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邪馬台国東遷  作者: シロヒダ・ケイ
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第七章 乱


 スオウ・ナガトまでも過半を傘下に置いた今、これでヤマタイ本部に行き、弥馬升様に倭国統一を目的とした狗奴国との連携の動議を提案。それが出来るかもしれない・・との甘い見通しは完全に打ち砕かれた。懸念されていた狗奴国と邪馬台国の間に戦乱が勃発してしまったのだ。

 きっかけは、やはり二国間の領土境界問題、そして有明海の漁場をめぐるトラブルだった。本部の長官は伊支馬から弥馬升に、次官も掖邪狗に変わっていた。この二人の外交手腕では話し合いでまとめる事が出来なかった。かねてより狗奴国討伐を唱えていた難升米将軍が強硬姿勢を打ち出して、緊張状態が増すばかりとなる。

 その折、国境付近の住民同士の小競り合いで邪馬台国の海人族の一人が死亡した事から事態は急展開する。

これに怒った海人族代表の難升米が兵を率いて狗奴国に進攻したのだ。これまでの両国間の争いでは、どちらかが侵攻し、しばらく両軍が睨み合った時点で和平交渉が持たれるのが通例だった。お互いに相手の王宮を脅かすような全面戦争のなる事は避けられていた。

それが今回、狗奴国の痛烈な反撃で押し返されたばかりか狗奴国が邪馬台国の領土に大きく侵入する事を許してしまった。難升米の誤算は狗奴国の軍事力を以前と同じとタカをくくっていた事。総大将キクチヒコの指導のもと、格段の強化が成し遂げられていたのだ。

 ヤマタイ本部は邪馬台国本国だけでは対応不可と判断、連合国への支援要請と共に協定に基づいて帯方郡にも使者ソシアオを送り状況を報告した。翌年春、帯方郡は塞曹掾史(さいそうえんし)(ちょう)(せい)らを派遣する事を決めた。張政は黄幢を携え一大率に到着した。


 「待ちかねたぞ。」トシとケンが総大将難升米に挨拶する為、本営の陣地を訪れた。陣地内は静まり返っていて戦争が今にも始まるとの緊迫感はなかった。矢部川を挟んで狗奴軍団とヤマタイ連合軍の睨み合いが続いて、膠着しているかのようだった。

 「遅くなって申し訳ありません。周辺国に警戒すべき状況があり、発進準備が手間取りました。本当はキクチヒコとの対決がイヤでグズグズしていただけだが、そうは言えない。「しかし、こちらに参りました以上は最前線にて活躍する所存で御座います。」

「おう。久し振りだな。トシ達には東方に専念してもらうつもりでいたが、俺の見通しが甘かった。悪いが頑張ってくれ。」

難升米はヤマタイ連合軍及び狗奴国軍の布陣を地図にして示した。トシ達には矢部川ほとりの丘に陣地を構え狗奴国軍を牽制してもらいたいと言う。

トシの軍団は二千人。アキの国の守りを最少にして主力の殆どを連れて来ていた。この軍団の兵士数は難升米率いる邪馬台国軍に次ぐ規模だが、装備等を勘案すれば連合軍随一の内容かもしれない。難升米が頼みとするのも肯ける。

ただ、ここにきて和平交渉も始まったとも難升米は明かした。緊迫感が欠けるのはその為という。

「あれの効果だな。」難升米が指差した先には黄色い旗指物がはためいている。

「あの時の!」ケンが声を発した。狗邪韓国に駐留した時に帯方郡から授与された魏の友軍との証の黄幢だった。

帯方郡の使いが、この旗と共に両軍に対して和平勧告の檄文を送りつけたのだ。既に檄文に基づいて和平交渉は始まっていた。しかし、交渉を有利に展開させる為にもトシとケンが陣地に大きな砦を築き、軍事演習をして示威活動を行って欲しいというのが難升米の依頼なのだ。それに、万が一、交渉決裂の際の戦闘開始の場合にも味方の士気向上が図れるという訳だ。

「早速取り掛かりましょう。」と難升米に別れを告げた。 


 本営を出て割り当てられた陣地の戻る道筋。連合国各国の部隊が来るべき戦争に向けた準備を進めている。中で伊都国・一大率軍の隣に、女性だけの異質な陣営があった。炊き出しや救援活動を行う女子の部隊である。そこには後方支援として負傷兵の介護や治療にあたる巫女の一団がいた。

通り過ぎようとしてケンが「アッ」と声を出した。介護に使用する薬や布切れを担いでる男、サルタヒコが居たのだ。 

「おっ。こんなところで出会うとは。どうした?」

「ヒヒ、私はミクモ姫の薬を扱う出入り商人ですからね。手伝っているんです。」

「そうだったか。」

「ここの隊長がミクモ姫なんです。いやー。あの方はいつまでも美しい。クレオパトラ以上ですね。ヒヒ。」白い歯を剥き出しにする。

サルタヒコ、祖国に帰らず、居付いてしまっているのは、ミクモ姫の存在があるからかも知れない。

それにしてもミクモ姫の心中も複雑だろう。あのキクチヒコとの戦争に参加するのだから。 

 

 ケンはテキパキとした指示で狗奴国のそれに負けない大きな砦を築いた。その前で敵軍に見せ付ける様に訓練を重ねる。一糸乱れぬ隊列の動きが、出来れば抑止力の方につながるのを祈る。和平が成立して欲しいとケンもトシも思っていた。


 その時、ヤマタイ本部から伝令が来てトシに出頭命令が届いた。何事かと本部に急ぎ、長官室に入る。弥馬升と掖邪狗が待ち受けていた。 

 「そなたにヤマタイ連合国を代表する使者として、キクチヒコとの最終交渉に当たってもらう事になった。」開口一番、指示が下った。そして厳重に封泥された書簡の入った木箱を渡された。卑弥呼様から狗奴国王に宛てた書簡という。

 「これは?」

「先に狗奴国将軍キクチヒコから和解提案が出された。これは、それに対する卑弥呼様も承認された回答書である。これに記載された条件を呑めば良し。呑まねば狗奴国と全面戦争への宣戦布告となる。」

という事は交渉の余地はなく、単に連絡係でしかない。とはいうものの国を代表する立場でキクチヒコとの交渉に臨むとは?・・ 

 「私如き者で宜しいのでしょうか。連合軍の総大将は難升米殿ですし、ヤマタイ本部にも対外交渉に任じられた高官殿がおられるでしょうに?」掖邪狗を見やりながら言うとその掖邪狗が吐き捨てるように返した。

「お前を寄こすように言って来たのは他ならぬキクチヒコだ。」キクチヒコが自分を指名してきたと言うのか?

