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二十一話

 群れに飛び込んだ影秋は、走る速度を落とさないままで両手を広げた範囲に蠢く邪妖たちを、片っ端から斬り付けていく。同時に内側へと引き込んで集めていき、両手の指では足りないほどの塊になったところで唐突に横に逸れる。


 そのすぐ後ろに追従していた幸継が刀を振りかぶり――


「破邪顕閃!」


 白光を纏う刀を振り下ろす。その一太刀は文字通り邪妖を、その大元である瘴気を消滅させた。


 それが己の天敵であると本能的に理解して、邪妖たちは動きを緩慢にする。逃げたり怯えたりしないのは、そこまでの意思がないためだ。これが動物を主にしたものなら、また違った反応を見せるだろうが。


 何にしろ、存在すら怪しい瘴気の塊など、幸継にとって恐れるものではない。単純作業と化しつつある浄化をしながら山を登っていく。その途中で、唐突に邪妖の群れが動きを止めた。


 そして綺麗に二つに割れる。あたかも後ろから来る尊い相手に道を譲るように。


 その印象は間違っていなかった。奥から現れたのは、雑兵とは比べくべくもないほど濃い瘴気を纏った壮年の男。瘴気溜の核となった人物――元九条家一門衆、世木徒長だ。

 彼は幸継を見るなり、憎々しげに顔を歪めた。


「またも私の領土を踏み荒らすか、御柴幸継」

「土地は誰のものでもないし、そなたは管理者としても相応しくなかった」


 相対した幸継は、きっぱりと断じる。


「あの地は私が手に入れたのだ! それを、頼宗の奴め! 長く仕えた私の忠心を裏切りおって。己が脅かされるのを恐れたに違いない……」


 頼宗が徒長に改易を課したのは、単に徒長の支配が九条の目指すものではなかったせいだ。


「そなたの支配は酷いものだったらしいな。民の蓄えを根こそぎ奪い、人とは思えぬ生活と労役を強いたとか。……頼宗殿がそんな暴挙を許すはずがない」

「黙れ! ようやく、ようやく手に入れた私の土地だったのだ! 私の自由にして何が悪い! それもこれも、貴様ら御柴がしゃしゃり出てきたから……!」

「私たちが手を出さずとも、早晩そなたの支配は終わった。戦支度をした瞬間から、兵に逃げられたのがその証」


 徒長にとっては顔がない『兵士』。しかし彼らは意志ある人間である。

 自分を虐げる者のために、誰が命を懸けて戦えようか。徒長は軍を構成することさえままならなかった。


 結果、徒長は戦もできず撤退を選び、本拠清雲へ逃げ帰った。そこで土地を護れなかった咎を責められ正式に改易を言いつけられ、一門衆からも追放されている。


(それでも、隠居の道はあった)


