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第4話 便り

前話からずいぶん間が空きましたので、人物の名前(読み)だけ確認しておきます。

八百神やおがみ明月あきつき、通称アッキー。

聖護院しょうごいんひかる

篠清水ささしみずなずな

桐屋敷きりやしき澪菜れいな


澪菜のメイド達

寿ことぶき

菊花きっか

皞子こうこ

あおい

嶽見里たけみざとすずめ

 DISPELLERS(仮)の II


 4.第4話 便り



 お母さん、お父さん、おじいちゃん、ご無沙汰しています、お元気ですか。

 私はとっても元気です。


 新しい学校にもだいぶ慣れて、友達も出来ました。

 桐屋敷家の人達はみんなとてもいい人で、毎日賑やかですごく楽しいです。

 澪菜さんは相変わらず上から目線で威張ってるけど、素直に言う事を聞いていれば優しいし、時々お付きのメイドさん

 からいじられる時もあって、なんだか思ったよりからかい甲斐のある面白い人です。

 寿さんはいつもとっても明るくて、一番親切に色々な生活の事を教えてくれます。

 お屋敷の決め事の他に、アイロンのかけ方のコツとか服のコーディネート、お化粧も少し習いました。

 菊花さんはうざいくらいに喧しい人だけど、このお屋敷には絶対必要なムードメーカーです。

 いない時は、ただでさえ大きいお屋敷が廃墟になってしまったと錯覚する程、怖いくらいに静かになっちゃいます。

 皞子さんの作る料理は、お店で出してもいいくらいに美味しくて、しかもそのレパートリーがめっちゃ多いんです。

 私がここで暮らすようになってから、今まで一度も同じ料理が食卓に出た事がありません。

 一番若い高校3年生の雀さんはお茶目な人で、菊花さんと二人でよくお笑い芸人のコントの真似事みたいな事をやって

 喜んでいます。

 雀さんは私の事をナズって呼んで、勉強も教えてくれますが、地理と歴史は私よりバカです。

 ブラジルの首都はサンパウロで公用語はブラジル語って本気で信じてたし、エジプトの都市アレクサンドリアの名前の

 由来は、“アレクさんの美味しいドリア屋さん”があった場所だという画期的な新説を作ってしまいました。

 普通のメイドさんはお屋敷の掃除とかの用が済めば総本山に帰りますが、澪菜さん専属のメイドさんは私と同じように

 それぞれ個室があって住み込みなので、夜になってもなんやかんやで騒いでます。

 そんなメイドさん達の総大将、葵さんは律儀で物静かで、でも厳しい学校の先生のような人です。

 学校に提出する書類やバスの定期など、全部手配してくれました。

 また、白泰山会の総本山にはすごい術者がいっぱいいてびっくりしました。

 私も毎週結界術の修行に出かけるのを楽しみにしています。

 行けば、必ず何か得るものがあるからです。


 そういえば、この前澪菜さんがハロウィンはみんなでコスプレパーティーしようなんて言い出して、つくづくこの人は

 こんなおふざけが好きな人なんだなと思っていたら、知らない間に私用にネコの着ぐるみを買ってきていて、無理矢理

 着させられました。

 みんなに笑われてちょっと恥ずかしかったけど、モコモコしてぬくぬくしているので、寒くなったら寝る時に着ようと

 思いました。

 今日は、そんな澪菜さんと私達の初めての仕事についての話をしようと思います。

 ハロウィンパーティーの話はまた今度。



 ☆



 ある土曜日の午後、

 私と曄ちゃんとアッキーは、澪菜さんと車に乗って2時間くらいの、とある田舎の町に行きました。

 間近に山々が迫る、人よりカラスの方が多い、いわゆるひとつの過疎地域というやつで、準限界集落と呼ばれるような

 閑散とした所でした。

 走る車の窓から、人っ子一人いない田畑と、どこかの誰かさんの盆栽みたいな枯れ枝ばかりの林を見つつ、澪菜さんが

 言いました。

 「ここが、わたくし達の初任務の舞台ですわ」

 それを聞いた曄ちゃんは、ちょっと不思議そうな顔をしました。

 「こんな辺鄙な所で何やんのよ。

  誰も見てない所で人知れず役立とうなんて、あんたにしては珍しく殊勝ね」

 「お黙りなさいバニーガール」

 「なんでバニーガールよ!」

 「あら、今度のハロウィンコスプレパーティーの貴女の衣装はバニーガールに決まったのよ、曄。

  言ってなかったかしら」

 「なに勝手に決めてんのよ!

  誰がそんな格好するもんですか」

 「貴女がなんと言おうと、これは決定事項よ。

  変更は認めないし、もちろん、パーティーは強制参加ですわ。

  誰一人として欠席する事は許しませんわよ」

 「あんたってホント最低ね」

 「心配しないで、ちゃんと貴女にピッタリ似合うのを用意するから。

  きっと可愛いウサギちゃんになるわよ、そう思うでしょ、薺」

 「うん」

 私は、大きく頷きました。

 曄ちゃんがバニーガールというのは私も初耳で、また澪菜さんが思いつきで言っただけだと思うけど、でも曄ちゃんの

 超絶可愛いウサちゃん姿は絶対見たいと思いました。

 曄ちゃん本人は、とんだいい迷惑だと思ってるようですけど。

 「あたしは逆の心配してんだけど。

  じゃあ、あんたは何着るつもりなのよ」

 「わたくし?

  わたくしは、無論シャネルの5番ですわ。

  ね、明月」

 「なんだそれ」

 「ウフフフ、貴方の為の特別な衣装ですのよ。

  必ずや、お気に召していただけるはずですわ(喜)」

 「悉く変態ね、このエロナル子」

 これを聞いていて理解に困った私は、愚痴った曄ちゃんに質問してみました。

 「シャネルの5番て何?」

 「あんたは知らなくていいのよ」

 ほっぺをプンプン膨らませても、曄ちゃんはいつも素敵です。

 その横で、何食わぬ顔で知らんぷりしている振りをしながらも、頭の中でエロい妄想をしているアッキーは最低です。


 澪菜さんは、ここでどんな仕事をするのか話し始めました。

 「この町では今、山の方で温泉開発事業の真っ最中ですの」

 「温泉開発?

  こんなとこで温泉なんか出るの?」

 「そのようですわ。

  町の議会が町おこしの一つにと考えて、専門家に頼んで調査と試掘をしてみたところ、どうやら開発は可能だと判断

  したようで、この夏前から本格的に事業がスタートしたのよ。

  周辺自治体もその恩恵にあやかろうとして、積極的に後押しの方策を立てたり支援名目の予算を計上したりしている

  ようですし、もちろん営利企業も加担してますわ。

  ここからその現場は見えないけれど、それなりの規模で工事は進んでいるのでしょうね」

 「ふーん・・。

  で、それとあたし達の仕事となんの関係があるのよ。

  温泉の工事って言われても、ちっともピンと来ないんだけど」

 「早とちりさんね。

  別に、貴女が工事に参加する訳ではないのよ」

 「当たり前でしょ、てか出来ないし」

 「考えてごらんなさい、温泉開発は山の麓で行われているのよ。

  もし、その山に妖怪が棲んでいたらどうなるかしら」

 「普通なら、棲み処を荒らされたりしたら黙ってないでしょうね。

  攻撃されたら被害者が出るし、最悪工事が中止になるかも。

  じゃあ、その妖怪を退治するのが仕事なのね」

 「いいえ、違うわ。

  この開発事業に際しては、事前に依頼を受けた我が白泰山会が周辺の森のお清めと地鎮祭を行っている上に、結界で

  しっかり守護しているので、その意味では工事自体は問題なしですわ」

 「じゃあ何すんのよ」

 「もしそこに妖怪が棲んでいたのなら、居場所を追われて人里に出てくるかも知れないでしょ。

  そういう妖怪がいないかどうか、この周辺の町村を調査するのがわたくし達の任務よ。

  要するに、環境影響調査ですわね。

  今のところ、妖怪の出現に関する報告は受けてないけれど、申告がないだけかも知れないし、まだ被害が出ていない

  だけなのかも知れないから、それで妖怪はいないと結論付けるのは尚早でしょ」

 「環境調査・・」

 「もちろん、ごく一般的な環境調査は事前に済ませているでしょうし、周辺住民の承諾も得ているのは当然だけれど、

  でも、妖怪関係の調査は他の機関では出来ませんものね。

  まあ、お清めをした後のアフターサービスといったところかしら。

  一度姿を消した妖怪が、再び舞い戻ってくる事だってあるかも知れないですもの」

 「調査するだけ?」

 「調査して、総本山へ報告しますわ」

 「報告するだけ?