 「ならばお聞き致しますが、提案内容はどのようなもので、回答書にはどのような内容が記されているのでしょうか?」

掖邪狗がキクチヒコの和解提案書の書簡を乱暴にトシの前に投げ捨てた。


 それには次のような事が記されていた。  

一、魏の檄文を受けて狗奴国から提案を致す。

一、領土問題は争乱前の状態に戻し、今後は相互に不可侵とする。即ち菊池川を挟み北部を邪馬台国、南部を狗奴国領土とする。従って狗奴国が占領する菊池川から矢部川間の土地は和解成立後、速やかに邪馬台国に引き渡す事とする。但し、矢部川以南の有明海沿岸の漁業権は狗奴国に属すものとする。

一、魏の意向に沿い、ヤマタイ連合国は倭国統一を推進する事。東征将軍の任をトシに与え、東征により傘下となった国の支配権をトシに委ねる事。倭国統一のメドがたった時点で都を東方の倭国中心地に遷都させる事。その時は狗奴国も統一国家の一員としてヤマタイ連合に合流する事を約束する。

一、本提案に対する貴国からの使者はトシ及びその配下のケンとされたし。


「それで我が方の回答書には?」

「その条件を大筋で受け入れる事にした。」

「それでは戦争は回避される事になるのですね。」

「そういう事になるな。」掖邪狗がニコリともせずに言い放った。

 「当方としては言いたい事はあるが魏使の顔を立てて早期に事態収拾を図るのだ。早々に合意の証となる()()国王卑弥弓呼(ひみここ)印璽(いんじ)のある書面を持ってまいれ。」

弥馬升の命に「承知つかまつりました。」と退席した

 上手く行きすぎている感はあるが、これで全面戦争の事態は回避出来そうだ。さすが魏の檄文効果はたいしたモノ・・と言わざるを得ない。

 途中、難升米の本営に立ち寄り、先の概要を報告した。難升米は邪馬台国の海人族の代表でもあるだけに漁業権のくだりでは不満の表情を見せたが、最終的に卑弥呼様が承認した回答書に異議は差し挟まなかった。

ただ「今回の和解案が我等を油断させる為のはかりごと、と言う事も考えられる。万が一、お前達が敵陣営から戻って来ない場合も想定した作戦会議を事前に行わねばならん。」と釘を刺した。

よもやキクチヒコに限って自分達を陥れる事はあるまいが、ここは戦場なのだ。難升米の言う事ももっともな考えだった。

 本営を出て女子隊にさしかかった時、サルタヒコに呼び止められた。ミクモ姫が話をしたいとの事だった。

 ミクモ姫は、予め伊都国王からウワサとして聞いていたのだろう。トシが話した和平交渉の事にそれ程、驚きを見せなかった。むしろ掖邪狗が何を言っていたかを訊ねて来た。「あの人は野心家で要注意人物なのよ。」

 ミクモ姫によると最近、祖父の国王を通じてミクモ姫との縁談を申し入れしてきたという。次期長官を狙って姻戚による人脈拡大を狙っているそうだ。

また、伊支馬様の死後、弥馬升からキクチヒコとの縁談があった時にも時間かせぎを画策し、結局、握り潰された形になったのにも掖邪狗の影があるというのだった。

そうか、やっぱり縁談話が持ち上がっていたのか。まとまっておればこうした戦乱も未然に防げていたかもしれないのに・・。

「あの人は許せない!」珍しくミクモ姫が感情をあらわにした。


 総大将難升米が主宰する作戦会議も終わった。狗奴国が占領地を返還するまでは全軍、戦争準備を続ける事、トシ達が敵陣から戻らなかった場合、軍は難升米の指揮下に入る事が決まった。ケンも代理の指揮官を指名して細かな指示を与えていた。・・いよいよ準備完了。キクチヒコのもとに向かう時が来た。 


 ケンが弓を引き絞り、矢部川対岸の敵陣にむけて矢を放った。矢には布地が巻き付けてあり「ヤマタイ連合国を代表してトシ、ケンがそちらに参る。準備出来次第、開門されたし。」と記されていた。 

 拾い上げた敵の見張り役が門の中に消えて、しばし。砦の門がギィと開いた。川を渡る軍船に二人が乗り込み、十人ほどの漕ぎ手の兵士と共に対岸に着いた。兵士達が万が一に備え、盾で二人を守りながら門の前にたどり着く。

「お前達は残れ。」

警護の兵士をその場に残して門の中に入ろうとした時、二人の兵士が駆け寄り、同時に門内に入った。

「何者!」ケンが怒鳴り振り向きざまに見た顔は、なんと兵士の恰好をしたサルタヒコと男装のミクモ姫。漕ぎ手の兵士に紛れて付き従って来たのだ。既に、門は閉ざされていた。


 「ここから戻れない可能性もあるのですぞ。今すぐ戻りなさい。」

困り顔でトシがミクモ姫を諌めた。

「私も同行させて下さい。」キッとした真剣な表情は、こちらの言う事を聞く気は皆無のようだ。狗奴国の兵士達の視線が集まっている。

ここで揉め続ける訳にもいかず「仕方ない。交渉中は一言も口を開かないで下さい。そう約束するなら我々の警護役として付いて来なさい。」とキクチヒコの居る本陣に向かうしかなかった。

 本陣の前は親衛隊の兵士達が厳重にガードしていたが不思議と殺気は感じられない。

「どうやら上手く行きそうだ」はかりごとではないと信じてはいたがミクモ姫が同行しているだけに、少し安心出来た。親衛隊の一人がキクチヒコの居る部屋の扉を開ける。


 「おう。久し振りだな。」

キクチヒコの笑顔が飛び込んできた。四人を招き入れ「この者達は、気心知れてる者達ゆえ、皆下がってよし」と親衛隊を部屋から遠ざけた。

 「こういう形ではありますが、お会い出来てなつかしく存じます。」トシが言うとケンも「狗奴国のスキのない陣形を拝見して感心致しました。さすが、先輩にはかないません。」と添えた。

「敵同士で褒め合うのもヘンだが、トシの軍団もなかなかのものだ。軍事演習の動きは敏捷だし、砦の作りもしっかりしている。」

「あれはケンの指揮によるものです。」

「そうか、ケンも立派な将軍になったな。」

「恐縮です。」

「温泉桃の誓いを覚えているか?あの時は面白かったぞ。ナァ。」

「ハイ。」

「しかし曹操と孔明、趙雲ではそれぞれ背負うものが違うとみえる。共に歩む事はできそうにもないな。」

「そんな事はありません。和解が成れば、そのうち共に倭国統一に向けて進む機会は訪れましょう。我々に曹操殿が加われば、必ず実現出来るというものです。」

「ハハハ、そうなれば言う事ないがな。」


 挨拶はここまで。トシは先に本題に入る事にした。

「これが卑弥呼様から狗奴国王に宛てた書簡です。貴国からの和解提案に対する回答書となります。お受け取り下さい。」トシが木箱を恭しく差し出し、キクチヒコが封泥を解いた。 

 「亡くなられた伊支馬殿から二人の活躍を聞いている。東方への勢力拡大が順調とのことではないか。」トシとケンに話しかけてきた。

「手応えは感じております。先ほど言いましたように今回の和解の後、時がくれば狗奴国とヤマタイ連合の信頼関係も生じてくるハズです。その際が先輩を東征大将軍に仰いで、統一国家を成し遂げるチャンスとなります。それまでを私等が先導役として頑張りますので楽しみにお待ち下さい。」

