♯1
初めましての方もそうじゃない方も、どうも見留です。
本編に入るのはもう少し先、2話目、3話目からになるのかなという予定。
寝る前に書いているので誤字脱字、変換ミスが目立つやも知れませんが(言い訳)、その時はほんわりふんわりご指摘願います。
その他感想、アドバイスは大歓迎ですが強い言葉での批判は心に刺さります、ご容赦ください。
私は三年前にグランツベルク王国の首都にある大学で魔導博士号を取得したあと、同じく首都にある魔導訓練所で王国の魔導師になるための研修を受けた。
課程終了後は王国の魔導軍員として第三エルドラード・グランツベルク連隊へ配属されることが決まり、順調に人生を歩んでいたと思う。
まさか軍隊への配属など予想していなかったものだから多少の戸惑いこそあれど、人並みの幸せは得られていた。
しかし、大変なのはそれからだった。当時同連隊はメリュールという所に駐屯していたのだが、私がまだ入営しないうちに第二次オルフィリア戦争が勃発してしまったのだ。
メリュールの地に降り立った時、既に連隊は激戦地帯への進軍を開始し早くも敵陣の奥に攻め入っていると知らされた。私はそれでも挫けずに同様に残されていた将校たちと一緒にあとを追った。そして無事に連隊と合流を果たし、早速初めての任務に就いたのだった。
その戦争では武勲を立てて昇格した魔導師も大勢いたというのに、私は不運と災難にばかり見舞われてしまう。途中で第二ドアルスター連隊へ転属となり、今思い出しても壮絶極まりない敵兵との戦闘に挑んだのが運の尽きだった。
激戦の最中。敵の貫通飛散魔法を肩に食らい、骨が砕けたばかりか鎖骨下動脈にまで損傷を受け、敵軍の手に落ちるのを待つばかりとなってしまった。しかし、それほどの危機に瀕してもなお生き延びることができたのは、やはり私の当番兵リュークの献身的な介抱のお陰である。彼は立ち上がることもままならない私を馬車に乗せ、自軍のもとへ連れ帰ってくれたのだ。
激痛に憔悴し、半ば魔力切れを起こしかねない状況で体力を消耗していた私は、ほかの負傷兵たちと共に戦線から外されモントリオル基地の野戦病院へと運ばれた。
その後は少しずつ回復に向かい病棟内を散歩したりできるようにもなったのだが、その矢先。今度は異様なまでの緊張感や慣れない質の魔力を大量に取り込んだせいか、熱暴走を起こしてしまったのだ。朦朧とする意識の中、何ヶ月も危篤状態で生死の境を彷徨いようやく回復の兆しが見えたものの、あまりの衰弱状態に医務局は一刻も早く母国へ送還させるべきだと判断した。
かくして私は兵員輸送船ベアトリーゼ号に乗せられ、三週間後にようやく再び母国の土を踏んだのだった。母国に戻っても親族やらは居なかったので、私はかなり自由だった。…といっても、一日あたりの軍の給金で賄える範囲の自由などたかが知れているわけだが。
そういったことから、私は引き寄せられるが如く首都リヒテンベルクに向かった。この国の隅々から、ありとあらゆる有象無象が流れ込んでくる大都会へ。
リヒテンベルクに着くと、かつて滞在していたことのある個人経営の小さなホテルに滞在し暫くの間なにをするでもなく金を浪費していたのだが、何ヶ月か過ぎてからようやく、このままでは不味いと宿泊しているホテルを引き払い、もっと質素で安いところに移ることにした。
まさにそう決心した日。『BAR.LITTLE PORT』で得意でもない酒を飲んでいると、後ろから誰かにぽん、と肩を叩かれた。振り向いた途端、ブロンドの髪の毛が目を引く女性、シュルファスの姿が目に飛び込んできた。
彼女は大学時代に魔道試験を一緒の組で受けた青年だ。彼女とは親友と呼べるほど親しい間柄ではなかったが、ひと目でわかるほど外見は変わっていなかった。大都会で孤独に生活していた人間にとっては望外の幸せである。
彼女は私の隣の席に座り、
「ロッカさんは、なにかお変わりありませんか?今までなにをなさっていたんですか?」
とさも不思議そうに尋ねた。
「魔力結晶の形も雰囲気も変わってますし…あっ、眼の色!ほんのりだけど変わってません?」
私は戦場での苦難を簡潔に説明したが、語り終えたのは何十分かそこらたった頃か。
「それはお気の毒に…」
私の不運を知ると、彼女は自分の事のように悲しんでくれた。
「じゃあ、今はなにを?」
ふと思いついたように問われる。
「下宿探しで。家賃が手頃で住みやすい部屋はないかなー…と。」
「すごい偶然ですね」
シュルファスは目を丸くして驚く。
「今日、私にそういう話をしたのはロッカさんで二人目なんですよ」
「…一人目はどんな人なの?」
私は訊いた。
「私の学校の魔道植物実験室で研究をしている女性なんですけど、いい下宿を見つけたのに同居してくれる人がなかなか見つからなくて困ってるらしいです。そこは家賃が高くて、一人で払っていくのは難しそうだと。誰か折半してくれる人を探してるそうですよ。」
