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216(日刊連作小説No.001)  作者: BATCH
第1章「カウンセリング」
8/8

第6話:#金曜日クライエント 氏名【真鍋レイ 様】

  −− 首尾一貫 −−


 自信を象徴する眉、色でごまかさない意思のまっすぐな黒髪、派手なメイクで逃げない大きな目。純粋な憂い顔。色に媚びず黒でまとめた服、無駄に高さを求めないヒール、不必要なモノは持たないミニマリスト。見せない心。臆することのない顎、絶対的なシンボルとして魅せる足、強調する必要の無い出来上がったスタイル。たまに彷徨う指先。


 #氏名【真鍋レイ 様】 30歳 A型

 <マナベレイ>30歳。綺麗な人だ。絶対的な自信を感じる。自他共にっていうところか。媚びない感じは好感持てるが、かと言って性格が柔軟とも思えない。まずは壁があるだろう。私にも攻撃的だろうな。


 #職業【  】

 ーー。


 #家族構成【  】

 ーー。


 #自分自身についてなんでも書いて下さい。【    】

 ーー。


 全く答える気は無しか。扱いづらい。自分から客として来ているんだ、話したいように話してもらって嫌ならやめればいい。強制ではないからな。

 さて、質問でもしようか……、とその時真鍋から話しかけてきた。


  −− 西と言ったら東と悟れ −−


「ねぇ? アンケートなんてあんまり意味無いでしょ? さっさと話しちゃった方が早いわ」

 とにかくめんどくさい事は嫌いみたいだ。アンケート出している立場だがそこは同意出来る。希望通りさっさと話を聞こう。

「まず、なぜこちらにいらっしゃいましたか? 悩みだったり、ジレンマだったり、トラウマがあればなんなりと」

「そうね、あんまりこういう所来ないし、信用っていうか、自分で考えれば済んじゃうって言うか。気は進まないんだけど、お金払ってくれる人がいるから来たの」

 お金払ってくれる人? どこかのお偉いさんとでも仲が良いってことか。真鍋は続けた。

「ちょっと最近悩んでたりしたらね、知り合いでここに来た人がいて評判良かったらしいのね、その人が言うには。で、ちょっと落ち込んでる顔が気になったんじゃない? 専門家に見てもらえって言うから断ったの。そうしたらお金出すって言うから、新しいベッド買って貰うって約束で」

 完全にお金の関係の人だ。世の中そういう人たちもいるんだよな。どこかで偏って金が廻る。

「経緯は分かりました。何を相談に来られました?」

「おねーさん、サバサバしててなんかいいね。どんなことでも話していいの?」

「そうですね、こちらは医者では無いので、できる事は限られますが、必要であれば医者も紹介します」

 そんなに重たい話が出てくるのだろうか? これだけ強気な女性だと、気を張っている分ストレスも多いかもな。水曜日の大泉もそこは同じタイプだ。

「そう、まずはじゃあ話したいこと話そうかな」

「はい、自分の話しやすいように話して下さい。こちらからは足りない部分を質問しますので」

 わかったと言い、少し顔つきが変わった真鍋はゆっくりと話しだした。

「今日はね、私を含めて、すべてが『許せない日』なの。この世のすべてが。毎週金曜日だけ絶対に許すことが出来ない」

 『許せない日』? 何のことなんだろうか。真鍋のタイミングで話せるならと、私は沈黙の間を放置した。

「……いきなり意味がわからないよね。やっぱり金曜日はダメだね。自分が大嫌いなの」

 急におとなしくなってしまった。さっきまで威勢の良かった彼女はどうしたというのだ。

「では、質問しましょう。そのまま話していても詰まってしまうでしょうから。あなたのご職業からお聞きしてもいいですか?」

「仕事? うーん。世間的に言うと何もやってないわ。どこかに勤めているわけではないの。かと言って自営業ってわけでもないし、フリーランスでとかそんな感じも違うかな」

「具体的に何をされているんですか?」

「愛人」

「愛人?」

「そう。たーっくさんの社長さんとかオーナーさんとか、資産家、株のディーラー、いろんなブローカー、組織のトップ

、表も、裏も。とにかく普通よりはるかに金持ち達が私の仕事相手。愛人契約ね、収入源は。何人いるかもわからないけど、電話きたら相手するの。あ、別に身体とかの話じゃなくて。ごはん食べにいったり、ただ隣で映画みたり。部屋にいればいいのよ。私、お客たちとはヤったことないから。だから別に愛人のつもりも無いんだけどね」

 なんだそれは。いきなりとんでもない話がでた。そんなうまい話があるものだろうか。確かにすごい美人で勝ち気な態度で、男はすぐに見つかるだろうけど、性的関係も何も無いなんて。この人がすごいのか、男が馬鹿なのか。

