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零細ダンジョン Ⅰ

 神々と魔王の戦いから早一千年。

 世界は荒廃から立ち直り、神々の協力の下に再び訪れるであろう魔王との戦いに備える、筈だった。

 神々から与えられた力はいつしか戦争の道具と成り下がり、違う形で世界は荒み始めていた。

「そんな話はもう耳が潰れるぐらい聞いたよ。軍人が野心丸出しにして世界中で戦争を起こしているのが気に食わなくて、且つ自分の息子がその軍人だから尚気に食わないんだろ、爺ちゃん?」

 昔ながらの木造平屋の家は、見た目には廃屋とそう変わらない。

 先祖代々受け継いで来た棲み処と言えば聞こえは良いが、何処かへ移り住む気もそして金も無いと言うのが我が家の実情だ。

 平屋ながら六つの部屋を備えてはいるが、今使っているのは三つ程度。

 俺と俺の祖父の部屋と共同の居室の内訳で、今はその居室で毎日同じ文句を垂れる祖父に付き合っている。

「バァカヤロー!神様の言うことも聞かねえで、折角の賜り物を罰当たりな使い方しやがって!」

 手にした湯呑を叩き割らんと腕を振るう祖父の頬は上気している。

 傷だらけの卓袱台に置かれているのは、薄汚れた瓶。

 湯呑にその中身を注ぎ込むと、祖父は一息置くこともなく一気にそれを呷った。

 今日は非常に機嫌が悪いらしい。

「おうそうだなー」

 俺はと言うと、話半分で観察をしつつ準備をしていた。

 斜め掛けの小容量の背嚢に、不格好ながら金属を円筒形に加工した水筒と手拭いに昼飯となる粉を練り上げた物体を詰め込み、席を立った。

「んじゃ、俺は行って来るから」

「んあーのやろぉ……むにゃ……」

 ここ一年程、この家に来てからと言うものの祖父の飲酒量は日に日に増え続け、最近では俺が在宅の間に飲んでいない姿を見た覚えがない。

 自分の息子であり、俺の父親のことを悪く言うことに終始し、俺の姿を認めているのかも怪しい。

 それでも、今の俺の育ての親という事実に変わりはないため、程々に面倒を看ている。

 薄暗い玄関を潜れば、人里とは何ぞやと言わんばかりの草原が広がっていた。

 所々に点在する廃屋は、俺が生まれた時から既に同じ様相だったと聞いて居る。

 その昔こそ有力な都市への宿場町としても栄えたらしいが、その面影は皆無で残るはこのボロ一軒家のみ。

 街道筋を外れた、町外れの林へ迷うことなく足を進める。

 伸びるに任せた雑木林は一歩踏み入っただけで、道らしい筋すら見付けることは出来ない。

 素人が森や山に入って出られなくなるのは、同じような景色が続くことと直進が難しいことにある。

 それは毎日同じ場所へ出入りしている者でも例外とは言い切れない。

 では、そこに見えない導きが加わったとしたらどうだろうか。

「……ん、昨日の雨で少し変わったのか……こっちか」

 未明まで降り続いていた雨の所為か、若干道が違って見える。

 だが、俺にはすぐに目的地への道順が分かった。

 泥濘に気を付けつつ奥へ奥へと踏み入って行くと、少し開けた所に石を削って作られた祭壇のようなものが見えた。

 その祭壇の手前には花を供える小さな筒が埋まっており、水滴の重さで頭を垂れる花が二輪差してある。

 これを差したのは、他でもない俺で、何も意味の無いものと言うことではない。

「さって、今日も始めますかね……」

 祭壇に相対すると、パンと手を打って目を瞑る。

 薄れ行く意識と浮遊感に耐えると、ほんの一瞬意識が途切れた。



「起きろ怠慢野郎」

 ぼやけた意識の外から浴びせられたのは、簡潔な罵声だった。

「ご挨拶だな、貧乏カミサマ」

 目を開けると、そこには顔があった。