 「フフ。それは甘いな。伊支馬殿が生きておられれば、そうした絵も描けた。しかし、今の政権中枢には倭国統一や狗奴国との連合を本気で考えている奴はいないぞ。」

「しかし、その和解書には・・」なおトシが語ろうとするのをキクチヒコが遮った。

 「お前はこの書簡を全て見たのか?」

「いえ。掖邪狗様から内容を聞かされただけです。先輩の提案を大筋受け入れると・・」「そうだろうな。これがその書簡だ。」

 トシは卑弥呼の書簡を見せて貰った。魏から贈られた金印の印璽が、鮮明に目に飛び込んで来る。内容は狗奴国からの提案全てを受け入れるものだった。最後の行以外は・・

そこには倭国に混乱を招いた責任を取り狗奴国王はキクチヒコに自害を命じる事。そのクビをもって和解が成立し、両国は双方への損害賠償を放棄する・・とある。 


 「これは!」その時、キクチヒコの前に飛び出た者がいた。手に剣をかざしたミクモ姫がいたのだ。

しかし、その剣はトシとケンに向けられている。サルタヒコはミクモ姫を守ろうと腰の剣を抜いたものの、想定外の状況に動きを止めた。

 「これは掖邪狗の陰謀よ。交渉は決裂したわ!二人共帰りなさい。戦争の準備を始めるのよ。」

トシが混乱する頭の中で事態を把握しようとした時、ドスッと鈍い音がした。

 倒れ掛かるミクモ姫を受け止めて、床にそっと寝かせたキクチヒコ。ミクモ姫の剣を払いのけながら体を回転させ、姫の鳩尾(みぞおち)を一撃、気絶させたのだった。

 「手荒いマネをして済まないが、話が進まなくなるのでな。」と呟いた。

サルタヒコを一瞥して「そこの不思議な刀をもった男。この女性を隣の寝室に連れていって寝かせてくれ。」と指図した。


「俺はこの和解条件を受け入れる。」

「エッ。」

「「何か別の落としどころが有るように思えます。ここは一旦、交渉不成立として別の対案を用意しましょう。」

「いや。この和解条件は想定内の事だ。」

「それでは、あまりにも・・」ケンも言葉を詰まらせた。

 「お前達が来るまでは狗奴国が勝つと踏んでいた。兵力差はあれど、相手は烏合の衆だからな。しかし、ケンが敷いた陣形や兵士の動きを見たら、互角か、ヤマタイ側がやや有利と判断を変えざるを得なくなった。いずれにしろ戦えば双方に深刻な損害が出るのは目に見えている。それでは倭国統一の夢は遠のくばかりだ。」キクチヒコは言葉を続けた。 

 「こちらが提案した条件は全て受け入れられたのだ。その代償が俺一人の命ならこの戦争は避けた方が良い。」

「しかし。」

「もう良い。何も言うな。これは俺の天命なのだ。最終的には国王と相談の上、決める事になるが、俺のクビがそちらの陣地に届けば全て解決になる。そうしよう。」

 トシとケンは下を向いて涙を堪えるしかなかった。

「二人にお願いがある。隣室のミクモ姫を無事に伊都国迄連れ帰ってくれ。」

「はっ。」

「あの者は俺の妻になる予定だった者だ。伊支馬様が生きておれば、そうなっていた。」

「伊支馬様からそのような段取りを進める予定と聞いておりました。」

「ミクモ姫。・・なかなか魅力的な女性だな。第一印象とはえらく違う。あんな美人に庇ってもらえるとは男冥利につきる。そう伝えてくれ。」


 キクチヒコはケンに隣室に行くよう促し、トシに残るよう指示した。

「俺はお前に倭国統一の夢を託す。」遺言を伝えようとしているのだ。

「仮にお前が東征将軍に担がれたとしても、既存の権力者達が協力する事はない。むしろスキあらばと、東征で得た権益を横取りする事を画策する連中だ。或いは協力するフリをしてお前に取り入り、利用しようとする者ばかりだという事を心得よ。人間を信じてはいかん。信じれるのは力だけという事を忘れるな。お前に欠けているのは覇王としての厳しさ。恨みを買う事を承知で冷酷に行動しなければ倭国統一は実現できぬぞ・・」と優しさを捨て、自分を捨てる事を覚悟するよう迫られた。


 次いで倭国統一に役立つ連中をトシに贈るとの申し出があった。一つはキクチヒコが育てた親衛隊五十名。いずれも家を継ぐ必要のない二男以下の者達から、倭国統一の目的の為には死を恐れぬ働きを希望する若者を選抜しているという。キクチヒコのいない狗奴国には居場所のない者達だ。

もう一つは鉄の職人。韓駐在から帰国する時、連れ帰った公孫配下の職人たちという。


 最後に形見の品としてキクチヒコ愛用の、母方のニギ族に伝わる宝剣を渡された。母が嫁入時に持参してきた由緒のモノだという。

その刀でキクチヒコは狗奴国での自分の地位を守る為、或いは強力な軍事国家を築くために多くの血を吸わせた。「迷った時にこの剣を持て。俺ががこの剣に憑依して、お前を覇王にする。」と言うのだった。

そんな大事な剣など頂くわけにはいかないと逡巡したが、キクチヒコは「行け!」と一喝した。

 部屋を出るとき、キクチヒコの最後の言葉が投げられた。「心残りはチクシとミクモ姫に悪い事をしたとの思い。何かあれば俺に代わって助けてやるように・・」

 

 翌日。狗奴国王の書簡とキクチヒコの塩漬けされた首を納めた木箱が届けられた。親衛隊と鉄職人の集団も一緒にトシの陣地に現れたのである。

トシとケンはそのまま難升米の本営に向かった。伊都国王、一大率長官、キクチヒコの上司だった元狗邪韓国長官が首実検を行い、本人との確認がなされた。これにより両国の間で和解が成立した。

同時に、倭国強靭化計画は伊支馬からキクチヒコへ、キクチヒコからトシに託されたのである。

     

 キクチヒコのプレゼントはなかなかの者達だった。

親衛隊は隼人(はやと)(まい)という踊りを披露した。渦巻き文様の盾を巧みに操りながら円を描いて忠誠を誓う踊りである。閲兵にも応じ、鮮やかな動きの隊列行進を見せ付けた。

「こいつら、使えますね。さすが先輩仕込みだけの事がある。」とケンが舌を巻く程。

 職人集団は呉や山東半島出身の鉄鍛冶職人だった。鋳物師もいて、青銅器の鏡も作れるという。支配下地域に渡す鏡作成に弾みがつくと思えた。

 集団のリーダーは韓半島で鉄の精錬に携わっていた経歴の持ち主。キクチヒコの命で倭国内で鉄が作れないか研究しているという。

弁辰の鉄は露天掘りが出来る露出した鉄鉱石だが普通は山中に隠れている。倭国に来て狗奴国の山をめぐって探して来たが、生憎、発見には至ってない。 

「しかし、倭国にでも鉄を作る方法があると思います。」とリーダーの陳が語り始めた。

鉄は何処にでもあるありふれた物質。川や海のそこら中に散らばっていると言う。 

 倭国の海岸を歩くと黒い砂浜と白い砂浜がある。白いのは貝殻が砕けたものだが黒いのには鉄が混じっている。しかも倭国には黒い砂浜が多いのだ。

狗奴国の玉名海岸を歩いた時、この砂から鉄を取り出せないかとの考えが浮かんだという。

 川にも鉄が流れ込んでいる。河口にはえる植物には鉄分を吸い付けるものがあるらしくその根元に鉄の堆積物が塊状になっているものがあるのだ。問題はそれらをどう使える鉄として精錬できるかにある。

 「トシ様の領内に黒い砂浜、或いは山の土が黒か赤いものがあれば教えてください。」と申し出てきた。鉄が倭国で生産出来れば、それに越した事はない。面白い事を言う職人だった。


