表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
216(日刊連作小説No.001)  作者: BATCH
第1章「カウンセリング」
6/8

第4話:#水曜日クライエント 氏名【大泉 仁 様】

  −− 本物 −−


茶髪か白髪かわからないパーマのかかった長髪、アジア系やヒッピーの混ざった民族衣装のような服、高いのか安いのかわからない小汚いアンティークアクセサリー。闇を隠す前髪。上から覆いかぶさるほど高い身長、ボロボロだけど味のある大きなブーツ、意外と爽やかに薫るお香の臭い。覗く右目の眼光。堂々たる態度で接する姿勢、こちらの揺さぶりに対してもおよがない視線、がっしりと座りこちらが審査されている気分になる威圧感。人を信じる笑顔。


 #氏名【大泉 仁  様】 36歳 B型

 <おおいずみじん>、36歳か。年より老けて見えるな。というより苦労が絶えない、といったところだろうか。『老けこんでいる』ように見える。……服装のせいか?


 #職業【雑貨店経営、店主  】

 経営者か。確かに苦労がな。知り合いの中の経営者でも睡眠導入剤を処方されている人が多く感じる。人の生活がかかっているんだ、当たり前と言えば当たり前だろう。


 #家族構成【なし  】

 独り身か……。誰かそばにいれば少しは楽になれるんだけどな。人のことは言えないか……。亡くなったのだろうか、遠くに住んでいるのだろうか。


 #自分自身についてなんでも書いて下さい。【悔やんでいる事について相談がしたい。  】

 これだけの威圧感、只者ではないと思う。そんな肝のすわっているような人でも悔やむことぐらいはあるだろう。強そうなほど、何かを犠牲にして生きている者が多い。それは我慢ではなく『宿命』として捉えているのだろう。そういった人間のオーラはいつもそうだ。タイムシフトしなくても大変だったことぐらい分かる。


 8月6日 カウンセリング開始。

 一番、人としては接しやすいタイプだ。がしかし、カウンセリングとなるとまた別だ。なかなか心を開こうとしない。今まですべて自分でやって来たんだろう。どんなに苦しい時も乗り越えられる力があるのは自分だけだと思っているだろう。他の誰にも預けられない。それは、人を信用出来ないということと、信用する気が無いことの結果なんだ。他人に蔑まされたり、陰湿なイジメにあったり、排除されたりする人も辛い人生ではあるけど、こういった孤独と戦ってきた人ほど、本当は心のダメージがでかい。誰も癒してくれる人がいないのだから。物理的にいても、本当の癒しではないことが多いだろう。人が手を差し伸べてもダメなんだ。自分から自然と心を開けなければ、本当の救いにはならない。


  −− 一隻眼 −−


「ではカウンセリングを始めます。気持ちを楽にしてそこに横になってください」

 特に返事をするわけでもなく言われるがまま大泉は診察ベッドに横になった。エイルが物珍しそうに見ている。あまりこう言った迫力をもった人はなかなか私の元に来ないから、身体の小さいエイルにしたら確かに不思議な人に見えるだろう。彼女の兄もそんなにガタイがいい方ではない。

「出来るだけ感情を言葉にしてください。無理矢理ではなくていいです。思ったままにつぶやくようにしてもらっても構いません」

「わかりました。先生。よろしく。なにか必要であれば言って下さい。ちゃんと従うから」

 話し出したら意外とスラスラと話す人だ。別に無口なわけでもなく、苛立っているわけでもないな。こういう雰囲気の人は、すぐに機嫌が悪いと勘違いされてしまうから人生でかなりの『めんどくささ』を感じてるんだろうな。

 なんだか他人とは思えない。

「では聞いていきます。あなたは今、戻りたい過去が想像出来ますか? やり直したい過去がありますか? 無理はしなくていいです。ひらめいたまま話して下さい」

「わかりました。あ、ちょっとまってもらえる?瞑想みたいなことするからさ、なんか出てきそうでしょ? 集中しなきゃね」

 こっちが言いたいことは簡単に理解してくれているようだ。そう、瞑想の様に目を瞑り、リラックスすることで今意識していることが浮かび上がってくる。しばらくは沈黙して待ってみよう。

 「えっとね、先生……。アンケートに書いたとおりにさ、やっぱり自分が悔やんでいることがあるんだよ。それがイメージ出来た。それしかないみたいだね。それを聞いてもらおうかな」

 頭の回転が早い人だ。こちらがアンケートの事を置いて話ししている事もわかった上でイメージを出してくれている。本当に只者じゃない。だからやりにくいんだ。こちらで操りにくい。私がただのカウンセラーだったら対応出来ない。医師免許でも提示しなければ理解してもらえないだろうな。自分の訓練とも思い、精一杯やってみよう。

「ご理解が早い。助かりますよ」精一杯の強がりだ。

「では、続けます。その悔やんでいること、話せる限りで構いません、好きな順番でお話下さい。時系列、登場人物、ご自由にかまいません」

 この場合は相手の能力に乗った方が得策だ。武術のジャンルでもあるように、空手やボクシングの様に攻撃主体ではなく、合気道や柔術などの様に他の環境に流れることもカウンセリングでは大事な要素だ。押すだけではだめ、引くだけでもだめ、相手に乗っかるんだ。どの世界でもこれは同じことだが、気づいていない人が多い。

