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暴走に鉄拳

 学園編もうちょっと続きます。



 処刑を待つ囚人のような気持ちであった。

 個室のサロンは10人くらいならはいれそうな場所だった。マホガニーに似たテーブルと、金の猫足がついた皮張りソファがコの字においてある。壁はクリーム色に小花が描かれており、小さくも緻密な風景画が掛けられていた。広い部屋ではないのだけれど、光が差し込むように大きな窓があり、そこから温室や庭が見えるので開放的な雰囲気だ。サロンというより、ガゼボのような雰囲気すらある。

 本来なら居心地よく感じてもいいはずなのだけれど、久々にそろい踏みの状態だ。

 揺れる乙女心ではなく、私は死亡フラグか否かが最も重要だった。

 恋愛フラグだって命あってでしょう!?

 ヒロインはよっぽど下手こいてバッドエンドにならなきゃ死亡フラグなんて立たないけれど、悪役令嬢のアルベルティーナは彼女のハッピーエンドやトゥルーエンドが=破滅フラグなのよ!?

 かといって、現実的に見たアルベルティーナの身の振りを考えると、まともに貴族として立ちまわれない以上は隠居か出家しかないでしょう!? 仏教はここにはないようだから、尼僧に近い修道女になるしかないと思うの。

 それなりに仲良かったと思ったんだけどな?

 フラグでも私は誰かのお嫁さんなんて務まらないと思うんです。

 お父様の権力とラティッチェ家の財力を湯水のように使いまくり、今までのうのうと生きていた私に修道女すらきついかもしれません。

 そうだとしても、修道女であれば大変なのは私だけで、家族には迷惑が掛からない。

 ぐるぐる悩んでいる私にレイヴンが首を傾げながら、心配したのか慰めに薔薇の花をくれたので思わず笑顔になる。わざわざあの薔薇園までいって摘んできたらしい。迷路の時とても楽しそうだったから? はい、浮かれていました・・・なんていい子なのレイヴーン! 将来スケコマシにならないでね!

 それを眺めていたジブリールが「まさかあのチビ従僕まで」とぶつくさ言っていた。どうしたの、ジブリール? お顔が怖くなっていましてよ?

 どうしたものかとアンナとレイヴンに視線を送ると、アンナは謎の菩薩顔で首を横に振り、レイヴンは不思議そうに見つめ返してきた。

 お姉様は妹分が心配です。何とか力になれないものでしょうか。


「お嬢様、ローズ商会のマカロンとケーキセットを御持ちしました」


「あら、学園ではお菓子やデザートは取り扱ってないのかしら?」


「お姉様。ラティッチェ家の美食になれたお姉様の舌には、学園の名ばかりの高級菓子は聊かお辛いかと存じます」


 そっと言いにくそうにジブリールが追い打ちをかける。美味しくないの? 王侯貴族がいただくお食事とお菓子ですよね?

 ・・・ここですらダメとか修道院生活、つらそうだなぁ。

 今のうちに、美味しいものを一杯食べておこう。

 一応、ゲーム設定では王子たちも舌鼓を打つお料理だったと思うんだけど、ラティッチェ家基準では粗食扱いレベルだという。

 主に私のせい? 散々ジュリアスやセバスやお父様に我儘言って、色々お願いして作らせたから。

 そういえば、いつだったかキシュタリアが王室主催のお茶会かパーティに行ったけど、あんまりお料理美味しくないっていっていた。紅茶はジュリアスに淹れさせれば許容範囲らしい。

 ジュリアスって本当に紅茶を淹れるのが上手なの。同じ茶葉でも、レイヴンやアンナとは全然違うの。なんでこんなに違うんだろうとみんな首をかしげるんだけど、ジュリアスが完璧な温度管理とか、蒸らす時間とか計算してやってるのよね。

 薄い白い陶器のティーカップを傾けると、濃い赤茶からのぼるほのかに白い湯気がふわりと動いた。一口飲めば、慣れた独特な苦みとじわりと広がる甘みが、芳醇な香りが鼻に抜ける。その美味しさに思わず笑みがこぼれる。

 そうそう、この味この味。


「ふう、美味しい」


「それはよろしゅうございました。新作のオレンジケーキがございますので、是非そちらともお召し上がりください」


 すっと絶妙なタイミングで、小さくカットされたケーキが置かれる。オレンジが折り重なり、甘酸っぱい香りとキラキラとした果肉が五感に全力で訴え食欲を刺激する。


・・・・・・・・あれ?