 狗奴国の占領地引き渡しが完了し、ヤマタイ連合国軍もそれぞれの国に帰国することになった。トシの軍団も伊都国の兵と共に引き揚げとなる。

 ミクモ姫はあれからウツ症状が出て、姫の希望によりサルタヒコが伊都国迄送っていく事になった。サルタヒコが甲斐甲斐しく世話をし、姫も彼の作る食事だけはかろうじて受け付けていたのであった。

 途中、トシの軍団はケンの引率でオカの国に向かったが、トシはサルタヒコ、ミクモ姫と共に伊都国を目指した。一大率に逗留する魏使・張政に会い、黄幢を返却するよう難升米に頼まれていたのだ。


 ミクモ姫が伊都国王の屋敷に入るのを見届けて、トシは一大率の門をくぐった。久し振りにソシアオと会い互いの健勝ぶりを確かめ合った。ソシアオは外交部の責任者として張政の面倒を見ていた。

 「張政殿もヒマを持て余しているからな。洛陽を知るお前とは話が合うだろう。」狗奴国との戦乱が収束し、帰国の準備で忙しいのではと思っていたが、帰国は来年、249年以降になると言う。ヤマタイと狗奴国の協定が本当に守られていくか、しばらく見届けてから帰国する予定らしい。

 張政は梯儁のガッチリ、偉丈夫の体型と違い、どちらかというと文官のような男だった。トシが洛陽に居た事を知ると洛陽の思い出話に盛り上がる。「いやあ。この倭国の地でこんな話が出来るとは思わなかった。」と上機嫌になった。


 トシは韓半島の情勢を聞く事にした。ソシアオから帯方郡太守王頎(おうき)が、玄菟(げんと)郡太守だった頃、高句麗征伐に赴き、張政もまたその戦に従軍していた事を聞いていた。

 「おう。その話か。トシ殿が洛陽から帰国されてから高句麗の動きが怪しくなったのは知っていよう。公孫討伐時には味方のフリをしていたが信じられぬ相手である事は先刻承知している。ずっと高句麗の動きを監視していたが、略奪行為が目に余るので母丘倹殿が高句麗王位宮(いきゅう)征伐に動いたと言う訳だ。」

「見事勝利を収められたとか・・」

「勿論だ。さんざん敵を蹴散らして本拠・丸都城をブチ壊してやった。ところが、我らが魏に凱旋した途端、位宮の奴が高句麗再興に動いた。そこで翌年、改めて位宮を捕える為に進軍したのだ。」「それで?」「王頎殿と我らが最前線で位宮探しにあたった。東にある沃祖という国に逃げ込んだので、これを追いかけ、さらに北の挹婁という国の境まで追い詰めたのだ。あと一歩のところで、残念ながら位宮捕縛はならなかったが、高句麗の力を大きく削ぎ、扶余(ふよ)(わい)を帰順させた功績は大きいと自負しておる。」

 「それは母丘倹、王頎殿のお手柄ですね。もう高句麗が息を吹き返す事はないでしょうね。」

「そう願っておるがな。あ奴等はシブトイのだ、ここだけの話。逃げるのが得意で困る。」公孫のように城に籠ってくれれば息の根を止める事も出来るが、山岳地帯に逃げ込まれると始末に困る。

 高句麗は平原少なく痩せた山ばかりの土地。魏が大軍を駐屯させ、直轄地として領地経営をする魅力に欠ける。

そこで軍を引き揚げざるを得ないが、そのスキを狙ってゾンビの如く甦り、再討伐のイタチゴッコになりかねない・・とこぼした。

 張政は韓南部の反乱にも言及した。高句麗征伐が一段落した247年、韓の一部勢力が帯方郡の軍事施設を襲い、その鎮圧に向かった太守弓遵は奇襲を受けて亡くなったという。反乱は制圧されたが、太守を失った事で、玄菟郡の王頎が帯方郡に転勤してきたと言うのだった。 

「エッ。弓遵殿が戦死?梯儁(ていしゅん)殿は?」

「ああ。前回の魏使で倭国を訪問された方だな。あの方も一緒に亡くなられた。」ショック!梯儁の顔が思い起こされる。

 その反乱は、魏が韓半島の体制変更をした事で、権益を奪われると誤解した勢力が起こしたらしい。だが煽動したしたものが公孫の残党か高句麗の息のかかった者の可能性もある。馬韓にも百済(くだら)族という高句麗の同族が住み着いて勢力を拡大しているとの話だった。

「韓半島経営も大変なんですね。」韓半島の安定はまだまだなのだ。

「その通り。だから倭国には安定していてもらわなきゃ困る。内輪モメはこれきりにしてもらいたいもんだ。」

 

 張政が市場を案内してくれというので連れ出す事にした。市場でキジと塩ジィに会い、例の飲み屋で宴会となる。

 張政は倭国の文物や風俗に関心があるらしくいろいろ尋ねてくる。武器や軍事力にしか興味を示さなかった梯儁とは大違い。先般の位宮討戦の話になっても武勇伝は語らず夫余高句麗の風習の話ばかりだった。

なんでも夫余や沃祖や挹婁に赴きそこの国情をレポートして本国に送るのが役目だったという。やはり、従軍はしているが、中味は文官の人なのだ。  

高句麗を含む夫余一族は、元は(いん)代に中国から逃亡してきた民族で、飲酒時の礼や殷暦を使用するなどの習俗を踏襲していると言う。だから彼等は故地、中国に自分達の領地を築こうとスキあらば侵略を考えているのだとコメントした。

 また沃祖で聞いた話だが・・と前置きして「東方の大海の島に女ばかりの国があるとの事だが、倭国にそんな国はあるかな?」とマジメ顔で聞いて来た。あるわけがないと一同が笑った。

塩ジィが「漁が盛んになると男が海にでて、島には海女しかいない集落が出来る事もある。それを勘違いしたのでは?」と解釈を加えた。

この張政殿、黙ってたら倭国について、あることないことをレポートして帰りそうだ。正確に伝えなければトンデモナイ異国に仕立て上げられる事になる・・。


 翌249年、場面は中国に変わる。

 年が変わってすぐ、魏では司馬懿(しばい)によるクーデターが起こっていた。皇帝、(そう)(ほう)はそのままだが、実権を握っていた曹爽(そうそう)一派が一網打尽に捕えられたのである。

 司馬懿は太傅(たいふ)の地位に祭り上げられ力を失っていたはず。曹爽一派はそれを良い事に利権につながる全ての役職を仲間内で固めた。

しかし、専横が過ぎた事が今回のクーデターにつながった。利権を失った者の潜在的反発は大きく、専横を嫌う者は皇帝周辺にも広がっていった。彼らにとって曹爽一派に対抗できる求心力を持つ人物は、唯一、司馬懿しかいなかった。

 当然、曹爽らも司馬懿に対する警戒を行っていたが、一瞬のスキを突いて司馬懿がクーデターに成功したのだ。

 策士、司馬懿の面目躍如である。自らの病気が深刻になっていると噂を流して自宅に引き籠る。曹爽派の高官、季勝が様子窺いに面会を申し出た。そこで司馬懿はモウロクジジイの演技で対応。

季勝がすっかり騙されて「生きた屍になっている」と報告した為、司馬一族への警戒を解いたのがウンのツキだった。司馬懿(しばい)だけに芝居の上手い天下取りの始まりである。