 歳の頃は十を過ぎたあたりか、かなり幼い顔立ちに似合わない眉根の皺が特徴的な少女だ。

 艶やかな金髪の前髪は真横に切り揃えられており、それがより幼さを増長している。

「全く、いい加減に神界(仮想ダンジョン)への転移には慣れて欲しいもんじゃ。毎度毎度起こす方の身にもなってくれんかの?」

 小言を無視して起き上がれば、鬱蒼とした樹林は何処へやら。

 色の濃い木材で拵えられた長椅子に横たえられていた身を起こすと、正面には小さな祭壇のようなものが鎮座する石造りのホールの中に俺は居た。

 天井の高さは目測で三メートル程度、他に目につくような物もなく唯一のベッド代わりである長椅子から立ち上がり、幼女のような少女の立つ祭壇の側へとゆっくりと歩み寄る。

 蝋燭が二本とよく分からない言葉の刻まれた古ぼけた石板、供え物らしい杯の中身は恐らく水。

 その正面に跪き、小さく頭を垂れ、

「天より遣わされし神の慈悲と恵みに感謝します」

 そう短い祈りの言葉を唱える。

 すると一瞬俺の身体と石板が淡く発光し、仄かに暖かさを感じた。

「ん、日課ご苦労さん。爺は相変わらず飲んだくれおるのか?」

 膝の土を払いながら立ち上がると、肩掛けにしていた背嚢を長椅子に置く。

 そして中から取り出した水筒の蓋を開けて杯の中身をそっくり移し替える。

「昔同じように四六時中酒が手放せない奴を見たが、まあ長くはないな。多分そのうち死ぬ」

「薄情じゃのう、例えば心を鬼にして酒を取り上げるとか、医者に見せてやるぐらいしても良いじゃろう。曲がりなりにも家族じゃろ?」

「前にも言ったろ。こっちは予め釘を刺されてるんだよ」

 それはあの家に最初にやって来た時のこと、玄関先で出迎えてくれた祖父は既に出来上がっており足取りは怪しかった。

 そして開口一番、「俺から酒を取り上げたり医者なんかに見せようってんならすぐに放り出してやるからな」と警告をされていた。

 俺はその時、祖父の介護か最期を看取るためだけに追い遣られて来たのかとも思ったが、果たしてその通りになりそうだ。

「それでも一応は育ててもらった恩もあるんじゃろうに。お主にここを教えたのも、あの爺じゃ」

「分かってるよ。大体、素面の時は面倒見がいいことも知ってるよ」

 杯が空になったことを確認すると、それを元の位置に戻した。

 途端に、杯の底に何滴かの水滴が現れ、そしてみるみる内に溢れる寸前まで水が満たした。

 杯を置いた場所には何の変哲もない石ブロックしか無く、当然誰も水を注いではいない。

「初めてコイツを見せられた時は随分驚いたもんだ。独りでに水が湧く器なんてものが存在するとはな」

「それが神界と言う場所であり、隔絶した世界の理であるのじゃ。で、今日は何処まで行くつもりじゃ?昨日は確か地下九階まで到達しておったんじゃったかのう」

「行けるとこまで行くだけさ」

「あのなぁ……毎日毎日階層を創り出す苦労をいい加減理解してくれんか?それによって調整やら調節が必要になるんじゃから適当では困るのじゃ」

 頬を膨らませながら抗議する少女。

 この空間における支配者である彼女の機嫌を過度に損なえば、最悪この場所に取り込まれる危険もある以上あまり邪険にするわけにも行かず、俺は少しばかり頭を捻った。

「……じゃあ、昨日と同じ地下十階で頼む」

「ふぅむ。敵の強さは同じで良いか?当然出現位置や攻撃手段は変えるがの」

「それで構わない。……あと、なるべく人間に擬態した敵は減らしてもらえないか?まやかしとは言え気分が悪くなる……」

「阿呆!訓練とは実戦よりも辛く苦しく無けりゃ意味ないじゃろが!お主は身体能力についてはともかく、魔法技能とそのちょっとどころかそれなりに曲がって歪んだ精神を鍛えねば魔王軍には敵わぬ」

