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邪馬台国東遷  作者: シロヒダ・ケイ
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長官

― 第六章 長官 ―


梯儁は二隻の船で帯方郡に向けて出発。トシも朝貢から帰国する迄の報告書を一大率長官宛てに提出した後は、オカの国に赴任する準備に取り掛かった。

相談相手は伊支馬がヤマタイ本国から派遣してきたベテランの行政官、ナカ。

ナカはトシが行政に関する知識に乏しいにも拘わらず見下す事もせず、丁寧に説明してくれる信頼のおける実務派官僚であった。

伊支馬から与えられたミッションは軍事特区の成功であり、倭国統一の足掛かりとなる東方進出の拠点作りだった。それに対し、現地の民が求めるものは治水等、農業の再建と異なっている。

農業再建でも成果を挙げねば自立した国としての評価は得られないし、何より現地の民の協力を得て兵士を育て、軍事特区として成功する事もままならない。どういう手順と方法で岡の国を変える事が出来るのか?

ナカは、まず自分が先に現地に赴き実情と問題点を調べる事にしたいと申し出た。その後にトシが長官として訪れた際、方針説明会を開催し、現地の協力を求めるようにしては如何ですと段取りを示してくれた。

ナカが当面の必需品と共に現地に赴く。現地の集落を束ねる首長達に個別に会ってヤマタイ国への忠誠を誓わせ、各集落の人口や被害状況、要望事項の優先順位を聞いた上で、必要な支援品を下賜、または下賜のスケジュールを組み立てる。

「その間、長官は御両親に挨拶しながらオカの国の将来構想を練っていて下さい」私が現地で得た情報とすり合わせて説明会で伝える基本方針を決定致しましょう・・という訳だった。


トシは両親に挨拶をする為、ケンと共に、梯儁から譲り受けた軍船を仕立てて、父が赴任している日向に向かった。船には海路、操船、天候判断にたけた、あのムナジィが乗船してくれた。これで無事に航海出来るだろう。

勿論、母は立派になった息子を見て感激してくれた。本来なら長官となる身では両親を引き取るべきなのだろうが、オカの国の再建に目途が付くまでは叶わない。失敗すれば左遷となり、しかも自分に与えられた使命は東方にしかない。先々は亡き祖母のいた故郷でゆっくりしてもらいたいと考えていた。


日向を出て豊の国に向かった。宇佐の港に寄った時、ケンがウサツヒコに会って行こうと言い出した。

ウサツヒコ、あの奉納相撲で学生チャンピョンを競った男だ。トシはウサツヒコが宇佐国の王子であるとの身分差から親しくしていなかった。が、ケンは同じ武人コースで同期のライバル。最初は反目しあった仲だが、卒業の頃には互いに認め合う相手として親しい間柄になっていた。

ウサツヒコは王府で歓迎会を催してくれた。オカの国に赴任するというと「小さい国だし、難しい仕事になるかも」と心配してくれ「まあ、上手く行かなければ、二人とも、うちの国で雇ってやるから存分に勝負したら良い。」と激励してくれる。

トシは帯方郡とヤマタイ連合国が軍事協力協定を結んだ事、それに関連し、オカの国を水害から再建するだけでなく、軍事特区としてヤマタイの軍事強化の要にする使命を口にしてアドバイスを求めた。

「ふーん、オカの国が軍事特区?」彼も王子として宇佐の軍隊を束ねる立場になっている。

「それなら、単に兵士を増やすだけじゃなく、海軍力を強化すべきだな。」と指摘した。

「オカの国はオンガの暴れ川のせいでつまらぬ国になっているが、そのオンガ川を逆手に取ったらどうだ?」と言い出す。

「それは、どういうイミだ?」ケンが訊ねた。

「邪馬台国が強大になったのはチクシ川をうまく利用したお蔭だ。治水をして農耕地を増やし、人口を増やした。それだけではない、チクシ川上流の森林から木材を筏にして運び、河口付近で加工して造船を盛んにした。伊都国や奴国が飢饉に苦しんでいるのに乗じて、それらに手を差し伸べると同時に韓半島の交易権を手にして、ヤマタイ連合の盟主になったのは二人共知っていよう。」

「そうだな。」

「オカの国とオンガ川、邪馬台国とチクシ川を対比してみたら良い。オカの国は邪馬台国と違って川の流域に広い平野を持たない。だから治水のメリットは乏しい。しかし、上流域には森林資源の豊富な周辺国がある。上流の国から材木を買って、オカの国で製材し、船を作って海運業をしたり、木材を必要とする鍛冶場を立ち上げて金属加工に乗り出してもいいんじゃないかな。この宇佐だって水産・海運でもっているようなものだからな。」

ケンも乗り気になった。「オンガ川はチクシ川に次ぐ大きな川だからな。面白いかもしれん。オカで軍船を作れば軍事特区構想にもプラスになる。海運業で久米一族やムナカタのツテと使えるのは強みだ。ウサツヒコ先生の宇佐と海運で提携する事も可能だよな。」

「まあ、うちにメリットがあればね。」

「大きい川だから氾濫する。それは欠点ではあるが、その欠点を利用するというアイデア。良いじゃないか。ウサツヒコ先生、変わったなあ。頭、良くなったんじゃないか?」

「さっきから先生だの、頭良いだのとかついでいるが、俺は元々、頭良いのだ。今頃判ったか。」ウサツヒコも満更ではなさそうに酒を飲み干した。

「欠点を利用して勝つ事をケンの相撲を通じて教わった。ケンも大きいが俺の方がさらに上背がある。しかし、お前は突進する俺の力を利用して、素早い動きで技を掛けた。俺のパワーを逆手にとって自分の欠点を生かしたのだ。」

「お前が頭良くなったのは俺のお蔭だな。」

「ハハハ、ま、そういう事にしてやるか。」


酒が進み、ウサツヒコが話を変えた。「「ところでケン。お前の彼女、チクシはどうなった?」ケンがトシを気にしながら慌てて否定する。

「いやあ。チクシは俺の彼女なんかじゃない。」

「嘘つけ。お前が俺に勝ってチャンピョンになった時、その目はあらぬ方向を探していた。そして、その先にはチクシがいたんだ。どうだ、ズバリだろ?」

「いやー参った。」やはりケンもチクシの事が好きだったのだ。

懐かしい名前が出た。それにしても所在不明、音信不通のチクシは何処に居るのだ。出てきて欲しい。長官として成果を出せば、チクシに求婚する事も可能だろうに。会いたい気持ちを押し殺すのにトシは苦労していた。


