【ココロノチ】、昇華。
(解題)
この作品はアメリカの作家フラナリー・オコナー( Flannery O'Connor 1925-1964)の短編小説"Everything That Rises Must Converge"(邦題『高く昇って一点に』1965)を範として書いたものです。
同作は主人公の母親が黒人の子供に施しをしようとしたところ、その子の母親に拒絶されたという些細な出来事から精神崩壊を始め、その崩壊が顔に現れ野獣へと変貌していくという内容でした。アメリカにおける黒人差別が解消されつつあり、肌の色に関係なく共存できる社会になろうとしていく中、いつまでも白人優位の思想を持っていた主人公の母親は破壊される運命にあったということでしょう。
拙作は、このオコナーの代表作とも言える作品を範として、舞台に日本に変えて時代に乗り遅れた母親の崩壊を描いてみました。あと、闇妖すみれが提案した【ココロノチ】プロジェクト参加作品でもあります。【ココロノチ】と【嫌われ者の化物】を作品に盛り込むことが条件とのことです。
では、拙い作品ですが、お付き合いいただければ幸いです。
感想は好意的なものだけお願いします(笑)
言うまでもないことですが、転載は一切禁止です。
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明日から中学生なんだから、これからは床屋で髪を切ってもらうよ。
だから、今から床屋に連れて行くよって。
母はいつもこうやって突然言いつけてくる。天気のいい春休み最後の日。外の空気は気持ちいいけど、ぼくは家でゆったりとすごしたかった。だから突然の外出に、気だるさよりも胃の辺りに感じる熱気のせいで腰が重くなった。
いつものようにベランダでの散髪を宣言されることは、もうないのだろう。我が家のベランダは広く、二階の半分を占めている。幼稚園児だったころはここで友達とボール遊びも出来た。父はここにプールベッドを置いて、今みたいなゆるやかな日差しを浴びながら昼寝することを好んでいた。持ち主のいなくなったベッドは捨てられることもなく手入れされることもなく放置されている。
ベランダが国道に面しているものだから、ここでの散髪は通行人たちの格好のコメディショーとなる。クラスメートが通りがかろうものなら、体中の毛穴という毛穴から生気が噴き出してくる。屈辱感と羞恥心は、母に抗えないというあきらめ気持ちに抑え込まれ、ぼくはただ無力に、事が終わるまで誰も家の前を通らないことばかり祈り続けていた。そんな無観客を望む滑稽なステージが終幕を迎えるということと、これからは定期的に母と外出しなければならないのかという、苦痛と覚悟の等価交換が、自分の意思とは関係ないところで成立していた。何の利益もない、面白みのない取り引き。
自分が当事者であるはずなのに選択権がない、こんな取引に利益なんてあるはずがない。そもそも明日から中学生だってことも、ぼくの意思とは関係なく、受け入れなければならない。拒んだところで明日は必ずやってくる。つい半月前まで通っていた小学校には、もはやぼくの居場所はない。何ひとつとして、ぼくの希望するものがない。
突然の外出宣言から30分、いつものように待たされている。母と出かけなければならないという、これから始まる恥辱の数時間への憂慮が、ぼくの心から落ち着きを奪い、ゲームで時間を潰そうという気持ちにもなれなかった。母の気配や母の匂いから少しでも離れたくて、玄関と国道に挟まれた、人間が二人横並びに歩くことの出来ない狭い歩道に出て、国道を走る車の台数を数えながら、きたるべき時を待っていた。ぼくの家に囲いはない。一階の庇が歩道にはみ出てるような気がする。片側一車線の国道を、昼も夜も絶えることなく車列が通り過ぎていく。舞い上がるほこりを全身に浴びる日々は、中学生になる明日からも変わることなく続く。母の身体から絶えず噴き出している奇妙な匂いを持った空気を浴びる日々もまた、変わらない。