  退治しないの?」

 「それはまた別枠の任務になるわね。

  妖怪がいればの話になるけれど、総本山へ報告した上で、新たに承認を得る必要があるわ。

  とは言っても、恐らく、お祓いや退治は他の組が行う事になるのでしょうけれどね」

 「へぇー、よくそんな地味な仕事受けたわね、派手好きのあんたらしくもない」

 「任務に地味も派手もなくてよ曄。

  貴女の下着とは違うのよ」

 「あ、あちしの下着は関係ないどしょ!」

 興奮して呂律が変になる曄ちゃんはとっても可愛いです。

 その横でニヤニヤ笑うアッキーは変態です。



 ☆



 仕事は週末だけ、特に何かをする訳でもなく、ただ周辺の集落をブラブラ歩くだけです。

 もし、妖怪がどこかに潜んでいるなら、その近くに行けば気配で分かるからです。

 ただし、妖怪が活動的でない時はその妖気も落ちるので、のほほんとしてばかりもいられず、ずっと注意を払い続けて

 いなければなりません。

 アッキーはその点については、並みの能力者くらいでは比較にならない程の高い能力を持っているのよと、曄ちゃんも

 澪菜さんも言いますが、私は今でも信じられません。

 どう見てもただのスケベです。

 曄ちゃんは短いスカートを穿くのが好きなので、アッキーはいっつもその脚ばかりチラチラ見て密かに喜んでいます。

 どう見てもただのスケベです。

 死刑です。

 でも、曄ちゃんは全然気にしてないです。

 神です。


 その曄ちやんが、歩きながら澪菜さんに質問しました。

 「そういえば、ここの温泉開発って、あんたん家の系列の会社も絡んでんの?」

 「いいえ。

  確かに、我が桐屋敷家の傘下には不動産を商う企業もあるけれど、今回の温泉開発には関与してませんわ。

  本来、山林は妖怪や物の怪の棲むべき場所であり、人が己の都合のみで安易に踏み込むべからざる所である、という

  我が家の基本理念は当然全ての関連企業の共通認識ですので、たとえどんなに高い収益性が見込まれる計画だったと

  しても、いたずらに自然の状態にあるものを切り崩してパンドラの箱を開けるような愚行に組みしたりはしないはず

  ですわ。

  そこに立ち入るには、相応に周到な準備を必要とするものですしね」

 「でもお祓いは引き受けた」

 「視察の末、人にも自然にも影響は最小限、重大な厄災は起こらないと判断した結果なのでしょうね」

 「それにしても退屈な仕事ね。

  こんな、のんびり歩き回るだけだなんて」

 「致し方ありませんわ。

  まだ高校生の身分であるわたくし達には、学業を優先させねばならない為、それ程緊急性の高い任務は与えられない

  のですわ。

  ですから、自ずと比較的余裕があって、週末とかの短時間で事足りると判断されたものだけが回ってくるのね。

  だからといって、それを蔑ろにするのは以ての外よ」

 「言いたい事は分かるけど、ただ調査するだけなら、あんたの式神を使えばいいんじゃないの?

