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第六話「新たな冒険の始まり」

「護衛、ね」


 シラハは表情を変えないまま、続ける。


「まぁ当然だわな」

「ああ。このままではたとえそなたに見逃されようとも我々の命は無い」

「念のため聞くが、あんた実は凄腕の魔術師だったりするか?」

「しない。この場において私はただ無力な童だ」


 となるとファスは戦闘能力を全く持っていないと言うことだ。それはつまりこの森の魔物との戦闘は全てレゼーレが行っていたということであり、そのレゼーレは今さっきシラハはぶちのめしてしまった。


「そうか。そりゃあ死ぬな。それで護衛か。「罪の無い」「迷子」を魔物から守るのは、まぁ冒険者の仕事の範疇と言えなくもねぇ。……ところであんたさっき、身を狙われてるとか言ってなかったか?」

「そうだ」

「となると護衛を引き受けた俺は、魔物以外とも戦うことになるわけだ」

「場合によっては、そうだ」


 今は風の止んだ静かな森の中、シラハはひどく平坦な声でファスに向けて言葉を重ねる。


「となると冒険者の仕事とは言えねぇな。面倒だ」

「金ならある。そなたも察しておろう」

「孤王殺しが日銭に困っているとでも? もちろん俺だって金が手に入りゃあ気分が良いが、仕事を選り好みできる程度には蓄えがあるんだぜ」


 熟練冒険者の特権として、シラハは冒険者ギルドに資金の口座を持っている。封鎖領域に隣接している地域であればギルドの支部はどこにでもあり、そのどれかに行きさえすればシラハは冒険者認定証によって自身の貯金を引き出すことが出来た。


「慎ましく暮らすなら一生分はあるな。あんたらのような厄ネタに関わってまで稼ぐ必要はない。というか、そんなに金が欲しいならさっさとあんたらの財布を取り上げてるさ」

「あんな革袋に入っているものなど、そうさな。クルミが数個程度のものだ。金色のと、銀色のと、透き通ったのとがな。だが、もし我々が目的地まで辿り着き、安全が確保されたのなら、そなたは積み上がったクルミの山を見るだろう」


 淡々と、しかし容赦の無いシラハに対しても、ファスは朗々と答えを返してくる。それを見て取りシラハは内心で、


――及第点だな。イジメるのはこの辺にしとくか。


 と頷いた。


 ファスがあまりにも大人びた態度で「護衛を依頼する」ものだから、シラハの方も一人前に相手をしてやりたくなってしまったのだ。

 色々と突っ込みたいところはある。「敵」は一体誰なのか、とか。だが受けてからでは詳細の分からない依頼などいくらでもある。ファスは現時点で明かせる限りの情報を誠実に開示している。と、少なくともシラハはそう思う。そしてファスはこの厄介な依頼に見合う報酬の支払い能力も示している。


 正直金は不要なのだが、レゼーレとの戦いと、ファスの立派な態度に免じて二人の護衛をしてやってもいい……などと、シラハが思っているところに、


「だが、そなたの言うとおり、そなたが本当に求めているのは金ではなかろう」

「へぇ?」


 シラハは自身の口の端が吊り上がっていることを自覚した。面白い。


「俺が何を求めてるって? あんたに俺の何が分かるんだ?」

「拳の「答え」。そなた自身が言ったことだ」


 あぁ、そういえばレゼーレとの戦いは全て見られていたのだった、とシラハは思い出す。

 確かにあの忌々しい師匠の話をレゼーレにしたのだった。

 この拳の技には、人殺し以外の有用性があるのか否か。剣でも魔法でもなく、素手でなければならない理由があるのかどうか。


「それを、あんたが知っているとでも?」


 シラハは自身の闘気がファスに殺到しないよう、努めて制御する必要があった。

 だが素人のファスにも伝わってしまう程度には気を漏らしてしまったようで、その気当たりを受けたファスが一瞬ピクリと身震いする。

 だがシラハの努力の甲斐あって、ファスは今自分の身を襲ったものの正体を悟ることはなく、今までと変わらない調子で続ける。


「まさか。だが、これでも私は多くの武人達を見てきた。そなたのように何かを求道する者達も少なからずいた。そして彼らは皆、求道の答えは死闘の中にあると信じているようだった……シラハよ。『晦冥かいめいの森』を覆う無明の帳、『明けぬ夜(ムルケティド)』に黎明をもたらした今となってさえその求道が終わらぬのなら、そなたの答えはもはや魔物からは得られないのではないか?」

「……」


 シラハは黙した。

 この拳は人殺しの役にしか立たない。そう呪いを残した師に反発するように、シラハは魔物との戦いに明け暮れ、遂に孤王さえも仲間と共に打倒した。人殺し云々はさておき、拳は魔物狩りにも向いているのだと証明したかった。そうすれば師を否定できる。


 だがその結果得られた現時点での結論は「拳は魔物殺しに向いてない」という身も蓋もないものだ。


――戦士(ファルケ)の斧はヤツの命に届いた。魔術師(イズリール)の最大火力がきちんと当たってりゃ、それでも殺れたかもしれない。あの二人なら殺れた。だが……俺は?


