第五話「泣かぬ子には勝てぬ」
「レゼーレ!」
ファスが倒れたレゼーレに向かって駆け寄る。シラハにそれを止めるつもりはない。勝敗は既に決した。彼女とは敵対したが、それ以上の怨恨はない。これから彼女たちの処遇を決めねばならないが、ファスがレゼーレの手を握るまでくらいは待つつもりだった。
だがファスはそうしなかった。レゼーレに駆け寄る途中で立ち止まる。ほんの数秒だけ、そこでうつむいていた。
だがすぐに顔を上げシラハの方へと向き直ると、ファスは従容と告げる。
「そなたの勝ちだ。冒険者シラハよ。我々は負けを認める」
あどけないファスの顔には緊張こそ浮かんでいるが、それ以外の感情は読み取れない。シラハは困惑した。
「随分と落ち着いてるなあんた……ファスと言ったか」
確かにこの戦いを吹っかけてきたのはあちら側だ。だが、実際にシラハを殺すと決めて斬りかかってきたのはレゼーレである。レゼーレの方には当然、戦いの覚悟があってしかるべきだが、ファスの方まで覚悟が決まっているとは。
自身に待ち受けるだろう敗者の命運を理解し、その上で勝者たる怪物に語りかけてきているのだ。並の肝っ玉ではない。
――まぁ、でも子供の方が腹が据わってるなんて事はザラだしな。
シラハもその手の子供だった。ファスも同類なのだろうとシラハは自身を納得させる。
「そのままでいてくれると助かるぜ。泣かれても面倒だし」
するとやはりファスは冷静に首を横に振って見せ、
「レゼーレが敗れた以上、私が泣き喚いたところで何が出来るというのだ? それよりもこれからの話をした方が余程建設的ではないか」
などと一人前の口を利いてくる。
「話? あぁそうだった。あんたらが不法侵入者かどうかって話だったな。戦うのが楽しすぎて忘れてたぜ……で? 申し開きはあんのか? 突然斬りかかってきたってことはそういうことなんだろうがよ」
シラハ自身としてはもうこの二人を見逃しても良いという気分になっていた。それ程にレゼーレとの戦いで満たされていたのだ。ただ交戦した以上、もう見なかったことには出来ない。
シラハは腰を下ろした。特に理由は無い。長身のシラハに見下ろされたままではいかにファスが豪胆な少女でもやりづらかろう、という気持ちもあるにはあったが。少女、そう、少女である。
――人間族、だよな? 耳が尖ってねぇし。
であれば魔術師とは違ってファスは見た目通りの年齢のはずだ。十二かそれ位の愛らしい少女である。たとえどれだけ年不相応の態度を取ろうとも、まごうこと無き子供だ。
どうにもやりづらい。そんなシラハの内心を知ってか知らずか、ファスが口を開く。
「まずはこちらの非を詫びよう。ここを封鎖領域と知って無許可で立ち入ったのもこちらで、先に斬りかかったのもこちらだ。……だが、それを承知で頼む厚顔を許してくれまいか。どうか我らを見逃して欲しい。私にはどうしてもここを通らなければならぬ理由があり、逆に言えば通行以外の目的はないのだ」
「どういうことだよ」
「明かせる範囲で言うとな、私は今、身を狙われているのだ」
「ふぅん。一応聞くが、俺の事じゃねぇよな」
「無論だとも。そなたではない。それ以外の厄介な敵が私を狙っている。それで私は元いた場所から命からがら逃げ延びてきた。そしてレゼーレは私の護衛だ」
「なるほどね」
シラハもファスが高貴の身分であることは薄々察しつつあった。
シニヨンでまとめた長すぎる髪やいかめしい口調だけでも判断材料にはなるが、何よりレゼーレと一緒にいたという点が大きい。
「なぁ、シラハよ。レゼーレは強かったろう」
ファスは倒れ伏すレゼーレの方へと目線を向ける。その一瞬だけファスが泣き出しそうな表情をしたのを、シラハは気付かない振りをする。
「ああ。今の俺とああも戦えるヤツなんて一人くらいしか知らねぇよ」