「そうだね、まずは何から話そうか」


  −− 左目を差し出した殺人鬼 −−

「これはね、ボクがとある会社にいる時の話なんだ」

 大泉は話しだした。

 実は彼は、今かなり有名な大企業になっている会社の創業者だった。本人は創業者なんて言葉は使わないが、話の流れからしたらそういうことだろう。あまり過去の栄光や自慢話は得意ではないようだ。大概の金持ちや成功経験のある人間は、自分の器以上の出来事に驚いて自分に起きた幸運を話さずにはいられない。そこで快楽を得ないとどうしてもオーバーフローした感情に押しつぶされてしまうのだろう。それは薬なんかと同じことだろう。麻痺させるんだ、自らを崇めることで。

 なかなか出来た人間だ。手強いが懐も深い、おそらくこちらが気を張っている事はバレている。もう、無理な威勢は要らないだろう。

「ボクがね、追い詰めた人がいて、そのせいでボクの左目はこうなったんだ」

 ……左目? その前髪で隠れた左目のことか? たしかにぼさっとした髪型で前髪で左目のあたりが見えなかった。というよりは、全体の奇抜な服装や、それを気にさせないぐらいの威圧感に押され、一切気にならなかった。

「失明されてるんですか?」続けて聞いた。「怪我されたんですか?」

「ほら」といって髪を書き上げた大泉の左目には、明らかに光の失われた動かないものが入っていた。

 そう、人工の義眼だ。そのすぐそばの瞼には、ガタガタで斜めに入った縫い目が残っている。これでも良くなったんだろう、細胞が馴染んではいるがこれ以上消えることの無い古い傷だ。

 圧倒されてしまった。

「ふふ、びっくりしたでしょ? 気を使わなくていいからね、特にコンプレックスなんかじゃないから。隠してるのは見た相手が怖がっちゃ悪いなと思って」

 おどけながら話をする大泉に、かける言葉も見つからず、ただただ見つめてしまった。もう立場は逆転だ、私が彼に話を聞かせて貰っている受け身の立場になってしまっている。正直今からはどうしようも出来ない。話すだけ話してもらって早くタイムシフトに移ろう。

「あのね、会社を大きくしている時だったんだ、上場とか株式とか、そういうのはわかるでしょ?まあああいった類の話。その時はとにかく忙しくて、寝る暇なんかなくて、みんなカリカリしながら仕事してたんだよね。若かったなあ、うん」

 過去の自分に向けて鼻で笑うようにして話を続ける。

「今みたいにさ、こんな穏やかじゃなかったんだよ、ボク。やっぱ社長だからね、いろんな責任もあるし、法律の問題もあるし、会社同士の駆け引きみたいなのもあるんだよ。そういうのと一秒毎に闘いながら毎日過ごしていて。その時はみんな自分自身なんか無くしてた、仲間のフリした敵だったよ」

 テレビやネットでよく起業家が話しているのを見る。言ってしまえば自分だって起業したから立場は同じなんだが、規模が違いすぎ、ある種、浮世話のようなものだと思っていた。そういった人を目の前にすると、話さなくても分かるほどの重圧を感じるものだと思いしらされた。

「でね、あるプロジェクトのリーダーを若くて仕事が出来るヤツに任せていたんだ。当時でボクが30歳、彼が26歳か。ボクも若いね、ははっ。仕事が出来るのであれば仕事を振らないと会社ってのは回らないからね。本当は自分でやるほうが無難だし、そのプロジェクトは会社の存続を左右するほどの強烈な話だった」

 私があと2年したら30歳だ。その時にそんな重圧に耐えることは出来るのだろうか……。

「その仕事でね、彼は失敗したんだよ。残念ながら。そして、追い詰められた、ボクにね」

26歳で急成長中の会社の未来を左右したのか。考えるだけでも胃が痛くなる話だ。

「ボクはまだまだダメな社長だったからさ、ちょっとだけ怒鳴り散らしたんだよね。多分その中でひどい言葉が会ったはず。そしたらね、彼、ぶっこわれちゃったんだよ。ボクがぶっ壊した」

「……その時ですか? その目は」

「わかってるね、そう。ずっと握りしめながら怒られ続けていたんだ。入社した時にプレゼントした万年筆をね。あとは、錯乱して、暴れ始めて。こんな感じだよ」

「そうですか……。」

「気づくとね、ボクはうずくまってたよ。目を抑えた手からボタボタ蛇口を捻ったように血が垂れてた、あんまり覚えてないけど。ボク血が出すぎて気を失ちゃったからね」

 想像しただけで悲しい現場だ。誰も悪くない。

「ただ、すごく覚えているのは、もう一つの目で彼を見た時だ。彼、ボクを見て泣いてたよ。自分を責めるようにね。声にならない声でなんども叫んでいた。多分ごめんなさいって。ボクは彼を殺人鬼にするところだった。そして、彼の人格を壊してしまったんだ。彼は悪くないのに。謝りたいのはボクなのに」