 曹爽が安心して狩りに興じ、都を留守にした時、皇帝曹芳の母を味方に引き入れた司馬懿が軍を掌握し、曹爽に降伏を迫る事になる。

 曹爽とてナンバーワンの実権者。態勢を整えて全面対決に臨めば、勝敗の行方はわからなかったが、司馬懿側は寛大な処置をチラつかせていた。迷った曹爽。肚をくくる事が出来ず、腰砕けに降伏してしまった。ジ・エンド。一派全員、寛大な処置どころか死罪と断罪され、アッと言う間に一掃される事になる。

 結果、司馬一族が実権を握り、かつての曹操と同じ立場になった。曹操は漢の皇帝をいただいたまま、実権を握り、最終的には禅譲を受けて魏を樹立した。

今、まさに歴史は繰り返されようとしている。司馬一族の手で禅譲劇が再現されるハズと噂が魏全土に拡がった。 


 倭国、ヤマタイでも大事件が起こっていた。長き間、ヤマタイ連合のシンボルとして共立されてきた卑弥呼様が崩御されたのだ。

そして、卑弥呼亡き後の王位継承が問題になっていた。

ポスト卑弥呼の候補は三人。卑弥呼の男弟、その息子、そして卑弥呼の宗女として壱与の存在が明らかにされた。男弟は老齢と言う事で外れた。壱与は、卑弥呼の直系が評価されたが、年端もいかない少女。巫女のトップとしてはともかく女王の重責は荷が重いと言わざるを得ない。結局、消去法で男弟の息子が王位の継承者に決まった。トシは新王の即位式に出席の為、アキを出立する。

 トシは先に一大率に立ち寄った。

ソシアオがやってきてグチをこぼす。張政の扱いが難しくなってきているというのだ。酒浸りの毎日で、女性を要望する事も頻繁になってきた。

最近、帰国の土産に真珠五千個欲しいとダダをこねる。市場で見た真珠があまりに美しく皇帝の土産にしてくれないかと言い出したのだ。魏の真珠は淡水で採れるがここは海の産物。モノが違う、素晴らしいと褒められるのは有難いが、五千個を集めるのは容易ではない。何時揃うかわかりませんぞと難色を見せても、時間はいくらかかっても構わんとの弁。

「今年は必ず帰国するぞ」とホームシック気味だった張政が、それを言わなくなり、一大率に居座る様になった。その心変わりの原因を探ってくれと頼まれた。  


 トシが張政に会うと、機嫌は良いが酔っている様子で酒臭い。やはり、話題は洛陽の政変劇になった。帯方郡からもたらされた話としてクーデターの次第を語った。 

 「何晏(かあん)殿は如何だったんでしょうか?」トシは洛陽滞在時に世話になった経緯を話した。「たいした人物と知り合いなのだな。」と驚いた後、「その何晏殿も殺されたそうだ。」と答えが返ってきた。なんとした事。

「そうですか。何晏殿は司馬懿の息子の司馬師殿の才を買っておられたんですが・・」

「司馬懿殿も冷酷な仕打ちをなされる。」

 司馬懿は何晏に命じて、曹爽(そうそう)丁謐(ていひつ)(とう)(よう)ら政権中枢にいた者の裁判をやらせた。何晏は仲間を厳しく断罪するよう仕向けられ、それに従った。その事で自分が助かるとの一縷の望みをつないだのだが、司馬懿から「罪人はもう一人いるぞ」と脅され己の運命を悟ったという。

 「何晏殿は既に高齢であられるのに天寿をまっとう出来なかったのですね。」

トシは何晏に可愛がられた洛陽での日々を思い出し、感無量となった。政権に関わらず、研究者として一生を過ごされれば良かったのに・・

 「我々もどうなるか心配だ。」張政がうつむき加減で呟く。「

張政殿は曹爽一派とは無縁でしょうに?」

「もとより関係はないのだが、トバッチリが恐いのだ。」上司の帯方郡太守王頎が母丘倹の子飼いの部下である事が気になるという。

 「母丘倹殿は司馬懿殿とは公孫討伐を共にした方ではありませんか?」

「知っておるのか。だが母丘倹と司馬懿はしっくり行っていないのだ。」

明帝の口利きで副将となり、司馬懿と共に恩賞にあずかったが戦場での功績は無く、司馬懿からはバカにされていただけ。二人の間に溝があったのだった。

「ここだけの話だが母丘倹殿がどう動くかが心配だ。」

洛陽では司馬懿派と反司馬派の巻き返しの内部抗争があるとの事。母丘倹が巻き込まれて早まった動きをすれば、王頎も共に動く事になるやも知れぬ・・

 「帯方郡の仲間から帰国を遅らせた方が賢明かもしれんぞ・・と冗談を言われる始末だ。ハハハ」

自嘲的に笑う張政の本心は本国の政治体制が落ち着くのを、倭国滞在を長引かせる事で時間稼ぎしよう・・との思いなのだ。

もっとも、現実には司馬懿の有力者取り込みが功を奏して直ぐに争乱が起こる事はなかった。母丘倹が司馬一族に反旗を翻したのは六年後の255年になってであった。 


トシは邪馬台国の新しき王の即位式に参列していた。

儀式が終って、上機嫌の難升米に呼ばれる。

「実はな。狗奴国の脅威が去った今、ヤマタイ連合を一つのヤマタイ国にまとめる計画が動き始めたのだ。直ぐにとはいかんが、新王のもとで着々と進ませる段取りを考えておるところだ。」

中央集権体制が出来れば、難升米が東征大将軍となって東遷事業に本格参戦する事になると言うのだった。それまで、一つでも東国への拠点を増やし、勢力拡大を図って置くように・・とハッパを掛けられた。 


難升米は新王に挨拶するよう促した。新男王は四十代になったばかりの働き盛り。高い鼻と大きな目に意欲がみなぎっていた。これまでも卑弥呼の儀式と政務を、父と共に実務で支えてきた自信が滲み出ていた。

「そなたの働きは難升米から聞いておる。期待しておるぞ。」と声を掛けられ、堅い握手を交わす事が出来た。傍で難升米が囁く。「新王とワシの考えは完全に一致しておるのだ・・」

ただ、参列者の動きを見て各国の王や長官達の祝賀ムードが低調に感じられるのが気懸かりだった。

伊都国王、奴国王とも新男王に近づくものの、型どおりの挨拶で笑顔が少ないのが気になる。ヤマタイ本部の弥馬升ですらそうなのだ。影の実力者と言われる掖邪狗にいたっては挨拶にも来なかった。

難升米は「ヤマタイの事はワシがキチンと仕切るので安心しておれ。お前はこちらの事に関わらず、新天地をひたすら開拓するのだ。」と再びハッパを掛けて来るが、果たして難升米の思惑通り事が進むのだろうか?