  わざわざあたし達がする事もないと思うんだけど」

 「それは出来ませんわ。

  前にも言ったかも知れないけれど、妖怪を探すのに妖怪を使うのは細心の注意を払う必要があるんですのよ。

  気配を察知されては元も子もないですもの。

  少なくとも、対象がどんな相手なのか分からない状況では使いたくないわね。

  貴女の鎌鼬も同様ですわよ」

 「よく言うわよ、けっこう使ってたくせに」

 「わたくしもまだまだ未熟だという証拠ですわね。

  もっと精進が必要という事ですわ」

 「なにあんた、急に大人になっちゃって。

  気持ち悪いわね」

 「あら、それは大変、わたくしが介抱して差し上げないと」

 「けっこうです!」

 澪菜さんは、枇杷びわ通草あけびという二匹の式神を飼っています。

 自分の妖力を餌にするので、かなりの修練を積まないと使役するのは難しいんだそうです。

 陰陽師ってすごいです。

 曄ちゃんは鎌鼬を飼っています。

 他の人なら手を触れようとしただけで殺されるそうです。

 神です。


 今回の仕事は、曄ちゃんはあまり楽しそうではありませんでしたが、私はとても楽しかったです。

 なぜなら、曄ちゃんは学校では全然仲良くしてくれないからです。

 学校にはたくさん生徒がいるので、その手前もあって恥ずかしいんだと思います。

 いちいちそんなの気にしなくてもいいと思うけど、そこら辺が曄ちゃんらしくてとっても可愛いです。

 そんな曄ちゃんの側にずっといられるのは、それだけですごく楽しいです。

 特に何か話をしたりとかはなくても、なんだかほんわかです。

 アッキーは邪魔だけど。


 初日と次の日曜日は、何も見つける事なく終わりました。



 ☆



 翌週の週末は、祝日があって3連休だったので、寿さんと雀さんも一緒に参加しました。


 雀さんは、私や澪菜さんとは違う商業高校に通っています。

 実家の嶽見里家はウチと同じように神社で、でも跡継ぎではないそうです。

 白泰山会の中ではそれ程重要な家ではないそうですが、澪菜さんとは1歳差の幼馴染みで、桐屋敷家や総本山で何度も

 一緒に遊んだんだそうで、高校生になってから澪菜さんのメイドとして働き始め、将来は妖怪研究家になって寿さんの

 実家のお寺の古文書を全部データベース化したいんだって言ってます。


 二人が加わって6人になったので、私と曄ちゃん、雀さん、澪菜さんと寿さん、アッキーの二組に分かれて、それぞれ

 農村の集落を回る事になりました。

 私は、曄ちゃんと一緒でしかもアッキーがいないのが嬉しくて、わくわくしながら田舎道を歩きました。

 そこは、ゆったりゆっくり時間の流れる長閑で牧歌的な日本の原風景、と言えば聞こえはいいですが、とっくに収穫の

 終わった水田と、落葉し尽くした木々の間を抜ける北風が頬を刺す季節のせいもあって、ただ寒々しいだけの所です。

 でも、いつも元気な雀さんには関係なかったみたいです。

 「いやー、しっかし何もない所なんだねー。

  私の実家も似たようなもんだけどさ、温泉出来たら変わっちゃうんだろうね、この辺も。

  旅館とかホテルとかがいっぱい出来てさ、土産物屋とかお饅頭屋とかも出来て、繁盛したりするんかなぁ」

 曄ちゃんはいつもそうだけど、この日は特につまらなそうでした。

 考えたくないけど、アッキーが一緒にいないからでしょうか。

 「でも、駅から離れてるから、そんなに流行るとは思えないんだけど」

 「そんな事ないさ。

  駅から離れてたって人気の温泉地なんかいっぱいあるよ。

  ただ、ここは歴史がある訳じゃないからさ、何か特別の売り文句か呼び物でもないと客が集まらないかもね。

  競争激しいよー。

  妖怪の出る温泉地、なんて意外といけるかも知れないな」

 「流行る訳ないでしょ、そんな危険な所」

 「それがそうでもないんだな。

  世間の人は私達と違ってさ、妖怪って聞いてもすぐには危険と結び付かないらしいんだ。

  座敷童子とかケサランパサランみたいな、可愛げがあって人に幸福をもたらすとかって言われてるのを真っ先に連想

  しちゃうんだよ。

  それか、傘化けみたいなひょうきんなヤツ。

  それだったら、そんなに怖くないでしょ」

 「バカみたい」

 「私達から見ればね。

  でも世間てそんなもんなんじゃないかな。

  妖怪の真の恐ろしさには目を瞑って、都合のいいものだけを有り難がるんだよ。

  どうせさ、ドラ○もんかなんかと同じレベルで考えてんだろうね。

  実在しないけどいたらいいよね、とかさ」

 「・・・あんたの世間って、学校の友達?」

 「まあね」

 私は、妖怪にはあんまり詳しくありませんが、雀さんが言ったような人に幸福をもたらす妖怪というのは、ただの誤解

 なんだそうです。

 妖怪の中にも人に全く無害なものもいるそうで、そういう妖怪が家に住みついたりする事によって、他の邪悪な妖怪が

 ちょっかい出すのを防いでくれるという効果があるのでそのように言い伝えられているだけで、基本的に幸運や金運を

 もたらすなんて事はないそうです。


 「それよりさ、あんたも話ばっかりしてないでちゃんと探しなよ。

  ナズはちゃんと仕事してるよ」

 「あんたが話しかけてくるからじゃない。

  薺の方が妖気を感じる力が強いから、任せておけばいいのよ。

  ていうより、あんたの方こそちゃんと探してんの?」

 「私は、あんた達と違って妖力ゼロだからね。

  探せって言われてもさ、チンプンカンプンなのよ。

  小さい頃は、人並み以上には感じたり出来てたんだけどね。

  集中力が足りないからなのかなぁ、人がすぐ後ろに立ってても気付かないんだよ。

  ま、普通は大抵そうなんだと思うけどさ。

  だから、澪ちゃんの組に入りたくても入れない。

  お嬢の役には立ちたいけど、出来ないものは出来ないんだ。

  あんた達が羨ましいよ。

  一緒にかくれんぼはしたくないけどさ、絶対勝てないもん」

 「あ、そう。

  替われるもんなら替わってやりたいわね」

 「嘘言うんじゃないよ、ホント偏屈だねあんた」

 「嘘なんかじゃないわ。

  あたしだって好き好んでやってる訳じゃないし」

 「まあ、嫌いなものを無理して続けろとは言わないけどさ、せっかくの才能は上手に使うべきだと思うよ。

  じゃないと人生損するよ、きっと」

 「そんなのあんたに関係ない」

 「そうだね、確かに。

  でもさ、あんた見てると、ついなんか言いたくなるんだよね。

  放っとけないっていうのか、構ってあげたくなるっていうかさ。

  澪ちゃんも同じ気持ちなんだと思うよ、きっと」

 「まさか。

  澪菜はただからかって遊んでるだけよ」

 「浅はかだねぇ。

  あんた人を見る目ないよ、あ、だからアッキーなんかが好きなんだ」

 「よ、余計なお世話よ!(赤)」

 「分っかり易(笑)」



 そんな時です。

 遂に、妖怪の痕跡らしきものを発見しました。

 私が立ち止まってその微かな妖気の漂ってくる方向を見定めようとしていると、気付いた雀さんが聞いてきました。

 「ん?