「別に相手がくれるっていうからもらうけど、私から頂戴とは言ったことはあまり無いわよ。お金もそこまで貰ったことないし。付き合うとか結婚するとかそんな話もしたこと無い。彼らとはする気もないしね」

「お金もらわないで何をもらうんですか?」

「全部よ。欲しいもの全部。家も車もワインもかわいいペットも。全部。私が買うんじゃないし。基本的に私の名義じゃないから。私が使っていい様にしてもらっているの。お金的なモノは基本カードね。クレカ。家族カード的なやつ? じゃないと買い物してて疑われるからね、店員さんに。で、使いなさいっていうから使うけど、そこまで自分で買う必要ないから使わないけどね。コンビニぐらいかな」

 いくらこの人が男性から見て魅力的だとしても、そんなに上手くいくだろうか? なにか詐欺まがいのことでもしているのだろうか。

「なに? ちょっと信じられない感じ? 私もよ」

「私も? どういうことですか」

「男が馬鹿すぎて信じられないわ。寝てもいない女にそこまでするかなー?普通。桁外れなお金持ちは一般人とはちょっと常識が違うのよ」

 とんでもない話が続いているが、彼女の話し方を見ていると、『自分が選ばれし人間だ』などという驕りを感じない。『金持ち達』と言う他人行儀な感じや、相手を馬鹿と言ってしまう感じは、あくまで一線引いた付き合いなんだ。

「で、ここのお金もその人達から入金されると思うからよろしくね。ちょっと無駄に話しちゃったな。おねーさんサバサバしてて話しやすいからさ、つい無駄口叩いちゃったよ」

 よく思ってもらえるならありがたいが、それでも、さっきの金曜の話は進まなかった。何を思いつめているんだろう。

「とにかくね、そんな男たちがしっかり私を食べさせてくれているわけ。頼んじゃいないんだけど。ごくたまににゃんにゃん言っておけばいいんだから笑っちゃうよね」

 一線引いている感じは『男に媚びる気がない』という言い方が確かだ。

「なんか話聞いてもらってたら楽になってきたよ。帰ろっかな」

「無理はいいません、お気が楽になられたならそれが本望なので」

「えー、なんかショック、あは! 面白いね、おねーさん。普通止めるでしょー? もっと話をしたほうがいいですよーとか。お金取れるじゃん! でも、あんまり舐めた態度とっちゃダメね。ごめんなさいね。イマイチカウンセラーなんて信じられなかったからさ、ちょっとふざけちゃった。ごめん」

「かまいません。何か話したいことがあればいくらでもお話お聞きしますが」

「分かった、ありがとう。じゃあちゃんと話するよ。寝ちゃうと困るから、ここに座ったままでいい?」

「はい、どうぞ。ご自分のタイミングでご自由に」

 ようやく気持ちが落ち着いたのか、真鍋は声のトーンが少し落ち着き、丁寧に話をし始めた。


  −− 金曜日の悪夢 −−


「私はね、金曜日が嫌いなの。金曜日の夜に両親が心中したの。車で海に飛び込んだ。まだ中学生だったからね、私。」

 少し闇が見え隠れしていたのはそういうことだったのか。悲惨な出来事だ。

「それでね、妹がいたんだけど親の死の淋しさに耐えられなかったんだよね。ある程度大人になってからさ、オトコに走ったの。オトコと暮らして依存していれば自分の存在が確かめられると思ったんだろうね。でも、そのオトコがまた癖悪くて。DVがあったり酒癖悪かったりで。いつもアザ作ってた。一度そのオトコと離そうとしたけど、妹が離れたくないって。痛みも自分の存在なんだって言うんだよね。殴られれば実感があるんだって」

「……でもね、結局酒でワケが分からなくなったオトコが殴り殺しちゃったんだよ、妹のこと。悔しいよねそんなの。それも金曜日の夜」

「だから、金曜日が嫌い。自分の事も大嫌い。今日が金曜日でしょ?テンション最悪なんだよ私。 おねーさんがサバサバしてて良かったよ。話聞いてもらえてるし。ばかみたいな女だったらネチネチイジメて帰ってたなー。聞いてくれて……ありがとね……」

 一気に過去の出来事を吐き出した真鍋は、ありがとうと言いながらうずくまり、泣き出してしまった。

「……ごめんね。ああ、金曜日はダメなんだ、一日中泣いちゃうんだよ。ごはんも食べないし、何も買わないし。誰とも会わない。金曜だけはね、やっぱり自分のやってる事も許せないから。自分の事を懺悔するつもりで誰とも会わないで親と妹に祈ってるの。別に信仰心とか無いけど、私が忘れたらかわいそうだからさ」

 とても一貫していて好感が持てる人だ。私が変に同情してもしょうがない。私は救う立場だから。自分の行為も、家族への愛も、何一つブレずに貫いているんだろう。何かしてあげられればうれしい。