「彼はね、次の日失踪した。でね、5日後、首吊って死んでた。会社の非常階段の手すりで。そこは誰も行かないから5日間誰にも気づかれずに、一人寂しく彼は自分を責め続けて死んでいったんだよ。ひどいだろ、彼じゃないよ? ボクが。ボクが殺人鬼なんだよ。仕事なんかで人を殺したんだ」

 ダメだ。聞いてられない。私達も分かる。人の感情を仕事にしているから時々不安定にもなる。特殊な能力のお陰で『人助け』というゴールがあるけど、間違えたら人を殺せてしまう。いとも簡単に。ただルール上生死の変更が出来ないだけだ。さすがにのんびりなエイルも話を聞いて涙を浮かべている。だって彼女は人の何十倍、何百倍も感情を背負っている。毎日だ。とても心配になってきた。ちゃんと出来る限りのフォローは出来るようにしなければ。

「で、ボクは会社を去ったんだ。ボクがいることで会社は死刑囚の集まる刑務所みたいになっちゃうんだ。間違ったことすると殺人者にされて死刑台に送られるの。おそろしいよな、会社って。自分の事も恐ろしくなったよ。そんなところでのうのうと仕事なんか出来ない。ボクがいることで周りが仕事できなくなってしまう。生きていけなくなってしまう。だから去ったんだ。今はね、誰にも責任を負わせない様に、ちょっとしたお店の主。」

 差し出したアイスコーヒーを一口飲んでから話を続けた。

「バイトは雇ってるけど、すっごくのんびりした子なんだよ、男の子でさ。今日も任せてるんだけど、お客さん来なかったら閉めていいよって言ってある。ははは。でも彼も暇みたいで漫画本読みながらずーっといるけどね、お金になるし、自由に出来るし。ボクが店に現れても漫画読みながら挨拶するんだ、笑っちゃうよ。でも、それでいい。あんな悲しい顔を見るよりはね。お互いの利害一致でのんびりとやってるんだよ」

 私はエイルに何をしてあげられているだろう。辛い思いはさせてないだろうか。こんな自由な環境の私でさえ最近感情的になっているんだ。今までそんなこと考えて来なかった。のんびり屋に見えているけど、本当はどうなんだろう。フィーリングを使う彼女は人の感情を毎日毎日飲み込んでいる。考えただけで恐ろしいことをしているんじゃないだろうか。彼女は自分の父親の為に能力を授かっただけだろうに。

 今すぐにでもエイルに話を聞きたかったが、あいにくカウンセリング中だ。しかも、しっかりとエイルがフィーリングを遂行している。私が弱気になっていてはダメだ。隠していた涙の跡を拭き、タイムシフトすることにした。

「もし、大泉さんがその過去を訂正したい場合、どうしたいですか?明確な事をおっしゃって下さい」

「そうだなあ。彼を生かしたい、ただそれだけだね」


 もう一度しっかりと言葉にしてもらい、エイルはトリガーを弾いた。


  −− ダイジナモノ −−


 いつの時代だろう。特に確認することもなくジャンプしてしまった。

 目の前に大きなビルが見える。おそらく大泉の会社が入ったビルだろう。そして、周りを見渡せばビルばかりだ。おそらく都心のビジネス街だろう。みんな都会にいたんだな。今月のお客はみんな都会が絡んでいる。

 ビルの案内板を見に行ってみる。30階あるうちの25階から28階が大泉の会社『Live The Future.inc』だ。2014年では『リヴ・インターナショナル』に社名変更されている。

 おそらく彼は忙しい身だ、いきなり行っても話しなんか出来やしない。会社の前で観察していよう。

 ところで大泉が会社をやめたのは30歳と言っていたな。カウンセリングの時が36歳。6年前か。6年で相当人相が変わっているんだろうな、現れても気付けないかもしれない。

 ーー! 6年前? ……2008年じゃないか! 大泉もやっぱり事件に関わっているのか! 東京都内でビル群の中、宗太朗に関わることがあるのだろうか? どうなって事件に結びつくのだ、想像がつかない。

 

 そこに、背がかなりでかい、黒髪のビシッとしたビジネスマンが秘書らしき女性と会社の正面入口に現れた。あれはもしかして大泉?あの身長、風格、間違いない。

 まったく似ても似つかない風貌だ。ただ、発するなにかが全く同じだ。オーラというべきか、あの鋭い眼光、生きている右目とまったく一緒だ。大泉自身はなにも変わってなんかいないんだな。変わってしまったのは多分、自分自身を大切に思う気持ちだ。

 

 そこに街頭の巨大スクリーンからニュースが流れてきた。

 「昨日発表のありました、大手インターネットショッピングサイトの『ワンデイ』と業界ナンバーワンのインターネットメディア制作会社『リヴ・ザ・フューチャー』の資本業務提携の報道を受け、新しく入った情報によりますと……」


 大泉を乗せた黒塗りの大型セダンは静かに走り出していった。

 

 今の私に何が出来るだろうか。大泉に話しかける、いや、ついて行くことすら出来なかった。

 私は彼の人生の何を変えられるのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