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第四話「十騎の聖」

 二刀流。本来の構えを取ったレゼーレに対し、シラハも加減は止めて本気の速度で踏み込む。しかしそれはレゼーレに真っ直ぐ飛びかかるものではない。途中で何度も牽制を挟み、レゼーレの周囲を上下左右に駆け回る疾走だ。幾重にも枝分かれした稲妻が、さらに幾条も降り注ぐが如く、縦横無尽である。


 残像すらも見失うほどの神速にレゼーレは良く追随するが、それでも隙をさらす瞬間が出来る。そこを狙ってシラハが打ち込む。が、レゼーレは動体視力ではなく読みによってそれを防ぎ、返し技に二刀を振るう。シラハは捌き、再び疾走で翻弄する。


 ばらばら、ばらばら。両者が交錯するたび、周辺の木から葉が降り落ちる。『晦冥かいめいの森』の木々は大半が常緑樹だ。こうも一斉に落葉することは通常あり得ない。しかし嵐に見舞われた場合は別だ。たかだか人間同士の一騎打ちが、まるで天災の如く暴風を振りまいている。


「……信じられぬ」


 そう漏らしたのはシラハでもレゼーレでもなく、離れた場所で両者の戦いを見守っていたファスであった。彼女は自身の矮躯が二つの竜巻に吹き飛ばされぬよう、手近な岩にしがみつきながら


「『十騎聖』のレゼーレとこうも互角に渡り合うとは……!」


 ファスの言葉が耳に入り、シラハはある噂を思い出す。

 『晦冥(かいめい)の森』の反対側にあるロカマドゥール王国には『十騎聖』なる騎士達がいるという。純粋なる武技の腕でその座に上り詰めた王国最強の十人について語ったのは誰だったか。語られた中にレゼーレという名前があっただろうか。もしかすると記憶の奥底には答えがあるかもしれない。だが今のシラハにはどうでも良かった。


 ただ、敵の振るう美しい技を堪能することにだけ集中する。


――すげぇなぁ。


 生物としての『(レベル)』はシラハが上だ。シラハの方が明らかに速く、重い。だがそのシラハとレゼーレは渡り合っている。孤王殺しと渡り合うほどに、レゼーレの対人技術は磨き上げられている。


 生物としての『(レベル)』は絶対ではない。その事はシラハはよく知っている。『技能(スキル)』は、執念は、『(レベル)』の差を覆しうる。


――そうだ。人間でも孤王を殺せる。


 ならばシラハがレゼーレに敗れることもまたあり得る。


 ならば出し惜しみなどしていられない。しかし、シラハはまだ。


「一体、どういうつもりかしら」


 冬が訪れたかと思われるほどに冷たい声色で、レゼーレが問う。


「なぜ本気を出さないのです」

「本気ではあるぜ。ただ、まだ次の皿(きりふだ)を出すタイミングじゃねぇってだけ――」

「嘘ね。最初から出すつもりなんてないのでしょう」


 この相手に何度シラハは驚かされただろう。

 確かにシラハはまだ切り札を隠し持っている。この膠着をすぐにでも打ち破り、勝負を決めに行ける奥義が。だがシラハはそれをレゼーレに使うつもりはなかった。


 その事をレゼーレは察したのだ。シラハは舌打ちする。対人戦の達人はこうも易々と敵の心を読むものか。


「なぜ?」


 下らぬ答えなら許さない。ただ純粋な殺気ではなく、煮えたぎるような瞋恚を感じ取ったシラハは正直に答える。何せ武人として礼儀を欠いたのはシラハの方だ。


「一言で言うなら、人間を殺さないためだな。あんたが美人だから、なんて最低の理由じゃないことだけははっきり言っとく。俺は単に、この拳の『答え』が見つかるまで極力人を殺したくはねぇんだ」


 レゼーレのつり上がった眉が僅かに下がる。しかし納得には至っていないようで、


「不殺ですか。それはご立派ですね。きっと修道士に向いてらっしゃるわ」


 とシラハを皮肉る。


「アホらしいだろ? そもそも俺はガキの頃には何人か殺ってるし、敵は殺しといた方が後腐れ無いって今でも思うさ。……ただまぁ、あいつを否定できるだけの『答え』を見つける前に拳で人を殺すと、師匠(クソじじい)が化けて出てきそうでよ」


 シラハは師が残した呪いを思い出す。あの男は「稽古」と称してシラハを散々に苛んでおきながら、挙げ句の果てにこう言った。


――済まない。こんな(もの)には何の意味も無い。他の武器の方がずっと役に立つ。ああ、だが。


 その時覚えた怒りをシラハは決して忘れない。


――人殺しにだけは、向いていたか。下らねぇ拳の、下らねぇ答えだ。


 それを最後に、師は言葉らしい言葉を発することはなかった。七日を待たずして彼は死んだ。師だった男のやつれた亡骸の前でシラハは一つの誓いを立てた。


 この男の遺言を必ず否定してやるのだと。発言の真意は分からない。「人殺しにだけは向いている」の辺りは特に。

 ただ少なくとも、シラハが死に物狂いで身に付けた技が否定されたのは間違いなかった。


「マジでもう二度と会いたくねぇんだ、あの師匠(クソじじい)には。とっとと『答え』を見つけて師匠(クソじじい)の下らねぇ未練を断ち切るまで、俺は拳で人を殺したくはない。もし俺が本気じゃねぇように見えるのならそのせいだ。けどまぁ」


 そこでシラハはニヤリと笑う。


「確かにつまらねぇな。人を殺せねぇからって、やれ手加減だの出し惜しみだの、こんなに楽しい戦いでよ。俺がこんな半端なこと考えてるから、あんたの方も切り札を温存しなきゃいけなくなる」


