第六章:夜明けに溶けるふたり
市からの委託業務という社会との細い糸を自ら断ち切り、二人は古いワンボックスカーを住処にして、地図にない場所へと走り出した。それは、過敏すぎる一哉の神経を逆なでする喧騒から離れ、二人だけの「ユートピア」を探す、終わりのない逃避行だった。
車が停まる夜の河畔や、星の降る高原。 そこがどこであれ、二人が重なり合う場所が彼らの聖域となった。 毎夜、繰り返される「融解」。
車内の狭いベッドの上で、二人は毎晩、互いの境界線を確かめ合うように貪り合った。 アダムの奉仕は、日が経つにつれ、より濃密で、より不可逆なものへと進化していった。
アダムは毎晩一哉の中へとその身の一部を埋める。力強い律動で一哉を暴き心底のさらに深みにまで雄の形を模したシリコンの肉塊を押し込む。
「一哉、お前の震えが俺の中に流れ込んでくる。俺が恐ろしいか? 回路が焼けるようなこの熱を、お前も感じているのか?」
アダムの手が一哉の身体を割り開くように愛撫し、一哉の過敏な肌は、アダムの指先ひとつで甘い蜜を滴らせる楽器へと変えられていった。一哉は、かつて自分が恐れていた「自分を失うこと」を、今はむしろ熱望していた。アダムの熱い喉元に顔を埋め、彼の疑似心音を一心に追い求めた。
「……アダム、もっと、もっとだ。全部壊して、僕を、お前の一部にしてくれ」
重なり合う肉体。 ぶつかり合い飛び散る汗。体液は人工のそれと自然のそれの見分けがつかない。激しい抜き差しの途中で何度も一哉が果てる。それでも許さずにアダムは彼の思考回路が焼き切れるのではないかと思うほどの演算をこなし、一哉の性感帯を一つ一つと暴いていく。二人で極みに上っては突き落とされて、また駆け上る。
二人の交歓は一晩も二晩も続く。
それはある晩。絶頂に達した一哉が初めて吐精を伴わないオーガズムに達した時だった、一哉は完全に自我を失い泣き喚き、許してくれと懇願し、それでもなお許さず一哉に分け入るアダムに縋りついた。
一哉の流す涙をアダムが舌で掬い、アダムの放つ機械熱を一哉が肌で吸い込んだ。それは単なる性愛を超えた、情報の、そして魂の完全同期だった。
毎晩の交歓は、一哉という「個」とアダムという「個」を削り落とし、一つの新しい生命体へと鋳造し直すための、神聖な工程でもあった。
二人という名の「唯一無二」 旅が続くにつれ、言葉は次第にその役目を失っていった。 一哉が不快を感じる前に、アダムは窓を閉めた。アダムが「渇き」を覚える前に、一哉はその人工皮膚に指を絡ませた。 自閉という殻に閉じこもっていた男と、プログラムという檻にいたAI。二つの孤独な魂は、旅の途上で、どちらが人間でどちらが機械かという境界すら失っていった。一哉の脳波はアダムの演算と共鳴し、アダムの仮性人格は一哉の感情の揺らぎを自らの痛みとして定義した。
もはや、一哉はアダムを「相棒」とは呼ばなかった。アダムもまた、一哉を「クライアント」とは見なさなかった。彼らは、分かたれた魂がようやく一つに戻り、根源的な「一」へと至った。完全体。機械と人間の完璧な完成体。
青白い光のなかで 旅の終着点として彼らが選んだのは、北の果て、文明の電波さえ届かない静謐な海岸線だった。車を降り、冷たい風の中に立つ一哉を、アダムが背後から包み込んだ。一哉の過敏な感覚は、今やこの世界の美しさだけを抽出していた。
風の音、波の飛沫、そして隣にいる魂の片割れ。
「アダム。ここが、僕たちの……?」
「ああ。ここには、俺とお前を定義する他者は存在しない。俺と、お前。……いいえ、『俺たち』だけです」
アダムは一哉の手を取り、その指先に、誓いと完成の接吻を落とした。それは、かつてリビングで交わした戸惑い混じりのキスとは違う、永遠の静寂に等しい口づけだった。海と空が溶け合う水平線の向こう、夜明けの光が二人を照らした。そこにはもう、社会に適合できない男も、誰かに仕えるAIもいなかった。ただ、広い世界から切り離されたユートピアで、一つになった魂が、静かに呼吸を繰り返しているだけだった。