と、宴席にチクシが。いや、違う。大柄の女性だが、チクシに、どこか似た丸顔の可愛い顔立ちがひょっこりのぞく。

「おうウサツヒメ。」

「俺の妹でな。一大率学園で巫女学を学んだんだが、武道が好きで途中退学した困った奴だ。丁度良い、客人に舞でも披露せんか。」

ヒメは女だてらに剣舞を舞った。剣さばきは見事なもので重い剣をくるくる廻すパフォーマンス。と思ったらその剣をケンめがけて振り下ろす。ケンも流石のもので間一髪に飛び退いて難を逃れた。

「何をする!」とウサツヒコ。

「この人、兄者に相撲で恥かかせた敵でしょう。」

「バカをいうな。あの時は憎いライバルだったが、今では大事な友人だ。」

「そう、どうでもいいけど・・この人、身のこなしはまあまあね。」

「とんでもない事をする。トシ、ケガないか。」

「いや、大丈夫。もともと殺気はなかったし、退かなくても寸止めしてた筈だから・・。しかし、たいした腕だ。」興味深々の風情で娘を見た。

「おまえ、お酌でもせい。」

ウサツヒメは、うって変わった笑顔でトシとケンの間に入った。しかも若い女性特有の甘い匂いを漂わせていた。

「お前も、巫女らしくするか、嫁にでも行けばいいのに。・・・そうだ、ケン、こいつはどうだ。お前と兄弟になるなんて最高だ。」ケンがまんざらでもなさそうに頷く。

「こちらの殿御ならオッケーよ。あたし好みだし。」間髪入れず、ヒメはトシに腕を絡ませた。「この方、あたしが学園の新入生の時、朝貢団にいた人でしょう。カッコ良いし、長官になられてるってのも素適。この年で長官夫人なんて夢みたい。」

「トシには既に彼女がいるみたいなもので・・」ケンがうろたえたように釈明した。

「ザンネン!ならあたし、お兄様のもとで将軍になるわ。道場で剣の稽古してこよ」ヒメが去るのをケンが未練有り気に見送った。


ヒメは居なくなったが男三人、宴はなお盛り上がり、ウサツヒコは将来、オカの国で建造した軍船を沢山買ってくれる事になった。・・そうだ、ヤマタイ国から船大工をスカウトする必要がある・・ナカに相談してみよう。そして腕の良い鍛冶職人も。塩ジィか玉造の大将に相談しなければ・・

トシはウサツヒコの助言に感謝し、オカの国の再建のデッサンが少し形になってきたと感じていた。しかし、その前に農業の再建で民の心をつかむ必要がある。それにはどうすれば良いのか・・まどろみながら考えや想いがあちらこちらに浮遊する。チクシの顔が浮かんでは消えた・・。

なお、時代が下って大和朝廷の頃、宇佐国は重要な国の一つに数えられる事になる。大陸と本州に面した軍港として、宇佐、岡の湊、宗像の三つが、その拠点となるのである。


トシとケンを乗せた軍船がオカの湊に近づく。海辺にヒガンバナのような花弁の真っ白い花が咲いている。ヒガンバナの季節でもないのに・・と目を凝らすと、あたりから甘い香りが漂ってくる。それは浜木綿はまゆうの見事な群生だった。

オカの政庁に着くと副官のナカが出迎え、現状報告がもたらされた。今回の水害は流域の穀物耕作地をほぼ壊滅へと追い込んでいた。川には大量の流木が折り重なって積み上がり、それが川を堰き止めて自然堤防を崩壊させた事によると推定された。居住地の集落はもともと高台にあり、人的被害や昨年収穫の貯蔵品の被害はそれほどでもなかった。

しかし、これから大豆や大根などの野菜を植え付けても来年秋までの食料確保はかなりの不足となる。ほぼ全量をヤマタイ国の支援に頼らざるを得なかった。

国の規模については戸数六百。うち漁業五十戸、被害を免れた農家五十戸だから、国の八割が被害を受けているという。六百戸というと二千五百くらいの人口になる。これで軍事特区が出来るのか?

「流木はどうした?」トシが聞いた。「片付けは完了しております。使える物は一か所にまとめております。」「よし。それを使って仮設の市と、兵舎を作ろう。」と指示を出した。「市なら毎月二回の市が開かれていますが?」「「常設の市を作るのだ。一大率にある市のミニ版だがな。」

ナカは予想外の話に面食らった様子だったが「長官殿の構想をお聞かせ下さい。」と素直に従った。その後、二人はオカの国を視察した。海に面した北東の小山に登ると国全体が一望できる。


オカの国の各首長達を集めての施政方針説明会の前、トシは一大率に寄った。一大率の長官に会い、常設市場の開設許可を得るのと、伊支馬が許可している特別枠の鉄鋌をもらいうける為である。市場については、一大率の市場権益を犯す事にもなるので一定の上納金を払う条件で許可が下りた。

その足で塩ジィに会い、連れ立って、工房の建ち並ぶ西市場にやって来た。技術者のスカウトの為だ。

まず、玉造の大将に挨拶する。「お前、長官になったそうじゃないか。驚いた。」ニコニコ顔で迎えてくれる。「お蔭様で。お約束の出世払いが出来そうな身分に近づきました。」「あれは冗談だ。あの勾玉は塩ジィにやったも同然。受けられないな。」とつむじを曲げる。押し問答しても金は受け取りそうにもない。「では、私が新たに注文します。あれと同じ勾玉を作ってくれますか?」

大将の座った横に例のヒスイの片割れが未だ転がっているのをチラリと見た。これだ。これは自分をチクシとつなげてくれる、そんな宝物になる予感がする。

「長官にふさわしい物を身に着けなければならないので・・」と言うと「ほう。それなら話は違うな。今回はバッチリ儲けさせてもらうぞ。」

「客が来たなら接待せないかんな。おーい酒だ、酒だ。酒持ってこーい」またしても大将の仕事場が宴会場になる。大将が酒を注ぎながらこっそり囁く。「すみにおけんなあ。今度は誰を口説こうというんだ?」ニタリと笑って目配せした。

本題に入り、オカの国で常設市場を作り、そこで商う鉄製品の鍛冶職人を探していると持ち掛ける。大将が立ち上がり、隣から鍛冶工房の親方を連れてきた。

原料の鉄鋌が確保されている事、燃料の木材が調達出来る事を伝えると親方も乗り気になった。一大率では安価な木材の入手が難しくなって来ているのが、その気にさせたようだ。まずは農具、工具、軍刀を大量発注すると、早速ベテラン職人に親方の二男を派遣して炉を作り、支店を開設するのが決まった。

一方、船関係では塩ジィとムナジィが瀬戸内の航路を熟知する船長を紹介してくれ、海運業の手掛かりも出来た。船大工も塩ジィが紹介してくれた。オカの国が中国軍船を保有しているなら、その建造技術を盗みたいと、こちらもオカ支店の開設を即決した。ヤマタイの船大工と競わせれば、造船業もすぐにモノになりそうだ。大工は弓や盾を専門にする武器職人も紹介してくれると言ってくれた。