 『雷勁』という絶技によって何度も孤王の膝を付かせた。だがそこから『明けぬ夜(ムルケティド)』とまで呼ばれる無尽蔵の生命を、削りきる力がこの拳にあっただろうか。


 シラハには確信がなかった。もちろん、今度こそその確信を得るために、別の孤王に挑んでも良い。おそらく死ぬだろうが……億に一つで死ななければ、その時こそ答えが得られるかもしれない。


――けど、それはダメな気がするんだよな。


 素手故の身軽さ、持久力という利点はあった。それによりシラハは誰よりも長く戦線で戦い続け、味方の窮地を救った回数も誰よりも多い。

 だが……例えば、短剣のような軽い武器を持てば、身軽さ、持久力を維持したまま、『明けぬ夜(ムルケティド)』を殺しきる攻撃力も得られたのではないだろうか。


 以上は孤王相手の話であるが、これを普通の魔物に置き換えても同じ事が言える。シラハは普通の魔物は難なく狩れるが、それはシラハが強いのであって拳法が強いのではない。


 「魔物を狩るなら武器を持つべきだ」。この結論が変わる予感がシラハの中にない。


 なら今までとは違う何かに向かうべきだ。そう思ってシラハは仲間達と別れた。目指す場所も決まらないままに『晦冥かいめいの森』の森を走り続けて、そして今日、レゼーレに出会ったのだ。

 シラハが記憶を反芻している間も、ファスはシラハをじっと見つめていた。ファスは澄んだ瞳の中にシラハを映しながら


「末席だ」


 と、そう唐突に言った。


「いきなり何の話だよ」

「序列の話だ。レゼーレの、『十騎聖』内での序列の話。彼女は末席だ」


 シラハの息が一瞬止まる。レゼーレとの戦いの中でさえ、このように呼吸が狂うことはなかった。


「つまり、なんだ。それは――」

「ロカマドゥール王国には、いるぞ。試合で、戦で、決闘で、人を倒すことによって成り上がった十の魔人達――それを称して『十騎聖』。レゼーレはその新参、末席だ。彼女と互角以上の武人があと九人存在するということであり……そしてその九人は必ずしも私の味方ではない」

「マジかよ。あんたを狙ってる敵には他の『十騎聖』もいるってのか」

「事実、私は逃げ出す際『十騎聖』の内の一人の手に落ちそうになった。それをレゼーレが助けてくれたのだ……レゼーレには悪いことをした。あのような不意打ちで斬らせるのでなく、正々堂々あやつと戦わせてやりたかった」


 思っている以上に事は重大なのかもしれない、とシラハは遅まきながら気付いた。

 王国最強の『十騎聖』同士が不意打ちすら辞さずに殺し合う死地、その渦中にいるこの少女は一体何者なのか。

 関わるべきでない。しかしもう、シラハは逃げることが出来ない。何しろ予感があるのだ。


「いや、それを言い始めればキリがないか。あの日より、レゼーレはたった一人で私を守り続けてきた。心身をすり減らしながら……おそらく、そなたをいきなり殺しにかかった短慮もその消耗と無関係ではない」

「消耗だと? あれで? とてもそうは……」


 シラハに相対するレゼーレは常に美しかった。一幅の名画のような立ち振る舞い。余裕綽々と芝居がかった諧謔すら交えながらシラハと渡り合ったのだ。

 あれが弱った姿だったとでも?


