第二十話
「娘と私共を守って下りありがとうございました。これは少ないですがせめてものお礼です。」
「お礼とか別にいいって。あんたらを助けたのはついでだったんだから。」
この恰幅のいい中年男性はフロイド。ここらへんでは名の通った商人らしい。
この日、フロイドは仕事に出掛けて商談が長引いたため近道をしようとこの森を通り抜けようとしてキメラに襲われたらしい。
「ならば、今夜は私の館に来ませんか?このキメラを運ぶにしても荷馬車が必要でしょうし。」
「それもそうか…じゃ、お邪魔させてもらいますかな。」
フロイドの館は森を抜けてすぐのところにあり、かなり大きく大商人であることが分かった。館につくとすぐにメイドが次々と持ってくる色とりどりの豪勢な料理でもてなされた。
「どうぞ召し上がってください。」
「それでは遠慮なく。」
「ところで、あなたはあの森で一体何をしていたんですか?」
「あれは、魔物を狩って金を作ろうとしてたんだよ。そしたら帰り道にキメラと戦っているあんたらを見つけてキメラならいい金になると思って、その後はご存知の通り。」
「そうでしたか。ついでとはいえ、助けていただいてありがとうございました。あなたのお話を聞く限りお金に困っているようですし、私に雇われてくれませんか?」
「丁度よかった。明日も雇い主を探そうとしていたとこだったんだ。」
「そうですか。詳しいことは明日話し合いましょう。」
この後、俺は風呂に入って久しぶりのフカフカなベッドに潜り込むとそのまま爆睡した。
翌日、朝食をとるとフロイドから荷馬車を借りてキメラを倒したところにまで向かおうとしていた。準備をしているとノアが声をかけてきた。
「昨夜は加勢していただきありがとうございました。」
「気にするなって。今日からはお前らと同僚なんだから。」
「ですが、あの時は気がたっていたとはいえ私はあなたを射ようとしたんですよ?」
「慣れてるから大丈夫だって。」
「慣れてる…?」
「ああ、そうだ。ノア。今、暇か?キメラの運ぶの手伝ってもらいたいんだが。」
「ええ。部下に後を任せて来るので少し待っていてください。」
ノアが仕事を部下に引き継いでいる間に荷馬車の準備を終わらせる。
昨夜とは反応がえらい違いだな…。
「で、なぜ私を連れてきたんですか?」
「俺は今日から仕事するわけだしどうすればいいのかな~って。」
「そうですね…旦那様がアリシアの護衛をしてもらいたいと仰っていました。」
「アリシア?誰のことだ?」
「旦那様の娘です。昨夜、馬車のなかにもいたはずですが…。」
そういえば馬車のなかに多少怖がっていたがキラキラした目でこちらを見てくる少女がいたような気がする。
「帰ってからはアリシアの護衛をお願いします。」
「ん、わかった。子供の相手は苦手だが、頑張ってみるよ。」
キメラを荷馬車に載せると近くの管理局の支局まで行き手続きをして、キメラを換金してもらって館につくともう昼を回っていた。アリシアに会いに部屋まで行くとアリシアはとてもご機嫌だった。
「あなたが今日から私の供になってくれる人ね!」
「供…まあ、護衛だけどあんまり変わらないか。」
「ねえ、あなたのことを話して。」
「俺のこと?そんなこと聞いたって面白くもないぞ。」
「いいから、いいから。」
そう促すアリシアの目は好奇心に満ち溢れており、俺が一体何を話すかとワクワクしているようだ。
「俺は元軍人だったんだ。昨夜見た召喚魔法も軍にいたころに身に着けたんだ。」
「へ~、なんで軍隊をやめちゃったの?」
「国で内乱が起きてな…ま、内乱を起こした張本人もすぐに他の国に攻められて死んだがな。」
「ねえ、何ていう国だったの?」
「小国だったから知らないと思うが『 』って名前だ。特に飛行船が進んでいた国だったな。」
「いい国だったの?」
「ああ、俺は今でもそう思ってるよ。」
この後も俺はアリシアの話し相手になり、アリシアが寝るまで付き添っていた。
俺がフロイドに雇われてから2ヶ月が過ぎこの家にもだいぶなじんできたころだった。ある晩、フロイドに話があると言われノアと彼の部屋に呼ばれた。
「何かあったのか?」
「ええ、仕事で少し問題が。同業者が違法薬物の商売に手を染めておりまして、私はそれを告発するつもりでいます。ですが、少々たちの悪いやつでして…。」
「わかった。アリシアの事は俺に任せろ。給料分はしっかりと働くさ。」
「よろしくお願いします。ノアもいつもよりも警備を強化してください。」
「わかりました。」
俺は部屋を出るといつも通りアリシアのところまで行き、話し相手になるのが俺にとっての仕事になっていた。
「今夜はちょっと遅かったのね。」
