第2話 ロケ地探訪
DISPELLERS(仮)の Ⅱ
2.第2話 ロケ地探訪
明月の抱いた不安の通り、薺が面倒を運んできた。
彼は、曄と二人で駅に向かって急ぎ足で歩いていた。
薺とあさひは、舘長依子を尾行して既に駅の方へ先行しているが、そこからどうするのかは全く分からない。
電車に乗るとは限らないし、乗るとしても上下線のどっちなのか、依子の自宅の住所すら知らないのだ。
「駅行ってどうすんだろーな」
「分かんないわ。
だから、こまめに連絡するようにメール返しといたんだけど」
そこへ薺からメール。
「今度は電車に乗るってさ」
「まずいな・・・。
どこまで行く気なんだ、そんなに金持ってねーぞ、俺」
「この時間からじゃ、そんなに遠くまでは行かないでしょ。
とにかく急ぐわよ」
二人が駅に着くのとほぼ時を同じくして、再度薺からメールが届き、すぐ隣りの駅で降りた事が報告された。
(なんだ、隣り町か)
それを聞き胸を撫で下ろした万年金欠の明月は、曄と共に一区間分の切符を買って後を追う。
彼女と二人で電車に乗るのは初めてだった。
その事に気付いた時、明月は瞬く間にそれまでの煩わしさを忘れた。
普段ならなんて事ないはずなのに、彼女といるというたったそれだけの事で、全く別の世界に足を踏み入れたような、
映画か何かの登場人物になってしまったかのような錯覚に陥ってドキドキワクワクする。
他の乗客の視線を気にしつつ、彼等の目には自分達がどう映っているのかを考えると、なんだか照れくさいというか、
嬉しいようで背中がむず痒い。
曄の方はいつも通り、無表情で流れる車窓の景色を眺めているだけなのに、ただその横顔を見ているだけで、落ち着く
というか、心が安らぐような気分になれた。
たった数分、一駅の間だけのデート気分。
静かな高まりを禁じ得ない時間だった。
隣り町の駅で電車を降り、改札口を出てみると、そこに薺とあさひが待っていた。
途端に現実に引き戻される。
(あれ?、尾行はやめたのか?)
と思うと、二人の横に、同じ制服を着た、明らかに追尾の対象者であろう舘長依子と思しき人物が立っている。
(なんだ、もうバレてんのか)
緊張感に欠ける明月と違って、曄は、ちょっとお姉さん口調で苛立つ感情を薺に当て擦った。
「もう探偵ごっこは終わりなの?、薺」
「・・・バレちゃった」
気まずそうに照れ笑いをする薺の横から、割って入るように依子が話しかけてきた。
「当たり前よ、あんな見え見えの尾行」
体に馴染んだ、いかにも3年生らしい制服の着こなしだけで貫禄を感じさせる依子は、黒髪のセミロングに赤い細縁の
メガネをかけた地味めな感じの人で、あさひの言う大らかで茶目っ気のある人とは少しばかりイメージが違う。
典型的なクラス委員長か生徒会長みたいな知性的な感じだし、ピリピリしたような尖った雰囲気もない。
「久しぶりね、聖護院さん。
ごめんなさいね、ウチの丼が余計なお願いしちゃって。
話は聞いたわ。
私に霊が取り憑いてないか見たいんですって?」
腰に手を置き上から目線で言い寄る彼女に対し、曄は珍しくちょっと腰が引けているように明月には感じられた。
合宿への参加要請を断った事に引け目を感じているのだろうか。
「あ、あたしは見てもしょうがないのよ」
「そうね、それは不要だけど丁度いいわ、聖護院さん。
あなたの霊感、見せてもらうわよ。
ついてきて、霊界探偵さん」
「だから、あたしは違うんだって」
威勢の悪い曄の返事を無視して、依子は駅を背にするとスタスタと歩き出した。
慌ててあさひが後に続く。
「あ、どこ行くんですか先輩」
「映画の撮影現場よ」
「現場検証ですか」
「まあ、そんなところかな」
「行った事なかったんですか?」
「もう何度か行ってるわ」
「じゃあ、なんでそんなに何回も行くんですか?」
「現場百回よ。
なんとかして、あの白いのの正体を知りたいと思ってね。
でも、今日は聖護院さんがいるから心強いわ」
「なんで部活出ないんですか?