「ジュリアス?」


「はい、お嬢様の従僕のジュリアス・フランでございます」


 にこりと眼鏡の奥で慇懃な笑みをかたどる切れ長の目。

 思いがけず接近していたことに気づきほけっとした私に、いつも通りの余裕綽々のジュリアスがいつの間にかいた。

 ちょっとずけずけした感じ。うん、ジュリアスだ。いつも通りのジュリアスだ。ぱちぱちと目をしばたいても、やっぱりそこにいるのは眼鏡の良く似合う冴えた美貌に笑みを浮かべるいつものジュリアス。会うまで不安だったのに、いざ目にするとすごく安心した。


「ふふっ、いつものジュリアスだわ。安心しちゃった」


 なーんだ、緊張して損した。

 いつも私の意表をついて華麗に仕事をこなすエリート従僕。まさしくジュリアスですわ~。これぞジュリアスクオリティ。

 一気に肩の力が抜けて意味もなくニコニコとしてしまう。

ジュリアスは優雅に一礼して「他にお召し上がりになりたいものはありますか?」と、穏やかに声をかけてきた。


「ジュリアスのお薦めはある? 貴方の選ぶものはハズレがないもの」


「では、そのように」


 ジブリールが胡散臭いものを見る目でジュリアスを見ている。何故??

 ジュリアスはフランボワーズとチョコレートのマカロン、チーズケーキを置いた。

 そしてジブリールは何がいいかと聞くと、ジブリールは真剣に悩み始めた。うんうん、悩むわよねー。プチサイズだけど、全種類はきついもの。

 そもそも、なんでレディだけコルセットなの? あれ凄く苦しいのよ。もっと楽な体形補正下着を作れないかしら。

 ちらりとジュリアスを見る。

 うん、いくらジュリアスがスーパー従僕でも女性の肌着や下着について相談するのはやめておこう。ラティお母様に相談しよう。お母様だって、夜会やお茶会のたびにウェストをギッツギツに締め上げられるのは幸せじゃないはずだ。

 ちなみに私はヒキニートなので、ウェストをかなり絞るドレスの時じゃないと付けません。アルベルティーナはもともとコルセットいらずの、大変けしからん妖艶ボディなので割と何とかなる。

 しかし問題はコルセットだけでなくブラやショーツもだ。だせえ。一言でいってだっせえ。折角、縫製技術が上がってきたのだからここも変えるべきだと思うの!

 見えないお洒落もありじゃないのかしら? この世に勝負下着という概念はないのかしら?


「お嬢様、何を企んだのですか?」


 怖いわ、ジュリアス! なんで一瞬視線を向けただけで気づくの!?

 ぴぇえ、とチキンハートが悲鳴を上げる。


「またおねだりするような目で私を見ていましたから」


 エスパーか!? ジュリアスは従僕じゃなくてエスパーだったのか!?

 そして私の目というか、顔ってそんなにわかりやすいの?


「な、内緒です! ジュリアスには頼みません!」


「ほう?」


 なにその、威圧感ある「ほう?」は・・・?

 あれ? 私、公爵令嬢だよね? 雇い主で身分上だよね? なんでジュリアスに値踏みされるような、射抜くような目で見られなきゃならないのかな?

 ジュリアスだって、女性下着ブランド立ち上げるから手伝ってっていわれても困るでしょ!? 事業とはいえレースたっぷりのフリフリな下着に視界が埋まるようになるまで包まれたいの? そんなことないでしょ!?

 包まれたいのなら、逆に私はちょっと引く・・・とんでもねぇむっつりスケベ? ここまで来るとオープンスケベ? いずれにせよ、お父様とは違う意味でヤベー人認定しますわ。そんな綺麗で澄ましたインテリ顔してそういうご趣味とは・・・って。


「どうせバレるんですから、大人しく話した方がいいと思いますよ?」


 いいたくないです! 私だって花も恥じらう乙女なの!

