69 エピローグ
朝食を終え、マロンとお父様が出勤するのを見送る。
二人を見送るこの時は、いつも涙が溢れてくる。それが悲しみなのか、嬉しさなのか、後悔なのか・・・自分でも分からない。
そんな時、隣にいたアルベールがそっと手を握ってきた。
「エクレア殿が、すべて背負う必要はない」
「しかし、マロンを転職させたのは私ですし、転職神官は転職者の人生を背負うべきです」
「それはそうだが・・・我らにも責任がある。俺にも、エクレア殿の重荷を背負わせてくれ」
優しくアルベールが言う。
あれからの話をすると、王都の奪還を目指す連合軍と私も行動を共にした。
王都の奪還は、大した抵抗もなかったようで、呆気なく奪還できた。そして、マロンも拘束された。発見された時マロンは、薬物中毒状態で、正常な受け答えはできなかったようだ。
そして数日後、マーズ教会が驚きの発表をした。
すべては偽物の聖女マロンが一人でやったことだと・・・
以前のような情勢ならば、それで無理やり世論を黙らせることができたかもしれないが、そんなことはもはや無理だ。証拠は山のようにあるし、そもそも私やマロンが生まれる前からの悪事も発覚している。それにしばらく逃亡していたユリウスも拘束され、その証言からも組織ぐるみでの犯行だったと判明する。これにより、転職神殿本部とマーズ教会は解散、悪事に加担していたなかった神官については、ランカスター転職神殿本部に移籍したり、独立して転職神殿を開業することになった。
そしてマロンだが、治療の甲斐があって、ある程度体調は戻った。
しかし、幻聴と幻覚に悩まされ、自殺未遂を繰り返した。それでマロンの処遇だが、私たちに一任されることになった。
というのも、マロンは薬物依存状態で正常な判断ができなかったこともあるし、私たちが王都奪還に大きく貢献したこともあり、その家族ということで、特別な処遇が認められたのだ。
マロンの処遇については、何度もお父様と話し合った。
マロンは仕切りに「すべてを忘れたい」と言っていた。薬物依存になったのも、辛い出来事を忘れようとした思いからだったのだろう。苦しむマロンを見ると、私もお父様も胸が締め付けられる。確かにマロンは、私を実家から追放し、転職神官として最低の行為をした。でも妹は妹だ。すべてを憎むことはできない。
マロンのために処刑してもらうという案も出たが、生きて罪を償ってほしいとも思った。
そんな中、私はある決断をした。
それはマロンに「懲罰転職」を施すことだ。転職させるジョブは「忘れ人」というジョブで、記憶が欠落する呪いが掛かるというのだ。研究もされていないジョブなので、どのような状態になるかは未知だったが、きっと神様が味方してくれると思い、このジョブに転職させることにした。
お父様が言う。
「エクレアだけに重荷は背負わせないよ」
「ありがとうございます・・・我が妹マロンよ。「忘れ人」となり、新たな人生を歩みなさい」
マロンが光り輝く。
転職は成功したようだ。
★★★
マロンに掛けられた呪いは、かなり特殊なものだった。
夜寝て、朝起きると記憶がリセットされる。それもマロンが初めて転職神官となったあの日に・・・
研究者によると、最も幸せだった状態に戻るのではないか?とのことだった。
私もそう思う。もう何度も経験しているが、マロンはいつも幸せそうだ。
朝起きて、転職神官として初めての1日が始まり、そして眠りにつく。
そんなマロンだが、転職神官やスタッフたちには、評判がいい。
ある転職神官は言った。
「マロンさんを見ていると、転職神官になった当初のことを思い出させてくれます。私にもあんな純粋な時期があったんだとね・・・」
マロンはいつも、一生懸命だ。
そんなことを思いながらも、側にいるアルベールに言う。
「アルベールさん、マロンの記憶がリセットされるからといって、嘘を言ってはいけませんよ。それも婚約者だなんて・・・」
「嘘ではない。それは本心からだ。少々勇み足だったかもしれんが・・・エクレア殿の気持ちを聞かせてほしい」
いきなりのことで、私はパニックになった。
「そ、そんな・・・私とアルベールさんは、指導者と教え子・・・そんな破廉恥なことは・・・」
「では、今日で卒業しようか?」
「い、いえ・・・まだまだ、アルベールさんには指導しなければならないことが・・・」
「おかしいな?以前は、もう教えることがないと言われたのだが?」
言葉に窮した私は、俯いてしまった。
「少し揶揄い過ぎたな・・・悪かった。だが、少し考えておいてくれ。卒業はもうしばらく待つ」
アルベールは去って行った。
私はどうしたらいいんだ?