技術者のスカウトに目途が付いたところで一息ついていると、塩ジィが東部の市場を巡ってみようと言い出した。最近クスリ屋が出来て評判が良いと、ニヤリとする。


そこは同じ軒先で塩とクスリの両方を商う店だった。「藻塩はどうかね。普通の塩と違って味がまろやか。美味しいよ。」藻塩は塩ジィが考案した高級塩。手間はかかるが藻の成分が混じって普通の塩とは格段に違う味になるとヒット商品になった。ただ、気になるのは客寄せの声。その声に聞き覚えがある。

なんと、そこに居たのははキジと孫。(倭国名が付いた。まんま、サルタヒコという。)キジは武人コースを卒業してヤマタイ国の武官になったはずなのに・・・

「へへ。兵士で名を上げようと思っていたんですがね。クスリが儲かるんで行商を始めたんです。店も作っちゃって。ハハ」

「何故クスリを?商売人に?」

「ほら、チクシさんと背振越えしたじゃないですか。あの時商売が向いているとトシさんにも言われましたが、チクシさんにも言われたんです。私が調合したクスリを売らないかって誘われたんです。その儲けで施薬院を作りたいからって。弁論大会で宣言した計画の一員になりなさいと。あれ以来、商売の事が気になっててついに方針転換したんです。」クスリを売って施薬院の夢を実現したら良い・・とはトシ自身が吹き込んだ事だった。

「チクシと会っているのか?」思わず大声になる。

「いえ。結局一大率には戻って来られませんでした。ただ、チクシさんがやろうとしていた事を、あのミクモ姫がやり始めたんです。」

「ミクモ姫が?」

「薬園で研究されてるところで会って、チクシさんの構想を話したら、それはいいわね。って。」それで学園が休みの時、塩ジィの口利きで、塩屋の軒先を借りてクスリを売り始めたという。勿論、それはミクモ姫お手製のクスリなんだと。

最初はボチボチだったがだんだん評判が出てきて、これは行けると感じた事で退学を決意、本格的に行商を始めたという。退学は本来勝手に出来ないハズだが、ミクモ姫が伊都国王に言って、一大率に認めさせたという経緯だった。

「孫、いやサルタヒコはどうして居るんだ?」

「先日塩ジィのところで会いました。この人メチャ面白いんですよ。ほら、この蛤を見て下さい。中に軟膏が入ってるんです。傷に効くんですよ。容器に蛤を使うアイデアもサルタヒコさんのものです。だから、一緒に商売を広げて行こうと・・」

「馬の世話は?」塩ジィが横から口を挟んだ。「馬の世話のやり方は、大体教えてもらった。俺もこの店には出資してるんでな。キジのところで働いてもらう事にした。」と言う。塩ジィはいつまでたっても実業家なのだ。


トシはキジにもう一つ気になる事を質問してみた。学園の徐先生に挨拶に行った時、七か月前から消息不明になっていると聞いていた。徐先生はどうしておられるのか?

「ええ。私も心配してるんです。」声を落してキジが話始めた。

「難升米様が昨年帰られて、一年後にトシさんが魏使と帰るといわれました。ですから魏使と顔を合わすとまずい事があるのでその前に失踪したのでは・・と言う噂が流れているんです。」

「そんな事が?」

「実は私が退学の報告に先生にお会いした時、かねて言われていた徐福の足跡を見たいと言われたんです。そこで私も実家に報告しないといけなかったので徐先生が休みを取ったのに合わせて同行する事になったのです。」

徐福が上陸したという有明の海辺を見て、先生が驚愕されたのが印象的だったと言う。干潟の泥の海岸にはそこらじゅうに跳ね廻るムツゴロウ。紅葉鮮やかシチメンソウの群生。これらは徐福の故郷に近い連雲港にもあるものだったからだ。おまけに、その港から倭国に向けて出航したとの伝説もあった。

一緒に徐福ゆかりの地を廻った後、ある日突然「一大率に帰る」と置手紙があって消息不明になってしまった・・と言う事だった。

チクシが約二年前から消息不明、先生は約半年前に失踪か・・身近な人間が相次いで連絡が取れなくなるのは何とも違和感を覚える。

「徐福の不老不死のクスリの事にえらく関心を持たれていましたが・・」その時、サルタヒコの声がした。「徐福?不老不死?」先程まで店先で客引きしていたのが何時の間に近くに来ていた。こいつも徐福に関心があるのだろうか? 


皆でメシでも食おうとなって塩ジィの行きつけの、例の店に入った。そこでトシはオカの国で軍事特区構想を実現しなければならない事を話題にした。問題は現地の民が農業振興を求めているのに軍事力強化の為、兵士を募集出来るか?との不安にある。

「そりゃ、徴兵制を言い渡すしかあるまい。」と塩ジィは言ったが、それへの反発はどうする?

サルタヒコが「ギリシャのイソップ物語に北風と太陽がある。」と話し始めた。サルタヒコがわけのわからん単語を使うのに皆慣れてきている。それによると、旅人の上着を脱がせる勝負を北風と太陽がした。北風は力まかせに吹き飛ばそうとしたが旅人はしっかり押さえて耐えに耐えた。太陽が燦々と光を照らすと暑さに耐えきれない旅人は自ら進んで衣服を脱いだ。・・という寓話だった。皆は怪訝な顔で聞いていたがトシには感じる所があった。サルタヒコは何が太陽なのか、自ら兵士を希望するには何が必要なのか?と考えろといっているのだ。


 施政方針説明会の日がやってきた。

自分のような若輩者が地元の長老達に今後の方針を述べ、指示を出すのだ。重圧がない訳はない。副官のナカは釘を刺した。「最初が肝心ですぞ。首長達が何を言っても、まともに受けて動揺してはなりません。たとえ相手の言う事に理があったとしても、まず自分の指示を受け入れさせる事です。本当に採用すべき事であれば後に検討し、修正を加えれば宜しいのです。」

 まずナカが徴兵制について述べた。水害被害の集落の成人男子は全員来年の農繁期迄の兵役義務、女性や老人についても国の指示する復興作業に従事する事。被害を受けなかった集落や漁民集落についても交代制による兵役義務を課した。

 これには各首長達もビックリ。一人が思い切った様子で異議を唱えた。「我々がヤマタイ国にお願いしたのは農業の復興。治水事業に駆り出されるのはわかるが、兵隊になれとはどういう事です?我々は食べていける生活を望んでいます。話が違いませんか?」皆がざわめきだす。

「兵隊になれというのはヤマタイ国の盾になれと言う事ですか?我々は戦争で死ねと!」「被害が無い我等にも兵役を強制するのか?」首長達の目に怒りが滲み出る。

さあ、ここからが国の構造を変える為の大博打。バクチを打ったからには動揺は許されない。トシは刀子に触れ、伝家の宝刀、チクシを召喚した。こんな状況に負けてはならぬ。自分に根拠の無いパワーを充填させる。