みんな待ってますよ」
「副会長には言ってあるわよ、暫く休むって」
なるほど、人の意見に耳を傾けず自分の思ったまま行動して周囲を振り回す、こういうある意味澪菜的な部分を持つ
人が曄は苦手なんだ。
彼女自身が基本的にそういう性格だから、他人から同じ事をされると無意識に拒否反応が出てしまうんだろう。
(近親憎悪ってヤツかな)
一見、部長らしからぬ身勝手な性格なのかと思えなくもないが、彼女には、自分自身のプライベートな事情であって、
公的な立場とは違うんだという言い分もあるようだ。
曄は、続いて歩き出そうとする薺の肩を叩いて、小声でそっと聞いた。
「どうなの?、憑いてる?」
「ううん、何も感じない」
「そう・・・」
依子には、霊も何も憑いていない事がはっきりした。
薺が言うんだから間違いない。
明月も何の気配も感じなかった。
これで、あっさりあさひの頼みは達成された訳で、もうこれ以上つき合う必要はどこにもない・・・・はずなのだが、
薺はすぐに帰ろうという気にはならなかった。
理由は、あさひの方がまだ問題は解決していないと感じていたからである。
依子と同様に、白いものに興味があるだけではない。
その依子がなぜそこまでこの件に関心を寄せるのか、その深層にあるものにそそられた。
霊に取り憑かれた訳でもないのに、普段と違う行動をとらねばならない事に疑惑を感じた。
それが、ミステリー研究会ならではの好奇心だけならば、それはそれで構わないし好きなようにさせておけばいいが、
あさひを含めた部員達にも話さない事に、合理的な事情などというものがあるのだろうか。
どうせ、最終的には“なんだ、そんな事か”という落ちになるような話だとしても、関わってしまった以上は知りたい
と思うのが素直な気持ちだ。
あさひが追求をやめない限り、薺もそれに追随する気でいるのは聞くまでもない。
その薺の意を汲んで、せっかくここまで来たんだからもうちょっとつき合ってみるか、という気分に傾いていた。
明月と顔を見合わせた時の曄の表情はそんなだった。
(やれやれ、めんどくせ)
依子の先導で、駅前から続く商店街を歩く。
彼女の話によれば、例のシーンの撮影は、町外れの山の麓にある高台公園の一角で行われたらしい。
そんな、子供もよく利用するような公共の場所で、心霊現象なんか起こるんだろうか。
明月は半信半疑というより殆どどうでもいいと思っていたし、曄もまた深刻に受け止めていないような顔をしていた。
また、先輩に霊が取り憑いていない事を知り安堵したのか、あさひはそれまでよりかなり表情も明るく陽気になって、
依子に話しかけたり、薺と一緒になって立ち並ぶ店を見て無邪気に燥いだりしている。
こっちの二人は呑気に行楽気分か。
「あ、たこやき売ってるよ、薺ちゃん」
薺が、珍しく明月に笑顔を向けた。
「アッキー、たこやき買って」
「誰が買うかよ、食いたきゃ自分で買え」
「・・・ケチ。
せっかくいい人に格上げするチャンスあげようと思ったのに」
「動物かお前は」
(食い物くれる奴はみんないい人か)
それを見て曄が笑う。
「いいじゃないの、買ってあげれば。
あたしも食べたい」
「フン、人の評価を金で買う気はねーよ。
それに、今月はピンチなんだ。
先月はなんやかんやでちょこちょこ金使ったからな、携帯代が払えねー」
(夏休みの落とし穴だな
気も緩めば財布の紐も緩む)
☆
高台公園、
そこは、山裾に広がる、緩やかなうねりを見せる丘陵地の斜面の地形をそのままに、牧草地のようなだだっ広い草原が
あるだけの長閑な場所だった。
昭和の時代までは、気象観測用の国有の施設があった所だそうで、施設の閉鎖に伴い町に払い下げられたものを、公園
として整備したのだそうだ。
麓の駐車場の付近に遊歩道や花壇、公衆トイレがある以外は取り立てて特別な物もない、大して面白味のない場所では
あるが、周辺には桜の木が何本も植えてあり、花見の季節にはそこそこの賑わいを見せる。
地元の衆にはそれなりに知られた場所でもあり、実は、明月も小学生の時分には、遠足や写生会などの学校行事で一度
となく訪れた事のある所ではあった。
今は、花見客も小学生の団体もおらず、ただ赤トンボの集団だけが静かに空を舞っている。
ここでの心霊現象は初耳だ。
公園の一番端、園内の最も標高の高い所に、木製の柵で囲われて平坦に整地された区画がある。
明らかに人工的に手が加えられた形跡があり、斜面に盛土して地面を平らに均し、以前はそこに何かの建造物があった
のだと容易に想像出来るが、今は特に規制があるでもなく、誰でもコンクリートの階段を上って行くと、そこには柱と
屋根だけの小さな東屋風の休憩所がある他は芝生だけで、そこから公園全体と町が一望出来るようになっている。
撮影はここで行われた。
「そうよ。
たぶん、この辺から、向こうの山に続くそこの森を背景にして立っている千佳を・・、真池さんを撮影してたのよ」
柵のすぐ手前に立ち、森の方へ向けて両手を広げながらカメラのアングルを再現する依子。
やはり、彼女は例の映像を見ていた。
「そして、その森の一番手前の木の枝の下辺りから、ぼんやり白いのが浮き上がるみたいに映ったの」
リアルに心霊現象があった事を知り、あさひはちょっとビビった。
「あの辺ですか・・・」
「ええ」
「撮影中って事は、真っ昼間ですよね」
「でも曇ってたみたいよ。
本当は、ここで夕日を見るシーンを撮りたかったらしいけど、夕焼けの太陽は別で撮って編集で繋ぐ事にしたって
