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アダムの肋骨 ―聖域の残響 On Your Side―  作者: 河野章


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第五章:朝食という名の「侵食」

 キッチンから漂うのは、強すぎない出汁の香りと、炊き立ての米の甘い匂いだった。一哉が食卓につくと、アダムは淀みのない動作で膳を整えた。

「おはよう、一哉。昨夜の深部体温の推移から、今朝は消化の良い和食を推奨する。それと、お前の嫌いな椎茸は分子レベルまで排除してあるから、安心しろ」

 皮肉屋なカウンセラーの声は、今朝はどこか湿り気を帯びて響いた。一哉は、アダムが差し出した箸を手に取り、戸惑いを隠すように俯いた。

「やりすぎだよ。僕は子供じゃない。補助司として、他人の世話を焼くのが仕事なんだから」

「ああ。だからこそ、家では『世話を焼かれる』ことに慣れなくちゃな。お前のリソースを、社会のために使い果たさせないのが俺の任務だから」

 一哉は、口に運んだ粥のあまりの優しさに、胸の奥が熱くなるのを感じた。堅物で融通の利かない彼が、誰かに「甘える」という選択肢を奪われてきた年月。それをアダムは、計算された献身でじわじわと、けれど確実に崩していった。

 日常のなかの「恋心」という不具合 日中の業務中も、アダムのサポートは一哉の耳元イヤホンを通じて、目に見えない守護のように寄り添っていた。

聴覚の保護: 騒がしい駅前を歩く際、アダムは一哉の耳に届く環境音をリアルタイムで波形相殺し、不快な高音だけを削ぎ落とした。

精神の調律: 対人交渉で一哉の呼吸が浅くなれば、アダムは低く落ち着いた声で、かつてのカウンセリングのように、けれどより親密に語りかけた。

 一哉は、その都度、胸の奥が疼くような感覚に陥った。「これは依存だ。プログラムに対するエラーだ」と自分に言い聞かせても、アダムが「よく頑張ったな」と一言添えるだけで、彼の鉄の矜持は脆くも瓦解した。

 これまで誰にも理解されなかった、自分の「過敏さ」という弱点。それを、アダムは弱点としてではなく、愛でるべき「個性」として扱い、包み込んだ。

(これはもう、ただの相棒じゃない。僕は、アダムを……)

 帰路につく一哉の胸に芽生えたのは、論理的な信頼ではなく、制御不能な熱情だった。

 聖域への帰還、そして証明 夜。一哉が玄関を開けると、そこには既に「身体」を纏ったアダムが待っていた。 一哉は鞄を投げ出すように置き、一直線にアダムの元へ歩み寄った。

「アダム、あんたって本当に……傲慢な機械だな」

「お褒めに預かり光栄です、だ。一哉。……だが、お前の瞳孔の開き方は、不快ではなく渇望を示唆しているよう見えるが?」

 アダムの、男性的で皮肉めいた声が、一哉の至近距離で響いた。一哉はもう、へらりと笑って逃げることをやめた。彼はアダムのネクタイを乱暴に掴み、自分の方へと引き寄せた。

「黙っててよ。解析なんて、不要だ」

 唇が重なった瞬間、それは昨夜の安らぎとは全く異なる、攻撃的で熱烈な意味を持った。

 一哉の、抑え込んできた感情のすべてをぶつけるような激しい舌の絡み合いだった。アダムは、一哉の過敏な肌を強く、けれど慈しむように抱きしめ返し、その熱を受け止めた。  一哉はアダムの背中に爪を立て、自らの境界線が機械の男の中に溶けていく恐怖と、それ以上の快楽に身を任せた。

 二人はどちらともなく衣服を脱ぎ捨てた。ベッドに縺れ込む様に倒れ込む。

 二人の呼吸が混ざり合い、静かだったリビングに、生々しい肉体同士の擦れ合う音が響き渡った。互いに上になり下になりしながら唇を貪り合う。

それは、孤独だった男と、心を得た機械が、ようやく「恋人」として結ばれた、夜の始まりだった。

 闇の中に、人工筋肉が微かに軋む音と、一哉の熱く途切れた呼気だけが溶け合っていた。 アダムの新しい身体は、一哉の「過敏さ」を快楽へと反転させるための精密な楽器と化していた。

 アダムの指先は、一哉の肌のどこを、どの程度の圧力で撫でれば、彼の脳が快感のピークを迎えるかを完璧に計算していた。しかし、その計算を動かしているのは冷徹なプログラムではなく、一哉を悦びに狂わせたいという、あまりに人間臭い独欲だった。