母が出てくるまでに30分待たされた。
ぼくがつかの間の自由を得る時間も五十分先延ばしにされたわけだ。
血の巡りを感じない白い仮面の上に、紫の細長い羽のついた紺色のベレー帽が載っている。母のお気に入りの帽子だ。今まで何度となく、男性との初対面に同行させられたとき、いつもこれをかぶっていた。
今日も誰かと会うのだろうか。床屋に行くのは、そのついでの用事なのだろうか。母のデートにつき合わされるときはいつも、行き先や用事を告げられることなく、ただ「出かけるよ、準備して」とだけ言われ、この帽子で目的を理解するのは常だった。母がどんな男の人と会ったときも、この人が新しい父親にはなりそうにないなって予想して、その予想が外れたことはなかった。そして、今日の帰宅がかなり遅くなりそうだって言う予想は、きっと外れないだろう。
バス停に向かう。歩道は狭いから二人並んで歩くことが出来ない。ぼくにとってこれは幸運だった。母と横並びに歩くと母は必ず腕を組んでくるか肩を抱いてくる。肩に置かれた手にぐっと引き寄せられ、母の身体と密着する。だいぶ背が伸びてきたとはいえ、ぼくの身長は142センチ、やっと母の肩の高さを超えたところだ。同級生たちよりも少し背が低く、細い胴体は前に会った男の人の大きな両手でつかまれて担ぎ上げられたときに両手の指が届きそうなくらいだ。その男の人にやすやすと肩車されてしまった細くて軽い身体のせいで、肩にまわされた母の手の力にあっさりと押しつぶされ、美容には気をつけているらしい細い身体の中にめり込むような格好で抱かれてしまう。そんな姿勢で歩くことを、ぼくには拒むことができなかった。いまよりまだ背が低かった4年生くらいまでは母の胸に頭を押し付けられることがたまらなく不愉快だった。出産経験のある中年女性らしい、丸みのある大きな胸が歩くたびに揺れるものだから、ぼくは顔じゅうを妖怪の大きな舌でなめ回されてるような恐怖感と不快感で、体中にかゆみを覚えるほどだった。
家からバス停までの道は狭いから、一列で歩かないといけない。ぼくは母の姿を視界から追い出すために、母の前を歩いた。小さかったころみたいに無邪気にに縁石ブロックの上を歩こうものなら、即座に母の魔の手に捕まってしまう。この不愉快な外出から少しでも早く解放されようと、しだいに歩く速度があがっていった。
早歩きが無意味だってことをバス停の時刻表が教えてくれた。立ち止まる時間が長くなっただけ。母から少し離れた場所の縁石ブロックに乗った。すぐさま母の左手に袖を引っ張られ、頭をぎゅっと母の硬い肩に押し付けられた。性別がひっくりかえった恋人同士のような格好。母の体温がぼくの身体に粘ついて、このままお互いの身体が溶けて一つの身体になるような気がした。二つにちぎったものをくっつけて一つに戻す。人間と粘土の違いが分からなくなった。
斜めに傾いた世界の半分が午後の陽射しで白く遮られた。残り半分の視界はぼくの長い前髪で黒く塗りつぶされた。太陽の光が反射して少し茶色っぽくなった部分に視線を集中させる。通過して行く自動車で秒を刻むことができた。
ふいに母の手が頭から離れ、白と黒の視界が一気に広がった。
バス停にもう一組の親子がやってきた。小太りの母と、メガネをかけた小さな女の子だった。母親は赤のダウンジャケットの下に首まで隠れるとっくり型のクリーム色のセーターを着てて、見るからに暑そうだった。ジーンズのせいで腹の肥満ぶりが強調されている。もはや女性としてのアピールなど放棄してるのだろう。女の子は少し長めの髪を後ろで縛っていて、ブラシをかけた形跡がないクセのある毛がもつれている。首周りの肌の色がところどころ違うのは日焼けのせいではなく、きちんと洗ってないせいだろう。お下がりと思われるくたびれた薄緑をしたコットンのジャンパーの下に見えるピンク色の厚手のシャツに薄い染みがある。デニムのパンツは丈が短く、白い靴下との間に少しだけ地肌が見える。同じ小学校に通ってるはずだけど、見たことのない子だ。