言ってたから」
「誰がですか?」
「島ヶ原君、映研の部長よ」
「白いのって、オーブか何かみたいのですか?」
「違うわ。
煙か霧みたいな、半透明っぽい感じだったかな。
ちょうど人と同じくらいの大きさで・・・、確か2、3秒くらいだったかな、すぐに後ろの森の陰の中にスーッと
消えてったけど」
「やっぱり幽霊・・・」
「かもね」
「こ、怖・・・(汗)」
あさひは、ブルッと鳥肌を立てて、側にいる薺の小さい肩に縋るように体を寄せた。
薺は、真剣な顔でその森の木々に気を集中させていた。
曄が確認する。
「どう?、なにか感じる?」
「うーん・・・」
周囲の期待に反して、薺の反応は鈍かった。
どうも、霊気の類は感じないらしい。
通常、霊の出現場所というのは、空気の流れが悪かったりして気が澱んでいるような所が多く、薺のような能力者には
簡単にその見分けがつくはずなのに、この歯切れの悪さは、この付近に霊はいないという事か。
もう、どこかへ行ってしまったのか。
明月は、黙ったまま森から山へ続く稜線を眺めていた。
また一人で勝手にぼんやりしてる・・・、曄は初めそう思ったが、目敏く彼の黄昏れた表情に普段とは少し違うものを
感じ取った。
退屈そうに見えるその眼の奧の輝きがちょっと違う。
「なにかあるの?」
彼は、山の方を向いたまま小さく呟いた。
「なんて言うか・・・、あんまりよろしくないねぇ」
「なにが?、なにかいるの?」
「いや、なんもいない・・・、ここにはね」
「ここには?」
「ああ、でも山ん中にはなんかいるよ、たぶんね」
「ホントに!?」
自分の言葉を確実なものにする為、彼は一人で森の方へ近付いてみた。
平らな地面と森の境界にも木の柵があるが、こっちは背の高い雑草に覆われている上に蔓が複雑に絡み付いたりして、
一部朽ち果てて壊れているのに全く補修もされておらずに放置されている。
その先の森は、獣道すらない雑草だらけで何も見えず、奥行きさえ感じられず、さすがに足を踏み入れる人もいない
から、修理の必要もないのだろう。
しかし、そこから錯覚かと勘違いする程の、微かな妖気の残り香のようなものを感じる。
それも、恐らく邪気に類するもの。
なにかの妖怪がこの辺をうろついていたのは間違いないと思われた。
子供の時に来た時は、何も感じなかったのに・・・。
(引っ越してきたのかな?)
明月が何かを感じ取った反面、それはあまりに微弱過ぎて薺でさえ感知出来ない。
薺は、彼の事を、気が付けばいつの間にか砂糖に群がっているアリの如き嗅覚の持ち主なのでは、と思った。
自分にも分からないものを、彼に感じ取るだけの力があるとは到底信じられなかった。
ただの、曄の太股やおっぱいをエロエロ目線で見つめる以外に能のない、スケベで役立たずな曄ファンクラブ会員番号
15,282番に過ぎないと思っていたから。
横にいる曄に聞いた。
「アッキーに分かるの?」
「明月は、妖気の感度だけはいいからね、ずば抜けて」
曄は、まるで自分の事のように、ちょっと自慢げに返した。
その時の、なんとも嫋やかで優しい微笑みは、薺にとっては嬉しくない感情を呼び起こすものだった。
あんな変態野郎に全幅の信頼を置いている曄の姿なんて見たくない。
そんなの曄ちゃんじゃない。
曄はもっと颯爽としていて気高く、何者にも靡かない強烈な“個”を持っていなければならない。
美しきこと花の如く、華麗なること蝶の如く、勇敢なること長谷川平蔵の如く!
超人的破壊力で強きを挫き、慈愛に満ちた微笑で弱きを助ける、まさに女神。
それなのに、明月と一緒にいる時の彼女を見ていると、どんどんそのイメージからかけ離れて行くように映る。
平凡な、一人の少女に成り下がってしまう。
あの、天使の如き屈託のない素敵な笑顔は、明月の前でしか見せてくれないのだ。
それが許せない。
だから、明月が嫌いだ。
薺にそんな風に神格化されているとは露知らず、曄は明月の方を向いた。
「って事は、山にいるのは妖怪って事になるわね・・・。
そうなの?、明月」
「お化けは知らんけど妖怪はいる。
ちょっとヤバめの奴かも。
こりゃ暗くなる前に帰った方が利口だな」
「ヤバめって、どのくらい?」
「そーだなー、あんたぐらい」
「笑えない」
「他に比較対象いねーもん」
「だからって、あたしと妖怪一緒にするな!」
「正直、どのくらいかは俺にもよく分からん。
うっすら感じる程度だからな」
「そうならそう言いなさいよ、ばか」
話が妖怪となると、曄の態度は一変する。
それまでの、のんびりした気分とは打って変わって、危険な奴という言葉に気を引き締めた。
一方、それは依子にとっては思いも寄らない展開だった。
彼女には霊感はなくとも、映像という動かぬ証拠を見てしまったせいもあって、ここに質の悪い霊がいるという確信に
近い予感はあったのだが、妖怪という名が出てくる事は考えてもいなかった。
霊の存在を確認出来たら、除霊も含めてその対処法を模索しなければならないと思っていたのに、それが霊でなく妖怪
なのだとしたら、一体何がどう変わるのだろう。
彼女は、懐疑の念を抱きつつ、いきなり想定外の事を言い出した明月に問いかけた。
この人は、霊と妖怪の明確な識別が出来るとでもいうのだろうか。
「妖怪ってどういう事?、あなたは誰?」
明月は、面倒臭そうな顔で答えた。
こういう興味の持たれ方は好きではない。
「ただの坊主の息子っすよ」
「そ、そうなの・・・?