 勢いよく突き出されたか細く白い人差し指が真直ぐ俺の鳩尾を指す。

 少女の言葉は尤もで、返す言葉もない。

 誤魔化すために愛想笑いをしながら、水筒の中身を口に含む。

 何てことは無い、しかしよく冷えた無味の水。

 実はこれも所謂神の奇跡とか、慈悲や恵みと呼ばれる所業の産物である。

「はぁ、水が美味い」

 思わず漏れ出す感想も素直になるというもの。

「しかし不思議じゃのう。何故お主は毎回毎回、空の水筒を持ち込むんじゃ?家を出る時に入れて来ればよいものを」

「そんなもん簡単なこった。飲める水なんてあの周辺には無いんだよ」

「ほほう、ではどうやって生活を営む?」

 もう一口、奇跡の液体を飲み込む。

 喉越しも良く、息が漏れ出す。

「山を下って共同井戸を使うか、沢の水を煮沸するかだな」

「それはさぞかし不便で生き辛いことじゃろうて。やはり神の名を広めると共にその慈悲を与えるべきじゃ、のう?」

「熱心な布教活動に意欲的なところ悪いが、祭壇周辺に住んでるのはウチだけだし麓の村は別の神様を信仰してるんだって。だから麓の村々は井戸が配るぐらい余ってて、余所者の俺にも水を分けてくれる」

「むぅ……。そりゃあ信者が二人ではあの杯一杯分しか水の恵みも出せぬのも道理じゃし、千人単位で信仰されておれば恵みも広く多大なものになるのも道理じゃ。じゃからこそ!お主はワシのために布教活動をする義務があるのじゃ!」