 九条は徒長から多くの権限を剥奪したが、日々の糧を失うほどの無理を強いたわけではない。確かに温情は示されていたのだ。


 しかしそれで徒長が納得したかどうかは、現状が示す通り。


「その恨みが、瘴気に誘われたか」

「身から出た錆だろうに。他人のせいにしてたら、いつまでも何も手に入らないぞー。もう遅いけど」

「黙れ! 私の能を認めぬ輩が愚かなのだ!」


 口に出したことでより恨みを募らせたか、あるいは影秋の言葉が余程癪に障ったか。徒長が身に纏う瘴気が一層どす黒く染まっていく。


「この上は、頼宗様にも分かる明確な結果を持って、我が力を証明するしかあるまい」


 口角を吊り上げ、醜悪に笑った徒長から、威圧感が増していく。


「来ますよ」

「分かっている。鎮めよう」


 徒長の放つ気配は、最早人ではない。原初の闇に一人残されたかのような、本能的な恐怖感を与えてくる。

 だがその威容は幸継にとってすでに慣れたものであり――己自身に光を宿す幸継にとっては、然程恐れるものではない。


「小童が……。四方八方、敵しかおらなんだ九条の旗揚げより付き従った私の剣が……貴様如きに後れを取るかァッ!!」


 叫び、初老に差し掛かる年齢を感じさせぬ速さで突っ込んでくる。


 邪気の塊と化した徒長が通った個所は、穢れに満ちて草木を腐らせ、生命を奪う。それは人であっても同じこと。

 常人であればそのまま悪気に呑まれ気脈を狂わせ、即座に死にかねない。


「万照の大神よ。祓いたまえ、清めたまえ」


 指を揃えて刀身をなぞり、己の身に宿る加護を呼び覚ます。白銀の燐火を纏った刀を手に、幸継も徒長と向かい合う。


「疾ッ」


 薙がれた刀を受け止める。白と黒が反発し合い、すぐに白の優勢へと変わる。腕力は――幸継が上。拮抗の時間さえほとんどなく、押し始める。


「ぬ……っ」


 劣勢を感じた徒長が引くことを考えた瞬間に、幸継は刀を跳ね上げた。


「禍魂祓頸!」


 無防備となった体へと、袈裟懸けに斬り下ろす。瞬間、徒長の体が異様な速さで後ろに引っ張られた。

 気付けば周囲の邪妖は数を減らし、瘴気が徒長一人に集まりつつある。

 纏う瘴気のせいで、徒長の体が二倍ほどに膨らんだように見えた。


 変化はそれだけに納まらない。山の上の方から、絶え間なく瘴気が流れ込んでくるせいだ。ついに瘴気は幸継自身へと手を伸ばす。


「廻る日の理を以って、乱気を正す! 五功封陣!」


 大きく腕を振るい、影秋は五行を表す星の頂点へと苦無を打ち込む。刺激された気脈が星を結んで線を繋ぎ、簡易の結界を構築した。内側に入り込めなくなった瘴気が、結界の周りで苛立つように渦を巻く。


「かなり重いです! 幸継様、早めの決着を希望します!」

「努力する!」


 叫び、今度は幸継から仕掛ける。

 最早黒い靄でできているような徒長の刀と打ち合い――幸継の神光は目に見えて瘴気を削っていく。


「ぬぅ……、ぬぅっ……!」


 口惜しそうに呻きながら、徒長はじりじりと足を引く。影秋の結界から逃れようとしているのだ。


「悪いが、持久戦には付き合えない」


 言って一旦距離を空けると、幸継は刀を鞘に納める。それは剣筋を隠した、必殺の一撃のため。


 鞘を滑り、瞬速で薙がれる一刀。宿った白光が剣閃を追い、軌跡を示して空に溶ける。

 その位置は、首。焼失した瘴気の奥から、生身の赤が覗く。


「お、おおぉ……っ」


 悲鳴を上げ、ただそれだけを目指して徒長は必死に結界の外へと転がり出る。追った幸継が再度瘴気が集まる前にと、徒長の頭へ狙いを定めたとき。


「?」


 違和感に気付く。周囲の瘴気が、幸継の神気によって見る間に浄化されていく。


(瘴気溜の方で何かあったか……?)


 何にせよ、瘴気の流れ込みが絶えてくれたのなら、これで決着だ。

 幸継は仕上げとばかりに徒長が纏う瘴気に刀を突きさす。途端に瘴気は大きく震え、風を巻き起こして徒長から吹き出し、離れた。


「待て! 待て! 行くな!」


 哀れに叫び、徒長は手を伸ばす。しかし空へと逃げた瘴気もまた途中で光に焼き消される。


 頼った瘴気を失い、残ったのはやせぎすの老人一人。


 実年齢はもっと若かったはずだが、残った徒長は生命を搾り取られたかのように活力を失っていた。

 現れた時の威容は夢か幻であったかのよう。空へと伸ばされていた徒長の手が、力を失ってぱたりと落ちる。


「どうします、幸継様」

「瘴気に唆され、御柴を襲ったという証は残念だが立てられない。領土をふらふらさまよっていたから捕らえたとでもいうのがせいぜいだ」


 それに、九条との間に火種を抱えるのは避けたい。今の九条と御柴が争えば、戦が長引くのは目に見えている。それは犠牲を増やし、邪なるものを活発化させるだけの行いだ。


「ふは、ふはは。捕らえる? 私をか。ふざけるな。そんな真似をされれば、頼宗の小僧は今度こそ嬉々として私を殺す」

「……」


 乾いた笑い声を立てる徒長に、幸継は答えなかった。頼宗の心情はともかく徒長の言う通りになるだろうし、何より、誰が手を下さずとも徒長はもう長くない。命が枯れているのが明らかだ。


「私は、死なぬ。私はこんな所では終わらぬ! 私は乱世の覇者となるのだ!」


 ゆらり、と徒長から黒い影が立ち昇る。己の感情のみで、命そのものを瘴気と化しているのだ。

 しかし死期の近い徒長のそれは、輪郭も定まらぬ危うい姿をしている。同時に、それが体から抜け出た途端に徒長の顔は更にげっそりとやつれ、土気色へと変わっていた。


「そこまで瘴気と結ぶか」


 命を絞り出した徒長の欲望は、鉄砲のようなものを構えていた。

 おぼろげな靄でできた鉄砲が、果たして現実にある物と同じ力を発揮するかは怪しい。しかし無視はできない。


「貴様ヲ殺セバ、私ハ、英雄ダ……!」

「――馬鹿め。貴様に英雄の器などないわ」


 勘気の強い男の声。はっと徒長が反応し、そちらを振り向く。その眉間を鉛の弾が撃ち抜いた。

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