母はあきらかに嫌悪感を示していた。この親子に目を向けようとせず、じっと国道を見つめていた。母はベレー帽の色に合わせた紺のスーツに白いワイシャツで身体の細さが際立って見える。膝丈のスカートから紺のハイヒールへとのびる足も細く、細い黒の縁のあるメガネが目の周りの小さなシワを隠していて、四十を過ぎたという年齢を感じさせない雰囲気があった。ぼくもやはり紺のジャケットと同じく紺色の膝丈の半ズボンで母と色をそろえられている。もちろん自分で選んだ服なんかじゃない。外出するときはいつも母が一緒だったから、服装を自分で決めたことはなかった。もし通っていた小学校に制服があったら、きっとこんな格好で毎日通っていただろう。
バスに乗り込み、ぼくら親子は最後列の、少し床が高くなっている席に座る。これがいつもの習慣だ。始発から三つ目のバス停だから、昼間に乗れば平日でも土日でも乗客はほとんどいない。ぼくは運転席の後ろに乗って、前面の広々とした景色を見たいけど、母がそれを許してくれない。いつも最後列に座り、ここでおやつの時間となる。かつて母のデートについて行かされたとき、食事中にずっと携帯ゲームで遊んだことを、あとでひどく叱られた。他人の前では絶対にぼくを叱らないけど、帰宅してからぼくの振る舞いについての長い反省会をやるのが習慣になっている。知らない男性と会されることの何よりの苦痛は、そこにいる時間が長いことだ。何時間もずっと座ったまま、二人の会話を聴かされる。言ってる意味がよく分からないし、面白くない。退屈だったからずっとゲームで遊んでたときは、相手の男性もゲームをやっているらしく、ぼくに対して好意的な話題が出ていたというのに、母が全くゲームをしない人だから会話は早々に結婚観や子育て経験といったいつもの話題に戻された。バスの中でゲームをすることも母は嫌っている。周囲の目を気にしてることと、二人でいるときに会話してもらえないからだ。今日もゲーム機は持っていてる。できれば遊びたい。だけどぼくの希望を封じるために、今日はどら焼きを押し付けられた。このあと、たぶんまた母も顔を見たことのない男性を交えて食事することになるというのに、小食でやせっぽちのぼくはこれ一個でお腹が満たされそうだ。
母は働いてない分、主婦としての仕事はよくやってる。どら焼きもお店で買ったものではなく、母が出かける前に作ったものだ。皮の生地にも餡の中にもすりつぶした野菜が練りこまれている。ぼくが偏食で野菜を食べたがらないからだ。デートの際の食事で野菜に手を付けなかったということで帰宅してから長々と叱られたことがある。それからというもの、外食する際はwebでお店のメニューをしっかりとチェックして、ぼくが残さず食べれる料理を出かける前に決めるようになった。だからぼくにはレストランのメニュー表を見ながら食べたいものを探す権利がない。今日はそんな話が出なかったから、おそらくスイーツかファーストフードなど、ぼくが残す可能性のないお店に行くのだろう。
一緒に乗り込んできた親子は3列前の二人掛けのシートに座った。通路側の母親は正面を向き、窓際の女の子はうつむいている。会話は一切していない。ふと、母の顔を見ると、その親子を視界から追い出すように視線を左に傾けていた。明らかにあの親子に対して侮蔑の情を持っていた。身だしなみを整えない人を心から許せないと思っている人だ。ぼくに向かって、小さな声で、まるで化け物だと言った。人は心がけ次第で、キレイにもなるし、みにくい【嫌われ者の化け物】にもなれると。不潔で、怠惰で、欲のまま生きていく。その結果が、あんな太った化け物になるんだと。