 レゼーレはただ、「無粋な人ね」と微笑んだ。言外の肯定に等しいだろう。


「そこで最高に冴えた提案なんだが」


 そう言ってシラハはまた構える。今までと何一つ変わらない。変わったとすれば、


「今から俺は殺す気であんたを打つ。だからあんたは死なないでくれ。それで万事解決だ。どうだ。受けるか、『十騎聖』」


 殺してやるぞとばかりの気迫。それが好敵手への信頼だと気付かぬレゼーレではない。


「良いでしょう。随分と淑女を待たせてくれたものですが、そうね。餞別くらいは差し上げましてよ。私の名だけでなく、姓と号も聞かせてあげましょう」


 レゼーレは片手剣と短剣を交差するように構え、シラハの戦意を迎え撃つ。


「ロカマドゥール王国『十騎聖』が末席、レゼーレ・フォレ・ベルラファール。我が名の全てを冥府で呪うことを許しましょう」

「そうかいありがとよ。俺にはそんな大層な名字はねぇから……もう三度目でくどいだろうが、聞け。俺はシラハ。冒険者パーティ『射干玉狩る七曜(カールスヴォグナ)』が一人。二ヶ月前にここの孤王を討ち取ったのは俺達だ。『明けぬ夜(ムルケティド)』の野郎をぶん殴って膝を付かせてやったのはこの俺だ」


 互いの身分を改めて明かすも、両者とも眉一つ動かさない。眼前の敵の実力からすれば、その程度の肩書き、驚くには値しない。


「来なさい」

「参る」



 レゼーレは呼吸すら止めてシラハの突撃に備える。


――来る。


 そうレゼーレが予想した通りのタイミングでシラハが疾駆してきた。今までと変わらないと見えて、その踏み込みは一歩浅く、それに合わせて打撃も一拍「早い」。


「――」


 狙うはレゼーレの「右」。

 間合いの利を押しつける片手剣。これを牽制の一撃で払いのけ、その隙に「必殺」をたたき込む――シラハの狙いをそう読んだか、レゼーレが選んだのは守りではなく、


「『翔け貫くは雨燕マーティネット』!」


 神速の突きによるカウンター。いかにシラハの拳が重くとも、牽制技のみではレゼーレの命には届かない。間合いが足りない。

 だがレゼーレの方は届く。レゼーレの技の中で最速の『翔け貫くは雨燕マーティネット』ならば、シラハの牽制に打ち勝てる。


「……ッ!」


 この刺突は払いのけられない。

 そう判断したのか、シラハは全身を捻り、横倒しにして回避した。これまでシラハに必ず流血を強いてきた『翔け貫くは雨燕(マーティネット)』は、ここに来て完全に見切られた。だが、


「その程度ですか!?」


 シラハの体勢は無理な回避により崩れている。追撃にレゼーレが振るった短剣を横合いから逸らしはしたが、弾き飛ばすまでは至らない。

 その刹那にレゼーレは片手剣を己の正中線に引き戻す。逸らされた短剣もほぼ同時に構えの位置へと戻る。


王手(チェック)! さぁ、次がありますか!?」

 体勢を崩したシラハに対し、レゼーレは二刀を万全に構えている。その万全の剣をレゼーレは振り上げた。

 追い詰められたシラハは破れかぶれにレゼーレの利き手を殴り飛ばそうとしているように見える。無意味だ。確かに右腕は死ぬかもしれないが、左の短剣は止まらない。


「『鳥琴歌(ちょうごんか)・鴛鴦――」


 レゼーレはそう断じて渾身の斬撃を打ち下ろし、


「『雷勁』」


 己の籠手がシラハの拳に触れた瞬間、己が勝機を読み違えたことを悟った。



 『雷勁』。それはシラハの拳法の極意である。

 その名には二つの由来があるのだとシラハの師は言っていた。


 一つ。打ち込む際に、遠雷のような独特の打撃音がするため。

 二つ。その一撃の作用が雷撃に似るため。


 自然の雷では威力が高すぎて分かりにくいため、ここでは魔術による電撃を例に取ろう。もし、雷撃を何か生物に放った場合、雷撃は生物の表皮よりもむしろ体内にこそ甚大なダメージを与える。雷撃は生物の体内を通って、その経路を焼き払い、破壊するからである。


 『雷勁』もそれに似た作用を持つ。『雷勁』は「殴る」打撃ではない。打撃の衝撃波を相手の体内に「流し込む」打撃……いわば浸透勁である。『雷勁』により流し込まれた衝撃波は相手の体内を駆け巡り、深い位置で炸裂する。血管や内臓、神経。そうした致命的な箇所を効率的に破壊するのだ。


 『雷勁』による攻撃は魔物の堅牢な表皮や甲殻を無とするばかりか、分厚い肉と脂肪をも通り抜けることが出来る。徒手空拳のシラハが魔物と戦う上で根幹となる技術。


「『雷勁』」


 結局のところ、レゼーレはシラハの「殺すつもり」を読み違えていたのだ。

 孤王に膝を付かせたシラハの拳、それが人智の範囲にあるなどと考えるべきではなかった。


 シラハの拳はレゼーレの籠手に触れ、『雷拳』を発する。

 雷と名付けられたとおり、シラハが放った衝撃波はレゼーレの籠手を通り抜け、指先から肘、肩を通り抜けながら蹂躙し、


「……!?」


 最後にレゼーレの真芯を打ち抜いた。遅れて、どぉん、と低く響くような打撃音。『雷勁』の名の、もう一方の由来。

 目の前でレゼーレが声一つあげられずに頽れるのを最後まで見届け、シラハはそこでやっと構えを解いた。


「殺す気で打ったぜ。約束通り、死んでくれるなよ」

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