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駒選び5

 姪コンのクリフトフ。

 息子はとっくに成人しているので余計にアルベルティーナが可愛い。実は孫もいる。

 


「お前! 本当に不敬だな! アルベルティーナが本を読んでいるときや眠るときに自分から選んで手に持っているし、抱きしめているんだぞ!? たまにそのまま庭に持って行っちゃうし……

 取り上げろというのか!? 滅茶苦茶可愛い! 控えめに言っても、凄く可愛い!」


「然様ですか。それはよろしかったですね」


 呆れたように冷たくあしらうジュリアスだが、内心は頭を抱えている。

 そういえば、誘拐から戻ってきたばかりの頃のお嬢様は酷く寂しがり屋であった。幼い頃はお気に入りのお人形やぬいぐるみを抱っこしていた。

 グレイルから贈られたものなど、特にお気に入りが多かった。


(あのあざとさの塊……っ! 無意識に仕出かしやがって……)


 あの無意識にあざとさが主成分のアルベルティーナならありうる。

 ジュリアスは無駄に外見がパーフェクトで幼女みのあるアルベルティーナをよく知っている。あの姫様は軽率に周囲を悩殺する。色気ではない何かで。

 愛妻の忘れ形見であり生き写しであるアドバンテージがあるとしても、あの魔王を手玉に取った女だ。


「それに、グレイルを失って傷心しているのは間違いない。少しでも、手慰みにでもなればいい。

 医者の見立てでは、無意識な子供帰りかもしれない。得体のしれないドングリトカゲよりは、まだぬいぐるみのほうがましだろう。

 魔力暴走の魔道具破壊の数は減ってきたが、マクシミリアン侯爵家が出てきてからまた桁違いに上がった」


あの丸い怪獣もどきが顔を出すと、アルベルティーナはすぐに花のような笑みを浮かべて呼びかけ、膝にのせるし抱きしめる。

 妙にむしゃくしゃして、ご機嫌なあのどんくさい生き物を何度踏みつけたことか。アルベルティーナに見つかればその度に咎められたが。

 しかし、そんなムカつきも吹き飛ぶような情報にジュリアスは内心動揺する。こくり、と無意識に喉を動かして嚥下した。そして、それを誤魔化すように声を潜めた。


「……いつから?」


 魔力暴走など、聞いたことがない。アルベルティーナは、幼い頃からきちんと自分を律していた。多少不調にすることはあったが壊すことはなかったはずだ。

 アルベルティーナの魔力は高い。そのため精神的な揺れが激しいと、周りの魔石や魔道具に干渉してしまうのだ。術式などが繊細なものは特に影響がしやすい。

 きちんと魔力を循環させ、完結させた魔法であれば道具は壊れない。無意識の漏れが歪んだ形で作用している。

 魔力が回復しきったのか怪しい状況で頭の痛いことだ。魔法禁止を言い渡されているはずだが、精神不安が原因では下手に注意するのも憚れる。ただでさえ、アルベルティーナの状況は同情しても余るほどのものだ。


