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山茶花  作者: 如月 悠明
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すれ違う同僚や先輩に挨拶しながらフラフラとした足取りで城を出たところは覚えているが、そこからは全く覚えていない。

手の平に納まっている真っ白い花を見ながら、買い出しに行っているであろう妻、鈴にどのように話すかと考え込む。


祝言を上げてから早二年。子供も出来ないままだらだらと過ごしていたような気がするし、それがどこか充実していたような気もしていた。最近は俺の任務が増えてきて家に帰ってくることの少なくなった時にこの任務だ。

鈴も元くノ一のため理解はあるが、それでも寂しい様で。夜遅くに帰っても起きて待っているときは驚いたものだ。それに俺が帰って来た時にかけられた声が、自分を顧みないもので。


『お帰りなさい。夜遅くまでご苦労様です。夕餉の準備は出来ていますが、先に湯浴みになさいますか?』


嬉しい反面、辛かった。


夜には強いと言ってたけれど、それでも無理をさせていることに違いは無い。必死に疲れを隠して俺に接している様子を見て心が痛くなった。


それからは戌の刻までに帰ってこなければ先に寝ていてほしいと言っているが、その後も一週間くらい夜遅くまで起きていたものだから驚いた。話によると、帰って来れるかもわからないのに、一人で眠るのは怖いとのこと。

その日以来、帰って来れるなら出来るだけ早く帰るようにしている。遅くなるようなら、戌の刻に鳥を飛ばすと約束をした。それでも少し不安だったが、しっかりと寝ているのを確認している。

本当はこんなことをしている時点で忍びとしては失格だ。なぜなら、忍びの三禁を破ってしまっているのだから。


忍びの三禁とは、色、欲、酒のこと。色とは恋愛や性欲のこと。良くとは欲望、即ち金など。酒はそのままだ。これらに溺れてしまえば、忍びとしての資格は内も同然だと言われている。


けれど人間としてそうゆいうモノを手に入れたいと思う気持ちは出てくる。それに溺れないようにするためにも、俺たちは道具となりきるのだ。できる限り、感情を殺して任務に参加できるように。


いろいろな面で鈴にはいつも負担をかけてしまっている。世間体もそこまで良くないのかもしれない。いつも不安を抱えているのだろうと思うと、不安で仕方がない。


そして、今回は一年という長い期間つきの任務なのだ。

あの出来事があった時以上に眠らないかもしれないし、寂しい思いをさせてしまう事は目に見えている。


家の前から砂の擦れるような音と衣ずれの音がする。鈴が帰ってきたのだろう。


「…兵助さん?今日はお早いお帰りですね」


「…鈴も、お帰り」


「只今です」


ふわりと笑った笑顔は、贔屓目なしにしても美しい。そのうえ元くノ一にしては珍しいくらい綺麗な心の持ち主でもある。自分が殺した人間を見るといつも悲しそうな表情を浮かべているのだから、くノ一にはむいてなかったのかもしれないとよく思うのだから。


「どうかなさいましたか?」


何かを察したのか、心配そうに尋ねてきた。


「鈴に話さなければならないことがるんだ」


「はい」


「…俺に約一年の長期任務が入った」


「…それは」


「…一年間、家に帰って来れない」


「…!」


驚きに満ちた顔が、徐々に悲しそうな顔に変わって行く。どうにかしようにも何と声をかければいいのか分からなくて、何も言えないまま沈黙が流れる。


「…分かりました。一年、ですね」


「…ああ」


「あの、いつ出発なさるのですか?」


「明後日だ。明日は休みをもらえた」


「そうですか…あの、」


「明日一緒に出掛けないか?」


何かを言いかけたところを遮り、言葉を放つ。

何を言おうと思ったのかはわからないが、俺にとってはあまり良くないということはなんとなくわかった。

遮ったことに少し驚きながらも、悲しそうな、少し怒ったような顔になりいつもよりも低めの声が発せられた。


「…今生の別れでもなされるおつもりですか?」


今の言葉を死にに行くための最後の二人で出かけるのかと思ったのか、そんな言葉が返ってくる。けれど俺としてもそんな気持ちは毛頭なく、違うと言って首を横に振った。


「…形に残る物が欲しいんだ」


「形に?」


反復して帰ってきた言葉に頷き、言葉を続ける。


「俺にとって、この家は大切なところだ。もちろん、鈴がいるから大切だという意味も理由もある。…一年後、必ずお前の元に帰ってくると誓うための何かが欲しい。大切なここに帰ってくるという証が」


「そんな…駄目です、私で縛ってしまうなどということは…」


「そんな事無い。これは俺が望んでるんだ。俺がお前に縛られるとか、そういう意味で言ったんじゃない」


「でも、」


「頼むから…なにか、確かなものが…」


すがるような声色になってしまい、情けないなと心の中で呟いた。


「…明日は晴れるみたいですよ」


「?」


「ですから、一緒にお出かけしましょうか」


「!ああ、一緒に行こう」


穏やかな笑顔につられて、俺も口角が上がるのがわかる。こんなに穏やかな気持ちになるのは久しぶりだ。最近はずっと任務で殺伐とした毎日を送っていたものだから、こんな空気が心地良い。


「そろそろ夕餉の準備をしなくてはなりませんので」


「今日は何を作るんだ?」


「兵助さんは何がいいですか?」


「俺は鈴がつくるものならなんでもいい。どれも美味しいしな」


「もう、それが一番困るんですから…」


怒った素振りを見せながらも穏やかな表情に心が落ち着く。本当に、ここに帰ってこなければならないなと思える。

どれくらい待っていただろう。作業が終わったのか、こちらに戻ってきて俺の目の前に座った。そして視線は俺の掌に向かっていて、そういえば花を持って帰ってきていたなとようやく思い出した。


「そういえば、ずっと手にもっていらっしゃるそのお花はいなんなのですか?」


「ん?え~と、あ、これのこと、か?」


自分でも忘れていた存在に、返事が曖昧になってしまう。くすくすと笑いながら「はい」と返事をしたあたり、鈴も確信犯なのかもしれない。


「これは山茶花(さざんか)という花らしい。鈴に似合いそうだなと思って、な。鈴もこういう花、好きだったろ?」


そう言ってその白い花を差し出すと、満面の笑みで受け取ってくれた。


「はい!椿によく似ていて可愛らしいです。兵助さん、ありがとうございます!」


少し頬が赤くなっての満面の笑みは、とんでもない破壊力を生み出した。本当に綺麗で可愛いと思っていしまうあたり俺も末期なのかもしれない。


「喜んでくれて嬉しい。そうだ、髪につけてやろうか?」


「いいのですか?」


「ああ」


「ではよろしくお願いします!」


嬉しそうに笑う姿に胸を打たれながら髪に付けると、艷やかな漆黒の髪によく映える。


「…似合ってる」


「あ、の…えと、ありがとうございます…」


照れながら言うと、鈴の返事も照れながら帰ってきた。少しの沈黙が訪れ、その後顔を見合わせどちらからともなく笑う。この空気が、たまらなく愛しい。


長期任務から帰ってきたときにこの笑顔が見れることを祈りながら、夜は更けていった。


日が空いてしまいましたがなんとか投稿完了!

ストックとか置いてないので執筆が少し大変です…こ、これからはできるだけストックを作っておこう…

ラブラブしてる話です。私はこういう雰囲気が大好きですが、おそらくこれからはシリアスが多めだと思います。でも時々ラブラブしてると思われ。

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