「私に要らぬ心配をかけぬためか、武人の矜持のためか、あるいは美しからざる姿を見せぬ淑女の作法ゆえかもしれぬ。だが、普通に考えて憔悴しておらぬはずはないのだ。たらればに意味は無いが……もしレゼーレが万全であったなら、この戦いにも違う結末があったやもな」


 想像する。もしレゼーレの剣があと指一本分速かったのなら、シラハは勝てていただろうか。勝てた、勝てたはずだ。だが、五体満足だっただろうか。

 想像する。レゼーレが不意打ちで切り捨てたという……不意打ちで斬るしかなかったという、名も姿も知らぬ『十騎聖』を。

 想像する。そんな強者達と戦う己の姿を。そうなればシラハは最初から『雷勁』を狙わざるを得ないだろう。だが『雷勁』を使うには相手の呼吸に合わせなければならない。『十騎聖』はレゼーレがそうであったように、シラハよりも対人戦に長けているだろう。そんな相手の呼吸をいかに速く読み切るか……


「血が滾る、と言ったところか」

「……あ?」


 シラハとしたことが、自身の表情筋が凶相にも似た笑みを形作っていることに気付いていなかった。ファスに指摘されてようやく気付くという体たらく。


「もし、私の護衛につくのであれば……そなたが今想像したような戦いの機会が訪れるやもな。いや、もし護衛の間にその機会がなかったとしてもだ。私が窮地を脱したその暁には、私が用意できる中で最強の敵と試合う機会をそなたに与える。金銭と、強者との戦い。これをもってそなたへの報酬とする。どうだ。受けるか、『雷拳』」


 シラハは両手を挙げた。この子供に一本取られたことを認めないわけにはいかなかった。


「分かったよ。この交渉はあんたの勝ちだ。ファス。あんたのことは俺が守ろう。だからちょっとは気を緩めろ」


 シラハがそう促すと、ファスはようやっと息が出来たという様子で


「そう言って貰えると助かる。父上が騎士達を焚き付けるのを己なりに真似てみたが、実際にはこうも……いや、言うまい。ともあれ、依頼は成立だ。その証として前金でも渡しておくか。これなどどうだ?」


 懐から宝石を取り出して見せてきた。装飾品に加工はされてはいないものの、精緻に研磨されておりこれ一つでも家が建つだろう。それをファスはこちらに手渡そうとしてくるが、


「そいつはあとで良い。そして、今はこれ以上近づくな」

「ふむ?」


 首を傾げたファスに、シラハは後方を指さす。

 ファスはそちらに視線をやり、目を真ん丸に見開いた。

 そこには倒れたレゼーレの姿がある。『雷勁』を受けたために意識を失っている。失っているはずなのだが、左手がゆっくりと動いている。その手は未だに短剣を握りしめて離さず、その切っ先がゆっくりと、ゆっくりとシラハの方へと向きつつあったのだ。


 全く大したものだとシラハは笑った。レゼーレが生きていることに驚きはない。殺すつもりの『雷勁』といえど、レゼーレなら命「だけ」は長らえると信じて放った。しかし、


「想像以上だったな。『雷勁』を食らった瞬間、腕の関節を外して衝撃波の伝播を狂わせたか。負傷を右腕一本で止めやがった」


 本来なら内蔵の二個三個は潰したはずの『雷勁』は、結局レゼーレの右腕と意識を奪うに留まった。右腕以外はほとんど無傷。ファスに触れようとする不逞の輩を成敗するのには何ら支障ないというわけだ。

 意識を無くしている? それがどうした。シラハとて意識が飛んだまま戦ったことがある。レゼーレに出来ない道理はない。レゼーレは昏倒してもなお、ファスの本来の護衛なのだ。


「あんたとレゼーレがどういう間柄かは詮索しねぇが……大した忠義だな」

「……っ、レゼーレぇ……!」


 ファスが今度こそ一歩も立ち止まることなくレゼーレへと駆け寄った。シラハはしばしの間、二人から目を逸らす。

 シラハはファスに一本取られた。だから彼女がその大人びた態度を脱ぎ捨てて、年相応に涙する姿を盗み見る権利などない。


 シラハは代わりに頭上を見上げる。普段ならば空は見えない。『晦冥かいめいの森』の常緑樹の枝葉が空を鎖しているからだ。だが、シラハとレゼーレの激戦により葉が落ちてこの時だけは空が見えた。

 雲一つ無い晴天である。


「結果論っちゃ結果論だが……感謝するぜ。『十騎聖』レゼーレとその主ファス」


 いきなり殺されかけたことなどもう本当に心底どうでも良い。

 まさか『晦冥かいめいの森』を抜け出る前に、拳の『答え』が見つかる予感が得られるとは。

――護衛ときたか。あいつら以外と組むのは初めてだが……

 それも一向に構わない。レゼーレは見事な武人であり、ファスは幼いながらも立派な依頼主である。


「新たな旅の連れ合いとして不足なし、だ」

 目指すはファスとレゼーレの国、ロカマドゥール王国。

 そこでは今、王国最強の『十騎聖』が敵味方に分かれて殺し合わねばならぬほどの陰謀が蠢いているのだという。

 その修羅場の中には果たしてシラハの求める拳の『答え』があるだろうか。

 知りたければ、行くのみである。

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