シャンプー(2分の1)
ふと気付いて手元を見る。何のことない、気付けたのはその異変が音となってあたしの耳に届いたためだ。
キュキュッと止めたシャワー。いつものように押すポンプ。その動作に特異性を求めない。当たり前だ。そんなにヒマじゃないし、そんなにイチイチ好奇心旺盛でもない。
あたしは煙った風呂場のドアを開けると、長い時間をかけて慣れ親しんだ名前を呼んだ。
それは響く。空気のようになじみきっても、特別な音を伴って。
彼と付き合い、三年の月日が流れて去った。その時すでにお互い、そこにいることが前提になっていた。
そうして「今」は単純計算半分だ。何が、頻度が。何の、やらしいこと想像した人、そこに居直って頂戴。
シャワーを止めて、あたしはふと思い立つ。あぁ、まだいけると。
「お前、俺と同じ匂いがする」
そう言って、満足そうに笑ったね。悪かったね、従順な彼女じゃなくて。
俺ショートカット好きって言う傍らで、あたしは短かった髪を伸ばしたね。
俺白の方が好きって言う傍らで、あたしは黒のスカートを選んだね。
俺お前のこと好きって言う傍らで、あたしは「あたし、そうでもないよ」と答えたね。
そんなあたしが何気なくその色に染まるとしたら、それは同じシャンプーを使う、そのときだけだったね。
ねぇ知ってる?
男性は視覚に重きを置くの。だから女性は化粧をする。
そうして女性は聴覚に重きを置くの。だから何度だって言葉を求める。
そんなどちらにも偏ることなく、互いに香る匂いを大切にしたね。
あたしは「まだいける」と感じた原因を考えようと思ったが、すぐに愚かなことだという事に気付く。
だって単純計算、半分だ。
何が、シャンプーのポンプを押す頻度が。
その分倍長持ちする事は、誰にだって分かるだろう。
あぁ、しまった。何やってんだよあたし。せっかく身体拭いたのに、また頭からシャワー浴びてどうするんだよ。
一人暮らしなんだから、替えのタオルなんか誰も持ってきてくれやしないんだよ? 流すなら顔だけで充分だっただろ? 動揺しすぎなんだよ全く。これだから失恋ってのは。
失ったのは人為的なものによってだろう?
能動的な。それでいて自ら。それならまだマシってもんじゃないのか?少なくとも対相手において。
これよりも辛いのなら、あぁ、もう考えるのはよそう。そうして構うのは相手のためではない。あたしの甘えに他ならない。
まだなくならない。
お前、長持ちだなーと、いつもと変わらぬ大きさの容器をなでる。
「お前、俺と同じ匂いがする」
あたしは女。聴覚に重きを置く生き物。
なのに何故だろう。異なる匂いになじんで染まる。たったそれだけの事が涙腺を刺激する。
あぁ、しまった。またやってしまった。もう、何やってんだよあたし。
シャワーを止める。従順なそれ。
シャワーは止まった。なのに落ちるはずのない水は落ち続けた。
いつまでもいつまでも、落ち続けた。