「首長達。私の話を聞いて欲しい。」目をつむっていたトシは思い切り目を見開いて一喝した。同時にケンとその配下の兵士が立ち上がり首長達を威嚇した。ざわめいていた人々が静まる。「そなた達の不安を持つ気持ちは判った。」

 一呼吸入れて「これから話す事はオカの国を豊かにし、皆が安心して食える体制を作る事にある。しっかり理解し、それぞれの集落に持ち帰って説明いただきたい。」と述べた。「第一に徴兵すると言っても兵士は戦う事だけでは無い事。国を守るのが仕事である。勿論、軍事訓練には参加してもらうが、治水工事も立派な国を守る仕事になる。これにも従事していただく。」治水工事に携わると聞いて首長達も聞く耳を持ち始めた。

 「第二に兵士には働きに応じて俸給が支給される。オカの国の復興には膨大な財源を必要とする。その財源はヤマタイ国が捻出するのだ。兵士を雇うという名目が無ければ支払う事も出来ないのだ。」

「第三に我等はオンガ川を最大限利用する事にする。それが、オカの民を豊かにする道なのだ。」オンガに悩まされて来た首長達にはピンと来てないようだった。

「私はここの地形を見て、オンガ川が手ごわいと感じた。洪水の起きやすい形をしている。まともに戦って勝てる相手ではない事は、これまで苦労されてきたそなた達の方が判っている事だと思う。しかし、それはこの地で農業だけを営む場合だ。川を利用して生活を成り立たせる方法は幾らでもある。そうした事業にも取り組んでもらいたい。」

 「川は治水にて利用出来るようになるのじゃありませんか?」

「治水については分水路と遊休池を作る事で洪水被害を少なくするよう検討したい。しかし、この川を悪者扱いするのではなくモノを運搬する手段で利用したいのだ。モノが集まれば市が立ち、交易が生まれる。」

上流から木材を調達して筏に流す。オカの河口で木材を加工して船を作る。端材は燃料として鍛冶場で利用すればいい。作った船で木材自体を他国に運んで転売しても良い。売れる物は幾らでもある。漁師集落が採った魚介の塩干物。等々・・

 「そんなに簡単にいきますかいな。ここには大工も少ないし、鍛冶屋に至っては一軒もありませんぜ。」

「技術者は他国からスカウトしてくる予定だ。勿論、右から左にうまくはいかんだろうが、勝負は二年だ。二年で皆が以前より窮乏しているようなら責任をとって私は辞める。しかし皆が私の指示に従ってくれれば、この国は必ず豊かになる筈だ。協力頂きたい。」

 話は終わり、各首長達に鉄製の鍬と、漁民には鉄のハリが与えられた。この土産を持って集落に今回の施策を下ろしてもらう必要がある。集落の民達は今迄使っていた木製や骨製の道具との違いをリアルに実感する事になる。


 常設市を作った事と俸給として塩、米、貨幣を支給した事は民の意識を変える事になった。確実に俸給が貰える兵士を志願する者が増え始めて来たのである。

俸給で必要な物を買えるという体験が農業という上着を脱ぎ捨てる事につながった。その事は近隣の国にも伝わり、宗像の海人族にも海軍に加えて欲しいと志願する者が現れるようになった。ムナジイがトシの国を良いように宣伝してくれていた事もある。軍事特区のデザインが描けるようになった気がする。


 一年後、国の形が出来上がりつつあった。農業ではヤマタイ本国から持ち込んだ収穫量の多い穀物の種を使い、水害の予想される地区には昨年の洪水に耐えて実った数少ない種を蒔いた。この集落には納税率を緩める事にした。定期的に農業指導員が巡回しアドバイスを与える。兵士や職人に正規採用され、働き手が少なくなった家には鉄製の農具が貸し出された

 兵士も正規兵二百名、農家を兼ねる屯田兵百五十名を抱えた。政庁の傍に練兵場を作り、ケンの指導で訓練を重ねる。千名を超える成人男子から絞る事が出来たので、皆、精鋭の部隊である。海軍が主体で、軍船の操船技術習得を兼ねて海運にも携わらせた。ムナジィに操船の指導官になってもらい遠隔地では瀬戸内の海をナガト、スオウ、アキの国まで出かけて行った。

 交易面もオンガ川を下って来た木材を中心に取扱量が増えた。一大率市場の鍛冶場向けの薪不足が深刻になった結果、稼げる商材になっていった。市に参加する業者も増えた。キジもオカを拠点に、東方の瀬戸内地域にまで行商の巾を拡げていた。今日はそのキジが面会を求めて来ている。


 キジの情報はあまりに早い東方進出への足掛かりとなった。なんと、アキの国がヤマタイの傘下に入りたいと申し出ているというのだ。

アキは東にキビ、北に出雲という大国に挟まれ、軍事的脅威を受けているという。特に、今回、キビとの国境で諍いや小競り合いが頻発し、一触即発の雰囲気になっている。軍事力で劣るアキが、支援を受ける相手としてヤマタイ国に目をつけて、行商中のキジに仲介を依頼してきたのだ。

これまでの倭国には無い、中国式の大型軍船で瀬戸内海を航海したのが、軍事力評価の決定打になったらしい。実際は、オカの国の軍事体制は整い始めたばかりだが、アキの国が頼れる存在と評価している。この話はまさに千載一遇のチャンス。

アキの使者と会って、両国間の連携、傘下入りの話を内定したが、最終的には、ヤマタイ本国の了承、伊支馬様に伺いを立ててみなければならない。

 キジはアキの使者が退席した後、ニヤニヤして別の話を始めた。「へへへ。ところで長官。うちの事業に出資願えませんか?」

唐突に何を言い出すのか?

キジは瀬戸内地区で行商を始めているが、その規模を一気に拡大したいのだと言う。「最初は人を雇って教育したり、宣伝活動で、赤字になりますんでね。軌道に乗せるには先行投資が必要なんですよ。」

「そりゃそうだろうが、俺のポケットマネーなど、たかが知れてるぞ。」

「個人の出資じゃありませんよ。孫のナントカです。長官として、うちをバックアップして戴けないかと・・・」謎かけしてくる。

「孫?サルタヒコはお前の所で働いているのだろう?」と言いかけてキジの言いたい事がピンときた。その孫とは違いますよと、目が伝えている。

「孫子の兵法、用間編だな?」

「そうですよ。金を惜しみて敵の情報を知らざる者は不仁の至り・・です。」

成程。行商すれば、その地での様々の情報が手に入る。まして今回、不案内な東方の国を相手にするのだ。アキにしろキビにしろ、現地のナマの情報は少しでも入れておきたい。

「まあ。最初から質の高い情報は入手出来ないでしょうが、いずれは役に立つモノを差し上げますよ。」

「判った。こちらの方から先に頼むべき事だったな。」


 トシは急いでヤマタイ本部に出張し、伊支馬も直ぐに面会に応じた。

「オカの国は順調にいっているそうじゃないか。ナカから報告が来てる。」「お蔭様で。皆が期待に応えるべく頑張っております。これも物資と人材の両面で、伊支馬様のご支援あればこそ、で御座います。」