じ、じゃあ、あの白いものが妖怪って本当なの?」
「さあね。
映像見た訳じゃねーから」
「でも、ここには妖怪がいるんでしょ?」
「ここっていうか、この辺の山ん中の話っすよ」
「どうして分かるの?
幽霊とは何が違うの?」
「なにがって言われても・・・、なんとなく」
「どんな妖怪なの?」
「さあ、どんなんでしょ」
「河童とか、一つ目小僧とか」
「そんな分かり易いもんじゃねーでしょ」
「座敷童子とか轆轤首とか」
「だから、分かりませんて」
「お祓いとか退治とか出来るの?」
「俺には無理っすよ」
堰を切ったように矢継ぎ早に質問をぶつける依子。
ミステリー研究会特有の好奇心に火が着いてしまったようだ。
明月は、この手の質問をされるのが嫌いだった。
どう答えていいか分からないし、どう説明すれば理解されるのか分からない。
風邪の症状を誰かに訴えるのなら、大概の人は同じ経験があるので共感を得るのは容易いが、妖気を感じるというのは
感覚の問題だからそう簡単にはいかない。
理論や経験則の話ではないのだから。
要するに、面倒臭い。
(あーあ、余計な事言うんじゃなかった・・・)
明月の投げ遣りな態度が余計に煽ってしまったのだろうか、依子は次第に不安げな顔をし始めた。
それまでの堂々とした彼女とは見違えるように、うろたえながら曄の側へ行った。
「どうしよう・・・。
もしそうだったらどうしよう。
ねえ、どうしたらいいの?、聖護院さん(汗)」
「あたしに聞かないでくださいよ。
てか、なんでそんなに慌てるんですか」
急に弱々しくなった依子を見て、あさひも理由もなく不安を掻き立てられた。
こんな表情の依子は見た事がなかった。
良からぬ思いが頭に浮かんだ。
「もしかして、誰かが取り憑かれてるんじゃ・・・(汗)」
依子は、下を向いて搾り出すような声で呟いた。
「千佳よ」
「せんか?」
「千佳が・・・、何かに取り憑かれてるのよ・・・」
☆
「千佳とは1年生の時同じクラスだったから、全く知らないって訳じゃない。
仲が悪いって訳でもなかったし、あの子がどんな子かは知ってるわ」
依子が、その心中を話し始めた。
「もの凄く可愛くって、なにせ入学したその日のうちに、たった1日でクラスの男子全員の注目の的になっちゃった
くらいだもの。
どこにいて何をしててもいつも一人だけ目立つんだけど、なのに千佳は全然気付いてないみたいに自然に振る舞って
たわ。
慣れてしまっているのか、それとも当たり前だとでも思っているのか。
それが、逆に男受けを狙ってわざとやってんだなんて陰口言う人もいて、私も初めはそんな風に見てたけど、話して
みたら全然そんな事はなくて、おっとり系の天然ボケでなんだか見てて放っとけなくなるのよ。
私はクラス委員長だったせいもあって、いつの間にかなんやかんやで世話を焼いたりしちゃってたわね。
千佳も私を慕ってくれて、事ある度に私に相談したり報告に来るようになってたから、よくしゃべったわ。
おかげであの子の性格はよく知ってる。
素直で裏表のない、いい子なのよ。
目立ちたくて目立ってる訳じゃない。
見た目のおかげで得してるっていう自覚は持ってるけど、決してそれをひけらかしたり鼻にかけたりしないし。
ドジっ子なのは天性なのよ。
2年生になって別のクラスになった後は、あまり構う事もなくなったけど、千佳は相変わらずだったみたい。
周りに流され易い子だから、誰かに唆されてアイドルのオーディションなんか受けたりしちゃって」
(衣枝に聞いたのとはずいぶん違う感じだな・・・)
「それが今年、夏休みのウチの部の合宿が終わって暫く経ってから、同じクラスで映研の部長の島ヶ原君に相談を持ち
かけられて、学校へ行って部室で話を聞いた時、その映画の主演が千佳だって知ったのよ。
そして、編集中の映像を見せてもらって、千佳の背後にぼんやり浮かんで消えた白いものを見て、これはちょっと
ヤバいなって思った。
完全に霊だって思ったから。
で、聞いたらその映像の事を知ってるのは、島ヶ原君と一緒に編集作業してた副部長と、千佳だけだって。
その時、その場に千佳はいなかったんだけど、映像を見た時の千佳はびっくりして、慌てて削除してって島ヶ原君に
頼んだんだって。
島ヶ原君は当然カットするって答えたんだけど、千佳はカットじゃなくてデータそのものを消去してって怒るように
訴えた。
それも相当の剣幕で。
気持ち悪いのは分かるけど、千佳があんまり強硬に言うもんだから、本当にそこまでする必要があるのかなって心配
になって、島ヶ原君が私に相談したのよ」
「話を聞いた私は、その千佳の態度がすごく気になった。
人前で言葉を荒げたり怒ったりするような子じゃなかったから。
家に帰ってすぐ千佳に電話して、なんで真っ先に私に相談してくれないのって聞いたら、他人には関係ない、あんな