★★★
王都奪還から、1年が経った。
私は今、実家のあったランカスター転職神殿支部に来ている。というのも、この場所で武闘大会が開催されるからだ。これは世界平和のためのイベントとして企画されたもので、今回が記念すべき第一回目の開催となる。
出場選手は、種族も性別も問わない。
しかし、事前の予選を勝ち抜いたのは、すべてランカスター転職神殿の転職者だったのだけどね・・・
私は観覧席で、ゴブミとゴブコと雑談をしている。
ゴブコが言う。
「それにしてもエクレアは凄いわね。今をときめく三王子から求婚されるなんてね」
アルベールに求婚された後、カール王子とシバレウス皇子も求婚をしてきた。
「結局、誰にするのよ?」
「そ、それは・・・」
「そういえば、まだアルベールさんを卒業させてないんだってね?」
「そうだけど・・・」
私は三人に、「魔勇者の指導が終るまでは、誰とも結婚できない」と言ってしまった。だから、ずるずると引き延ばしてしまっているのだ。
「アルベールさんは、強くて人間的にも成長したけど、まだ放っておけないのよ。少し不安というか・・・もう少し指導が必要だと思うのよ」
「もう、答えは出たようなものだけどね・・・」
そんなところにゴブキチがやって来た。
「ゴブコ、話がある。この大会でベスト8・・・いやベスト16に入ったら。結婚・・・」
ゴブコのパンチが炸裂する。
「そこは、嘘でもいいから、優勝って言わないと!!」
「それは無理だろ!?フェルナンド先生もオーガラさんも出るし、帝国の「剣聖」のおっさんも強いし・・・」
「もういいわ!!早く準備しなさい」
ゴブキチを追い返していた。
「男って本当に馬鹿ね・・・大会の成績で結婚を決めようとするなんてね」
そうゴブコは言うのも理由がある。
アルベールにもカール王子にもシバレウス皇子にも同じようなことを言われた。
「エクレア殿、この大会で優勝したら結婚してほしい」
「エクレア先生、この大会で優勝したら結婚してほしい。僕と結婚すれば、実家のあった場所で暮らせる。実は、エクレア先生の部屋はそのままにしているんだ」
「エクレア殿、この大会で帝国所属の選手がベスト8に3人入るか、優勝又は準優勝した場合は、結婚してほしい。皇后の座も用意するし、転職神官を続けてもらっても構わない。その他にも・・・」
「シバレウス皇子、複雑すぎるぞ。俺が優勝して、帝国所属の選手がベスト8に3人入った場合はどうするんだ?」
「というか、なんでお前は出ないんだよ!!」
「我は「皇帝」だ。貴殿らと違って戦闘力はない。選ぶのはエクレア殿だ。貴殿らに言われる筋合いはない」
三人が言い争っている隙に逃げ出したんだけどね・・・
「少し会場を見て来るね。これでも大会委員長だからね」
そうゴブコに言って、私は会場を周る。
会場の裏手で、一生懸命に働いているマロンを見付けた。マロンも私に気付いたようで、声を掛けてくる。
「私の初めての仕事が、会場スタッフなんて、本当に有難いわ。出場している選手も観客の多くも、ランカスター転職神殿の転職者だから、みんなからお礼を言われるのよ。私も早く立派な転職神官になって、もっとランカスター転職神殿を盛り立てるんだからね」
仕事に戻るマロンを見送る。
最近、ふと思うことがある。
あの時、私が追放されていなければ、どんな人生が待っていたのだろうか?
答えは出ない。
だが、これだけは言える。
実はこれが最良の結果だったのではないかと・・・
ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございます。ここでこの物語は一旦終了とさせていただきます。この物語を書くにあたり、「そういえば、追放物を書いてなかった」ことを思い出し、少しテイストを変えたこの作品となりました。
話は変わりますが、新作を書きました。同じ追放聖女物ですので、読んでいただければ、幸いです。
「鋼鉄の聖女~勇者召喚されたOLですが、不遇なジョブの所為で追放処分を受けました。でも実は、私のジョブは最強のようで、いつの間にか無双しちゃってます。」
https://ncode.syosetu.com/n3850ku/
あらすじ
一条葵は三十路のOLだ。剣と魔法のファンタジー世界であるザマーズ王国に勇者召喚されたのだが、与えられたジョブは「鉄の女」、スキルは「鋼鉄化」という全く使えないジョブとスキルだった。全身が鉄のように固くなり、ダメージは受けなくなるが、身動き一つ取れない。葵の他にも高校生4人が勇者召喚されたのだが、その4人はいずれも「勇者」「剣聖」「大魔導士」「聖女」のレアジョブを持っていた。その4人からは年齢のことで馬鹿にされ、召喚したザマーズ王国も葵を無能と判断して追放を決める。しかし、葵のスキルは、使い方によっては、最強スキルだった。とりあえず、冒険者になった葵だが、素晴らしい仲間と出会い、その才能を開花させていく。
これは、「鋼鉄の聖女」として異世界を無双する三十路OLの物語である。