「ところで、今日は何用か?オカの国の状況報告の為に来たわけではあるまい。」

「ハッ。実は・・」アキの国が傘下に入る事を求め、ヤマタイの軍事力を頼みにしている現状を伝えた。

 「それは願ってもないニュースだな。向うからチャンスが転がり込んで来るとは。」冷静沈着な伊支馬も思わず身を乗り出した。

「しかし、ナガト、スオウを飛ばしてアキの国か・・かなり遠距離の飛び地になるわけだ。」キビとの戦争になった場合、ヤマタイ本国からは、アキに駐留するであろうトシの支援に向かわせるのが困難である事を問題とした。

 「そこでお願いに上がりました。」トシはヤマタイ国から鉄製の武器、武具を拝借したいと申し出た。兵士の数ではアキの兵とトシの兵を足してもキビに劣る。ただ、キビの装備は旧式の青銅器ままと思われる。

だから、アキの現地兵を訓練し鉄の装備をさせれば・・。その装備品を、ヤマタイ本国に支援してもらえば、キビに対抗できると考えたのだ。

加えて、一大率と宇佐の軍船を瀬戸内の海に派遣してもらうように依頼した。海上から、キビを威圧し、ナガト、スオウを牽制する狙いがある。

 「わかった。お前の言うよう手配しよう。ただ、戦争を甘く見るではない。キビとの本格的な戦争は出来るだけ避け、時間を稼ぐ事。もう一つ、その間にナガト、スオウの一部でも調略して、勢力を拡大させる事に気を配れ。」

「無論そのつもりです。戦う事なくヤマタイの版図を広げていきたいと思っています。」

「ナガト、スオウまでヤマタイ傘下になれば、いよいよXデー。キクチヒコとの計画実行だ。わかるな。」


ヤマタイ本部を退出して、気がかりになっていた祖母の墓参りをする事にした。お墓にこれまでの事を報告した後、久し振りの誰も居ない実家を訪れる。

オカの国が軌道に乗ったからには、両親にここに戻るよう打診してみる必要がある・・と考えながら戸を開けると、家財道具は昔のままにキチンと整理されていた。

木製の引き出しを開けると祖母の衣服類。懐かしさに取り出してみると、下に鏡が置いてあった。これはチクシの・・。突然、年配の女性の声。

 「誰かんた。誰ぞ居るきゃんた?」戸を開けると、隣戸のオバさんの顔が現れた。

「あんたトシじゃないか。泥棒かと思ったよ。誰もいないはずの家に人の気配がするき、えすかごとあった。ほんなごつトシやね。立派になって・・」トシが長官の身分を表す身なりで居る事に気付いたようだった。

祖母が亡くなる時、さぞかしこのオバさんに世話になったのだろう。トシはお礼を述べた。

「うんにゃ。あたいはなんもしとらんよ。お婆ちゃんの世話係として、遠い親戚の娘がきてござった。日向のご両親が手配しなさったとやろうけど・・」そんな事だったのか。

「生前はオバさんによくして戴きました。有難う御座います。」「オババはあんたの事、いつも気にかけてござったよ。会えなかったのが、唯一、心残りやったろねえ。」そう言われてトシの目が潤んだ。

「あれー。長官様には涙は似合わんとよ。」「お恥ずかしい。」と答えるのが精一杯で涙がとまらない。

 

 祖母の形見でもあり、チクシの思い出の品でもある鏡を手にして家を出た。それからは・・頭の中から離れないモヤモヤしたもの。それに突き動かされて歩む道。

 フッと気が付くと坂道を登り、ヒミコの館の方角に向かう。行ってどうなるものでもないのに心が納まらない気持ちだった。

 チクシと連れ立って訪れた館の裏門。そこには、あの日と同じ夥しい兵士が居て、その者達に取り囲まれる。進み出てくる責任者。

 「何用でしょうか?」長官の身なりをしていたからこそ、言葉は丁寧だが、目は厳しくこちらの動きを観察している。

 「いや、用と言うほどのものではないが・・ここに居る巫女が私の友人で、元気でいるのか訊ねてみたかったのだ。」

 「長官殿。ここが男子禁制であるのは御承知されている筈と思いますが・・」

 しかし、そう言いながらも特別に、取次だけはしてもらえる事になった。ところが門の向うから来た回答は「チクシという名の巫女は居ません。過去、在籍した事も有りません」だった。

 「そんな。馬鹿な・・」呻くように呟くのが精一杯。ここに居ても、詮方なし。不審の眼差しに送られてその場を立ち去るしか無いのだった。後味の悪い想いと共に帰路に着く。


トシは伊支馬から借り受けたヤマタイの武具一式と共にオカに帰り、アキの国に行く準備に着手した。先発隊としてナカとケンに行ってもらう事にする。

オカの国の場合と同様、ナカには先方の首長達にヤマタイへの忠誠を誓わせ、現地の行政の実態や経済状況を把握してもらわねばならない。ケンには兵士のレベルや軍備の実態を調べ、実戦的な軍事訓練も始めてもらう事にした。その後トシが本隊を引き連れフクヤマの港から国府のある府中に向かう事になる。

 ナカとケンが戻って今後の方針の協議をしたが、問題は国入りのやり方だった。アキがこちらに期待しているのは軍事力。キビの国もこちらの軍事力に注目している事だろう。両国に威圧感を与える国入りにしてこそ、アキの忠誠度を高まらせ、キビに慎重姿勢を取らせる事で、結果的にアキの防衛力を増強する時を稼ぐ事が出来る。効果的にアピールする国入りとは・・

 一大率と宇佐の軍船を護衛艦にして、大船団で航行すればキビのみならずナガト、スオウにも脅威を与えながら上陸する事が出来よう。

ヤマタイ国から譲り受けた武器を、見せ付けるように行進するのは当然だが、それだけではインパクトが足りない。軍事力だけでなくで先端的なイメージを植え付けさせるにはもっと目立つ国入りが欲しかった。

 「牡馬を塩ジィのところから持ってくるのはどうだろう。」とケンが提案した。この地域では見た事もない動物に、ケンが鉄の甲冑に身を固めて乗馬、先導役を務めれば、迫力が増すだろう。「それは良い。」

先頭の兵士に色取り鮮やかな幟を持たせて行進すればハデな演出になる。「ならば、私も孔明の恰好にするか。」洛陽で手に入れた羽扇に綸子、中国式の服装にすれば人目を引く。ついでに玉造の大将に作ってもらった勾玉をお披露目するかと考えた。