ものさっさと処分すればそれでいいのよって怒って電話を切っちゃった。
なんだか、今までの私の知ってる千佳じゃないみたいだった。
なんでそんな風に変わっちゃったのかって考えた時、すぐに霊のせいだって思ったわ。
それを確かめようと実際会ってみたら、別人みたいな怖い目で私を睨んで話も聞いてくれなかった。
もう疑う余地はない、間違いなく霊に取り憑かれた。
そう思った私は、夏休みの間中、その霊の正体を探ろうと何度もここへ来たり、この辺りであった事件や昔話を調べ
たりしてみたけど何も分からなかったわ。
2学期になってからも、毎日千佳の様子を気にして変な行動をしないか見てたんだけど、やっぱり何か変なのよ。
普段は今まで通り普通にしてるんだけど、時々何かに怯えるみたいにおどおどするような表情を見せたり、そわそわ
しながら急いで家に帰ったり、バイトも休みを取る日が増えたらしいし、どうも人と接触するのを意識的に避けてる
ような感じに見えるのよ。
学校で私に会っても、スッとどこかに消えちゃうし。
ここへも、時々学校帰りに来てるらしいって分かったから、なにしに来るのか確かめたくって後を尾行たりするんだ
けど、来てみるといつもすれ違いでいなくなっちゃうのよ。
理由を聞いても当然教えてくれない。
今日も、放課後すぐに会いにいったらもう帰ってて、もしかしたらここに来てるかもって思ったんだけど、やっぱり
いなかったわね」
ずっと伏し目がちのまま、抑えた口調ながらも滑舌よく、聞き取り易い言葉で経緯を振り返った依子。
自分の体験を、努めて客観的な視点で事実のみを語ろうとする姿に、彼女の人となりが垣間見える。
曄は、自分の考えが正しかった事を確かめるように言った。
「なるほど・・・。
やっぱり、取り憑かれたのは現場にいた人の方だった訳ね」
(ははーん、やっぱり曄も俺とおんなじ考えだったか)
しかも、それが自分の旧知の人だとなれば、世話好きというか責任感の強い依子が見て見ぬ振りを出来なかったという
のも納得出来た。
「でも、妖怪なんて考えてもいなかったわ・・・。
もう私、どうしていいのか分からない」
霊を祓ったり霊障を浄化する霊能者なら探す当てでもあったのだろうが、相手が妖怪となると、正しく対処出来るのは
陰陽師のような特別な能力を有する者と相場が決まっているし、どうやってそれを探し出せばいいのか分からない。
名前は有名でも、一般の人が普通に生活する環境においては全く接触する必要のない業種であり、どこで何をしている
かを詳らかに把握しているのは、関係者を除いて殆どいないというのが実状だ。
依子は、頭を抱えて塞ぎ込んでしまった。
沈黙する周囲の中で、明月は考えていた。
一体、誰がこの情報を外部に漏らしたのか。
映研の部長か副部長だろうか。
例え映画の宣伝効果を期待したのだとしても、千佳が容認するはずがない事を承知しているにも関わらず、敢えてそこ
までするものだろうか。
依子もまた、千佳の事を思えば他言するとは考え難い。
もしかしたら、千佳自身という可能性も・・・、いや、依子の話を聞く限りそれはない。
或いは、当事者達の知らない第三者が盗み聞きでもしていたのか。
彼は、衣枝がどうしてこの情報にありつけたのかが知りたいと思った。
が、まあ、その辺の事情は謎のまま残しておいても害はないから放っといてもいいか、という結論に達した頃、依子が
話しかけてきた。
「ねえ、あなたのお父さんはお坊さんなんでしょ。
頼んだらお祓いとかしてくれるの?」
依子にしてみれば、無益と知りつつも何かしらの手懸かりが欲しくてしてみた質問だった。
知らないとはいえ、確かに詳真ならばそのくらいは朝飯前だ。
有償になる確率は高いが。
八百神といえば、僧侶のくせにどこの宗派にも属していないばかりか、妖怪関係のどの団体にも組織にも組みしない、
完全にフリーランスの祓い屋として業界ではそこそこ知られているようで、曄も澪菜も一応その名は聞き及んでいた。
とはいうものの、その素性を知らない一般の人には、何をして生計を立てているのかも分からない、ただの名も無き
いかがわしい一介の坊主に過ぎない。
それよりも、すぐ側にタダで動いてくれそうな人がいる。
明月は、曄の方へ視線を送りながら言った。
「妖怪なら、この人がなんとかしてくれる」
依子は、曄の事を霊の姿が見える霊能者であると勝手に思い込んでいたので、彼女が妖怪に対抗し得る力を持っている
という明月の言葉には驚いた。
どうという事もない日常的な事のように気軽にサラッと言ったのが、余計に信憑性を疑いたくなりそうなところでも、
途方に暮れかけている依子には、勿怪の幸いの如き希望を抱かせる方に作用した。
「ホントに!?