ぼくの目から見ても、ちょっと小汚く感じる親子は、これからどこに向かうのだろうか。明日は中学校の入学式だけど、ぼくが卒業した小学校も入学式も明日の予定になっていて、在校生は今日からすでに新学期が始まっている。
驚いたのは、その親子が二つ先の停留所で下車したことだった。ほんの300メートルくらいの距離だった。母親の肥満したお腹をみながら、歩いた方が良かったんじゃないかと、この時ばかりは母と気持ちが同じだった。
入れ替わりに乗ってきた親子に、ぼくは慌てて顔を隠すようにうつむいた。連れていた子供が六年生のときのクラスメートだったからだ。母親同士は軽い会釈を交わした。ぼくはうつむいたまま、あちらが連れている女の子の顔を見なかった。いままでほとんど会話すらしたことのない、なじみの薄い子だったから、余計に何か恥ずかしさを感じたのかもしれない。手に持っていた食べかけのどら焼きを懸命に隠そうとした。その親子はぼくが座りたかった運転席後ろの席についた。
バスが走りだしてから、母がそっと耳打ちしてきた。あのお宅が経営してたお店が潰れてから、あまり人前に出なくなったよね、ちゃんと勉強しなかった人が身の丈に合わないことをしたら、あんな風になっちゃうのよ、って。
この後しばらく、ぼくら親子の間に会話はなかった。ぼくは黙ってどら焼きをちびちびと食べ続け、汚れた手のひらを上に向けてひざの上に置いた。ハンカチとポケットティッシュを持ってこなかった。あとでまた叱られるかもしれない。
さらに次の停留所から乗り込んできた親子連れに、ぼくら親子は思わず息を呑んだ。ベビーカーを押した母親は、バリアフリーを意識した低床バスに悠々と乗り込んできたが、その母親が頭に載せているベレー帽に紺色で細長い紫の羽飾りがついていた。いま母の頭に載っている帽子と全く同じだった。ベビーカーの親子はぼくら親子が座ってる最後列の右側しか空席がなかったものだから、段差のある狭い通路をこちらに向かってきた。母はぼくの隣りから右側の窓際に移った。あちらの母親が座りやすいスペースを用意した。母はこういう気配りがよく出来る人だ。
母親同士が隣り合い、ベビーカーがぼくの隣に来た。
同じ帽子を身につけているということで、会話の糸口があったものだから、ふたりはすぐ意気投合した。二人とも帽子は通販で買ったらしい。あちらの母親は二十歳になったばかりで、高校時代に知り合った同級生と、卒業後まもなく結婚し、そのときにはもう妊娠していたそうだ。実年齢よりある程度若く見える母が、まるで姉妹みたいだとはしゃぎたて、若い母親も面白がってそれに応じる。やがてぼくとその母親の年齢さゆえ、こちらも姉弟みたいという流れになって、ぼくに二人の姉が出来てしまった。ぼくがそっと手で支えているベビーカーの赤ちゃんが置いてけぼりにされた。
母の若いころのことは、ネットで知り合った男性との会食に付き合わされた時に嫌というほど聴かされた。聴きたくなくても隣で話してることはどうしても耳に入ってくる。それが嫌でゲーム機を開こうものなら、帰宅後に長い反省会が待っている。スマホでも。小学生のときには彼氏がいたけど、中学生になってから男の子の表情から不潔感を読み取るようになって、何件もあった交際の申し出を全て断ったこと、その結果、三十代になってようやく初婚を迎えたこと、元夫は消防士で寡黙ながら頼りがいがあって、ビル火災での救助活動中に殉職した勇敢さに今も惹かれこと、そんな事情ゆえ自分は働かなくても生活できるだけの遺族年金が得られること、そして、まだ女として見てもらえるうちに、新たな相手を見つけたいということ、それが息子のためにもなるということ。