「どうせなら、もっと派手に行きませんか?」キジが口を開いた。「クスリを売るには人々が評判を広めてくれるのが一番。店の前で手品や曲芸をするんです。・・これはサルタヒコのアイデアですけどね・・」

「おいおい。これは軍事力を誇示するPRなんだぞ。クスリと一緒にされちゃあ・・」

トシが傍らにあった羽扇をくゆらすと、何かピンと来るものがあった。「うん。それは良いかも・・。それでいこう。」

トシは明帝の死後、新皇帝曹芳が即位式を行い、洛陽をパレードした事を思い出していた。あの時にも曲芸師が先頭で前触れを兼ねて衆目を集めた。その後楽隊が演奏し皇帝の行列が続くのだった。あのアミューズメント性は新支配者に期待感と親近感を抱かせる効果があった。楽隊の代わりにケンの馬に鈴を鳴らさせながら行進すれば面白かろう・・


アキへの国入りの当日。ウサ国の海軍がやってきた。先頭にいたのはウサツヒメ、兄の名代として凛々しい将軍姿があった。ケンがいつになくニヤけた顔で手を振ったが、それには答えず、トシにウインクする。 

 兎も角、ウサとオカの大船団は睨みをきかせて瀬戸の海を行進した。出来るだけハデにしようと、色鮮やかな幟や旗がひるがえるようにさせた。アキの港に集結し、いよいよ陸行のイベントが始まる。

  

 アキの国の民達は口をあんぐり開けたまま、トシ達の国入りの行進を眺めているだけだった。周辺国にもこの噂は伝わり、得体のしれぬヤマタイへの関心と警戒と強める事になった。


国府に入ったトシ達はオカにおいてと同様、今後の施政方針をまとめ、現地の首長達に下さなければならない。まずはキビ国との国境警備が優先される。オカの国から連れてきた正規兵百五十名のうち百名、現地のアキの国の兵士二百名と合わせ三百名体制で国境をガードする事にした。総大将はケンである。

 ケンに国境警備を任せた後、キビの国で行商に当たっていたサルタヒコにキビの動向について訊ねた。今のところ活発な兵の動きや軍需物資の移動集積などの兆候はみられないという。アキの国がヤマタイの傘下に入った事で、とりあえず静観し、新体制を見定めてから動こうとの考えのようだ。

 情報ではキビの兵力は正規兵だけで二千人を上回る。アキの国の倍以上だ。早急に一般の民に対する徴兵を行い、軍事訓練を施してこれに備える必要があるが、国境はキビだけではない。その他の国に対する備えも残す必要もある。少ない人数で周辺国から防衛する体制を築くやり方が問題だった。


 サルタヒコが「ローマを見習ったらどうです?」という。トシはまたイミ不明のローマが出てきたと思ったが、一応その話に耳を傾けた。

 ローマは周辺諸国に比較して圧倒的な兵力を有している。しかし、領土は広大でその国境すべてに十分な兵力を配置する事は財政上ムリな事だった。

そこでローマが考えた効率的に国を守る体制を敷く方法は、道を整備する事だった。国境の拠点は少人数にしておいても、イザという時に大軍が迅速に移動出来る平坦な道を作っておけば、機動部隊が直ちに救援に向かい、敵の侵入を防ぐ事が出来る。

道を整備しておれば、敵の襲来の情報も素早くもたらされる。情報連絡網と道の整備で国を守るやり方が「すべての道はローマに通ず」との格言で示されているという。それに道の整備は物資の運搬を容易にし、交易が盛んになるというメリットもあった。

  

 アキの首長達を集めて、国防を議題にした施政方針会議が開かれた。皆は徴兵体制の強化を言い渡されるものと覚悟していたが、トシはそれを、予想を大きく下回る規模にとどめ、メインの施策を道の整備として首長達の協力を依頼した。

 まず、キビとの国境から国府を結ぶルートを手掛け、スオウに向けた横断道路をつくるという。既存の道の道幅を広げ高低差のあるところは切土と盛土で平坦にする。

 首長達は耳を疑った。当時の倭国の常識では道を拡げ、平坦にならす事は、防衛上の禁じ手。敵の侵入に有利ではあっても防衛の役には立たない。何故、そのような事を指示するのか?と首をひねる。

勿論そのリスクはある。キビが倍以上の兵力をもって国境を突破すれば、一気に国府に進軍され、国は即、滅亡の危機に直面する。それを承知でトシは命令を下したのだ。

 工事は突貫工事で進められた。老若男女を問わず交代で動員をかけて半年もせずに完成させた。高地は切土で両側に排水路を設ける。低地は盛土だが、崩壊を防ぐ為、草や小枝を敷きその上に何層にも渡って土を突き固める版築(はんちく)工法、中国で視察した土木工事の手法を導入した。盛土の周りは窪地になって水が溜まるが、これを調整池にして不毛の湿地帯を農地に変える事も出来た。

 工事が完成し、徴兵した兵士の訓練が終ると、一応の防衛体制が整ったと言える。

キビとの戦乱はいずれ避けられそうにない事態だが、それならいっそ、周到な準備でこちらから仕掛けてみようか・・


 国境警備の兵士を思い切って大幅に減らし、国府に移した。国境の防衛体制が手薄になり、キビの国に侵略してくれと言わんばかりになる。しばらくしてキジの情報網から連絡。キビの動きが活発になっているとの情報がもたらされた。

 或る日、百人足らずが立て籠もる国境の砦に千人のキビ兵が押し寄せた。ついに国境を越えて侵攻が始まったのだ。・・勝負は一時間もせずアキの国の圧倒的勝利で決着した。

周りを取り囲まれ矢の攻撃を雨あられの如く受けたキビ兵。隊列を乱したところに鉄刀を持った俊敏なアキの兵が襲いかかる。キビ兵は矢傷を受け、重い青銅器の武器で応戦するが逃げるのに精一杯。とどめは上から横から油を振り掛けられ、松明を持ったケンが降伏を求めたところ。キビの将軍達は、あっけなく投降を申し出た。

キビ兵の武器・武具が山と積まれ、これを没収される。丸腰のキビ兵は手足を捕縛されあっけなく捕虜となった。その数八百。本国に逃げ帰ったのは百人ソコソコだった。

 キビの軍団も偵察を使って守備が手薄なのを確認して侵攻を開始したはず。それが一夜にしてアキの兵が砦付近に集結、潜伏していた。この想定外の為に大敗を喫したのだ。それは情報力の差に他ならない。

 前日、キビが進軍の準備が完了した事を、サルタヒコが最前線の砦に知らせて来た。その情報は狼煙で、見通しが効かない所は馬を駆って国府に届いた。国府に待機していた中央軍がすぐに進発、夜半には国境付近に到着して、キビ軍を待ち受けていたのだ。