「だったら渡りに船だよ!」
思わぬ偶然に、自然と声が大きくなってしまった。
「その人が部屋と家賃を本気で誰かと分け合うつもりなら、私はもってこいの相手だと思う。私も誰か…同居人がいてくれた方がありがたいから」
シュルファスはカクテルグラス越しに意味ありげな視線を送ってよこした。
「ロッカさんは、エトワール・カロメルリがどんな人物かまだご存知ないですもんね…。四六時中あの人のそばにいるのは、結構大変だと思いますよ」
「どうして?そんなに嫌な人なの?」
「いえ、そうじゃないんですが、考えることがちょっと…。特定の分野にかなりのめり込んでいるんですよ。私が見る限り、それ以外はすごく素敵な方なんですけど」
「でも、研究生なんでしょ?」
「んー…、ちょっと違う、かな。正直に言うと、何が目標なのか見当もつかないんです。研究内容は本当に気まぐれで、ほとんどが常軌を逸しているほどなのに教授陣が舌を巻くような珍しい知識を豊富に備えていて。」
「本人に直に訊いてみたことはないの?」
「ありませんね…。素直に答えてくれるような人じゃないんですよ。もっとも、気が向いた時にはぺらぺら喋ってくれるんですけどね」
「会ってみたいな、その人に」
私は言った。
「ひとつ屋根の下で暮らすなら、勉強熱心で物静かな相手がいい。まだ体調が本調子じゃないので大騒ぎや過度の興奮は身体に障りそうなんだよ。どちらも戦地で味わって、もうたくさんという気分だしね。その人にはどうやったら会える?」
「今なら研究室にいらっしゃるかと」
シュルファスは言った。
「何週間も姿を見せないこともあれば、朝から晩まで研究室にこもりっきりのこともあるんです。どうでしょう、これから行ってみませんか?」
バーを出て研究室へ向かう道すがら、私が同居しようと考えている女性についてもう少し詳しく聞かせてもらった。
「もし彼女と上手くいかなかったとしても、私を責めないでくださいね」
シュルファスは苦笑いしながら続ける。
「研究室で時々顔を合わせる程度なので、彼女がどんな人間か詳しく知っているわけじゃないんです。ロッカさんの希望とあらば橋渡しはしますが、結果については責任を持てませんからね」
「うまくいかなければ離れればいい。だけど、シュルファス」
私は彼女の顔に視線を据えた。
「その口ぶりからすると、どうやらこの話に深入りしたくない理由がありそうだね?なに?実はすごく自分勝手な人とか?教えて欲しいな」
「それが、私もどう表せばいいのかわからないんです」
シュルファスは困ったように笑う。
「エトワールさんは…私から見ると化学にひどく凝っていて…その時は冷徹に見えるほどなんです。でも普段は人懐っこくてとても元気で……。研究中は最新の硫化青銅マナを人に一服盛るくらいの事は平気でやりかねません。もちろん悪意はなしに。効き目の程度を調べたいという純粋な興味からだと思うんです。あぁ、誤解のないように言っておきますけど、あの人なら自分で飲んでしまうことだってありえます。正確無比な知識を何よりも大切にしているみたいなので」
「それはまぁ、研究者としては…いいこと…なんじゃない?」
「でもでも、限度ってものがありますよ!解剖室の、魔力がまだ生成されているご遺体をステッキで殴りつけるなんて、正気の沙汰じゃないです」
「殴り…つける?」
「はい。絶命後に打撲の痣がどれくらいできるかを調べるためらしいですけど。私はその瞬間、その場にいましたからね!一体なんの研究をしているのか、私にはさっぱりわかりません。あっ、着きました!さて、…どういう人物なのかは、ご自分で確認してくださいね」
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趣のある石の階段を上り、白い漆喰の壁に茶褐色のドアが奥へ向かってずらりと並んでいる廊下を進んでいく。研究室は天井が非常に高く、無数の瓶があっちでは整然と並べられ、こっちでは雑然と散らばっていた。
低いテーブルの上にはピペットや魔導用薬液が入った試験管、不思議な色の炎が灯るバーナーなどが乱雑に置いてある。室内にいるのはたった一人だけで、奥のテーブルにかがみ込んで実験に没頭している様子だったが、私たちの足音を耳にしたのだろう。ちらりとこっちを振り向いて歓声と共に勢いよく駆け寄ってきた。
「やったぁ!やったよシュルちゃん!」
シュルファスに向かって叫ぶと、テーブルの上に置いたままだった試験管を持って再び駆けてきた。
「発見したんだよ、血液によって沈殿する、ううん、血液じゃないと沈殿しない試薬をっ!」
それは今まで出会った誰よりも嬉々とした表情だったのがとても印象的だった。