  ナズ、なんかあった?」

 「・・・妖気」

 「どこから?」

 「・・あの家」

 それは、近くにある一軒の家から発せられているように感じました。

 この辺りは、スギやマツ、ケヤキなどの屋敷林を持つ農家と思しき敷地の広い家が点在している所なので、どの家かを

 特定するのはそれ程難しくありません。

 そこで、雀さんがその家の人に最近異変がないか聞いてみたところ、ご主人が一ヶ月程前から体の怠さを訴え、医者へ

 行っても薬を飲んでも改善するどころか悪化する一方だったので、一昨日とうとう検査の為に入院してしまったという

 話が出ました。

 雀さんは、さっそく澪菜さんに連絡を取りました。

 「あ、澪ちゃん?、スズだけど。

  なんかさ、当たりクジ引いちゃったっぽいよ、こっち。

  ナズがそう言ってさ。

  で、すぐ近所の農家の人に聞いたら、そこで病人が出たらしいんだわ」


 暫くして、澪菜さん達が合流しました。

 「間違いありませんの?」

 「・・たぶん」

 澪菜さんは、私の言葉を確かめるようにアッキーに尋ねました。

 ちょっとムッとします。

 「明月は何か感じますの?」

 「ああ、妖気はするね、弱いけど」

 「そこの家ですの?」

 「母屋、じゃないと思う。

  その隣りの・・納屋か?あれ。

  そっちの方が強いな」

 「やはり、いるんですのね・・・」

 「いんや、たぶんいないな」

 「いないんですの?」

 「妖気って言っても、妖怪から直接感じるものとは違う。

  なんちゅーか、服に付いた焼き肉の匂いみたいなもんだ。

  その、入院したっていうオヤジさんに憑いてったのかもな」

 「そうですの・・・・。

  確認する必要があるわね」

 妖怪がいないのに妖気が残るというのは、そこに一定期間以上滞在していたせいだと考えられます。

 家の人に更に詳しく聞いてみると、お婆さんや奥さんも、偏頭痛や倦怠感、不眠、食欲減退などの症状に見舞われて

 いる事が分かりました。

 加えて、最近近所の家のイヌが時々夜中に吠えるようになってうるさい、という情報も得られました。

 状況証拠的には、妖怪の存在を裏付けるものばかりです。

 でも、確実にそうだとは言えないので、寿さんと雀さんがその家のご主人が入院したという病院へ行って、状態を確認

 する事になりました。



 ☆



 残った私達は、更に周辺を捜索してみる事にしました。

 妖怪の手懸かりが残っていないか、或いは他に妖怪がいるかも知れないという澪菜さんの考えでした。

 この時点で、朧気ながらも妖気を認識していたのは私とアッキーだけだったので、曄ちゃんはオッタンを飛ばそうかと

 言いましたが、澪菜さんが止めました。

 「ダメよ曄。

  この状況で鎌鼬を自由にさせたら、警戒心の強い妖怪ならそれだけで畏縮して姿を隠してしまうわ。

  それでは、わたくし達も探し出すのが困難になってしまいますもの。

  大丈夫よ、そんなに広範囲を調べる訳ではないから、わたくし達だけで事足りるはずよ」

 点在する家々の間は、竹林だったり畑だったり、雑草だらけの空き地だったりと様々でしたが、そのおかげで障害物が

 少ないので探す手間は幾らか省けます。

 ススキの茎に付いたカマキリの卵も見つけました。

 私達は、先程の農家からその周囲の気配を探りながら、ゆっくり移動しました。

 家から離れ始めると、ただでさえ弱い妖気はすぐに全く感じられなくなります。

 どんな妖怪かを推測するのも不可能です。

 でも、人に害を与える悪い気を持っている妖怪がいたのは間違いないだろうと思います。

 なぜここにいたのか。

 何の目的でいたのか。

 澪菜さんが言ったように、棲み処を追われて人里に出てきたのでしょうか。


 遠退く家を振り返りながら、曄ちゃんが澪菜さんに聞きました。

 「ねえ、あの家の人達は放っとくの?」

 「何がですの?」

 「あんな弱い妖気なら簡単に浄化出来るでしょ、あんたも、明月も。

  このまま放っといていいの?」

 「わたくし達は何もしませんわ、ただ報告するだけよ。

  ここでわたくし達が浄化などをしてしまうと、後でお祓いをする際の障害になりかねませんわ。

  妖怪に警戒され逃げられてしまっては、せっかく掴んだ糸口が無駄になってしまうもの。

  いえ、この言い方には語弊があるわね。

  逃げるのは一向に構わないのだけれど、その結果、他の家に取り憑いて害を及ぼすようになるのだけは避けなければ

  ならないでしょ。

  その為にも、早計な行動は慎まねばならないのですわ。

  それに、今は妖怪もいないようですし、暫くはあの家の方々の健康が脅かされるような事もないでしょうしね」

 「じゃあ、あんたは妖怪がまたあの家に戻ってくるって思ってんの?」

 「その可能性は否定出来ないわね。

  もちろん、その逆も有りな訳だけれど、寿からの報告を聞くまでは、全ての選択肢は捨てるべきではないわ。

  もし、そのご主人に憑依しているのなら、退院と共に再び戻ってくる事だって有り得るでしょ。

  でも、いつ、どのタイミングで祓除するのかは、わたくしの及ぶところではありませんわ。

  今、わたくし達が為すべきは、少しでも多く妖怪の情報を集める事なのよ」

 私は、妖気以外の妖怪の情報ってなんだろうと思いました。

 足跡も残っていないし、目撃者もいない。

 イヌに聞く訳にもいかないし。

 それに、どうせもういないんだから、探しても無駄だという気持ちもありました。


 それが暫くすると、少し先を行っていたアッキーが道端に立ち止まって、周囲を見回しながら鼻をクンクンし始める

 のが見えました。

 微かな妖気を感じたのです。

 「あー、なんか感じるな・・、この辺」

 言われてみると、私も少しだけ感じました。

 ただ、私が感じたのはイヌやネコのような動物と似た気配で、妖気とは少し違うと思いました。

 偉そうに言ったくせに、アッキーは何か勘違いしてるんだ。

 そう思った私は、それを証明してやろうと彼の視線の先を見ると、そこには一軒の小さな民家がありました。

 周りを草木に囲まれた結構くたびれた古い木造の平屋で、外壁の木板は塗装が剥げて黒ずみ、一部雨樋が取れていたり

 屋根の上のテレビアンテナが傾いたりしていて、人が住んでいるのかも疑いたくなる程あちこち傷んでいるのですが、

 生垣の付近に並べてある鉢植えや植木は綺麗に手入れされていて雑草もなく、そこはかとなく生活感はあります。

 曄ちゃんが、私と同じ感想をもらしました。

 「ずいぶんボロいわね、人住んでんの?、あそこ」

 「構いませんわ。

  わたくし達が探しているのは人ではなくてよ」

 当然という顔で返事をした澪菜さんは、そそくさとアッキーの元へ走って行きました。

 「妖気ですの?」

 「それはそうなんだが、でもなんか雰囲気違うような・・・」

 「先程の妖気とは違いますの?」

 「違う。

  大人しい・・・、ていうか落ち着いてる。

  静かな感じっていうか、線が細い・・・、弱いからそう感じるのかも知れんが・・・」

 「あの家で間違いありませんの?」

 「それは確かだ」

 「では、行ってみましょう」


 澪菜さんが玄関の戸をノックしてみると、中から一人のお婆さんが出てきました。

 ちょっと腰の曲がった背の低いお婆さんで、澪菜さんを見て初めは驚いたような顔をしていましたが、温泉開発工事に

 関する環境調査で幾つか聞きたい事があると説明すると、丁寧に挨拶してニコニコ笑って家の中へ入れてくれました。

 その家には、お爺さんとお婆さんが二人だけで住んでいました。

 二人とも80歳は越えているように思えます。

 とても温厚で親切な老夫婦で、私達に座布団やお茶まで出してくれ、澪菜さんの質問にはお爺さんが答えました。

 「最近、この付近で何か変わった事とかございませんか?」

 「はて、変わった事って、なんじゃろな。

  ワシゃなんも気付かんな」

 「この少し先の農家では、急に体調を崩してご主人が入院されたとか、夜中に近所のイヌが鳴くようになってうるさく

  なったとか聞きましたけれど」

 「それは、工事のせいなんじゃろうか」

 「今のところはなんとも申せませんけれど、可能性も含めて調査の必要はあるかと存じますわ」

 「そうですかいの。

  そりゃあ、ワシ等も年寄りじゃから、体中あちこちガタは来とるがの。

  それでも毎日、こうして生きとる。

  別になんもありゃせんよ。

  温泉が出ても、入れるのはまだ何年も先になるんじゃろうが、ワシもばあさんも今から楽しみにしておりましてな。

  遠くの温泉地まで行く体力もない身には、こんな近くで温泉に入れるなんて夢のような話じゃよ」

 「こちらにはお二人だけですの?

