60 戦場の転職神殿
シバレウス皇子は交渉の場で、帝国の事情を話してくれた。
「一言で言えば、我々は生贄だ。ここで魔王国を挑発し、魔王国に攻めさせる。魔王国から攻められたという既成事実をもって、魔王国が条約を破り、他国に侵略戦争を仕掛ける危険な国であると喧伝する。そして魔王国と交流があるホーリスタ王国も同類ということで、各国で連合軍を編成して、一気にホーリスタ王国に攻め入るというわけだ」
アルベールが言う。
「シバレウス皇子よ。そんなことを我らに話してよかったのか?」
「別に構わんさ。それに我がここにいるということは、どういうことか、分かるであろう?」
ここにいるということは、生贄にされるということだ。
つまり、シバレウス皇子は帝国の中枢から外れていることを意味する。
「この作戦が持ち上がったとき、我は大反対をしたのだ。それに魔族は、約束を破るような奴ではないと擁護したのだが、それがいけなかった。そこを付け込まれ、あの時の不可侵条約についてもケチをつけられた。そして今は、こちらの総司令官というわけだ。犠牲になるのが、我だけならよい。だが、ここに連れて来た兵の多くは徴募兵だ。正規軍を生贄にするには、もったいないという判断だ」
「ひ、酷いです・・・」
私は思わず、口に出してしまった。
帝国はどこまでいっても、人命軽視だ。それが皇子の命だとしても・・・
シバレウス皇子は私に向き直って言った。
「ところで、そちらの神官殿は、名は何と申す?以前に会った時は、名を聞いていなかったな」
「エクレアと申します」
「もしかして、エクレア・ランカスターか?」
「そうですが・・・」
シバレウス皇子は、少し間を置いて言った。
「運命のいたずらを感じるな。もしかしたら、我の妻となっていたかもしれなかった者と、ここで会うとはな・・・」
そういえば、帝国の皇族と私との縁談話があったと聞いたことがある。お祖父様が断ったみたいだけどね。
「これも何かの縁だ。我の頼みを聞いてくれないだろうか?」
★★★
交渉は順調に進み、再度、相互不可侵を確認しあった。
そして、シバレウス皇子の頼みというのは・・・
「転職神官ですから、転職はしますが・・・本当によろしいのですか?」
「構わん。そもそもが無理やり、強制転職させて連れて来た者たちばかりだからな」
帝国軍の徴募兵の多くは、強制転職をさせられて、連れて来られている者たちだ。その者たちを元のジョブや希望するジョブに転職させてほしいという。
しかし、それをすると帝国軍の戦力はガタ落ちする。
「「この地で大規模な演習を実施せよ」というのが、命令だ。転職させるなとは言われていない」
それはそうだろう。
こんなところに転職神官がいることなんて、誰も想像できない。
「責任は我が取る。費用も負担する。好きなようにやってくれ」
「分かりました。でも私は転職させられないんです・・・」
「どういうことだ?」
私は事情を説明する。
シバレウス皇子の顔が真っ赤だ。
「ふざけるな!!教会も転職神殿本部も腐りきっている!!」
「私のために怒っていただけるのは、嬉しいのですが、これから転職できるように準備を致しますから、私はここで失礼いたします」
すぐに転移スポットでホープタウンに戻り、私はお父様にお願いをした。
お父様もすぐに協力してくれることになった。
「強制転職者を元のジョブに戻すか・・・これは神様が、私に償いの機会を与えてくれたのかもしれないな。エクレア、強制転職者の転職は無償でしてはどうだろうか?」
「お父様がそれでいいのなら、それで構いません。私は転職させられませんしね」
数が多いので、お父様に賛同する多くの転職神官も協力してくれることになった。
このことをシバレウス皇子に伝えると、本当に感謝された。
「無償で転職させてもらえるとは・・・どう礼を言っていいか分からんな」
「お礼は、私ではなく、実際に転職させている神官に言って下さい」
「それはそうだが、エクレア殿がいなければ・・・」
そんな話をしていたところに、鍛冶ギルドのギルマスであるドグラスさんが声を掛けてきた。
「指導者も必要だろ?何人か見繕ってきたぜ。転職は始まりに過ぎんからな」
「ありがとうございます」
「いいってことよ。ホープタウンは人手不足だ。いい職人のスカウトに来たのが、本音だ。他の指導者たちもな」
そうは言うが、私たちの活動に共感して、来てくれたのは分かっている。照れ隠しだろう。
そんな中、気まずそうに声を掛けて来た者がいた。マートンだ。
「そ、その・・・そろそろ我の転職もお願いしたいのだが・・・早く「剛力王」になって、オーガラ殿に再戦を申し込みたいのだ・・・」
そういえば、忘れていた。
「そうでしたね。マートンさんの場合、オーガラさんの推薦もありますから、転職はさせていただきます。修行の大切さも理解されていますしね。それとシバレウス皇子、貴方も上級職に転職できるのですが・・・」
「そ、それは本当か!?」
あまり感情を出さないシバレウス皇子が、驚きの声を上げた。
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