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第八話「超人の尺度」

「ところで」


 シラハが二枚の羊皮紙を見比べている。二枚とも地図であるようだが、片方は小さく簡素で、もう一枚は精緻で大きい。


「俺達はどこに向かってるんだ? 行き先を書いたあんたらの地図、ざっくりしすぎててピンとこないんだが」

「地図というより、メモのようなものですから。私もファス様も、ロカマドゥール王国の地理はおおよそ頭に入っていますので、その部分はかなり省略しています」

「だが、この森についての情報は不十分でな。シラハよ、そなたの地図があって助かった。『晦冥かいめいの森』にこれほど詳細な地図があろうとは」


 ファスが背伸びをしようとするので、シラハは地図を下ろしてファスに見えるようにしてやる。

 大きい方の地図には罫線が入っている。罫線を入れられるほど正確な測量に基づいていると言うことだ。そこに主要な地形や注釈がいくつも書き込まれている。


「冒険者ギルド謹製の地図だ。冒険者なら誰でも封鎖領域の地図は持ってる。もし持ってなかったら孤王のねぐらにうっかり踏み込んじまうだろ……あんたらが目指してるのはこの街道か。で、現在地はこの辺。あんたらの感覚が正しければだ」


 シラハの指の先をファスが目で追う。シラハの指が描いた「この辺」の円の大雑把さを見て、ファスは腕組みをした。


「気になっておったが、シラハには現在地が分からぬのか? こんなによい地図を持っているのに」

「ああ、行き先を運に任せたかったからな。地図も方位磁針も見てなかった」


 あっけらかんと言うシラハに、ファスは絶句の末かろうじて


「そなた、やはり豪傑よな」


 と返す。要約すると、「いくら何でも無謀すぎる」と言ったところだろうか。しかしそこにレゼーレが


「ファス様、そうでもありません。シラハはミナツールのケヴェル側から来たと言っています。地図で言うと……ここから、「この辺」まで、二日で」

「何かの間違いではないか? 整備された街道を走る早馬でさえ、そんなに速くは移動できぬぞ」

「ですが、不可能とまではいえないかと。三席殿が鍛錬の一環として街道で走り込みをしていますが、近い速度は出ていたはずです。その速度を日中ずっと、しかも森の中でとなるとまた難易度が跳ね上がりますが」


 ――三席、か。どんなやつなんだろうな。

 シラハの中で疑問が湧き起こるも、それよりも「護衛」として提案すべき事がある。シラハは「ちょっといいか」と手を上げた。


「俺ほどじゃないにしろ、レゼーレだってそれなりに走れるはずだろう。だったら俺達でファスを抱えていけば、下手すりゃ今日中には森の外に出れる。急いだ方が「敵」とやらにも苦労させられるんじゃないか」


 レゼーレに鼻で笑われる事を覚悟した上での提案だったが、彼女は思いの外真面目に取り合ったようだ。線の細いおとがいに指を当てて思案している。


「一考の余地がありますね。今であれば一人がファス様を、もう一人が周囲の警戒や戦闘を担当すれば可能ではあります」

「そうか。だったら早速……」

「そ、そなたら待て待て! 逸るでない。特にシラハ、レゼーレの怪我のことを忘れておるのではないか?」

「あー、そういやそうだった。いや、怪我自体を忘れてた訳じゃねぇぞ」


 頬を掻くシラハにレゼーレはニコニコと、


「もちろんそうでしょうとも。だってあなた、鶏にしては物騒ですものね」

「三歩歩けば、ってか。実のところあいつらはそこまでバカじゃないんだが……まぁいい。とにかく生憎と忘れるにはあの戦いは楽しすぎた。忘れてたのは治癒能力の確認だよ」


 『(レベル)』とはすなわち生物のとしての格、肉体の強さだ。

 高ければ高いほど力は強く、足も速い。そして免疫や自然治癒力も。


「俺達ぐらいの『(レベル)』なら、多少の傷は一晩で治る。骨折は流石に時間がかかるが、前衛職なら負傷なんざ慣れっこだし痛み止めくらいは何かしらの『技能(スキル)』で出来るはずだ。だから妙な気遣いは要らねぇだろって思ってたんだが……」


 シラハは自身の手へ視線をやる。その手は過酷な鍛錬と戦闘により鋼の如く鍛え上げられている。最後に人に向けて『雷勁』を打ったのはいつだったか。下手をすると冒険者になる前までにさかのぼるかもしれない。その当時と今では『雷勁』の威力も段違いのはずだ。


「確かに傷の具合は聞いとくべきだったか。どうだ?」

「さて、どうかしら。……『調律・開始』」


 レゼーレがそう呟くと彼女の左手に淡い光が宿った。魔術である。

 レゼーレは魔術の宿った左手で、自身の右腕をなぞるように触れていく。


「治癒魔術か」


 魔力は万人が持っているエネルギーである。だが、魔力を現実の力に変える方法を知っている者は多くない。詠唱とその他の儀式により術式を構築して、それに魔力を通すことで魔力を力や物理現象に変換するのだ。

 相応の鍛練を積まねば得られない『技能(スキル)』である。特に治癒は難しい。剣技のみならず魔術まで修めているとは。シラハの声にはそんな感嘆が混じっていたが、


「いいえ。治癒魔術などと呼べる域にはありません。私のこれはあくまで「生理現象の制御」です。傷の治療も出来ますが、得手とは言えません。得手とは言えない治癒がこの右腕に通用するかどうかですが……ああ、これは」

「ど、どうだ……?」


 恐る恐るといった様子でファスがレゼーレを見上げている。


「そうですね。以前の祝賀会で供された赤蜜のクッキーを覚えておいででしょうか」

「それはもちろん覚えている。確かにあの独特の酸味は美味であったが、それよりもあの脆さよ。すぐにぽろぽろと砕けて口元を汚さずに食べるのが……待てレゼーレ。分かった。分かったから言わずともよいぞ」


 要するに粉砕骨折ということだろう。しかもクッキーに例えるところを見ると、相当細かく砕けたらしい。通常ならば二度と治らないほどの重傷である。


「つまりすぐには治らぬということだな」

「はい。私の魔術では悪化を防ぐのが限界です。骨を接ぐことも出来ないとまではいいませんが、治療に専念しても半年から一年はかかるでしょう。ひとかどの治癒師に骨を接いで貰うまで、私は左手しか使えないでしょうね。戦力としては通常時の三、四割程度といったところでしょうか。あぁ、でもファス様を抱えて走るくらいは支障ありません」

「そうか」


 ファスはぎゅっと目をつぶる。レゼーレへの心配と、現況の厳しさを秤にかけているのだろう。

 結論は数秒で出たようだ。


「なら、頼むぞ。レゼーレは私を運び、シラハは斥候や戦闘を請け負って貰う」

「仰せのままに」

「あんた達がそう言うなら」

「だが、それは明日からだ。今日はもう疲れた。シラハ。寝床によい場所を探してくれぬか」

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