  他にご家族は」

 「息子が一人おりましたが、7年前に死にました。

  もっとも、この家を出たのは、もう40年以上も前になりますかの」

 「それはとんだご無礼を致しましたわ、どうぞお許しください」

 「気にせんでくだされ、それより、聞きたい事はそれだけですかいの」

 「ではお言葉に甘えて、夜中に物音とかを聞いたり、何かの気配を感じたりした事はございません?」

 「何かとは、なんじゃいの」

 「動物とかですわ。

  工事に関連して、山から人里に出てくる動物もいるかと思いまして」

 「いやぁ、ウチはありませんな。

  ここいらの山には、サルもイノシシもおりませんでな」

 「ペットは飼っておりませんの?」

 「一度も飼った事ありゃせんが、まあ、野良ネコなら、時々裏の畑辺りを歩いとりますかいの。

  お、そういえば、野ネズミやらモグラやらは、よう出ますかの」

 お爺さんの回答は、歳のせいなのかゆっくり口調で、のらりくらりと飄々としていました。

 その為か、私の横で聞いていた曄ちゃんは、ちょっと苛立ってしまったようでした。

 「家の中にも獣の臭いがするんだけど」

 「そうですかいの、ワシにゃなんも分からんが」

 曄ちゃんがわざと皮肉っぽく言ったのに、お爺さんは軽く受け流してしまいました。

 お爺さんは気付かないのかも知れませんが、でも小さい家の中には、微弱だけど妖気だと分かる気配が漂っています。

 やはり、普通の動物の気配とは違っていました。

 ただそれは、アッキーが言っていたように邪悪なものではなく、健康被害に直結するようなものでもありません。

 それでも、分かる人には分かる妖怪の影はあるのです。

 曄ちゃんの肩に乗っていたオッタンも、何かに反応するように首をキョロキョロさせていました。

 澪菜さんも、もっとしつこく食い下がるのかと思っていたら、意外とすんなり引き下がってしまいました。

 「それでは、これで失礼致します。

  ご協力感謝致しますわ。

  また何かありましたらお邪魔させていただきますので、よろしくお願い致します」



 家を出るとすぐ、曄ちゃんが不満をぶつけました。

 「あんた、あっさりし過ぎよ。

  あのお爺さん絶対なんか隠してるわよ」

 「何を隠すの?」

 「悪い人には見えないけど、なんか胡散臭い」

 「あまり人聞きの悪い事言うと、品性を疑われますわよ。

  別に、尻熱烈な事を言っている訳でもないし、本人に何も自覚がないのであれば、ああいう答えにもなりますわ」

 「それ言うなら支離滅裂よバカ。

  あんたまさか信じてるの?、明月とどっちを信じるのよ」

 「もちろん、明月ですわ」

 「だったら」

 「そうね、わたくしもそう思うわ。

  でも、家主が何もないと言っている以上、それを無視して強制的に捜索する事は不可能ですわ。

  見たところ、取り立てて被害もないようですし、緊急性も低いと判断出来ますしね」

 「このまま帰るの?」

 「とりあえずはね。

  でもその前に、家の裏に畑があるって言ってましたわね」

 「畑なんかどうだっていいのよ」

 「一応ね、見ておきましょ」

 澪菜さんのお尻は熱烈です。

 意味不明です。

 面白いです。


 私達は、家を回ってその裏にある畑を見に行きました。

 そこには、家庭菜園くらいの小さい畑があって、ネギやジャガイモ、ニンジンなどを育てているようですが、季節の

 せいなのか、一面に青々と葉を茂らせたという表現には程遠く、萎びて寂しいというか侘しい風景です。

 こんなのを野良ネコは食べるのかなぁと思って見ていると、アッキーが何かを見つけました。

 「なんかの足跡が付いてんぞ」

 なるほど、畝の中の所々に点々と小さい動物の足跡らしきものがあり、更に周辺をよく見ると、一部に小さい手で掘り

 返したような形跡もありました。

 でも、それだけではなんの動物なのか分かりません。

 「この辺ですと、野良ネコやモグラはおろか、タヌキだっているでしょうし、ムササビなんかもいそうですものね。

  何が出てきても不思議はありませんわ」

 「ムササビは土は掘らんだろ。

  ウサギとかアナグマなら掘るぞ、野菜とかも好きそうだしな」

 この状況で、曄ちゃんのお爺さんに対する不審は更に強くなりました。

 「でも、勝手に食い荒されてなんとも思わないのかな、あのお爺さん。

  せっかく作った作物なのに、まるで他人事みたいに言ってたわよ」

 「きっと、貴女と違って心が広い方なのですわ。

  自分と同じ尺度で人を見ない方がよろしくてよ」

 「すいませんね!、心が狭くて!