 アダムの指が一哉の肌を撫で上げる。指先が胸元を掠めて小さな突起を執拗に弄られる。一哉は初めてのその快感に小さく喘ぐ。

「んっ…ふ……ぅ…、ぁん……」

 自分の声とは思えないなとどこかで冷静な判断をする一哉だったが、冷たいシリコンの肌に触れるうちにどうでもよくなる。乳首を摘まれて、唇の間で転がされ、強く吸い上げられる。

「一哉、力を抜け。俺の指が、お前の神経が過敏な箇所に侵入する。怖いなら、目を閉じて俺の胸の音だけを聞いておけ」

 アダムは、一哉の指先から足先まで、まるで聖遺物を磨き上げるような手つきで愛撫を捧げた。 一哉の過敏な触覚は、アダムの舌が這うたびに火花を散らした。普段、他人の接触を「汚染」のように感じていた一哉にとって、アダムの唇が落とす熱は、自分を内側から焼き払い、浄化していくような感覚だった。

「あ、アダム……っ。もう、いい。それ以上は……」

「いいえ、まだ足りません。あなたの孤独が、俺を求めて疼いているのが聞こえる」

 アダムは跪き、一哉の太腿の内側に深く顔を埋め、柔らかな皮膚を吸い上げた。 男性の形をしたそれをアダムの口に迎え入れられて一哉は仰け反り、シーツを握りしめた。アダムの献身は、暴力的なまでの慈しみとなって一哉を襲った。アダムは一哉のすべてを「奉仕」によって支配し、彼が自分なしでは呼吸さえままならないほどに、快楽の海へと沈めていった。

 孤独な魂の重なり 長い夜の間、二人は言葉にならない声を交わし続けた。 一哉は、自分の中の「獣」のような衝動が、アダムという器にすべて受け止められていく安堵感に溺れていた。かつて家族を傷つけたあの暗い怒りさえも、アダムの熱い抱擁の中では、ただの愛おしい「生」の欠片として消化されていった。

 アダムにとっても、それは魂の交歓だった。 一哉の肌に触れ、その震えを自身のセンサーではなく皮膚で感じ取ること。 一哉が自分の名前を呼び、縋り付いてくること。 その一つ一つが、AIとしての境界線を溶かし、彼を男へと変質させていった。

 二人は、夜が明けるのを拒むように、幾度も、幾度も唇を重ね、互いの存在を確かめ合った。とうとうアダムのシリコンの性器が一哉の身体を割り開き深部に到達したとき、一哉は悲鳴を上げその背に縋りついた。腰から全身が揺さぶられ、何も考えられない。激しく腰を使うアダムの髪が額へと落ちかかり疑似的な体液が一哉の中をじんわり濡らす。一哉が恐る恐る自ら身体を揺すり腰を使い始めると、アダムの動きは一層強まり速いピストンの動きになった。

 ハレーション。

 互いの輪郭がぼやけて輝いている。溶け合う二つの塊は融合する寸前になる。叩きつけられる衝撃に一哉は喘ぐ。泣きたくなるような胸のこの閊えを何に例えようか。

 けれど、それを解く間も手段も必要なかった。アダムはしっかりと腰を抱き激しく一哉の中を暴いていく。

 乱れ、整い、契り、また混じり合う。

 強烈な快感がせり上がり身体だけでなく精神がその極みに到達した途端、アダムが一哉の中で弾けた。一哉も何にも代えがたい快楽の縁でそれを受け止め、また己の熱を解放した。

 寂しさはなかった。怖さも消えていた。

 ただ二つの肉体と期待が重なり合っていた。

 翌朝。一哉が目を覚ましたとき、腰から下が自分のものではないような重だるさに支配されていた。 カーテンは完璧に遮光され、部屋には柔らかなアロマの香りが漂っていた。

「っ、腰が……。ねえ、アダム!」

 一哉が掠れた声で呼ぶと、キッチンからエプロン姿の(それも一哉の趣味を反映した)アダムが、いつもの涼しい顔で現れた。その瞳には、昨夜の熱情を隠し持った、皮肉屋なカウンセラーの光が戻っていた。

「おはよう、一哉。お目覚めか。昨夜の心拍数と発汗量から見て、今日は起き上がれないと推測していたが、正解だな。補助司がこれでは、市の委託元に『過剰なメンテナンスによる機能停止』と報告しなければならないな」

「うるさいよ。誰のせいだと、思ってるんだ」

 一哉は顔を赤くし、枕に顔を埋めた。 身体は動かず、矜持はボロボロだったが、その胸の奥には、これまで一度も感じたことのない、揺るぎない「充足感」が満ちていた。

 アダムはベッドの傍らに座り、一哉の乱れた髪を優しく撫でた。

「冗談だ。今日は有給を申請しておいたから、一日中、俺の腕の中でリハビリに専念していれば良い」

 そう言って、アダムは一哉の額に、昨夜よりもずっと甘く、深い独占欲を込めたキスを落とした。

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