ホントなの?、聖護院さん!
ホントになんとか出来るの!?」
「か、勝手な事言わないで(汗)」
曄は、依子に詰め寄られて迷惑そうな表情を見せたが、だからといって、妖怪と聞いておめおめと引き下がるような
軟弱な性格ではないし、そう思われるのも癪だった。
「そ、そりゃまあ、相手にもよるけど、退治くらいなら出来るかも知れないわね」
その言葉に即座に反応したのはあさひだった。
「す、すごいね、聖護院さん!」
あさひのギラギラと輝く目を見て、曄は、自分が彼女の好奇心の的になってしまっているのを覚った。
心霊とか妖怪とか、非日常の不可思議現象には並々ならぬ関心を寄せるミステリー研究会。
普通の人には霊よりも更に幻の存在に近い妖怪を相手に出来るとなれば、曄が興味の対象にならぬはずがない。
そんな、世間様に何の貢献にもならないお遊び団体の構成員共と関わってしまった事を、今更悔いてももう遅い。
曄は、邪険にする以外にこの手の人のあしらい方を知らない為、ついいつも以上に冷淡に答えてしまった。
「その呼び方、あんまり好きじゃないんだけど」
あさひはもう怖がったりしなかった。
好奇心の方が先に立っている、というか、曄のような特殊能力の持ち主と親しくなりたい気持ちの方が勝っていた。
「じゃあ・・・、薺ちゃんみたいに曄ちゃんって呼んでいい?
それとも聖ちゃん?」
一瞬、曄の顔が引き攣った。
(プッ、しょうちゃんだって、こりゃ傑作だ(笑))
この幼稚な発想力、あさひが薺と気が合うのがよく分かった。
「変な呼び方はやめて。
子供じゃあるまいし」
(おーおー、ちょっとお怒りだな、あの顔
て言うより照れてんのかな)
若干エキサイト気味のあさひとは対照的に、依子は冷静だった・・、というより真剣だった。
本来なら、滅多に聞けない妖怪に関係する人の話など、あさひ以上に興奮してもいいくらいの希少体験のはずなのに、
友人に降り懸かった災いの事を思えば、興味本位で浮かれてなどいられない心境だったのだ。
「妖怪に取り憑かれたらどうなるの?
死ぬの?」
「放っといたらそうなるかもですね」
「あなた、本当に妖怪を退治出来るの?」
「まあ」
「どうしてそんな力があるの?」
「どうしてって・・・、生まれつきだし、実家がそんな家だったから、かな」
「霊能者、とは違うんだとしたら・・・、もしかして陰陽師?」
「違うけど、似たようなものです」
「なんで教えてくれなかったのよ、そんな大切な話。
前に会った時は全然言ってくれなかったじゃない」
「関係ない人にわざわざ言う必要なんかないでしょ」
依子は、曄の消極的とも薄情とも取れる無愛想な態度が気に入らなかった。
こっちは千佳の為に必死だというのに、それが伝わってないのか・・・。
焦りにも似た感情を覚えた。
「なんで?、なんでなの?
もっと自慢したっていいじゃない、そんな凄い力なら」
「ボクサーや空手家がむやみに喧嘩しないのと一緒です。
別に自慢して回る趣味はないわ」
「千佳に取り憑いてる妖怪を退治してくれる?」
「一人じゃ勝手に出来ないんです、立場的に。
それに、まだ取り憑かれてるって決まってないんでしょ」
「じゃあ、あなたの家の人を紹介してくれない?
千佳のお祓いをお願いしたいのよ」
その瞬間、ピクッと曄の顔が強張った。
最も触れて欲しくない、決して話したくないのに、固く閉ざした心の扉を平気な顔して土足で蹴破ろうとする。
これだから、この手の無神経な人は嫌いだ。
人の気も知らないで、自分勝手な事ばっかり・・・。
「お断りします」
曄は重い口調できっぱり断った。
無理もない。
明月は、このままでは依子が地雷を踏んでしまうのは時間の問題だと思った。
元はといえば、自分が振ってしまったのが発端とはいえ、曄の家族に関する話は絶対のタブーだ。
依子は何も事情を知らないのだから無理からぬ事ではあるにせよ、こんなところで昔の話を蒸し返されたら、せっかく
まともな生活を取り戻しつつある曄が平常心でいられる訳がない。
あまり人の会話に口を差し挟むのは好きではないが、この際はやむを得ない。
彼は、見るからに機嫌を損ねて厳しい顔をする曄に向かって、わざと真顔で言ってやった。
「やってやれよ」
「なにをよ」
「妖怪なら放っとけねぇんだろ」
「・・・・」
曄はすぐに、彼が助け船を出してくれたのだと理解した。
依子がこれ以上家族の話題に踏み込まないように。
考えてみれば、こんな気持ちになるのは澪菜に過去を暴露されて以来だった。
怒り、悲しみ、悔しさ、憤慨、焦燥、落胆、空虚、陰鬱、絶望、全ての感情が複雑に絡み合いながら波打つように湧き
上がってきて、制御不能に陥りそうになる。
言葉では表現出来ずに苛立って、外部の物に手当たり次第に当たり散らす以外にガス抜きの方法を見つけられない。
ずっと、死ぬ事だけを目的に生きてきたから、こんな心情を持つ事もなかった。