 将軍ケンはキビ兵の死体百と重症の傷兵五十人を即日キビ領内に引き渡した。看護する余裕はなく、残る七百余りを国府に送還し獄舎に収監した。捕虜の中に、初陣の若きキビ国の王子、キビツヒコが居たのは驚きだったが、我等には幸い。今後、交渉を有利に進める切り札になる。キビとしては必勝を確信して王子に戦功を与えるチャンスと、今回の戦いに参加させたのだろう。投降が早かったのも、王子の帯同があったからかもしれない。

三日後、キビの宰相が金品を携えて国府に到着した。捕虜の返還を申し入れにやって来たのだ。勿論、王子を取り戻す事が最優先課題なのだろう。交渉はこちらペースになるのは明らかだった。トシは余裕の表情で羽扇をくゆらしながら宰相と対面する。トシの若さと孔明もどきの姿に驚いた様子だった。

 「金品は傷兵を引き渡した見返りとして貰い受けよう。」宰相は恐る恐る「捕虜の返還をお願いしたく存じます。つきましては条件をお伺いしたいのですが・・」

「我が国は貴国に、唯の一歩も踏み入れた事がないのに、貴国は侵略を企てられた。この責任は高くつきますぞ。」

 トシは三つの条件を提示した。一つは領土問題。アキ国が主張する線引きに同意し、今後、侵略する事がなきよう書面で約束する事。二つは一方的侵略に対する賠償金、三つは両国間で交易を盛んにするする事・・「経済的結びつきが強まれば両国の平和にも資するというもの・・如何かな?」

 宰相は「私共の領地を割譲せずとも宜しいのですか?」と拍子抜けの様子だった。賠償金の額は想定以上だったらしいが、こうした交渉で領土割譲が無いのは、当時の倭国での戦争では異例の事だった。  

「我が国は貴国を侵略する意志は御座らぬ。貴国とは平和を望む者ものと、王に申し伝え下さい。」宰相は「只今の条件、責任を持って王の承諾を取り付けます故、一週間のご猶予を下され。」「期限が過ぎれば貴国の捕虜は当方で自由に処分いたしますのでご覚悟戴きたい。」と交渉は終了した。

 トシは何より休戦の協定を得たいと思っていた。武器を接取し、多額の賠償金を得れば、キビが元の軍事力を取り戻すには時間がかかる。その間、賠償金を原資にアキ国の周辺にあるスオウやナガトの部族を調略するのが得策に思えた。キビが以前の脅威を取り戻す迄に、こちらがそれを上回る国力、軍事力をつければ良いのだ。


 トシは243年、伊支馬の元を訪ねた。アキの国が一応の安定を見せ、今後は周辺への勢力拡大を目指す段取りになっている事を報告するためである。もう一つ、蚕を使った絹糸の生産開始も願い出た。

塩ジィが以前「東方には絹を欲しがる者が多い」と言っていた事を思い出したからだ。アキにも絹を吐き出す蚕の好物、桑の木があった。絹は倭国で邪馬台国に限定された特産品だが、東方諸国にも憧れの商品をして人気が出ていた。軍事力と並んで、これを東方進出に利用できるのではとの思いがあった。今から手掛けてもモノになるには五年は掛かるだろう。

 伊支馬は絹糸の生産開始については技術流出しないよう官営での生産管理を条件に承認してくれた。その生み出す財源でもって、アキからさらに東方へに向かう原動力にすべしとの見解を示してくれた。

「そうか。上手く行きそうか。いいぞ。早速キクチヒコに、お前の活躍を知らせねばならんな。」

なんと、近いうちに伊都国ミクモ姫との婚儀を無理やりにでもまとめるつもりだと、笑顔で話始めた。倭国統一の為にはキクチヒコも今度は承諾するだろう。伊都国と狗奴国が姻戚関係になれば、狗奴国・ヤマタイの合体に反対する勢力も封じ込める事が出来るからだ。Xデーは近い。

伊支馬は更に「中央集権体制に向けての布石も打ち始めているのだ。」と明かした。

今年は、前回よりはるかに豪華な品と共に朝貢団を洛陽に派遣していた

使者として大夫の伊声耆(いせいき)()()()など高官八人も送り出している。希望者が多く絞りきれなかったのと、長官達の視野を広げ、中国の中央集権体制への理解を深めさせる狙いという。

自分の権益だけしか考えない狭い為政者から少しは変わってもらいたい・・との思いがあった。

加えて今年から各国の高官レベルでの人事交流を図り、ゆくゆくは各国の王達の屋敷を邪馬台国にも作らせ、親族を住まわせるようにしたいと考えているという。 

「五年後、十年後とおもっていたが、早まるかもしれんな。いや、早めねばならぬ。」・・そう言った時、伊支馬がゴホゴホと妙な咳き込み方をした。

「伊支馬様。御加減が・・」

「ハハハ。心配するな。この計画は俺の目の黒い内に実現させねばならぬ。キクチヒコに天下統一の美酒を味あわせてやらねば・・」伊支馬には子供がいない。まるでキクチヒコを息子のように思っているような言い方だった。

 

 それから一年が過ぎた頃。そろそろ伊支馬様の仲立ちでキクチヒコとミクモ姫の縁談がまとまるのでは・・と思っていたが一向にそんな噂は立たなかった。

それどころか、ナカがアキの現状報告の書簡を送っても返事がない。ナカを使いに出して様子を探ってもらう事にした。

 ナカが戻って、ショックな情報を持ち帰った。血を吐いて病気療養用中だった伊支馬が倒れて亡くなったと言う。ナカがヤマタイ本部に着いたときにはもう手が施せない程の危篤状態だった。


 伊支馬は遺言を三通、用意していた。一つは後継者と目される、次官、()()(しょう)宛てのもの。トシの東方への進出の支援体制を維持する事、()()国のキクチヒコとの縁談を通じて同盟から合体への道を進める事、中央集権への道を段階的に探る事が記されていた。

 一つはキクチヒコ宛て。倭国統一への足掛かりが出来ている事から、早まった言動を慎んで機を待ち、弥馬升の提案に前向きに対応する事。そうすればキクチヒコの夢が叶うだろうと諭した。

 一つはトシ宛て。自分の死に関係なく、支援体制は継続させるので、与えられた任務を遂行せよ。との指示であった。

この遺言により身分保障はされたものの、後ろ盾を失った喪失感が重くのしかかる。司令塔がいなくなった今、倭国統一の計画はどうなるのだろう。ナカも弥馬升がイマイチ優柔不断で日和見なところがあるのを気にしていた。

 それにしても伊支馬とキクチヒコの関係は普通ではないように感じる。

その事を口にすると、ナカが「実は、伊支馬様とキクチヒコの母は恋仲の関係にあったようです。」と漏らした。将来を約束し合った二人。だが緊張状態にあった邪馬台国・狗奴国の関係改善の為に、狗奴国に嫁入りせざるを得なくなった。

