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微かな記憶


「お前には弟がいる…」


母親が亡くなったその日の夜、父親からの突然の告白。

冗談を言えるような場所でも状況でもなかったから

夕は何故か分からないが、すんなり受け入れた。


もしかしたらそんなこともあり得るのかも…と

どこかで思っていたのかもしれない。


幼いころのかすかな記憶。

笑顔の可愛い男の子が確かに家にいた。

どのくらいいたのだろうか?

1日だったかもしれないし、1ヶ月だったかもしれない。

今もそうだが、当時から無愛想で可愛げの無かった夕に人懐っこく

ついて歩いてきた男の子。


うっとうしがる夕に必死でついてきた男の子。

最後まで優しくすることが出来なかった。

祖母に連れられ遠くへ行くその子は夕と離れたく無いと言って

泣いた。

その泣き顔を今でも夢に見ることがあった。


その男の子が弟だというのは明白だった。


父親の息子ではない。

母親が他の男と愛し合い出来た子だった。


母親が死んだ夜、父親がそう告白したのだ。

当時は怒り狂い、母親とその男を引き離し子供も引き取った。

しかし、他の男の子供を毎日眺めながら生活するには

父親にとってあまりに残酷な話だった。


母親にとっても針のむしろのような生活は耐えられなかったことだろう。

それでその子は母方の祖母に引き取られていった。

その後の詳細を夕が知るよしもなかった。


“弟がいる”



その言葉を聞いてから“弟”という言葉が頭の中でグルグル回っていた。

決意するのに時間は必要なかった。


夕の決意を聞かされた時、父は反対した。

それを望んで話したことではないと。ただ、自分が苦しかったから

夕に話してしまったけれど、そんな事をして欲しかった訳ではないと。

そのせいで夕の生活や人生に影を落としてはいけない。

そんなことは決して母親も望んでいないことだから思いとどまるように

夕を諭した。


しかし夕の決心が変わることはなく、1週間後には海に近い静かな街の中程にある

駅のホームに降り立っていた。


微かに海の匂い漂う風が頬を撫でて通りすぎていく。

夕は歩き出した。

駅は静かだった。

大きすぎず、小さすぎず今の言葉で言うなら“微妙な大きさ”とでも

言えば良いのだろうか。


都心からそう離れてはいないのに、喧噪とは無縁な街だった。

駅前から続く並木道は桜だろう。

葉桜になった木々を見上げながら

“もう少し早かったなら綺麗な桜並木を見ることが出来たのに…”と夕は思った。


木々の隙間からは優しい日差しが差し込んでくる。

まだ暑さとは無縁なこの時期だったが、夕は汗をかいていた。

緊張からなのか…理由は分からない。

ハンカチを取り出し、額の汗を拭おうとしたとき

夕の携帯電話が鳴った。


「もしもし…」


「夕!?今どこにいるの?迎えに行くって言ったじゃないの」


声の主は大学時代の先輩で今でも親しくしている

山下智子だった。

駅まで迎えに行くから待っているように言われたのに、すっかり忘れて

しまっていた。

“気が焦っているのかもしれないな…”夕は苦笑した。


「すみません。先輩…」

「まったく!相変わらずマイペースなんだから」


智子はこの街で暮らし、近くまで通勤しているOLだ。

不器用で人付き合いの苦手な夕にとっては先輩ではあるが

気の置けない友人の1人でもあった。

“弟”の事もとまどうことなく話すことが出来、今回も

智子の一人暮らしの住まいに居候させてもらうことになっていた。


自分のいる大体の場所を説明すると、ほどなくして

智子が歩いてやってくるのが見えた。

笑顔で手を振っている智子を見た途端、夕はふっと肩の力が抜けるのを

感じた。
















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