それが、明月と出会ってからは、いろんな人と接触する機会が増えたし、なにより生きる事の意味を見つけた。
そのきっかけとなった明月でさえ、一度として家族に関する質問はしていない。
それこそが、他の人にはない彼の優しさなのだ。
改めてその事を強く感じ、望まない方向に進みかけた話を戻してくれた彼に、心の中でそっと感謝した。
でも、それをそのまま素直に表すのは気恥ずかしいし、不用意な事を言って依子に不審を抱かれるのも嫌だったので、
ふてくされた顔のまま答えた。
「じゃあ、あなたも手伝ってくれるんでしょうね」
「まあ、言い出しっぺみたいなもんだからな。
しょーがねーさ」
「あなたらしくないわね、いつもはすぐ面倒臭がるのに」
「これも成り行きだろ」
その、やる気のない気の抜けた返事を聞き、いつもと変わらぬ彼の清々しくない態度を見て、張り詰めていた心を解き
ほぐされた曄は、いつしか自然と笑みをこぼしていた。
「分かったわよ、なんとかするわよ。
相手が妖怪だったらね」
途端に依子の顔に喜色が差した。
「本当に?、聖護院さん」
その嬉しそうな顔が一段と腹立たしい。
だが、妖怪に取り憑かれた可能性のある人がいると分かった以上、もう他人事と見過ごす事は出来ない。
明月に指摘されるまでもなく、そんな感情が心の中にあるのは自分が一番よく分かっている。
曄自身がその経験者だったから。
妖怪に肉体を支配され、精神を蝕まれていく、自分ではどうにもならないその耐え難いまでの苦しみと悲しみを知って
いればこそ、今まさにその渦中にある人をそこから救ってあげたいという強い衝動に突き動かされる。
そして、今の自分にはその力がある。
その気になれば、なんだって出来るんだ。
明月が側にいてくれる限り、自分は限界というものを感じない。
体の中に漲る力が、それを証明している。
「ここにはもう用はないんでしょ、だったら帰るわよ」
いつもながらの無愛想な返事だったが、その言葉の裏には、早く次のステップに進もうとする意思が隠されていた。
歩き始めた明月に、曄が小声で言い寄ってきた。
依子の頼みというか、ミス研絡みの厄介事には関わりたくなかったので、一応自ら進んで加担するのではない事を確認
させたかった。
「あなたが余計な事言うから、変な事になっちゃったじゃないの。
どうなっても知らないわよ」
「だったら断ればいーんじゃね」
「今更遅いわよ。
あなたのせいだからね」
「よく言うな、あんたは妖怪って分かったら黙ってらんねーんだろ」
「黙ってないのは澪菜の方よ。
絶対文句言うわよ」
「ホントに取り憑いてたらの話だろ」
「その時は澪菜の許可がいるんでしょ。
なんて言うかな、ダメって言うかも知れないわよ」
「ああ、そこら辺は上手いこと説明しないとな・・・」
いかに仮とはいえ、白泰山会の組に入れられてしまった以上、組長に無断で妖怪に関わる事はさすがにまずい。
澪菜への事情の説明は避けられないとしても、明月達だけで退治するのを彼女が認めてくれるだろうか。
親分風を吹かせて自分が仕切る可能性の方が高い。
しかも、彼女が関わるとそれは正式な仕事になってしまう訳で、やれ契約だの料金だの免責だのと言い出しかねない。
(めんどくせーけど、俺がやるしかねーんだろな)
☆
帰り道。
あさひは、今日の出来事、というか曄と薺の特殊な力を知り、興味津々で興奮未だ冷めやらずといった様子だった。
「薺ちゃんも妖怪って分かるの?」
「うん」
「妖怪と幽霊ってなにが違うの?」
「・・・人じゃないのは同じ」
生まれ持った力にしろ、修行で身に付けるにしろ、彼女等のような能力者が最初に習得するのは、人間の気配を感じる
事だ。
そこから始まり、その大きさや動き方などから他の動物の気配を知り、温度のない特殊な霊や妖怪の気配を知覚するに
至る訳だが、植物の発する極微弱な気も温度を持たないので、その判別は常人にはまず不可能だ。
「そりゃそうだろうけど・・・」
薺の言葉足らずの説明に不満げな顔をするあさひ。
対して依子は、抱えていた問題に解決の見通しが立ったおかげで、当初の冷静な表情に戻っていた。
「でも、あんな風に見えるなんて知らなかったわ。
妖怪ってみんなそうなの?、ねえ、曄さん」
映研が撮った映像に映ったというその妖怪がどんな姿なのかは、曄の知るところではない。
「あたしに聞かないでください。
大体まだ妖怪って決まってないでしょ」
そう言いつつも、曄は、明月の素振りから、何かしらの妖怪が関わっているのは間違いない事と思っていた。
その正体については、現時点では全くの不明と言わざるを得ないのではあるが。
霊気や妖気を感じる力のない依子や映研の幹部も、その姿を映像ではあっても確認出来たという事は、その妖怪は誰の
目にも見る事が可能な種という事なのだろうか。