 

翌年。トシの懸念が現実のものとなった。男王と難升米が、考えを異にする弥馬升・掖邪狗を排除せんと画策したのが争乱の始まり。王側がヤマタイ本部の政権交代を目指したのだ。

難升米達は、東方へのヤマタイ勢力拡大が進めば、各地の王の領土を増やす形で再配分し、その事で王達の理解を得ながら中央集権を図ろうと考えていた。

しかしこの動きを察知した現政権の掖邪狗は伊都国王、奴国王を焚きつけた。

「今の権益を吸い上げられ、見知らぬ土地に転封させられますぞ」と男王に対立し、自分達に味方するよう説得した。

これらの国が、難升米達の動きに抗い、現政権の支援に回って邪馬台国に進軍した事が、国を二分する戦乱に発展する。

これが伊支馬であれば、各地の王や長官の反発を招かぬよう用意周到に準備してヤマタイ連合の一本化を果たせたのだろうが、難升米のそれは根回し不足が明らかだった。

死者が千名を超える事態となって男王も決断した。王位を壱与に譲り、難升米が引退するとの条件で混乱を収束させようとしたのだ。

トシ達は遠隔地にある事から、結果的に、その争乱には巻き込まれず済んだのだが、これからの倭国を考えた時、何か後退したのではないかと不安を禁じ得なかった。


251年。トシは壱与様の女王即位式に出席の為、ヤマタイ本国に向かった。ヤマタイ本部の迎賓館には各地の王、長官達が続々集結していた。

トシは伊都国王、一大率長官ら顔見知りのメンバーに挨拶をした。伊都国王の隣にはミクモ姫が座っていた。一大率学園の巫女代表として、式典に参列するのだ。

トシはアキの学園に巫女学を開設するつもりだった。招聘しなければならない先生役の巫女を紹介してもらう良い機会だ。「式典の後でお話しする事ができますか?」お願いに対し、ミクモ姫は快諾してくれた。

トシは挨拶をしなければならないもう一人を探した。部屋の隅に難升米がポツンと居心地悪そうに座っていた。難升米は今日を限りに引退が決まっている。今回の戦乱に敗れた当事者で誰も寄り付こうとする者はいなかったのだ。

気落ちした風の難升米だがトシが目の前に来て、笑顔を作って隣に座るよう目配せした。「今日が最後のお勤めとの事。残念でたまりません。」

「何の。クビが下とつながっている事だけでも有難いと思わんとな。俺の為に命を落とした連中には顔向け出来んのだが・・」

「胸中、お察し申し上げます。」

改めて二人の洛陽行の旅が思い出された。

「あの時、同じ運命に乗り合わせた者同士、一生の思い出を共に出来て楽しかった。だからでもないがお前に最後に言って置きたい事がある。聞いてくれるか?」

今回の政変で倭国統一の夢は遠のいた。

「しかし、それを可能にする者がいるとすれば、トシ、お前だ。肝に銘じて成し遂げよ」と言う。現政権にはトシを支援する者はいない。但し、難升米はトシの成す事を邪魔せぬよう釘を刺してくれていた。

難升米は引退に当たり、現政権にトシの身分保証を確約させていた。伊支馬が指名した東征将軍とする方向の確認を求めた。この事は伊支馬の遺言にもあり、魏が求めていた事でもあるので異議を差し挟む者はいなかった。

「困難が続くだろうが倭国統一を一人で走れ。」

伊支馬、難升米の想いは最終ランナーにバトンタッチされたのだ。

現在のヤマタイを上回る基盤を成した時に、壱与様を招聘し統一国家を実現させよ。・・「これはあの宿敵キクチヒコも望んでいたというじゃないか。」

伊支馬殿が狗奴国との連携を謎かけしてきた事があった。あの時には何の冗談かと流したが倭国統一を第一に考えればそれが最善の道だったかも知れない・・難升米は独り言のように呟いた。

「ワシの出身地、諸富の隣にヤマトと言う国があったのだ。狗奴国に攻められてヤマタイ傘下に下ったのだが、その王族ニギの王子の一人が東方に赴きナラと言う国でいい身分になっていると聞いた。そいつを味方に引き入れれば東方を制するのは早くなると思う・・」

ニギ族?キクチヒコの母の出身もニギ。キクチヒコが存命しておれば、それもやり易いのだろうが・・。 


トシはたまらず難升米に懇願した。「出来る事ならアキの国に来ていただけませんか?難升米様がいていただければ心強いのです。一人で背負うには荷が重すぎて・・」

トシはあくまで下働きで動いてきただけなのだ。それが言い出しっぺのキクチヒコが消え、伊支馬が亡くなり、難升米も表舞台を去ろうとしている。

「馬鹿者!気弱な事は金輪際(こんりんざい)、漏らすでない。老兵は去るのみ・・なのだから。」

難升米は額の刺青(いれずみ)を見せ「これからは一人の海人族として海を眺めて暮らす事に決めたのだ。ワシの為に命を落とした者達の冥福を祈りながら・・」と涙を見せられては返す言葉もない。


ドーン、ドーンと大太鼓が鳴り響く。即位式の始まりの合図だ。奥の間で即位の儀式が執り行われ、間もなくこの場に壱与様が登場、新女王のお披露目となる。

式典が始まった。壇上には色鮮やかな布がはためき、神事に欠かせぬ鏡が雲のデザインが彫り込まれた台に載せられ、ところ狭しと並べられている。

まずは大勢の巫女達が鈴を鳴らしながら壇上で整列した。トシは目をこらして巫女の一人一人の顔を見つめた。チクシが舞い戻り、これに参列しているのでは・・

だが、やはりチクシの姿は見当たらない。

和琴が奏でられ、新女王がお出ましになり着席された。皆が跪き、壱与様への忠誠を誓い新女王を賛美した。しかし、その顔は薄い絹のヴェールの覆われ尊顔を拝する事は叶わなかった。

トシはむしろ、壱与様に付き従う高位の巫女に視線を注いでいた。左に付き添っている巫女頭は見覚えがある。

勿論、チクシから引き合わされた白髪のおばあ様ではない。あの時、トシを卑弥呼の館に招き入れた巫女が巫女頭に昇格していた。卑弥呼の死後、女王を取り巻く巫女の若返りが図られているのだ。

トシは残念だった。せめて、あのおばあ様が居たのならチクシの事が何か判るかもしれないとの期待があったからだ。しかし、あの巫女頭に接触出来ればそれも可能かもしれないと考え直した。

誰かのツテを通じて・・そう、ミクモ姫に依頼するしかないのだ。

お披露目が終ると掖邪狗が登壇し、ヤマタイ本部の新政権の紹介がなされた。トシは改めて東征将軍として任命を受けた。

更に掖邪狗は自分を団長として、張政の帰還に付き添う朝貢団メンバーを発表した。なんとその数二十名。掖邪狗達に味方した者達のなかから、論功行賞として選抜、自分の地位を盤石にするため、人脈作りに利用しているのだ。野心家らしい発想。そして、まるで何処かの国の政治家が研修を名目に海外旅行に出かけるの図である。


儀式が終り、祝宴が始まる合間にトシはミクモ姫をつかまえた。

「何の話です?」

「お願いしようと思っていた話とは別に緊急の依頼が出てきました。壱与様の左にいた巫女頭に接触してもらいたいのです。」

余りに勢い込んだのでミクモ姫に近づき過ぎ、後ずさりさせてしまう程だった。

「チクシがどうしているのか?チクシのおばあ様に会う事が可能なのか?」

トシは以前に卑弥呼の館を訪れ、あの巫女に案内されてチクシのおばあ様、ナンバー2の巫女頭に挨拶した事を話した。二度目に訪れた折、在籍した事もないと門前払いされたのも・・。


祝宴も終わったところでトシは、出身地諸富に帰る難升米を見送った。深々と頭を下げ、難升米の姿が見えなくなった時、ミクモ姫が近付いて来た。

「チクシさんの件は一部の人しか知らないトップシークレットなのです。だから、在籍した事にはなってなかったのです。」それで門前払いになったのか。

「それで・・チクシさんは、やはりこの地におられません。失踪した後は何の連絡も手掛かりも無いそうです。」そうか、何の情報も得られなかったか。

「それより、チクシさんは壱与様のお母さんなのですよ!」

ミクモ姫があまりに突飛な事を言い出すので、言葉を失い、マジマジと姫の目を見る事しか出来なかった。

「この事はあなたと私だけの秘密よ。あの巫女頭は私が伊都国の巫女頭だからと問う区別に話してくれたの。」

それから・・と続けた。「あなたが会ったチクシさんのおばあ様は、巫女頭なんかじゃないわ。あの方こそ卑弥呼様だったの。」

「そんな・・」トシはあの威厳に満ちた老女の顔を思い出していた。

「間違いないわ。卑弥呼様の側近には白髪の女性など、いなかったとの話よ。となるとチクシさん、私の遠縁にもなるわけよね。」

「ああ、そうなりますね・・」トシも虚ろに返答した。

あのおばあ様が卑弥呼とすると、チクシの娘が壱与様と言われてもおかしくは無い。ただ、そもそも、どうしてチクシに子供がいたのか?