 しかも理由がコルセットきついからマジ嫌なんで、もっと楽で綺麗に見える上級ずぼら女子向けの下着がほしーい♡なんて!! そんなのこの美形にいえと!? どんな羞恥プレイなの!?

 あうあうと私が形容しがたい呻きか鳴き声をあげているなか、ジュリアスはその追及の視線を緩めない。

 あぐねている私を見かねたのか、レイヴンが私を庇うように割り込んできた。それを見て、器用に片眉だけをはね上げたジュリアス。

 紫と黒い瞳の間に稲妻のようなものがビシャリと飛び交った気がする。妙なエフェクトが見えた。


「お待たせ、アルベル・・・・って、何この状況?」


「ジュリアスがいじめるの! いじわるするの!」


 ノックもおざなりに、少し慌てて入ってきたのはキシュタリアだった。走ってきたのか、少し髪が乱れている。

 私が威厳もなくぴぃぴぃと訴えかけると、キシュタリアは私とジュリアスを見比べた。そして、私の縋るような視線を受けて苦笑した。そして、私の肩を持つように背後に回り、なにか含みを感じる笑みをジュリアスへ向けた。

 持つべきものは姉想いの義弟だわ!


「へえ、何があったの?」


「いいたくないこといわせようとするの!」


「いいたくないこと?」


「新しい女性下着作りたいんだけど、それを相談しろって、ジュリアスにいえっていうの!!」


 がごん!!! と凄まじい音がした。

 その方向をみれば、ややあって開いたドアから現れたのはミカエリス。額を押さえてすごく気まずそうな顔をしている。

 思いっきりドアに顔というか、頭をぶつけたようだ。

 鮮やかな赤毛に負けず劣らずに真っ赤になった顔。押さえているのは額だから、痛いのはそっちなんだろうけれど、私の発言を思いっきり聞いてしまい動揺しきっている。

 

「お嬢様、お気持ちはわかりました。無理に問いただそうとして申し訳ございません」


 いつになく素直に、殊勝なほどに謝罪をするジュリアス。

 あ、うっかり思いっきり声に出して喋ってしまったわ。ジブリールは「したぎ・・・」と微妙な顔をして、華奢な胸元をすっすっとさする様に手をやっている。

 じ、じぶりーるのすれんだーぼでぃは、それはそれで魅力的だと思うの!

 デカいだけが夢じゃないわ! ほら、うん、脂肪の塊みたいなもので、肩凝りの原因にもなるし!

 同じくそれを見ていたレイヴンは、ジブリールの胸元と私の胸元を見比べていたが、それに気づいたジュリアスによって後頭部をパァンと良い音でしばかれた。その後ろでシルバートレーを構えていたアンナが、つまらなそうな顔をしていた。アンナまで!? 先輩方、後輩に厳しすぎではありませんか?


「見るな、減る」


 底冷えするような重低音で、ジュリアスはレイヴンを注意した。

 減らないです。服の上から見るたびに減ったら、私のお胸は今頃大平原です。可愛い従僕を虐めないでください。小姑ですか、貴方は。

 ずっと大人しいなと思っていたら、キシュタリアは顔どころか耳や首元まで真っ赤にして、口のあたりを押さえてじりじりと私から距離を取っていた。

 キシュタリアって学校でモテモテなんじゃないの? ミカエリスもだけど。

 こんな話題で真っ赤になるとか、思春期の青少年じゃあるまいし――あ、思春期の青少年だ。

 普段、三人とも妙に落ち着いちゃっているのよね。なんで? やっぱり箱入りどころか結界育ちのヒキニートとは踏んだ場数が違うってこと? なんだか今は慌てふためいているけれど。


「もう、ジュリアス。レイヴンに悪気はないのだから、そんなに怒らないで!」


 ジュリアスったらいつまでもレイヴンを睨んでいるので、レイヴンの頭を抱き込むようにしてジュリアスから隠した――が、それを見たジュリアスどころか、ミカエリスやキシュタリアまで唐突に柳眉をはね上げた。何そのシンクロ。


「「「アルベル(お嬢様)!!!」」」


「ひゃい!?」


「前々から思っていたけど、アルベルはレイヴンに甘すぎない!?」


「私も長年御付きの従僕をしていましたけど、そこまで可愛がられた記憶等ございませんが?」


「いくら従僕、いくら年下といえ、異性を抱き込むなど度が過ぎています」


 何故か急に私が怒られた。一斉に口を開き矢継ぎ早に叱られる。

 びえええええっ、怖いですわ~っ! だってレイヴンは貴方たちと違って、素直で可愛いんだもの~! 可愛いものを愛でて何が悪いのですか!?