これらを若い母親を相手に語った。ぼくにとってはこれで7回目の母の歴史講釈だった。赤ちゃんはバスの振動やエンジン音、他の乗客が放つ喧噪など全く気にしない様子で静かに眠っている。二人の母親から、不思議なことに、この赤ちゃんの話題が出る様子は全くなかった。
バスは終点に到着した。いくつもの停留所を経て、満員だった乗客は3組の親子と高校生と思われる数人の男子だけになっていた。自宅前から走り続けた国道は、港を前にして途切れた。しかしこの国道は、フェリーを乗り継げば海の向こうでまた続きがあった。少し離れたところに大きな橋が架けられたせいで、昔は24時間フェリーの往来が絶えなかった港が、いまは係留された船の出港が一時間後と、波に揺られながらゆったりと時を刻んでいる。
床屋なら近所にもありそうなものを、わざわざこんな遠いところまで連れてこられたことを少し不愉快に思いながらも、ここなら同級生に会うこともないだろうという母の配慮に感謝したくなった。母のデートへの随行という、もっと不愉快な未来予想はこの際考えないでおこうと思った。
別れ際、母はベビーカーの赤ちゃんに声をかけた。ようやく赤ちゃんに関心をもったようだ。
二人の母親は別れを惜しむような笑顔を見せた。
そして、カバンからぼくに食べさせたどら焼きの余りを、赤ちゃんに与えようとした。
若い母親は、結構です、大丈夫ですと、母の施しをやんわりと辞退した。
ぼくは、その母親の表情が一気に硬く、赤とも青とも言えない色合いに変化していく様子から、その意図するところをすぐに察した。大変危険な状態にあると思いながらも、母を止める力が自分にはなく、全身が冷たく硬直していくのを実感しながら、様子を眺めるしかなかった。
母は退かなかった。手作りのどら焼きには野菜のエキスが練りこまれていて、甘くて美味しくバランスの良い栄養補給が出来るといって、どら焼きを手でちぎって赤ちゃんの口元に当てた。
やめてください!
地鳴りのような声が、全身を電流となって突き刺した。そこに居た誰もが驚いてこちらを見た。あの同級生親子も離れたところから振り向いた。ぼくはその女の子の視線を受け、恥ずかしさから全身が溶けてしまいそうだった。
若い母親の手で、ぼくの母は力強く突き飛ばされた。そのまま地面に倒れそうになったが、たまたまそばにあったバス停のベンチに尻餅をつく格好になった。
閉じていた赤ちゃんの目がかっと見開かれた。丸く大きな、猫がよく見せる目。黒い瞳はじっとうごかず、ぼくには分からない何かをじっと見つめた。若い母親がベビーカーを乱暴に向きを変え、ぼくらに背を向けて足早に去っていった。注目を浴びた数々の視線も、やがてばらばらになり、それぞれ異なる方に向かっていった。
バスも去り、ぼくら親子だけが残された。潮騒や時々国道を走り去る車の音が、ぼくの耳には入ってこなくて、冷たい静けさの中、ぼくら親子はしばらくの間、潮風で錆の浮いた銅像のように固まっていた。
「ママが悪いんだよ」
やっと絞りだすことが出来た声を聞き、母が顔を上げた。ぼくは母の目を見る代わりにバス停の時刻表を見ながら続けた。
「ママはいつも自分が正しいと思ってる。今だって、正しいって言い張って。無理して食べさせようとして。そのせいで、あの子は下手したら死んでたかもしれないんだよ」
母はずり下がった眼鏡を直しただけで、何も言わない。
「あの赤ちゃん、小麦アレルギーだよ」
何の証拠もないけど、あちらの母親の反応で、そうだと確信してた。
「いまどき小麦アレルギーを知らないって、どうかしてるよ」
「だって、子供には野菜を食べさ・・」
母の声は国道を走る車の音にかき消されそうだった。
まだわからないの?