  明月はどう思う?」

 「俺に聞くな」

 「あなただって変に思うでしょ、あのお爺さんの態度」

 「まあ、確かにちょっと不自然な気もしたけどな」

 「違和感ありありよ」

 「もしかして、山から出て来た野生のタヌキかなんかに餌付けでもしてんのかな」

 「だったらそう言えばいいのよ、はぐらかす必要なんかないでしょ」

 「自然保護団体かなんかに知られたら文句言われる、とか思ってんじゃね」

 「じゃあ、あの妖気はどうなのよ。

  全然説明になってない」

 「んー・・、妖怪をタヌキと間違えた・・・、そりゃねーな(笑)」

 「ばか」

 アッキーのバカな発言を聞いて、私は、あの頭を思いっきりパコンと叩いたら気持ちいいだろうなと思いました。

 でも、澪菜さんはパコンではなくピーンと何か閃いたようです。

 「いいえ明月、その可能性は十分ありますわ」

 「そうか?」

 「そんなバカな、いくらなんでもそのくらい見分けがつくでしょ。

  有り得ないわ」

 「そうとも言い切れないわよ、曄。

  タヌキによく似た姿形の妖怪がいるのは貴女もご存知でしょ。

  簡単に否定するのはよくなくてよ」

 「なにタヌキって決めてんのよ、だいたいあのお爺さんに妖怪が見えんの?」

 「それは分からないけれど、今は確認する術もないし何も出来ないわ」

 「オッタン飛ばしてみる?」

 「おやめなさい。

  思い込みだけでの介入は、事態を複雑化させ収拾をより困難にする危険性もあると考えるべきよ。

  今は事を荒立てたくないわ、明日また出直しましょう」



 ☆



 その日の夜、桐屋敷家に帰宅した澪菜さんは、寿さんと雀さんから、例の農家のご主人の病状は妖怪からの影響による

 可能性が極めて高いという報告を受け、それを葵さんを通じて総本山に知らせ、お祓いの手配を進めてもらうよう取り

 計らいました。

 以降は、会の方で対処する事になります。

 農家の件はそれで収まりそうですが、問題はあのお爺さんとお婆さんの方です。


 そして翌日。

 再びあの家の付近を訪れた私達。

 状況は昨日と全く同じです。

 道行く人影もなく、ネコ影もなく、タヌキ影もなく。

 違うのは天気だけで、今日は曇っていて降水確率70%です。

 朝から薄暗いです。

 弥が上にも殺風景です。

 どんよりです。

 気分も下降線ですが、澪菜さんは、そんな私達に活を入れるかのように明るい笑顔を見せました。

 「今日こそは、どうにかしたいものですわね。

  明日もう一日お休みはあるけれど、この家の件は今日中に白黒つけておきたいわ」

 曄ちゃんは、その笑顔がお気に召さなかったようです。

 「なに嫌味ったらしく笑ってんのよ。

  だったら、なんであっちの農家と一緒に報告しなかったのよ。

  そうすればもう終わってたのに」

 「まだ何もはっきりとは分からない段階で、わたくしがそんな無責任な事をすると思って?」

 「妖気があったじゃない、それだけで根拠は十分よ」

 「でも、あのご夫婦に被害はない。

  向こうの農家は状況に明確な因果関係が認められたけれど、こっちのお宅の場合は、微かな妖気が感じられただけで

  他には何も証拠がないのだから、報告しようにも出来ませんわ」

 「じゃあ、なんか方法考えてんの?」

 「いいえ、特には何も」

 「ノープラン?、それじゃダメじゃない」

 「こういうケースはわたくしも初めてだから、思案のし甲斐もあるというものですわ」

 「ブッキーとスズはどうしたのよ、今日は来ないの?」

 「寿と雀は、通常のお仕事が終わってから合流する予定ですわ。

  あの方達は葵さんの支配下ですので、たとえわたくしといえども、好き勝手に命令したり自由に連れ回したりは出来

  ないのよ」

 どうりで、昨日よりちょっと静寂です。


 みんな黙ったまま昼尚淋しい道を歩いて、お爺さんとお婆さんの住む家が見える所まで来ました。

 特に何も変わったところはないようです。

 当然、なんの気配も感じません。

 果たして、あの小さい家の中に妖怪は潜んでいるのでしょうか。

 不意に立ち止まって、遠目からその家をじっと見つめていた澪菜さんが、唐突に後ろにいたアッキーの方へ振り向いて

 切り出しました。

 「明月は、電気には詳しいんですの?」

 「電気?」

 突然で、しかも全く脈絡の掴めないこの質問に、アッキーは目を円くしました。

 その素っ頓狂な顔が、なんとも笑えます。

 澪菜さんは、それを楽しんでいるかのようでした。

 「電流とか電圧、電極、電荷、電位、電気抵抗、電磁力、或いは電気回路、電気設備。

  単位で言うとアンペアとかボルトとかオームとか、法則ですとジュールとかクーロンとかファラデーとかですわ」

 「あー無理無理。

  あれだろ、ベンジャミン・フランクリンとか、右手だか左手だかの法則、誰だっけ」

 「フレミングですわ」

 「あーそうそう、そんなの俺に分かる訳ねーだろ。

  何言い出すんだ急に、なんのテストだよ」

 「いえね、あのアンテナ、直せるかしらと思って」

 「アンテナ?」

 その指差す先は、家の屋根の上にある傾いたテレビアンテナでした。

 「直すって、縦に真っ直ぐにすりゃいいのか?」

 「ええ。

  あの状態では、テレビに悪影響がないのかと思ったものですから、直して差し上げられないかと」

 いかに博学な澪菜さんも、さすがにお嬢様はテレビアンテナの設置まではご存知なかったようです。

 その点、アッキーは庶民です。

 「なんだ、そんな事か。

  それならウチでもやった事あるぞ。

  確かに、あれだとブロックノイズが出たり受信出来ない局があったりするかもな。

  電気っていうより電波の問題だ。

  プロじゃないんでたいした事は無理でも、角度直すくらいなら出来るだろ」

 「それは助かりますわ。

  わたくしも、理論は分かるのですけれど、実際の配線とかは得意ではありませんので」

 「別に配線までいじる必要はねぇだろ。

  そうなら最初っからすんなりそう言やいいんだ。

  クーリエだのフェデラーだのって言うからビビっちゃったぞ。

  フレミング・ラスムッセンなら知ってるけど」

 アッキーのジョークは笑えません、めっきり。

 はっきり言ってつまらないし、ギャグなのかマジボケなのかも分からないので、まともにリアクションも出来ません。

 困ったちゃんです。


 バカなアッキーが安請け合いしてもうたので、澪菜さんは喜び勇んで家の扉をノックしちゃいました。

 しかも、再び対面したお爺さんと挨拶も早々に、ぶっつけに屋根の上のアンテナを補修したいと申し出たものだから、

 お爺さんの驚きっぷりはたいそう見事でした。

 もちろん、お爺さんは丁重に断りましたが、それをむざむざ受け入れる澪菜さんであるはずもなく、中半強引に承諾を

 取り付けると、アッキーに必要な道具を聞いて無理矢理工具やら梯子やら針金まで借り受ける始末です。

 ちょっと弱り顔をしながら道具を手渡すお爺さんをよそに、澪菜さんは楽しそうに笑いながら、あれこれ率先して動き

 回っていました。

 家の裏側から屋根に梯子を掛け、登る準備を整えたアッキーが言いました。

 「誰か部屋でテレビの映りを見ててくれ。

  アンテナは方向を間違うと全然映らなくなるから」

 「分かりましたわ、妖怪の探索もお忘れなくね」

 「あ・・・、なるほど、そっちがメインなのか」

 マヌケなアッキーは、やっとアンテナ修理の真の目的を理解しました。

 実は、テレビが綺麗に映ろうが映りまいが、澪菜さんにとってはどっちでもいい事だったのです。

 いかにしてお爺さんに接近し、不安も懸念も邪推も抱かせずに家の内外で妖怪を探し出すかを考えていたのですから、

 これはすごくお誂え向きだったという訳です。

 まあ、少しくらいはボランティア精神もあったのかも知れませんが・・。


 その澪菜さんが家の中に入ってテレビの映り具合を逐一知らせる一方で、私と曄ちゃんは外に残って梯子を支えつつ、

 屋根に上がるアッキーの様子を下から窺っていました。

 そういえば、昨日と違って今日は、家の中にも外にも妖気の欠片も感じません。

 まるで、昨日のは錯覚だったのかと思ってしまう程、はたまた初期化したメモリーみたいにスッキリ消えています。

 もうどこかへ逃げてしまったのでしょうか。

 屋根の上のアッキーは、本気か適当か分からないけどアンテナを真っ直ぐに立て直し、左右に向きを振りながら携帯で

 茶の間の澪菜さんと話して方角を調整し、針金を張り直して屋根に固定する作業をしていました。

 一応、真面目に取り組んでいるかに見えますが、逆に言えば妖怪探しの方はなおざりと言わざるを得ません。

 結局、20分そこそこで修理を終えると、他には何もしないでさっさと下りてきてしまいました。

 ホントに役立たずな唐変木だなと思っていると、彼が曄ちゃんに向かってコソッと呟くように言うのが聞こえました。

 「屋根裏になんかいる」

 「な、なんかって何?」

 「たぶん妖怪」

 「ホントに?」

 「タヌキみたい・・・って言っていいのかな、毛だらけで丸っこかった」

 アッキーは本当に分かりません。

 いつの間に、屋根裏に潜む妖怪を見つけたのでしょうか。

 妖気も全く感じないのに、本当に妖怪なのでしょうか。

 曄ちゃんが疑問を持つのも当然です。

 「でも妖気なんかないわよ」

 「完全に消してるな、ありゃ」

 「じゃ、なんで分かったの?」

 「あの隙間からチョロっと見えた」

 「薺は?、何か感じる?」

 「全然」

 見ると確かに、古い家なので屋根と壁板の継ぎ目の所にちょっと隙間が出来ていました。

 アッキーによると、暗い屋根裏の梁などの陰に隠れるように、丸くなって縮こまった体の一部が見えたそうです。

 「あのフサフサの背中を見る限りは、普通の動物っぽく見えなくもないんだが、角度的に顔とか頭が見えないもんで

  どうかな」


 家から出てきた澪菜さんが加わりました。

 その表情は、さっきまでとは打って変わって真剣そのものでした。

 「やはり、いたんですのね。

  妖怪に間違いはありませんの?、妖気は全く感じないけれど」

 「まあ、状況的にっていうか、経験的にっていうか。

  そこにいるのに気配がないってのは普通の動物じゃ有り得んし、あの隙間じゃ動物の出入りにはまず狭過ぎる」

 「なるほど、仰る通りですわね。

  他に通用口がない限り、物理的には不可能ですわ。

  一匹ですの?」

 「分からんけど、たぶん」

 確認したのはアッキーだけですが、この家の中に妖怪がいるのは間違いないと分かりました。

 では、ここからどうするか、曄ちゃんが澪菜さんに聞きました。

 「どうするの?、退治しちゃう?」

 「退治までは出来ないけれど・・・。

  暫し様子を見ましょう、お腹が空きましたわ」

 「はあ?