「グレイルの死からだ。それまでは、結界を張っていた頃ですら無かったと聞く……相当堪えているのだろう。

 自覚症状がないからな。刺激しないためにも今は教えていない。気持ちに整理がつかないのだろう」


「やはり、傷は深いですか」


「あれを見て何も感じないわけがないだろう。戦場でもあそこまで悲惨なのはそう見ないぞ。

 ……気が狂わなかっただけあの子はよく頑張った。できればそっとしてやりたいし、あの子が望むものは出来れば傍に置いてやりたい。玩具でもドングリトカゲでもな」


 それくらいで済むのだから、寧ろ安い物だろう。

 代替にすらならないが、その痛みを誰かが取り除くのも治すのも難しい現状。

 生きていれば肉体的な傷はいえるが、精神的な傷は時間が治すとも限らないのだ。

 完全になくすとなれば、それこそ生きたグレイルを連れてくるしかない。

 死人を蘇らせるなど、神の御業だ。そうでなければ悪魔の仕業。人間の領域では禁忌である。できたとしても蘇生というものは神話や伝説上のもの。

 数ある教会や宗教の聖女や聖人でも難しいと聞く。できたとしても、多大な犠牲を伴うか、かなりの条件が必要である。それでも可能性にとどまるほど難しいことだ。

 結局はできることはない。時間が薬になればいい。徐々にアルベルティーナ自身が、その感情を整理するしかないのだ。


「アレがなにかフォルトゥナ家でもわからないのですか?」


「知らん。紛れ込んだのか、連れ込んだかもわからない。

もともと王城や宮殿関係には精霊・妖精・亡霊といった逸話が多すぎる。

 この手の話は、ある程度歴史ある場所にはつきものだ。王城や教会、宮殿、遺跡ではない方が珍しい。

 もともとこの大陸の国の発祥の多くは神話を紐解くことになるし、邪龍だの異界王だの神霊だのがついて回るぞ。

 ラウゼス陛下のごきょうだいにも、魔力が強い方にはそういった話はあった。

 ルーカス殿下もかつては火の精霊か妖精を見かけたことがあると聞く……まあ、一度ではあったが珍しい部類ではないのだよ。

 噂や一般的な情報より掘り下げるとなるとそれこそ、王家秘伝の特殊な書物か、特定の一族の口伝のみだ……ヴァニアあたりであれば喜んで調べそうだが、アルベルティーナがドングリトカゲを預けるのを嫌がりそうだしな」


 奇しくもアルベルティーナが調べていたことである。

 ジュリアスは思った以上に厄介で業が深そうな情報に軽く引く。

アルベルティーナをそんな場所に住まわせていいのかと思ったが、そもそもあの王宮は王族にとって最後の要塞としての意味もあるのだ。陰謀渦巻く権力争いも日常茶飯事だし、今更かもしれない。

 ジュリアスとてその手の話を聞かないわけではないが、おそらくクリフトフは四大公爵家出身だけあってもっと詳しいのだろう。


「アルベル様が溺愛していますからね……だからこそ、危険なモノであれば排除せねばなりません。不可解なものは除去したほうがいい」


「……雑魚にも程があるぞ? 勝手に転んで泣いているし、池の亀に負けているぞ?」


 幼児のようだ。そう思ったジュリアスは悪くない。

 クリフトフも微妙な顔をしている。恐らく、クリフトフもできれば叩き出したいと思っているのだろう。アルベルティーナの溺愛ぶりを見て諦めただけで。

 だが、危険視するのも馬鹿らしいほど弱っちいのが余計腹立たしい。


「雑魚妖精モドキの分際でアルベル様の膝だの寝所だのに平然と乗っているのが不愉快です。番犬にもならない癖に、餌の要求だけは一丁前ですよ」


「愛玩動物だろう。あれは」


「純粋に腹が立ちます」


 それに尽きる。役立たずの分際で、特等席でアルベルティーナの傍にいる。

 思いっきり内心を暴露したジュリアスに、どこか達観したような真顔になったクリフトフ。貴族の体面もなくどうしようもない心の暴露大会になっている。二人きりだが。

 もし、アルベルティーナが今のクリフトフの顔を見たら「チベットスナギツネ……いえ、目力がちょっときついのでマヌルネコですわね」といいそうな真顔だった。どうでもいい余談である。


「心の狭い男だな。やきもちか」


「………は?」


 図星である。

 取り繕いそびれたその声の低さにクリフトフの伯父センサーが鋭敏に何かを感じ取った。


「おい、貴様。アルベルティーナに懸想したら潰すぞ。あの子は確かに可愛いし可愛いし、可愛いが身の程を知れ」


「語彙が死んでますね」


 ジュリアスは豪胆だった。そもそも、今更遅い。いつだって落とす気満々だった。フォルトゥナ次期公爵の洒落にならない脅しを、鼻で笑った。

 この男の弱点はもう押さえている。そして、その優位性を覆させない自信もあった。だからこそできる不遜な態度であった。


「可愛いという言葉はクリスとあの子のためにあるんだ!」


「その割にはいまいちその思いは届いていないようで、ご愁傷様です」


「口の減らない男だな……まあいい、アルベルティーナのお願いだから貴様に協力してやるんだぞ!」


「良かったですね、アルベル様に話しかける口実ができて。最近、奥様に役目をとられて随分拗ねていらっしゃったそうで」


「ううむ……トリシャなんだが、最近随分と生き生きしていて……その、怖い。なんかしそうでとても怖い。

 マクシミリアン侯爵家のオーエンとヴァンは、トリシャが動く前に済ませたいところだ」


「ああ、苛烈な方ですからね」


「トリシャはとても愛らしいぞ? 大好きな人のために一生懸命な女性なんだ」


「………伯爵様のソレは血筋ですかね」


 アルベルティーナのジブリールに対する溺愛ぶりとよく似ている。

 愛する人間を大らかに全力肯定するのは、グレイルも似たような節があった。似た者同士なのだろうか。


 読んでいただきありがとうございましたー!

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