「あなた!正直に答えなさい。チクシさんとは男女の仲になったの?」

「えっ。そんな事あるはずが・・なぜそんな事を聞くのです?」

巫女頭の話ではチクシが同級生の男子を連れて卑弥呼の館に戻った直後に体調を崩したという。それで一大率に戻るのを延期していたが、間もなく懐妊している事が判明、結局女の子を出産した。

チクシは父親の事は口をつぐんでいた。だから側近の巫女達はあの男子学生が、トシが父親と思っていたと言うのだ。

「それは有りません。そんな相手としてはみてもらえなかったもので・・」

あの一夜の事を思い起こしてみたが、夢精では何とも言いようがない・・

「その後、伊支馬様から卑弥呼様の縁者はいないか・・との話が来て、あの時、チクシさんは卑弥呼の孫ではなく、親戚筋に当たる娘という事になっていたので、伊支馬様がある縁談を進めたと言う事よ。私は、その相手がキクチヒコ様じゃないかと思うのだけれど・・」ミクモ姫はその名前を言い難そうに発音した。

「先輩と。」そう言えば伊支馬がそれらしき事を言ってたような気がする。

「その時よ。チクシさんが失踪したのは。・・」

「そうでしたか。」

今、耳にした情報をどう消化したものかと戸惑うばかりだった。無言の時間が過ぎ、うずくまるように考え込んでいたようだ。


ミクモ姫が、現実に引き戻すように声を掛けた。「ところで私に頼みたかった、もう一つは何?」

ああ、そうだった。トシは東方に拡大した各国にヤマタイ式の神事を取り入れたいとの考えを披露した。各集落の地元の神を尊重しながらも、統一した祭礼を執り行う事で、国の一体感を出す必要性を説明する。

青銅器を鋳る工人に支配下地域で不要となった銅を鋳直し鏡を作って配布していたが、それだけでは足りない。ヤマタイ式の神事の魂が必要だった。

その為に一大率のように巫女学コースを設けるつもりだが、ついては教授してくれるベテランの巫女の存在が不可欠。誰か、適当な人を派遣願えないかと相談した。

「そういう事なら協力しますわ。」

トシは二つの依頼をキチンと受け止めて情報と協力をもたらしてくれた姫に何度も感謝した。


複雑な思いを抱えて、トシはヤマタイ本部の迎賓館を離れ、実家に向かった。一晩を実家で泊まり、明日、迎賓館に戻ってアキに出発しよう。


トシは久し振りに父母と対面した。一昨年、父が仕官していた日向での書記官の仕事を引退し、ヤマタイの生家に戻っていた。トシがアキに引き取る事も考えたが、母が馴染みのある実家の方を選んだ。

トシは両親と共に祖母の墓参りをした。

祖母が見守ってくれるお蔭で、長官の仕事もなんとかやれてるのかも知れない。・・と手を合わせていた時「ホントにあの時は、急に亡くなられてビックリしましたわねえ。」と母が話しかけてきた。が、その言葉に引っ掛かるものを感じる。

「急にって。おばあちゃんの看護の為に親戚の誰かに面倒見るのを頼んだんじゃないの?」

「看護?知らないわよ。私達はヤマタイ本部からの突然の連絡で、亡くなった事を知ったんだよ。」

謎がトシの頭に充満する。誰が祖母の看護をしていたのか? 


歓迎の夕食の折、親戚の者一同がトシの出世を褒めたたえるので、気恥ずかしい思いをしていた。誰かが「そん勾玉も立派な物のごつあるねえ。」と言う。

突然、トシは何かしなければならない思いに駆られスックと立った。

「何処に行くんだ?」との父の声を背に、家を飛び出した。

隣戸の戸を叩くと「あれー。トシじゃなかね。帰ってこらしたと?」

「ああ。壱与様の即位式に出席したんだ。それより、おばさん。聞きたい事があって」勢い込むトシに圧倒されておばさんの目が丸くなった。

「以前、祖母が病気になった時、看病に来てた娘がいたって言ってたよね。」

「「ナイ(はいの意)。でもそれはあんたの母さんが・・」

「その娘、こんな勾玉を付けてなかった?」

「ナイ。こいと同じものだったよ。ほんなごつ、こがんと。・・そいぎ・・どうし・・」

「有難う。これはほんのお礼です。」

差し出した五銖銭の束を見ておばさんが「こがいなもの、もらう道理なか・・」と叫ぶ声はもう聞こえなかった。

チクシはここに居たのだ。卑弥呼の館を失踪して祖母と暮らしていたのだ。手掛かりとしてはそれだけの事なのだろうが、チクシは何処かで生きているとの希望が湧いてきた。ニコニコ顔で宴席に戻った。気持ちが晴れたとはこの事。光明とはこの事だ。


翌日、迎賓館に戻って帰り支度を済ませ、ミクモ姫や伊都国王と共に門を出る、その時だった。

近づいてくる二人の男。キジとサルタヒコが走り寄る。

二人は、それぞれ重大情報を持って来たと誇らし気に言う。まずサルタヒコのケンからの伝言。

「キビの国が同盟の申し入れをして来ました。」

キビの国とは休戦協定を結んではいるが、裏ではこちらに対抗すべく国力を回復させているはず。唐突すぎる同盟の申し出である。

「出雲の国から脅威を受けている事。それに瀬戸内の海賊に手を焼いている事情があって今回の話になったようです。」詳細は不明だが、事実であれば東征を進展させるのに朗報となる。


「キジの方は?」

「ウワサがあったんですよ。ウワサが!」

「だから何の噂だ?」

「チクシさんのウワサです。」

「なに!ホントか?」

「若い女性がアキの国を通ってさらに東方に向かったという事です。」「

どうしてチクシとわかるのだ?」

「へへへ。長官に勾玉を着けてもらって、アキの国を巡回視察してもらったじゃないですか。」

そう言えば以前、キジが勾玉を褒めた時、チクシが同じモノを身に着けていると話した時があった。品があるので国内を巡回する折には必ず身につけて下さいよ・・と勧められていた。 

「あれからクスリと一緒にアクセサリーも売る事にしたんです。長官も身を飾っている勾玉はいかが。福を呼び大出世まちがいなしのアクセサリーだよってね。」

「これがソコソコ売れるんですよ。・・いや、長官がアキの民に慕われているって事ですよ。ま、売っているのは玉造の大将の息子さんが作るガラス製のニセモノですがね。利益率が高いんですよ。これは。ハハ」