 わたわたと両手を振り回す少女。

 祖父と同じようにまともな会話相手が居ないと、いざその相手が現れた時その鬱憤のようなものを晴らす勢いで話を進めるのは止めていただきたい。

「考えとくよ。第一、ここで訓練して帰ったらもうへとへとだ」

「当たり前じゃ、追い込まずして訓練など意味があるわけないじゃろ!」

 癇癪を起したかのように理不尽に怒りだすのもいつものこと。

 そろそろ頃合いかと思い、再び背嚢を肩に掛けてしっかり身体に固定すると祭壇とは真逆の方向にある重厚な雰囲気の扉に手を掛ける。

「良いか?」

 問い掛けに、少女はまだ言い足りないと言わんばかりにもう一度頬を膨らませる。

 しかしそれ以上の口撃は無かった。

「うむ、丁度今出来上がった。きっちり絞ってやるからの」

「了解。行って来ます」

 扉のドアノブを下ろしつつ体重を掛けて向こう側へ開けると、等間隔で松明が焚かれた坑道のような洞穴が真直ぐ伸びている。

 振り向くことなく数歩前進し、扉が独りでに閉まった音を聞いてから振り返ると、扉がある筈の場所には何も無く石や岩が積み重なり行き止まりとなっていた。

 いつもどおり松明の灯りを頼りに足元に注意を払いつつ一本道を進む。

 やがて、出口らしい光が見えた。

「さぁて……今日はどんな嫌らしい仕掛けがあるのかなっと」

 洞穴を抜けると、そこは穏やかな薫風の吹く草原だった。

 一瞬祭壇の転移から戻って来たのかと錯覚に陥るが、早速この神界でしか出来ないことを試してみる。

「対魔王軍特効法撃術、略して魔法、ね。どれ……《砂利飛ばし》(グラーブルアタック)!」

 そう宣言すると、足元に転がる砂利が勢いよく前方へ飛んでいく。

 小規模ながら砂埃も巻き上げたそれは、所謂神の奇跡と呼ばれている。

 嘗ての魔王との戦いの際に荒廃した大地に水を与えたのが神の恵み、そして魔王に立ち向かう手段が神の奇跡と称され一応の大別はされている。

 神の慈悲とはより広義で、観念的な意味合いで便利に使用されている。

「相変わらず……だな」

 自嘲気味にそう呟くと、一通り周辺の景色を眺める。

 すると、向かって右の方に村らしい家々が見えた。

 取り敢えずまずはそっちへ向かうことにして一歩踏み出す。

 この世界は、造り物だ。

 踏み締める土も、頬を撫でる風も、そして草の青臭さも全てはまやかしで現実のものではない。

 しかし、試しに適当な草を千切って口に放り込んでみれば嫌な苦味が口の中に広がる。

 転んで肘や膝を擦りむけば、血も滲み痛みもある。

 それでもこの世界の全てが泡沫のように実体が無い。

 それは死でさえも、例外ではない。

「っ!」

 不穏な気配を察知し、瞬時にその場から飛び退くと地面が割れ何かが這い出て来る。

 青白い皮膚をした筋骨隆々の大柄な人間のような怪物。

 緑とも茶色とも断じ難い濁った瞳が俺を捉える。

 今日の魔王の手下のレプリカは、随分と人間に近い形をしている。

 初っ端からこれでは先が思い遣られる、等と考えながら腰に差しておいた一振りのナイフを取り出す。

 刃が片方にしかないマチェットのような形状で、それを構え油断なくその初動を見極める。

「グガァ、ガァァ!」

 怪物は醜悪な臭いを放ちながら、咆哮すると勢いに任せて突撃を敢行してくる。

「っ」

 右手を前面に突き出し、俺を捕まえようと前のめりに走り寄ってくるのを見て即座に真正面から迎え撃つ。

 距離が触れ合うほど近付いた瞬間、一気に身を屈めて懐へと入り込む。

 怪物はそれに対応出来ない。

 恐らく、目の前で突然消えたと認識していることだろう。

 その姿を探そうとした瞬間に勝負は決している。

 無防備な胸部に深々とナイフを斬り付け、そのナイフの軌道に沿うように怪物の斜め後方へ抜ける。

 派手に体液を噴き出し痛みに悶える様を確認し身を翻すと逆手に持ち換えたナイフを、首元に突き立てると断末魔を上げて動かなくなった。

 最初の敵なだけあって簡単な戦闘だ。

 黒い体液を垂れ流しながら仰臥する怪物から得物を引き抜くと、肉を抉るような感覚が手に伝わり不快感に顔を顰めた。

 だから人型は止めてくれと言ったのだ。

「おっと、気は乗らないが成果物は貰っていかないとな……」

 心臓があると思われる左胸部に刃を入れ、皮を捲り少し肉を切り裂くとそこには鈍い光を放つ群青色の金属質な石が埋まっていた。

 大きさは握り拳より少し小さい程度。

 その物質は装飾品の加工などに用いられる原材料の一つで、高価とは言えないもののそれなりに流通する素材だ。

 ただ売り払うだけの価値で暮らして行くのにはかなりの数が必要となる。

 実際に俺が祖父と暮らすにあたっての原資となっているのは、この世界で集めた物資の売却金が大部分だ。

 先程この世界の全てはまやかしとも言ったが、持ち帰ることが出来る例外がある。

 それが経験と拾得した物資だ。

 溜息交じりにその石を背嚢に仕舞うと、背後に気配を感じた。

 今度は敵のものではなかった。

「どうじゃ、今日の調子は」

 この神界の支配者である少女だった。

「無理。吐きそう」

「戦闘中に吐かねば問題あるまいて。それよりも、お主の爺がちょいと危うい感じがするぞ」

「何?またか……分かった、一旦中断してくれ。介抱してくる」

 ナイフを腰の鞘に戻し、こめかみに指を当てながら祖父の酔い潰れて転がる姿を思い浮かべる。

 吐瀉こそしないものの、暴れて傷をこさえるのは勘弁して貰いたい。

「うむ、貴重な信者なのじゃから長生きして貰わねば困るのう。ほれ、目を瞑れ」

「ん」

 言われるままに目を瞑ると、再び意識が揺れ、遠退いて行った。

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