妖怪にも様々な種が存在するが、特に能力を必要としなくとも誰でも見えるものもいるし、人や動物などに変化した時
だけ見えるようになるものもいる。
それが妖怪なのだと見抜けるかどうかが、能力の有無として表れる。
「だって、彼氏には妖怪が分かるんでしょ。
とてもそんな風には見えないけど、人って見かけに依らないわね」
「か、彼氏ってそんな・・・(汗)」
「あれ?、違うの?、つき合ってるのかと思ってたわ。
なんか、そんな感じに見えたんだけど」
そんな風に言われたのは初めてだった。
「ち、違いますよ、どう見たらそう見えるんですか」
さも当然のような顔で否定した曄だったが、心臓の辺りがギューッと締め付けられるような感覚を自覚するに及ばず、
内心は相当に動揺していたのだった。
曄は、そんな心境を覚られまいとして依子の側を離れ、前を歩く明月の背中を追った。
その明月は、少し離れて一人でボーっとしながら先頭を歩いていた。
元来、人と連んでゆっくり歩くのは性に合わないし、ましてや女性陣に囲まれながらでは、どうにも格好がつかない
ので気が引ける。
後ろから曄に声をかけられた時も、その時の彼女の微妙な表情の変化には全く気付かなかった。
「なに考えてんの?」
「・・・なんか、引っ掛かる」
彼は、依子の説明にはどこか矛盾があると感じていた。
妖怪が千佳に取り憑いたのだとすれば、なぜその妖怪が背後の森に消えて行く様が映像に残されたのか。
どちらも間違いでないならば、これをどう解釈したらいいのか。
分身でもしたのだろうか。
だとしたら、なぜ分身しなければならなかったのか。
「呪いをかけたのかもね」
彼の呟きに答えた曄。
「自分の妖気を相手に吸わせて体の中に留める、それか、自分の妖気に反応する印みたいなものを相手に刻み付ける、
これだけで、相手を好きなようにコントロール出来る妖怪もいるのよ。
直接憑依しなくても相手を自由に操れる・・、前にあったでしょ、貂の事件の時」
「ああ、あれか・・・」
貂がぬいぐるみを操る時に使った手法の事か。
曄が説明した事を人の世界では“呪い”と言い、それを駆使して人を自在に操り、生気を吸ったり巧みに利用する術を
持つ妖怪はそこそこいる。
やはり、相手はそれなりに強い妖力の持ち主だという事か。
澪菜の関与なしに、自分達だけで解決するのは難しいかも知れない・・・。
☆
その夜、明月の元へ澪菜から電話があった。
桐屋敷家に帰ってから、薺が今日の出来事を話したらしい。
こっちから連絡する手間が省けたと喜んだのも束の間、どうやら薺が要らぬ余計な脚色を付け加えてある事ない事まで
語ったとみられ、澪菜はなにかを勘違いしているようで、些かお怒り気味のご様子だった。
「明月、養育費が払えないってどういう事ですの!
一体、わたくしの目の届かない所で何してますの!
池上ってビッチは誰ですの!」
「は?
なに言ってんだあんた」
「薺が、貴方が養育費が払えないって曄に泣きついたって言ったんですのよ。
だからたこ焼きも買えないって」
(あんのヤロー、根に持ってやがったのか よりによってなんちゅーでっち上げだ)
「デタラメだバカ、薺の作り話に決まってんだろ。
なんで養育費だよ、携帯代の事だっての。
ちょっと考えりゃすぐ分かんだろーが」
明月が説明すると、ようやく誤解と分かって落ち着きを取り戻した澪菜ちゃんであった。
(薺のヤロー、後で覚えてろよストレスキャスター)
事情を理解した澪菜は、明月に対して、妖怪と直接関わる時は必ず事前に連絡するように強く要請した。
更に、自分が合流するまでは決して手を出してはいけないと。
自分の与り知らぬ所での勝手な先行は、白泰山会の規約を軽んじる無知な行為であり、制裁を覚悟せねばならなくなる
ような恥ずべき愚行である。
(やれやれ、規約だなんだとめんどくせーのに縛られるのも嫌だな、かったりーし)
「仕事だから料金がどうの、とかって言い出すんじゃねーだろな」
「もちろん、本来であれば正式な依頼と契約が必要になりますわ。
後々の事を考えれば、お互い齟齬のないよう事前に確認事項を書面に明示しておくのは重要な事ですのよ」
(そご、ってなんだ?)
「ですがまあ、今回はご学友の依頼という事ですので、かくも過敏に神経質になる必要もないでしょうし、わたくしも
そこまでは要求しませんわ。
守銭奴でもありませんし。
ただし、わたくしも立ち会うのが絶対の条件ですわよ。
でないと、いざという時に対処に困りますでしょ、ね、ダーリン」
「ダーリンはやめろ」
「もしも、わたくしのいない間に曄が勝手に暴走なんかして問題をややこしくしたら、わたくしは依頼主の方に責任を
取ってもらいますわよ」
(難癖つけてなすり付けるつもりか
この人ならホントにやりかねん気がするから怖い)
「分かったよ。
なんかある時はすぐ連絡するよ」
今度は、曄を制御する役割を課せられた。
(あーあ、やれやれ)
第2話 了