ブランカの逃亡を知って、ご主人様は激怒したそうです。
異世界に転生したら、幸せになれると思っていた。とても浅はかな考えの私を、どうかあざ笑ってくれ。そして、私を死なせてくれ。
でも、駄目だな。私は監禁されていて、自殺する自由さえ奪われている。私が変な動きを見せれば、使用人はすぐさま飛んできて止めるだろう。そして、使用人はご主人様に告げ口するんだ。
みんな大っ嫌いだ。全員敵にしか見えない。他人を信用したい気持ちはあるけれどさ。どうせ他人なんかみんな裏切る奴らばかりだよ。だから、誰一人として絶対信じちゃ駄目だ。こんなおぞましい環境、恐怖しか覚えないよ。
「愛しのブランカ。ただいま」
ああ、ご主人様のバリーの声が聞こえる。嫌だな。バリーの顔をもう見たくない。
「バリー様。お帰りなさいませ」
私はそう言って挨拶したものの、バリーに駆け寄ったりしない。というか、できない。
なぜなら、私は檻の中に閉じ込められているからだ。もちろん、お風呂などの必要時には出してもらえるが、それ以外はずっと監禁されている。
それがバリーの望みだった。すごく憎々しい。
「ブランカ。お前には愛想が全然足りないよ。それに、俺をもっと敬えよ。お前にできることはそれくらいだろう」
バリーはそう言ってせせら笑う。こんな風に見下されるだけの結婚生活は、本当に嫌だな。なんでこんな風になってしまったんだろう。
まあでも、仕方がないか。この国は政略結婚が基本だし、女性の地位は低めだ。だから、私は生かしてもらえるだけありがたいと思うべきなのだろう。
でも、もう生きたくもないな、人生疲れちゃったよ。そう言ったら、生きたい人間に失礼だって怒られるんだろう。嫌な世界だ。
「大変申し訳ございません。バリー様のことを心から尊敬しております。ですので、どうかお許しください」
こんな感じの言葉でいいだろうか。でも、自分が悪いと思っていないのに謝るのは、あんまりよくないと思う。余計に責任転嫁される可能性が高くなるから。
「ふざけるなっ。ブランカの言葉に心が全然こもっていないんだよっ。もっと反省しろっ」
バリーが怒鳴って、檻を蹴飛ばしてくる。檻が倒れて、私も一緒に倒れた。そうしたら、檻の隙間に、私の指を挟んでしまった。
「……っ」
悲鳴を上げそうになるけれど、必死で我慢した。私が大声を上げたら、バリーはもっと怒るに決まっている。
「ブランカはとても鬱陶しい女だ。お前の夕食は抜きだからなっ」
バリーはそう言って、大股で歩いていった。バリーの去っていく足音はとてもうるさかった。
バリーが消えたことを確認してから、自分の右手の薬指を見る。檻に挟んでしまったから、ものすごく痛い。跡にならなければ嬉しいな。せめて骨折はやめてくれ。
栄養もろくに与えられていない体調不良の自分では、怪我の治りがとても遅いんだよ。健康管理がなっていないと言われるかもしれないけれど、私の立場ではこれ以上どうすればいいのか分からない。
「あれ。檻の扉が開いている」
恐らく、先程バリーが檻を乱暴に蹴ったから、檻の扉の鍵が壊れてしまったのだろう。運がいい。
しかも、今は檻付近に使用人がいない。使用人達は、帰宅直後のバリーの世話で大忙しだ。まあ、もうじき誰かメイドが、私の様子を見に来るだろうけれど。
「つまり、チャンスは今しかない」
というわけで、私は檻から脱出した。骨折している足には、激痛がほとばしったけれど。私は頑張って走って、窓から飛び出した。
そして、私は庭を思いっきり駆けて、塀を無理やり乗り越え、外へと出た。
「やった。出られたんだ。これで自由だ」
これが火事場の馬鹿力というやつだろうか。いざとなったら、私はこんなに動けたんだな。足の骨折は悪化しただろうけれど。
ああでも、このままだと追っ手がやって来るだろう。私はもっと努力しないと逃げ切れない。
「でも、私はもう走れそうにない。足がもう痛すぎて動きそうにないんだ。努力不足とか根性不足とか言われるかもしれないけれど、私はもう無理なんだ。それに、私はお金を持っていないから、馬車などに乗ることもできない」
詰んでいるな。どうしよう。すぐさま自殺できるような特殊技能は、私に備わっていないし。
「ああ。とても心地のいい水の音がする。川だろうか」
夜だから見にくかったけれど、近くに深そうな川があった。ちなみに、私は泳ぎが得意ではない。
「ああでも、いいか。飛び込んでしまえ。どうせ、私を助けてくれる優しい王子様なんて、永遠に現れないんだから。今ここで、私は溺れ死んだ方が幸せだ」
自分にそう言い聞かせて、川へ飛び込んだ。水を飲み込んでしまって気持ち悪い。苦しい。つらい。息ができない。こんな苦痛を味わうくらいなら、入水なんてすべきじゃなかったと後悔した。
年月が経つことを待っていれば、いつか私は寿命で死んだはずだ。つまり、わざわざ死を選ばなくてよかったのに。
それに、次も私が転生できる保証はどこにもない。生まれ変わったとしても、来世の私は人間じゃないかもしれない。道端の小石とかになってしまって、他人に蹴られ続ける一生を過ごす可能性もある。
でも、私が逃亡に成功した事実を知って、バリーは苛立ってブチ切れるかもしれない。そんなバリーの怒りを想像したら、少しだけ笑うことができた。