「まあ、復讐じゃないんだけどさ、妹のことからどうしてもオトコは好きになれなくて。だから、ヤる気も起きないし、媚びることもできなくてね。可愛くないけど、なぜかそこがまた癖になるところらしいよ、彼らは。変態なんだろうね。だからまあ使えるものは使えばさ。働くのが嫌なわけじゃないけど、オトコと合うだけで簡単にね、1時間で普通の人の年収分ぐらいお金使ってくれたりするとね。なかなか逃せないところかなって。やたら権力があるから、なんだか知らないけど街の人たちは私にペコペコして来るし。これじゃあ媚びてるのと変わらないけどね」

 素直すぎて不器用なんだろう。どこかに依存することで、人は楽になれる。そういった意味で人間は一人じゃ生きていけないものなんだ。拠り所がないと、いきなり折れてしまう。彼女の様な繊細な人間はなおさらだ。それでも心は一人でいる彼女を放っといたら。これはこのままだと病気になりかねない。知り合いの先生に見てもらった方がよさそうなぐらいだ。

「せめて金曜日だけは。そういう罰当たりなことやめてるんだ。自分を『嫌いになれる』日なんだよ」

「嫌いになれる日?」

「そう、自分のやってることを嫌いになれないと、悪いことしててもいいやって人になっちゃうでしょ? 結局やってることはかわらないんだけどさ。どこかで線引して、お金持ちさん達といつでも離れられる心を持ってないと。最後はヤクザとかにはめられてダメになっちゃいそうじゃない?だからね、オトコとも、自分とも、ちゃんと一本線を引いておかないとね。だから嫌いになれる日が必要なの」

 自分を嫌いになれる、ということか。現代の自己肯定感がどうだって流行りの話とは真逆の言葉だ。そんな発想すらしたことはなかった。波乱の人生の弊害なのか、オトコを利用している代償なのか、生きていく知恵なのか。

 でもそれは、本当の自分を知っているからこそ出来る考え方だ。いつでも前をむいてやり直せるという自分を信じているからこその自己否定。結局は本当の自分を肯定していることになるんだ。

「お話はよくわかりました。今、変えたい事はありますか? 昔の嫌なことや忘れたいことはありますか?」

「そりゃーね、たくさんあるし、やり直したいけどね。親が生きてたら良かったし、妹もそう。だけど、例え生きてたとしても、それはそれで嫌な事もあっただろうし、だからって人生が大きく変わるとは思えないんだよね。バランスがありそうじゃない? 親が生きてる分、自分が病気だとかさ。結局同じだと思うんだ。やり直したいけど、したくない。なんか変だけどそんな感じかな」

 強い人だ。みんな人生をやり直せるならやり直そうとするだろう。もちろん満足している人はそんなこと思わない。だけど、そんなの一握りだ。正直いってやり直せるならやり直したいのが本音だろう。でも、これは本当に現実を受け止めている人の答えだ。

「それでも、もし訂正出来るところがあればどうしたいですか?」

 つい感情移入してしまい、この人をどうにかしてあげたいと思って、話を詰めた。

「うーん。妹に会いたいなーとか思うけどね。でもいい。彼女は無理やりさらわれたりしたわけじゃないんだよ。冷たいようだけどさ、ある意味自分で選んだ人生なんだよね。例え生き返らせても、彼女の何かが変わるとは思わないんだよ。方法は違っても死んでいたかもしれない。そう感じるんだよ」

 たぶん、冷たいわけではない。運命をまっすぐ受け止めたいのだろう。もう一つ気になることを聞いた。

「たとえば、妹さんを殺したオトコを、真鍋さんは恨んでいますか?」

「そうね、恨んでいるというか、同じ思いをすればいいのにとは考えたことがあるかな。ずっと恨んでても疲れるだけだから思い出さない様にしているけど」

「わかりました。では、そのオトコにもし会ったらどうしたいですか?」

 ついへんな事を聞いてしまった。

「えー? 今刑務所に入ってるでしょ。 面会すれば会えるんじゃないかな? 気持ちいいことじゃないから会いになんかいかないけどさ」

「……同じ、同じ思いをさせたい。とは思いますか?」

「え? そうね、同じ痛みは味わせてもいいわ。妹も一瞬で死んだわけじゃないだろうからね、長い時間いたぶられただろうし。その苦しみを味あわせてもいいかもしれないけど」

 何を聞いているんだ、私は。なぜだか、妹さんの恨みを……晴らそうとしているのだろうか。私の考えが怖い。どうしたんだろう。


「わかりました」


 真鍋に『許さない』とヒトコト言わせて、一心不乱に私はタイムシフトを実行しようとしていた。


 だが。

 

 エイルが目の前に立ちふさがり、ただただ、私の目をじっくりと見つめている。 


 エイルが始めて怖い。

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