ぼくは全身のありとあらゆる力を喉に集中させて、横を通過していくミキサー車が響かせる重低音に挑戦した。この挑戦には、きっと勝てたと思う。勝てたのはそれだけじゃないと思う。好機は突然やってくるものなのか。自信がみなぎってくる。これが中学生になるということなのか。大人の階段を昇るということなのか。
「だ、か、ら!ママはいけないことをしたんだよ。バスのなかで知らない人のことを【嫌われ者の化け物】だなんて言ってたけど、本当に悪いのは、本当の【嫌われ者の化け物】は、ママなんだよ!悪い人ほど、人を悪く言うんだよ!」
たぶん、ぼくは呼吸することを忘れてたかもしれない。だけど苦しさを感じなかった。
「ママはいま、さっきの子供を殺しかけたんだ。殺してないけど、人殺しなんだ!ぼくだって、いままで、なんども、なんども、何度も何度も、きっと殺されてたんだ。殺してないけど、人殺しなんだよ!、そんなママが、ぼくは許せないんだよ!」
ほんの一瞬の沈黙、その一瞬は、新しい星が生まれる直前の、灼熱を帯びた暗闇の一瞬だった。母の顔を覆っていた白い壁が夕日に見離されて黒く冷たく沈黙している。
「次から一人で来るよ」
ぼくの声は、ぼくが驚くほどに、宇宙のように冷たかった。
「一人で来れるから。バス代と散髪代を出してくれたら、ぼくは一人で来るよ。ママと一緒に来なくても大丈夫。一人で来させて」
月に隠れていた太陽の光が顔を出し、月の裏側を少しずつ照らしはじめた。
「明日から、ぼくは中学生なんだ。出かけるとき、ママはいなくていいから。ママは、邪魔だから!」
こう言い放った瞬間、うつむいていた母は背筋を伸ばし、両手を顔に当てて、ぼくよりもはるかに大きな音量で、意味の分からない言葉らしきものを叫んだ。ぼくはその声が持つ圧力に吹き飛ばされて尻もちをついた。
母の顔を隠していた白い仮面に亀裂に入る。
熱く燃えたぎる赤いエネルギーの塊が、増え行く亀裂の隙間から噴き出してくる。
母の顔が崩れはじめた。
大きく見開かれた目が眼底から浮き出し、今にも取れて落ちそうになった。亀裂の入った白い仮面は粉々にはがれ落ち、開き気味だった毛穴という毛穴から、さっき仮面の隙間から噴き出していた赤い蒸気のようなものが勢い良く噴き出した。何もかも溶かしてしまいそうな熱気を持った、母の【ココロノチ】が体内から絞りだされた。
母は抜け殻となって、四十代でまだ目立ったシワのなかった顔が見る間に干からびていく。
黒々と長く、手触りが気持ちよかった髪は大きく巻き上がり、大量のハードスプレーを吹きかけたようにそのまま凍りついてギラギラとした銀色の光沢を放った。
お気に入りだった羽根つきベレー帽は硬くなった毛先に貫通され、フレームの曲がったメガネはレンズが砕けて片方の耳にぶら下がっている。
服は破れないまま、身体からも噴き出してきた【ココロノチ】で赤黒く染まり、母はそれが窮屈だといわんばかりに両手で掻きむしった。
荒々しい呼吸で息を吐くたびにザラついたうなり声を出した。
その声は次第に低く厚みを増し、息を吸うときは苦しそうに喉を鳴らした。
だらりと舌を出した口は全ての歯が抜け落ちたにもかかわらず、今にもぼくをかみ殺してしまいそうな威圧感を持って、蒸気を伴った生ぬるい呼気を吐いている。
人間性を失った目が、それでも生気に満ちた視線をぼくに向けてきた。
そこにいるのは母の内に潜んでいた【嫌われ者の化け物】だった。
自尊心に満ちた、ぼくの何もかもを否定した、あの母ではなかった。
目を合わせたのはほんの一瞬だった。ぼくはありったけの体力を振り絞って立ち上がり、そして全力で走った。
「助けて!ママが!」
呼吸することを忘れていた。ぼくは誰かに向かって声をあげたはずだった。
「誰か!誰か!」
うしろを振り返ることなく走った。
【嫌われ者の化け物】が追いかけてくる様子はなかったけど、全力で走り続けた。
薄暮から夕闇へと、目の前がどんどん暗くなっていく。
周りには誰もいない。
何かが生きているという実感がない。
背後にいるはずの化け物のうなり声は、靴のかかととコンクリートが擦れる自分の足音と風を切る音にかき消された。
母を置き去りにして走る。今のぼくは自由で孤独だった。解放された心に待ち受けるものは絶望だけだと知った。
目に入るものは白い街灯だけだった。
頭の中に浮かんできた母の肖像画を、何者かが黒く塗りつぶした。
いつまでも走り続けた。苦しさを感じなかった。
全力で走りながら思った。向かってるところに明日なんてないということを。