レゼーレが本当に『十騎聖』――ロカマドゥール王国最強の騎士の一人なのかは分からないが、これほどの強者を護衛に従える少女がただ者であるはずがない。豪商の娘ではまだ足りない。どこかの大貴族の娘である、はずだ。
――どれくらい偉いかまでは分からねぇが。貴族ってのをあんま見たことないんだよな。
その推定大貴族の娘が続ける。
「その強いレゼーレでも手を焼くような刺客達が昼夜問わず、私を狙ってくる。生死は問わない、などと言われているのだろうな」
「それは……」
うっかり「楽しそうだな」などと口走ってしまわない分別がシラハにもあった。
「苦労してるな、あんたも」
「うむ。……ともかくその刺客共を一旦撒いてしまわぬ事には息もつけぬ。そこで我らはこの地を通ることにした」
「冒険者でもないのにか? 無謀すぎるぜ。昼寝してる孤王に出くわす可能性だってあったんだぞ」
「それは二ヶ月前までの話だろう?」
「……」
「レゼーレは既に孤王が討たれたことを知っておった。ロカマドゥールではまだ真偽不明とされておりごく一部のものにしか伝わっておらん。だがレゼーレには確信があったようでな。何も知らぬ刺客共はまさか我らが孤王の膝元を通って逃げるなどとは思うまい。そうして『晦冥の森』を通って、信用できる味方の元へ向かおうとしたのだ。まさか、その孤王を倒した勇者に出くわそうとは思わなんだが」
「へぇ。信じるのか?」
「我が国が誇る『十騎聖』が敗れた以上、信じるしかあるまい。それに、以前茶会で聞いた噂をようやく思い出したわ。曰く、徒手で魔物と戦う冒険者がいると。その者は雷の如く強烈な拳を放ち、その雷鳴の轟きよりも速く次の敵に殴りかかるという。――『雷拳』シラハ。そなたの事であろう?」
シラハは顔をしかめた。
「他の奴らが勝手に言ってるだけだ」
まだ「答え」にも至れないこの拳が『雷拳』などシラハからすれば恥でしかない。
「まさか森の向こう側のロカマドゥールにまで広まってるとは思ってなかったが」
「真の英雄であれば、名は勝手に広まるものだ。そなたであれば孤王を討ったことも事実であろう。歴史に残る偉業である。偉業ではあるが……孤王の死はこの森に不審な輩を呼び込む切欠ともなり得る」
おいおい、とシラハは舌を巻いた。
――いくら何でも賢すぎだろ。それとも、貴族の子供ってのはみんなこうなのか?
「大したもんだぜ、その年でよ」
「何、受け売りに過ぎんよ。支配者のいなくなった土地には悪しきがはびこる……冒険者であるそなたはそれを憂慮し、我々の素性を質しに来たのだろう。重ねて済まなかった。そなたの行いは正しい。が、それでも我々をどうか見逃してくれ。我々はただ、ここを通り抜けるだけと誓おう。対価を求めるのなら、三つを除いて全て差しだす……」
そう言ってファスはシラハに跪こうとする。シラハに子供を跪かせる趣味はない。シラハはファスを制し、
「そんなのいらねぇよ。強敵と殺り合えたってので「挨拶」の無礼は溜飲を下げるさ。あんたらが言うことも信じよう。どうせもう『明けぬ夜』の野郎はいないし、あんたらをただの「迷子」って事にしてやってもいい。……で?」
シラハは言葉を切ってファスを見据える。先ほどまでの会話で、シラハはファスの顔を真っ直ぐに見ることはしなかった。不必要に相手を恐れさせないためだ。
だが今は違う。ファスを量るように見据え、目を逸らさない。あえてそうしながらシラハはこの聡い子供に問いをかける。
「俺があんたらを見逃す。それで本当に十分なのか、あんたらは」
ファスはシラハの視線から逃げなかった。
「……否だ。我々は恥知らずにも、さらにそなたに願わねばならない」
そしてファスは、シラハの新たな旅の始まりとなる言葉を告げる。
「孤王殺し、シラハよ。我々はそなたに護衛を依頼したい。我々と共に来て貰いたいのだ」