  あんた、こんな時に昼ご飯?」

 「短気は損気ですわよ曄。

  諺にもあるでしょ、源氏も平氏もまずは食、銀舎利無くして兵動かず、良策は腹拵えに如かずって」

 「今作ったわね、それ」

 腹が減っては戦は出来ぬって言いたいらしいです。

 素直にそう言わないのはなぜなんでしょう。



 ☆



 食事と言っても、この集落には飲食店がありませんので、隣りの町まで行く事になります。

 国道沿いにある和食レストランでお昼を食べていると、そこに寿さんと雀さんが合流しました。

 アッキーがあの家で見たものは、さすがに知識の豊富な寿さんでも予想の域を超える事が出来ませんでした。

 「毛むくじゃらの妖怪ですか・・・。

  そんなに大きくないって事は、猫股や狐、狸のような動物型でしょうか。

  貂、獺、狢、野衾、野干・・・、或いは小玉鼠かな?」

 「その中に、人に無害なものっていますかしら」

 「うーん・・・、いない、でしょうね」

 「ならば一層、住人になんの被害も影響もないというのが解せませんわ。

  あれが、何を望み何を目的にして、あの屋根裏に潜んでいるのかが知りたいところですわね。

  でなければ、どう報告すべきかも判断がつきませんわ」

 「報告しないんですか?」

 「それを任務不履行と言うんですのよ。

  減点どころでは済みませんわね、願い下げですわ」

 「じゃあ、お嬢様はどうしようとお考えなんですか?」

 「そうですわね・・・・」

 澪菜さんは、注文した特上生湯葉御膳セットにもほとんど手を着けていません。

 ずっと悩んでいるようです。

 自分達で退治したり出来ないというのが、ネックになっているのかも知れません。

 曄ちゃんが決断を促しました。

 「なにいつまでも悩んでんのよ。

  どうせあたし達が退治する訳じゃないんだから、さっさと報告しちゃえば済む話でしょ」

 私も同感です。

 寿さんも同調します。

 「そうですね。

  妖怪が潜んでいるのが確実なら、なるべく早く報告すべきだと思います」

 でも、澪菜さんは同意しませんでした。

 「それだけでは、わたくしの溜飲が下がりませんわ。

  まだ何かが見えていない、そんな気がしてならないのですわ」

 暴れん坊将軍の松平健みたいな険しい顔をすると、腕組みをして目を閉じ、椅子にもたれて考え込んでしまいました。

 こんな澪菜さんは珍しいです。

 普段はマツケンサンバの松平健です。

 午前中は元気だったのに、ちょっと疲れているようにも見えます。

 そんな時、茶碗蒸しを頬張りながら雀さんが呟いた疑問は、素朴にして実に難解でした。

 「一体さ、いつからそこに棲んでるんだろうね、そいつ」

 この疑問に答えられる人は、ここには一人もいませんが、これが澪菜さんに何かを踏み切らせるきっかけになったのは

 確かです。

 「少し、脅かしてみましょうか」

 そう言った澪菜さんの目には、いつもの派手派手金ピカ着流しステージ衣装の如き輝きが戻ってきていました。



 ☆



 言葉の意味について、意味深な笑みを見せるだけで何も説明してくれなかった澪菜さん。

 いつものちょい意地悪お嬢様です。

 現場に戻ったその金髪ちゃんは、なんの前触れもなくいきなり私に命令してきました。

 「薺、あの家をまるごと結界で囲ってちょうだい。

  なるべくはっきりと分かり易い、けれど人には判らない結界。

  出来ますわよね」

 「・・・どのくらい?」

 「家屋が収まれば結構よ、種類や規模は貴女にお任せしますわ。

  時間は、わたくしの予想が正しければ、5分、ないしは10分で決着するはずよ」

 「うん、分かった」

 私は、澪菜さんが要求しているのは普通の結界ではないんだなと直感しました。

 何をしようとしているのかは分からないけど、5分か10分くらいならなんとかなるだろうと思いました。

 曄ちゃんが、訝りながら澪菜さんにその真意を質します。

 「ちょっと澪菜、結界なんかで何するつもりなのよ」

 「フフ、分からないかしら、妖怪を引きずり出すのよ。

  いきなり結界に閉じ込められたら、さぞかし肝を潰す事でしょうね」

 「そんな事して大丈夫なの?、攻撃してくるかも知れないわよ」

 「いいえ、恐らくそれはないわ。

  もし、相手にその意思があるのなら、もっと早い段階で行動していていいはずよ。

  最初に訪れた昨日の時点で、わたくし達の気配には気付いていたはずだから、攻撃まではないにしても、なんらかの

  リアクションがあって然るべきですわ。

  でも動かなかった。

  向こうに攻撃の意思はない。

  その証拠に、今日は完全に気配を消してその存在を隠そうとしていたでしょ」

 「それでも攻撃してきたら?」

 「その時は、近畿豹変ですわ」

 「臨機応変だよバカ、あんたわざとやってるわね」

 「フフフ、曄も準備は怠りなくね」


 空はいよいよ暗くなり、雨が降り出すのはほぼ時間の問題です。

 私は、もう少しの間降らないでいてくれるよう心の中で願いました。

 まだまだ修行中の身なので、雨に降られると集中力が削がれて、結界の強度を維持するのに影響が出てしまうんです。

 曄ちゃんは、妖怪の攻撃に備えて竹光を用意していました。

 私は、澪菜さんの合図で、家と私達を包むように四角い結界を張りました。

 この時、私が使ったのは蒙申ぼうしんという結界で、中学の時修行で訪れた九官寺の岐周法師に授かった術です。

 通常の見えない結界とは違い、それを幾重にも重ねて多層構造を持たせる事で、中からの外側の視界をコントロール

 出来るようにするものです。

 層を増やせば、それだけ透過率が下がり遮蔽度が高くなります。

 もちろん、普通の人には何も見えないし気付かないのですが、中にいる私達には外の景色が見えません。

 真っ暗という程ではないけど、それに近い暗さにはなります。

 とても特殊な結界なので、やってる本人は結構疲れるんです。


 結界を張るとすぐに、家の中で何かが変わり始めました。

 お爺さんとお婆さんの気配に変化はないものの、その他に新たな気配が生じてきたのです。

 昨日感じた動物みたいな気配と同じようなものです。

 アッキーが見た屋根裏の毛むくじゃらの気配だろうと思います。

 結界に閉じ込められた事を察知したのでしょう。

 そして、なにやら聞き慣れない、低い微かな音がどこからか聞こえてくるようになりました。

 なんの音なのか、どこで鳴っているのか、分かりません。

 妖怪の暗号通信か、救難信号か。

 私が結界を張った事で、相手に対し攻撃の意思表示をしたと解釈されてしまったら、どんな反応が返ってきても不思議

 ではありません。

 アッキーと曄ちゃんが囁きました。

 「なんか・・聞こえるな」

 「この音なに?」

 動物の呻き・・・のようにも聞こえますが、黙って耳を澄まして集中していた澪菜さんが会話を制止しました。

 「シッ、静かに、人の言葉ですわ」

 みんな、緊張して耳を欹てました。


 ===・・・待ってくれ・・・・・、攻撃しないでくれ・・・、ワシは何もしない===


 確かに、言葉が聞こえてきます。

 小さい上に、糸電話のようなかなり籠もった不自然に反響する声で、余程注意しないと正確に聞き取れないのですが、

 間違いなく人間の言葉です。

 ただこれは、明らかに家の中にいるお爺さんとお婆さんの声ではありません。

 声質がまるで違います。

 とすれば、後は妖怪しかいません。

 澪菜さんが、それを確認するように話しかけてみました。

 「人の言葉が分かるんですの?」

 ===分かる===

 「それは好都合ですわ、貴方は誰ですの?」

 ===名など無い===

 「屋根裏にいる方ですわね」

 ===そうだ===

 やはりそうだったでした。

 妖怪は神通力を持っていたのだったのです。

 これは意外、というか私は全く考えてもいませんでした。

 人語を解する妖怪がいるとは聞いていましたが、接触するのは初めてだったからです。

 そんな私の驚きも関係なく、澪菜さんは、その正体よりも遙かに知りたい事を聞くのに躊躇しませんでした。

 「なぜ、そこにいるんですの?」

 ===山が騒々しくてな・・・===