政略結婚に引き裂かれた二人。子供のいない伊支馬がキクチヒコに対する思い入れを強くしているのは、その話で合点がいく。伊支馬様の想いが通じて今後、キクチヒコを東征大将軍とする倭国統一のシナリオが進めば良いのだが・・。

 

 245年。帯方郡から緊急の連絡がもたらされた。高句麗が辰韓の北にある(わい)の国を支配下に入れたというのだ。

濊はもともと高句麗と同族。漢代末にも高句麗の支配下に下った経緯があると梯儁が言っていた。その梯儁がチョッカイを出していると危惧していた、高句麗進攻の事態が現実となったのである。 

濊は、弁辰の鉄の配分の権利も得ていた。そこが倭国の利害にも及ぶ問題点である。濊が高句麗についたと言う事は、高句麗が弁辰の鉄に大きく関与してくる可能性も否定できなくなる。 

これは魏としても看過出来ない事であり、既に高句麗征伐を計画、実行に移さんとしていた。計画では、帯方郡も楽浪郡と連合して子分になった濊を打つ事になり、協定に基づいて、ヤマタイ国に韓半島への駐留軍派遣を要請してきたのだ。

 難升米を総大将とする千名の派遣団が組成され、トシのアキ・オカの国が半数の五百名を出す事になった。ケンが難升米を補佐する副官となり狗邪韓国に渡海する。帯方郡から魏の友軍の証となる黄幢(おうどう)が授けられ、狗邪韓国の陣中に高々と掲げられた。

 韓半島に於ける親高句麗と見られる勢力を牽制する役目だったが、それも一年もせずお役御免となった。

玄菟(げんと)郡から母丘倹(かんきゅう)率いる魏軍一万が出発、対する高句麗王・位宮(いきゅう)の二万を打ち破って首都、丸都(がんと)山を破壊したのだ。司馬懿(しばい)のもとで戦い方を学んだ母丘倹は、今度は上手くやったと言えるだろう。 

 また別動隊として楽浪郡太守・劉茂と帯方郡太守・弓遵は濊に進軍した。こちらの方も簡単に問題解決する事になった。位宮敗走の知らせを聞いた濊の不耐(ふたい)(こう)はあっけなく降伏したのだ。これで高句麗も暫くはおとなしくならざるを得ないだろう。


 ケンが凱旋してきた。「ご苦労だった。」と声を掛けると「なんの。海を渡って難升米殿の酒宴に付き合わされただけだった。」と事もなげに返した。

 同じ経験をしたトシが「ハハハ、呑みすけの難升米様に気に入られたな。」と言うと「難升米様の話は面白くて楽しかったが気になるハナシがあったんだ。」と顔を曇らせた。

 狗奴国と邪馬台国の間で領土問題が再燃しそうだというのだ。国境をめぐる争いだけでなく漁業権をめぐっても諍いが起こっているらしいのだった。

難升米殿は「狗邪韓国駐留が終ったら、いずれ狗奴国征伐となるだろう。おぬし達の参加を待つまでもないとは思うが、万が一の時には期待しておる。」と言われたという。

「先輩と戦うなんて御免だぜ。」

ケンの言葉には同感だ。それにしても伊支馬様が進めておられたハズの、狗奴国との和解や縁談の話はどうなっているのだろう?

 

 アキの国を平定しナガト、スオウの過半を傘下に入れるという伊支馬から与えられたミッションは、一応の成果を見せていた。鉄製農具を貸し与え、農業生産力を向上させる見返りに、徴兵して軍事力も高める事が出来ていた。だからこそ、先の出兵も可能になったというもの。兵士に渡す俸給は市場を活性化させ、交易も盛んとなっていた。

一大率学園にならいヤマタイ学園を開設。武人コース、書記官コース、農業等技術指導官コースに分けて、首長達の子弟、及び推薦により有能な若者を準公務員として採用した。

 こうした施策は国を富ませ、軍事力で安全な暮らしを保証されると周辺国にも評判になりヤマタイ傘下に入りたいと申し出るナガト・スオウの村落も少なからずあった。

だが、この動きを加速させる方法はないものか。早く達成できれば、自分にもヤマタイ連合国内での発言力が与えられ、自ら狗奴国との連合を弥馬升殿に具申出来るかもしれない。・・とも思う。


 珍しくサルタヒコの訪問を受けた時、何かいい考えがないか尋ねてみた。と、このアイデアマン「孔明のマジックを使ってみたらどうか?」と言いだす。

 倭国には古くから占いや予言を言い当てる事で、民に影響力を与え、首長になっている者が多かった。

ならばヤマタイが神がかりな予言を行い、それが事実になれば周辺国の首長達の中にヤマタイになびく者も現われよう・・というものだが、かなり胡散臭(うさんくさ)いやり方だ。

それでも戦う事なく傘下に入る首長達が増えればそれに越した事はない。ダメもとでやってみるかと話に乗った。


 スオウ、ナガト地方に奇妙な噂が流れた。247年三月二十四日夕刻の太陽が細る。ヤマタイ式の、太陽に見立てた鏡を祀れば難を逃れる事が出来るが、そうでない集落には何が起こるかわからない・・というものだった。勿論、まき散らされたウワサの出どころはキジのクスリ行商部隊である。

 果たしてその日、夕刻。日が沈む前の丸い太陽が、いつの間にから三日月のように欠けていく、部分日食が起こった。サルタヒコがローマで学んだ天文学で計算したところ、北部九州と瀬戸内エリアでは、その日と248年九月五日の早朝に日食が起こると出た。計算通りの結果になったのである。

諸葛孔明も過去の天候データや星の運行をみながら作戦を立てていた。赤壁の戦いで風向きを予想し、圧倒的優位の魏の曹操をコテンパンにした話は有名だ。それと同様、科学を利用した今回の占いが上手くいけば、もう一度神がかりが出来るのだ。

 効果はテキメン。ヤマタイ傘下に入りたいと申し出てくる集落が相次ぐ事態となった。一大率市場の青銅器・鏡工房に注文を出すが間に合わない。原材料となる青銅はキビとの戦いで没収した武具を鋳潰して提供するのだが、鏡に加工するのに時間がかかるのだった。

 この神がかりはヤマタイ式祭礼への関心を膨らませる事になった。これはチャンス。トシは、ヤマタイ学園に巫女学コースを創設する時期とも考えていた。

国なり集落には、それぞれの多様な神が祀られていた。これらを否定する事なく、まとめるやり方。統一した様式で祀るようにすればヤマタイへの忠誠度も高まり、なにより国としての一体感が得られる。勿論、その頂点には日の巫女である卑弥呼様が君臨される事になるのだ。 


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