「お前が儲かるかどうかはどうでも良い」

「そうでした。言いたかったのは、市場でそれを並べていた時、客の一人が長官と同じ勾玉を持った女性が旅をしていた・・と言いだしたんです。もう十年も前の話ですがね。これはチクシさんに間違いないと思いました。」

「十年か。可能性はあるな。それにしても俺を商売の道具に使うとは・・」

「へへ、そうなりますかね。でもこれはチクシさんの情報収集の為ですよ。だから、長官に勾玉をぶら下げて各地を巡回するよう提言したんです。ハイ。」

「まあいい。東方に旅してたわけだな?」

「ただ、気になる情報もあるんです。その女性は、倭人らしくない言葉遣いをする父親らしき男性と一緒だったと。」

トシは閃いた。チクシは卑弥呼の館から失踪して祖母のもとで暫く暮らした。丁度その頃、(きん)(りゅう)で徐福の足跡を調査していたのが徐先生だ。

「共にいた男は徐先生ではないか?」

キジもピンと来たみたいだった。二人、同じ時期に同じ地域に居たのだ。

「チクシさんと先生が一緒に?フフ残念ね。」ミクモ姫がトシを見ながら呟いた。まさか二人がデキていたとは思えないが・・ええい。そんな事はどうでもいい。チクシが生きていてくれる方が大事だ。

 

二人は徐福を追って東方に旅したのは間違いないだろう。トシは目を瞑った。まぶたの裏に住むチクシの顔が大きく拡がっていく。

早く東方の赴き、倭国の中心に辿り着きたい。

そうすればチクシの情報が手に入るかも知れないのだ。チクシと会って、同じ空気を吸い込みたい・・仮に会えないとしてもチクシの子供である壱与様を倭国の中心に戴く事は出来る。少しだけ伊支馬がキクチヒコにいだく想いと重ね合わせた。

東征のモチベーションは高まった。

東方への展開スピードを最大限に上げよう。アキに戻り、キビとの交渉に臨もう。キビの先にはナラがあり、徐福に縁のあるというクマノがあるのだ。

トシは自問自答した。「お前は何処にいくのだ?」「迷いは無い!倭国を統一するのだ。チクシのもとに!」・・トシの顔はいつのまにか少し覇王に近づいていた。 


 P・S


トシ達は伊都国王の行列の後を歩いていた。

「ホホホホホ」珍しい。ミクモ姫の笑い声が大きいので先を行く国王爾支(じき)も振り返る。姫の傍らにはサルタヒコがいて、先程から何やら囁いていた。

「どうかしましたか?」

「この方、面白い。私の事アルテミスの美しさを備えていると言うのよ。」アルテミスとはヴィーナスと並びギリシャ神話の二大女神と知られる処女神である。

「何を言われているのかは判りませんけど、とりあえずホメ言葉っぽいのが嬉しいわ。」

なおもサルタヒコは姫を口説いているようだった。

「私めが下僕としてあなたを守り、キクチヒコ殿の代わりを勤めまする。」

「天地がひっくり返っても、あの方の代わりにはなりませんわ。第一、強そうじゃありませんもの。おさるさん。」

姫のナイーブな心を傷つきかねないキクチヒコの名を口にしたり、サルタヒコの風貌を揶揄(やゆ)したりなのに、お互いそれほど気に留めてない風である。

「私自身は強くありませんよ。でも、腰に差したこの剣。(ばく)()の剣は、あなたを守り抜く力を宿しているのです。」洛陽の市場で手に入れたあの剣の事だ。 

「古びた剣です事。これは鉄剣じゃないわね。青銅とも違うみたいだけど?」

「ええ。これはなにを隠そう、プラトンが言うアトランティス大陸に眠る超金属。オリハルコンで作られた剣・・に違いないのです。中国に伝わり、名工・干将が鍛え上げた宝剣なのです。と思います。これはどんなものより硬く、そして自らの意志で守るべきものを守り、倒すべき敵を倒すのです・・と思います。」

「まあ。怖いホホホホホ。思いますばかりなのが怪しげに思われますけど。ホホホホホ」

今日のミクモ姫は機嫌が良い。

「でも、サルタヒコ様が守って下さるなら、私も皆様と御一緒して東方に行ってみたい気持ちになりますわね。」

「勿論、私がお供します。お供させてくださいよ」


キジがすかさず口を挟んだ。

「そうですよ。巫女学の講師にはミクモ姫が一番適任です。一緒にアキの国、いやキビの国に行きましょうよ。人の命を救う知識を持つ巫女を増やしたいと言われていたのは姫じゃないですか。東方には姫を待っている民衆が沢山いるんですよ。」

「痛いとこつくのね。」

「新薬の開発を急いで、売りまくって儲けましょうよ。一緒に。」

キジとミクモ姫は共同で新薬開発に取り組んでいた。張政が倭国の植物に関心を持っていると言うので、ミクモ姫の薬園に案内したところ、倭国では無用の物と見向きもされなかった生姜や山椒、橘の実や皮が食用になったり、薬効がある事を指摘したのだ。その助言に従って、新薬を作ろうとしていた。張政氏も酒だけを飲んでいる訳ではなかったとみえる。 


「そうねえ。キジさんは儲け過ぎているみたいだから、メーカーとしては取り分を増やしてもらわなきゃね。いくら儲かっているのか監視するのに、私、行っちゃおうかな。」

「是非そうして下さい・・と言いたいところですけど、伊都国王が許してくれないでしょう。」

トシが面白くもない事を言い出したので皆を興ざめさせた。 

「いいえ。おじい様と私の人生は関係ないわ。伊都国王の孫娘のミクモ姫は、あの時、キクチヒコ様への想いと共に過去のものとして永久保存されたわ。新しいミクモ姫は自分の成すべき事に向かって生きるの。面白い人生に。」

「面白い?」

「何が面白いかって、人によりそれぞれでしょうけど、私は幼い命を救ったり、痛みを軽くする事。どこまでやれるか試してみるのが面白いのよ。それにはおじい様の指図は関係ありません。」


「そうですよ。姫、耳寄りな事、お教えしましょうか。」

「何?」

「東方には不老不死の妙薬があるかもしれないんです。少なくとも長寿は約束されるという・・。あの徐福が追い求めて東方に向かったクスリです。」

「へえ。そうなの。」

サルタヒコも「姫の為に事前調査をしてまいりました。」と付け加えた。

「未確認情報ですがね。クマノのさらに東に不死山という霊山があるそうです。伊都の伽耶山が米粒のように感じられる壮大な山だそうですよ。それに伊都国にある二見が浦が東方にもあるのです。伊都国の方は夏至の日、二つの岩の間から夕陽が沈むのですが、向うは朝日が昇り出すんです。」

「まあ。面白い。ますます行ってみたくなりましたわ。トシさんがキクチヒコ様の遺言を守って、倭国統一を成し遂げるのか、お目付け役にもならなきゃいけませんものね。ホホホ」


姫にもプレッシャーを掛けられた。キクチヒコ、伊支馬、そして難升米の顔が浮かんだ

が、その向こうにはさらに大きな人影が見える。


この勾玉に触れると希望が湧き上がるように思える。チクシの顔がトシの心に投影されて、それはとても心地良い瞬間だった。

見果てぬ夢を見続けるだけ・・。

見果てぬ夢を追いかける喜びと共に・・・。


                                 第一部 完








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