 思った通りでした。

 温泉の工事は、山の住人達には全然有り難くなかったようです。

 「お清めの影響ですの?」

 ===いいや、ワシのいた室の辺りには及んでいない。

    ただ、そういう所から逃れてきたもの達が増えるにつれ、それが煩わしくてな。

    静かで安心して休める場所を求めて、里へ出て来てしまった時にここに辿り着き、一時の間拝借している。

    人の邪魔をするつもりは毛頭無い。

    等閑にしておいてさえくれれば、いずれは立ち去ろう===

 「その言葉、信じてよろしいんですのね」

 ===言葉は違えない。

    ここの老番は友好的だ。

    ワシをそこらの獣か何かと思い違いをしているようだが、食べ物を恵んでくれる以外は特に何をするでもなく、

    穏やかにしてくれるので居心地がよくなってしまった。

    迷惑をかけるつもりは無かったのだ===

 「貴方の他には誰もおりませんの?」

 ===おらぬ。

    幾ばくか前に、他所の山から見知らぬ物の怪が来た事があったが、さっさと追い散らしてやった===

 「その妖怪は、今どちらに?」

 ===知らぬ===

 「なるほど、そういう事ですの・・・。

  分かりましたわ。

  貴方が決して人に危害を加えないとお約束いただけるのであれば、これ以上は何もしませんわ。

  初めから荒療治は本意ではありませんでしたので。

  それから、わたくし達が取った行動は、そちらにお住まいのご夫婦とは一切関係ないと申し添えておきますわね」

 そして私に命じたのです。

 「薺、結界解除ですわ、もう結構よ」

 即座に曄ちゃんが反応しました。

 「そんな簡単に信じちゃっていいの?

  相手は妖怪よ、何するか分かんないのよ」

 「構いませんわ、武士に二言はなくてよ」



 ☆



 結局、私は澪菜さんの命令のまま結界を解き、みんなでその場から少し離れたのですが、曄ちゃんはどうしてもその

 対応が納得出来ない様子でした。

 可愛いアヒル口で不満タラタラです。

 「あそこまでやっておいて、何もしないで放ったらかしなんて信じらんないわ」

 逆に、澪菜さんはすごく満足げで、表情はスッキリキラキラです。

 「言ったでしょ、わたくし達は直接手を下してはならないのよ」

 「どんなヤツか確認するくらいはしたっていいじゃないの」

 「必要ありませんわ。

  コミュニケーションが取れると分かっただけで十分よ。

  おかげで、なぜあそこにいるのか知る事が出来たんですもの。

  邪悪で危険な妖怪でもなさそうですしね」

 「ホントに信じるの?」

 「疑う理由が見つかりませんわ」

 「お人好しね、もっと慎重に考えるべきだわ」

 「冷静に考えるのは貴女の方よ。

  あの妖怪は既に数ヶ月もあそこに棲んでいるのよ。

  それなのに、なんの悪影響も与えないばかりか、他の妖怪を追い払ったりもしていますわ。

  恐らく、その追い払われた妖怪が、例の農家の方に居座った可能性が高いのでしょうね。

  こちらのご夫婦は、屋根裏の来客に感謝せねばなりませんわ。

  不眠に悩まされずに済んだんですもの」

 「それが本当ならね」

 「別に、状況と一致しない点は一つもありませんわ。

  それに、初めから相手を脅かす為の結界だったんですもの、目的が達せられたらすぐに解放するつもりだったのよ。

  最悪、逃げられてしまう可能性もあったけれど、たとえそうなったとしても追うという考えはなかったわ」

 「よくそんな事する気になったわね」

 「レストランで雀が言ったでしょ、一体いつから棲んでるんだろうって。

  その時思ったのよ。

  分からないものは、ただ座して考えているだけでは、いつまで経っても分からない。

  ならば、直接本人に確かめればいい。

  けれど、相手が天の岩戸状態ではそれは叶わないし、強引にでも出てきてもらうしかありませんわ。

  そこで、薺の結界を起爆剤にしようと考えたのよ。

  差し詰め、アメノウズメならぬアメノナズナといったところかしら。

  神通力を持つ妖怪で本当に助かりましたわ。

  もしかしたら、わたくし達では到底拮抗し得ない強い妖力の持ち主だったのかも知れませんわね」

 「ずいぶん思い切ったわね。

  言葉の通じない妖怪だったらどうする気だったのよ」

 「まあ、ちょっとした賭けですわね。

  わたくしのスイカズラも貴女の鎌鼬もそうだけれど、動物型は人語を解するものが多いですもの。

  失敗したら、その時は笑って誤魔化しますわ」

 「あんた、ホントに報告する気あんの?」

 「報告はします。

  報告はするけれど、特に対策を労する必要はないと付け加えるつもりですわ。

  後は、会がどう判断するかですわね。

  わたくしの意見を酌み取っていただけると嬉しいのだけれど」


 そこへ、寿さんが興味津々で割り込んできました。

 「で、どんな妖怪だったんですか?、お嬢様。

  タヌキみたいでしたか?」

 「いいえ、姿は現しませんでしたわ」

 澪菜さんはそう言いましたが、実は、私は見ていました。

 「・・・最後にちょっと顔出したよ」

 「そうなんですの?」

 「・・結界を解いたすぐ後」

 「それは気付きませんでしたわ、寿は見てないんですのね」

 「はい、さっぱりです。

  ウーンウーンっていうような低い小さい音は聞こえてたんですけど・・、スズちゃんは?」

 「私は、もうさっぱりどころかなんにも聞こえないんで、最初は澪ちゃんの独り言だと思ってたよ」

 「あーあ残念、どんな妖怪か見ておきたかったな・・。

  今からこっそり見に行こうかな」

 「おやめなさい寿、これ以上刺激しては気の毒ですわ。

  明月は見たんですわよね」

 「でもちょこっとだけだぞ」

 「では、帰ったら絵に描いて差し上げたら?」

 「あー、俺絵とか全然ダメだから」

 「曄は?」

 「あたし見てないもん」

 「薺は?」

 「・・・バイキ○マンなら描ける」

 「版権キャラは要りませんわ」


 そうこうしているうちに、とうとうプツプツ雨が降り出しました。

 澪菜さんは濡れるのを嫌って早々に撤収を決意し、陽が落ちる前に帰宅の途につきました。

 その車中・・・。

 「さあ、後はハロウィンパーティーね、楽しみですわ」

 「だめよ、すぐ期末試験があるんだから、そんな暇ないわ」

 「曄、そんな口上で逃げ果せるとでも思って?

  絶対許しませんわよ、貴女はパーティーのメインディッシュなんだから」

 「メインディッシュってなに!」

 「あら失礼、間違えましたわ、メインゲストでしたわね。

  では、これからは貴女をロサ・キネンシス・アン・ブゥトンと呼ぶ事にしますわ。

  光栄でしょ」

 「意味分かんない」

 澪菜さんは時々、いきなりトンチンカンな事を言う時があります。

 理解出来ないのは私だけなのでしょうか。

 こっそり曄ちゃんに聞きました。

 「澪ちゃん、壊れた?」

 「・・・そうね、完璧にイカれたわね」

 曄ちゃんも呆れ顔だったので安心しました。

 アッキーを白馬の王子様にしてしまう、的外れなヘンテコお嬢様のヘンテコ妄想は健在です。


 その後、翌週以降の調査でも新たな妖怪を発見するには至らず、そのまま予定の範囲の調査は終了しました。

 かの屋根裏の妖怪については、澪菜さんの報告を受けた総本山側ではすぐにお祓いとかはせず、暫くは経過観察処分と

 して変化がないか見守っていたそうですが、何も起こらないままいつの間にか消えてしまっていたそうです。

 言葉通り、人に対しては無害な妖怪だったのかも知れません。

 妖怪って、悪いのばっかりじゃないんですね。

 という事で、じゃあそろそろ締めようか

 よよよい よよよい よよよい よい

 めでてぇな

 へい!

                  薺より

                                       第4話 了


次話は新展開・・・の予定。

掲載日は未定・・・の予定。

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