「あの、カロさん、こちらがロッカさんです。ロッカさん、こちらが話していたエトワール・カロメルリさんです。」
若干引き気味のシュルファスが私達を引き合わせた。
「えーっと、…はじめまして。よろしくね」
エトワールは親しみを込めた人懐っこい笑顔で私に微笑みかけ、華奢な外見に似合わぬ強い力で私の手を握りしめた。
「ほうほう、戦争帰りかぁ。ご苦労様でした!」
「え…?」
私は思わず唖然とする。
「ふふっ…別に大したことじゃないよぉ」
エトワールは楽しそうにクスクス笑いながら言った。
「それより試薬!この発見がいかに重要、重大かは説明するまでもないでしょ?」
「たしかに、研究としては興味深いですが、実用面では…」
私は率直な感想を述べる。
「ちょーーーっと待ったぁ!これは近年稀に見る、極めて重大で実用的な法医学上の発見だよっ!血痕かどうかを判定するための絶対的確実的な手段なんだよ?ほらほら、ちょっと座って!僕が今、実際に見せてあげよう!」
エトワールは私の上着の袖をきゅっと掴み、さっきまで作業をしていたテーブルに引っ張っていった。ぴょこぴょこした動きはまるで兎だ。
「さて、採血しまーす…っと」
そう言うなり、彼女は自分の白い指に太い大針を突き刺し、溢れ出た血を散乱した道具の中から見つけ出したピペットで吸い取った。
「ではでは、このすこーしの量の血液を一リットルの水に溶かしまぁす!ほら見て、見たところ普通の水と変わりないよね?含まれる血液の量は多く見積もっても百万分の一。ところが!」(彼女はここで勿体ぶって咳払いをした)
「こんな僅かな量でも、はーっきり反応を示すんだから!」
エトワールは容器に白い結晶をいくつか放り込んで、後から透明な液体を数滴垂らした。すると、たちまち水はぶわっ、と紅く輝き、ガラス容器の底にまるでルビーのような小さな粒が沈殿した。
「うんうん!よしよし!」
エトワールは得意げに頷き、新しい玩具を買ってもらった子どものようにぴょんぴょんとはね回った。
「どうどう?」
「反応が明瞭でわかりやすいですね…あと、綺麗」
私は再び感想を述べる。
「あー、完っ璧!最高!今までの試験法は手間ばかりかかって全然あてにならなかった。顕微鏡で血球を探すなんて方法もダメ。時間がたった血痕はてんで役に立たないもんね!ところがどうでしょう、この検査法!血痕が新しかろうが古かろうが確実に反応するの!もっと早くこれが発見されてたら、今堂々と街を歩いている連中だって刑務所送りにできたのに!」
彼女はじたばたと手足を動かす。
「犯罪事件では往々にしてこの点が勝負の分かれ目になるの。例えば、事件発生から何ヶ月も経った後に容疑者が浮かんだとするじゃない?そいつの肌着や衣服を調べたら、茶色っぽいシミが発見された。血痕か?泥の跳ね?はたまた錆の汚れ?いったいなんなんだ!この問題には多くの専門家達が頭を悩ませてきたの。
なぜなら、信用できる検査方法が何も無かったから!だけどこれからの時代はエトワール・カロメルリ検査法がある!もう心配ご無用だねっ!」
エトワールは息もつかずに喋りきったあと、目をキラキラさせてシュルファスに抱きつく。
「エトワールは天才なのだー!」
と擦りつく姿は、まるでご褒美を強請る子どものようだ。
「それは、えと…おめでとうございます…」
予想以上に圧倒的なエトワールを前に、私はすっかり気圧されてしまった。
「昨年、エディアールで殺人事件が起きたでしょ?起きたんだよ。僕の検査法があれば、あの容疑者は間違いなく死刑だったね!あとはブラッドフォードのルイエ、悪党ウッド、メリュールのルクシオ、それからグランツベルクのアルテミア!僕の検査法が決め手となって有罪判決になったはずの輩は数知れないよ!」
むぅ、と不機嫌そうに頬を膨らませるエトワールを宥めつつ、
「歩く犯罪事典ですね」
と笑うシュルファス。
「エトワールさん、絆創膏貼りますか?」
血で染まりつつある指を見かねた私が問う。良かった、絆創膏持ってきておいて。
「あぁ、忘れてたっ!」
私から絆創膏を受け取り、刺し傷に貼りつける。
「気をつけないと」
私に笑顔を向けて続けた。
「しょっちゅう危険なこと、やるから…」
そう言いながら彼女が私に向かって差し出した手には似たような絆創膏が斑点のようにいくつも貼ってあった。
改めて握手を交わすと、そういえば、とシュルファスが忘れかけていた本題に入る。
「そうだカロさん、実は話があって来たんです。」
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。勝手が分からず拙く見苦しい点も多々あるとは思いますが、皆様のご指導で精進していきたいと思っています。よろしくお願いします。
(訳:にゃー)