 三人ともなんでそんなに食って掛かるの? キシュタリアなんて、弟とか年下扱い嫌がるじゃない! そもそもジュリアスは可愛げなんてものほぼほぼ死滅しているじゃないの! 可愛いジュリアスなんてウルトラレアにも程がある! ミカエリスは・・・・・・・・正論です。ハイ、ごめんなさい。以後気を付けます。

 うう、やっぱり私に貴族社会なんて無理よ。

 レイヴンの形のいい丸い頭をなでなでするのが好き。あの子の絶妙な髪の撫で心地も好きなの。

 そもそも、キシュタリアは小さいころから本当に撫でさせてくれないんだもの! いいじゃないの、ちょっとくらい! ケチ! イケメン!

 あまりに三人が真剣な顔で詰め寄って、レイヴンへの甘い態度をネチネチいってくる。なんなの? なにがいいたいのー? なんなんでござるー!? ジブリールみたいに貢ぐ勢いでプレゼントしてないわよ!? 流石にミカエリスに物凄く言いにくそうに何度も苦言を呈されれば、私の良心だっていたむわ! そのたびに別の方法を頑張って考えるのだけれど、なかなか私とミカエリスの妥協点が合わないのよねー。

 すっかり私がしょげて眉を下げ、涙目になったあたりですっとジブリールが立ち上がった。アンナが冷めた目で三人を見ていた。

 食べきったケーキと、飲み干した紅茶。しっかりティータイムを満喫したようだ。わたくしもティータイムを楽しみたいですわ・・・・

 ジブリールはしずしずと猫のように優雅でしなやかな足取りでお小言三人衆の前に立ちはだかる。


「失礼」


 綺麗に三発の右ストレートが、美男子三人の頬に決まった。

 一瞬の早業。カンカンカンとゴングが高らかに鳴り響き、私の脳内で劇画調のレフリーが「KO!」と叫んでいる。

 まさかのジブリールからの鉄拳制裁に、私は間抜けなくらい口を開けて彼女を見上げた。レイヴンは真顔で眺めている。殴られた三人は、少し引きつった顔でジブリールを見上げている。勢い余って、三人とも倒れたりソファから落ちたりしたのだ。

 ジブリールは玲瓏とした赤い瞳に冷たい炎を宿し、そんな美男子トリオを睥睨する。

 慎ましい胸のしたあたりで両腕を組んで、顎をツンとそらしている。



「下らない嫉妬でお姉様を怖がらせるのはおやめ。次は一発じゃすまさなくてよ?」



 ジブリール、超カッコいい。

 私はかつてない程のときめきを、美男子トリオではなく年下の美少女に覚えたのであった。

 でも、人を素手で殴って痛くないのかな?

 ジブリールの手を確認したら、少し赤くなっていたので治癒魔法をかけていると、すごく気まずそうな三人が赤い頬を晒したままこちらを見ていた。

 しょうがないので、三人も魔法をかけようとしたらレイヴンが救急箱を持ってきて、それをひったくるように受け取ったジブリールは無言でジュリアスにそれを突き出した。

 まるで「てめーらは三人女々しく互いに傷でも舐めあってな! ケッ!」と声なき声が聞こえた気がした。

 ・・・・・・・・・私の可愛いジブリールが、そんなスケバンや不良少女みたいなこと思っているはずないよね!!

 三人がもそもそとお葬式のような空気で互いを治療している間、お父様もやってきた。

 何故かお揃いの湿布を頬に張り付けた三人と、二杯目のお茶を優雅に啜っているジブリール。その傍でちょっと冷めた紅茶をまったりこくこく飲んでいる私を見て「ふぅむ」と顎を指でなぞった。



「・・・・ジブリールが女性でよかったね、お前たち」



 からかいに似た、冷ややかなお父様の一瞥と一言。

 お父様、なんでわかるの?



 読んでいただきありがとうございました!

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