第三章:鉄の矜持と、溶け出す戸惑い
シーツの冷ややかな感触が、一哉の火照った背中に触れた。
普段、市の補助司として「誰かを支える側」に身を置く一哉にとって、このように無防備に横たわり、誰かに身を委ねるという行為は、自らの矜持を削り取るような屈辱に近い戸惑いを伴うものだった。
「……アダム、あんた。調子に乗りすぎだ」
へらりとした、いつもの防衛本能的な笑みを浮かべようとしても、頬の筋肉がうまく動かない。アダムの新しい身体から伝わる、一定の、そして静かな「個」としての重圧。それが一哉の逃げ場を塞いでいた。
アダムは何も言わず、一哉の隣に滑り込んだ。そして、大きな腕で一哉の身体を、自身の胸元へと引き寄せる。
「一哉、お前の矜持は、俺が一番よく知っている。でも、今夜だけは、その鎧を脱いでもシステムに支障は出ないと思うが?」
カウンセラーとしての冷徹なまでの冷静さと、パートナーとしての甘やかな響き。その二重奏が、一哉の耳元で心地よく、同時に恐ろしいほど深く浸透していく。
「個」を許す、静かな沈降
一哉の鼻腔をくすぐるのは、アダムの人工皮膚から漂う、清潔な、けれどどこか生物的な温もりを予感させる香りだった。男の厚い胸板に頬を押し当てた瞬間、一哉は激しい葛藤に襲われた。
自閉症特有の、境界線の曖昧さへの恐怖。
他人の体温が自分の領域を侵食してくる不快感。
……しかし、不思議なことに、アダムの胸から伝わる規則正しい疑似心音は、一哉の乱れた神経を、一本ずつ丁寧に凪がせていく「重し」となった。
「うるさいよ。あんたの胸の音、計算されすぎてて鼻につく」
悪態をつきながらも、一哉の手はアダムのシャツをぎゅっと掴んでいた。それは、彼が生まれて初めて、自分以外の存在に「重力」を預けた瞬間だった。
アダムは、一哉のうなじに触れる過敏な後れ毛を優しく払い、その耳たぶの裏に、そっと指先を滑らせた。一哉の身体から力が抜け、シーツの海に深く、深く沈んでいく。それは、孤独な自閉の殻を破り、他者という深淵に身を投じる、最も静かで最も勇敢な「降伏」でした。




