半分ミイラ化したようなもの。

 頭髪や身長や身に付けた服はグレイルのものに似ていた――幸い虫はわいていなかった。

 半分崩れかけた顔をランプで照らし、キシュタリアは目を凝らす。


「……父様じゃない!!!」


 副葬品どころか、遺体すらなかった。

 吐き捨てるように言ったキシュタリアに、獣人の墓守は僅かに鼻を鳴らす。

 キシュタリアでも鼻を顰める程の死臭と腐臭だ。獣人にはさらに辛いだろうと思ったが、彼は何かを見極めようとしているようだ。


「これは……僅かにゴユラン原産の水煙草と……何か混ざりものの類の匂いがします。よくある既製品ではなく、色々とブレンドをしていたのでしょう。少なくとも数年間は常用していた者かと」


「ありえない。父様は煙草の類は嫌っていた」


 アルベルティーナを慮って、匂い移りなどの残り香すら寄せ付けなかった。

 エチケットとして香水は使用していたが、かなり薄くつけていた。

 敏感な人間は煙草だけでなく、強い香水だけで気分を悪くする。ましてや、煙草類は吸い続けると心身に悪影響を及ぼすものも多い。

 その為、グレイルは何か月前からアポを取っていた来客すら、何か強い臭気を纏っている相手は追い返していた。アルベルティーナと会う予定のある時は特に厳しかった。

 どうしても会わなくてはならない時は魔法を使い洗浄するか、別宅などで着替えて湯あみをする徹底ぶりである。

 キシュタリアには死臭と腐臭しか感じないが、獣人の鋭い嗅覚は誤魔化せなかったようだ。


「……若様、閣下はどこへ……」


 正気の沙汰ではない。

 遺体を盗むなんて――まともな考えを持つ人間のすることではない。

 呆然と途方に暮れたように呟く墓守にキシュタリアは「判っている」と短く答えるのみだ。


「だが、今は言えない。お前たちは何も知らない振りをして墓守を続けろ。

 いいか、他言無用だ。恐らく奴らは一周忌には遺体を戻して素知らぬ顔をするつもりだ」


「取り返さないのですか!?」


「取り返すに決まっている。だが、倫理観が疑わしい連中を相手取るんだ。

 半端な追い詰め方をしても、証拠となる父様の遺体を始末しようとするかもしれない。確実に仕留められるときに動かなければ、父様は戻ってこない可能性が高い。

 適当な墓荒らしや、こちらの不手際や自作自演だとでっちあげる恥知らずが居ておかしくないからな」


 残念なことに、平気でやりそうなのがいる。自衛だけでなく、グレイルを目の敵にしている人間も多いのだ。キシュタリアは墓守に念押しして口止めをすると、棺を戻した。

 どこの誰とも知れない遺体を父の名のある棺の中に入れるのは不快だった。


「いいか、お前たちは絶対に霊廟を守れ。くれぐれも連中に、僕がこの秘密に気付いたことを気づかせるな」


「仰せのままに、若様」


 今はまだその時ではない。

 キシュタリアの言葉に粛々と首を垂れる墓守。

 だが、内心は腹立たしさが渦巻いているのだろう。自分の任された領域で、こんな不作法極まりないことをされたのだ。

 墓守は、この仕事に誇りを持っているのが態度の端々から感じる。グレイルへの忠誠も厚いので、その感情は一入だろう。

 勿論、キシュタリアも穏やかでいられるはずもない。

 しかし、それらの激情を飲み込まねば成せることも成せぬ。


「……他は荒らしていないだろうな」



 遺体も副葬品もごっそりなくなっていたのだ、ありえない話ではない。

 見渡してみたものの霊廟内部に初めて足を踏み入れたキシュタリアには、変化など解るはずもない。

 ラティッチェの霊廟は墓参り用の墓石は上にもあるが、実際に遺体や遺骨が安置されるのは廟内だ。金銭的価値のある貴重品もあるため賊防止でそういう形になったのだろう。

 内部に入れる権限はほんの一握り。

 キシュタリアはダンジョンや遺跡には潜ったことがあるが、地下墳墓などに入ったのは初めてだ。

 基本は一つの部屋を夫婦で並ぶように仕切られているようだ。

 妻を複数持った当主や、幼い頃に夭折した子供のいる夫婦は三つ以上の墓が並んでいる。

 この部屋にも墓石に宝石のついたネックレスが掛けられているのもある。グレイルの棺のあった場所の隣の墓だ。

 広い霊廟の中でもグレイルの次に新しいだろうそれは、アルベルティーナの実母クリスティーナの墓。

 動物が好きな人だったのか、犬や猫の石細工で飾られている。その中に、飾り気のない小さな石があった。




読んでいただきありがとうございました。

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