「フロイドに仕事の話で呼ばれてたんだ。」
「仕事…?まさか、ここを辞めちゃうの!?」
「いやいや、辞めないから。ここ辞めたら遠からず野垂れ死ぬからな。」
「そう。ならよかった。じゃ、お話の続き聞かせて。」
「どこまで話したっけ?」
「あなたが軍隊に入って召喚魔法をできるようになったとこまで。」
「そうだったな。俺が最初に召喚したのは……」
ある日、俺は街へ買い物に行くアリシアの護衛でついていった。
街に着くとすぐにアリシアは洋服屋に入って行って、俺にいくつも荷物を押し付けるので既に俺の両手にはたくさんの紙袋が下がっている。
「おい。これ買いすぎじゃないか?」
「いいの、いいの。たまのお買い物なんだからこのぐらい。」
「何で女ってどいつもこいつも買い物の量が多いんだ?」
「ブツブツ言ってないで次はあの店よ!」
「へーへー。」
アリシアの長い買い物も終わり、やっと帰路につけた。
館の近くまで来ると多くの人や馬が通った後があった。この先は一本道でフロイドの館があるだけだ。
マズいことが起きてなきゃいいが…
馬車を急がせ館に着くと館は何十人もの敵に囲まれており、護衛たちも奮戦したようだったが殺されて地に倒れ伏している。
『黒き鎧を身にまといし騎士たちよ我が呼びかけに答え我がもとに馳せ参じよ。我の号令のもと敵を殲滅せよ!』
普段は詠唱をするのが面倒くさいから無詠唱だった。だが、この時は無意識に口が動いていた。詠唱をしてから呼び出だすと通常よりも強化され、魔力の消費も無詠唱の時よりも消費が少ない。
呼び出された黒騎士たちは敵に突撃していき玄関までの道を切り開く。
「アリシア。俺のそばを離れるなよ。」
「わ、わかったわ。」
館の中にも敵は侵入しており、まだ生き残っていた護衛と戦っていた。
入ってすぐのところで敵に囲まれていた護衛を助ける。
「おい!大丈夫か!?」
「は、はい!自分は何とか大丈夫です。ですが、旦那様のところにまで敵が向かってしまいました!」
「ノアはどうした?」
「隊長は旦那様と一緒のはずです!」
「フロイドたちを助けに行くぞ!」
「わかりました!」
館の2階には護衛の死体と敵の死体がいくつも転がっており、1階で助けたモール以外は全滅してしまったようだった。
急いでフロイドの部屋まで行くとドアは破られ、中では壁の隅に追いやられたノアがフロイドを背に守るように戦っていた。
すぐに敵を倒して二人の無事を確認する。
「おお!やっと来てくれましたか!アリシアは無事ですか?」
「ああ、もちろんだ。」
「お父様!」
「アリシア。無事で何よりです。」
「あまり時間はないぞ。使い魔に入り口を守らせているがいつまでも持たない。」
「地下通路を使いましょう。あそこは私以外は誰も知らない場所に出ます。」
「それでは、急ぎましょう!」
廊下に出ると矢が目の前を通過した。見ると、階段の前で敵がこちらにボウガンを構えている。初弾を外し、焦って2本目の矢を装填しているがそうはさせまいとノアが切り殺す。
それは敵が狙っていたのか偶然だったかわからないがノアがフロイドから離れた瞬間近くの窓が割れ、敵が飛び込んできてフロイドの胸に刃を突き立てる。
「クソッ!『エア・ブロウ』!」
敵に向かって手をかざし、そう唱えると手のひらから空気の塊が飛び出して敵に直撃する。
フロイドを見ると胸からは大量の血が流れ出て一目で致命傷を受けたことが分かった。フロイドも自分がもうダメなのを分かっているのだろう諦めた目をしていた。
「す、すみませんが。アリシアの事をよろしくお願いします。」
「ああ、あんたの依頼はまだ果たされていないからな。」
「旦那様!すぐに治療を!」
「ノア。私の事はいいから早く逃げなさい!」
「お父様!私はお父様と一緒にいる!」
「アリシア!お前も早くお逃げ!」
「嫌よ!私はお父様と…うっ!」
俺はアリシアに手刀をくらわせて気絶させた。
すまないな…これもフロイドの依頼を遂行するためだ。
「何から何まで本当に申し訳ありませんな。」
「気にするな。で、隠し通路は?」
「暖炉の裏です。これが通路を開くためのカギです。ついでと言っては何ですがこれを騎士団に届けてください。」
「わかった。じゃあな。」
俺はカギと書類を受け取るとノアたちを連れて暖炉に行き隠し通路から脱出した。
書類は同業者の悪行を働いた証拠が書いてあったようで、騎士団に保護してもらったのち提出した。同業者は裁判の結果死刑となった。
アリシアたちはフロイドの友人が訪ねて来て、その人に引き取られノアと生き残った護衛はその人の警護をすることになった。俺も誘われたが断り、1人で旅を続けた。