41 勇者が来ました 2
お父様と共にカール王子の話を聞く。
お父様も、マロンが行方不明と聞いて、激しく動揺していた。
「殿下、マロンは無事なのでしょうか?」
「こちらの見立てでは、無事だ。ただ、もっと悪いことになっているだろう・・・」
カール王子が言うには、今回の事件は転職神殿本部が深く関わっているという。
不適格者の転職も違法薬物の売買もすべて、転職神殿本部が裏ギルドと結託してやったことらしい。転職神殿本部は絶対に認めないが、マロンは本部の手の者に誘拐された可能性が高いとのことだった。
「ホーリスタ王国としても抗議したけど、逆に『貴国の転職神殿をすべて閉鎖する』と言われたよ」
ホーリスタ王国にはランカスター転職神殿の他に2つ転職神殿がある。
国から転職神殿が無くなると大問題だ。転職業務は転職神殿本部が独占しているから、暗に「この件からは手を引け」と言われたに等しい。
「それで今日はお願いがあってやって来たんだ。エクレア先生、リシャール先生、ホーリスタ王国に戻って来てくれないかな?」
驚いている私とお父様。カール王子は話を続ける。
「これは父上と相談して決めたんだ。ランカスター転職神殿を我が国直轄の転職神殿として新設する。そして、転職神殿本部とは手を切る。そのためには、エクレア先生とリシャール先生の力が必要なんだ。もちろん、経費は国から出すし、全面協力する。だからいいだろ?」
悪い話ではないように思える。
カール王子なりに私のことを心配してくれてのことだろう。しかし、私はこの転職神殿の長だ。今、私がいなくなれば、この転職神殿は立ちいかなくなるだろう。ゴブミやスクイルさんという「転職神官」のジョブ持ちはいるが、まだまだ経験が足りないし、転職させられない種族も多い。
私だって、思い出の詰まったランカスター転職が閉鎖されるなんて嫌だ。でもそれ以上に責任がある。
「カール王子、有難いお話ですが、お断りさせていただきます。私は今、この神殿の神殿長です。まだまだ出来立ての転職神殿で、私が抜ければ立ちいかなくなります。申し訳ございません。」
そこからしばらく、カール王子の説得が続いたが、私たちは固辞した。
そしてカール王子は言った。
「これだけは使いたくなかったけど・・・エクレア・ランカスター並びにリシャール・ランカスター、ホーリスタ王国第三王子カール・ホーリスタが国王に代わって命ずる。ランカスター転職神殿を再建せよ。ごめん・・・こうするしかないんだ・・・」
カール王子のお付きの騎士ザバスさんが説明してくれる。
「エクレア殿、リシャール殿、申し訳ありません。カール殿下も国王陛下に『エクレア先生を無理やり連れて帰ることはできない』と説得されたのですが、国の危機ですので、カール殿下も王命に従う以外になかったのです。それに転職神殿本部の奴らときたら・・・」
転職神殿本部は、ホーリスタ王国のすべての転職神殿の閉鎖だけでなく、他国においてもホーリスタ王国民の転職を禁止する通達を出すと宣言したという。
お父様が呟く。
「転職神殿本部の力が強くなり過ぎた結果がこれか・・・今では創立時の理念と、かけ離れている」
お父様がそう言うのも頷ける。
転職神殿本部は、国の意向によって「転職神官」が搾取されず、自身の良心に従って自由に転職させられることを目的に発足した機関だ。しかし、近年はすでに国よりも権力を持ったマーズ教会の傘下に入り、自分たちの意向に従わない国や都市へ、逆に制裁を加えるような立場になってしまった。創設時の理念は忘れられ、いつの間にか利益第一主義に変わってしまった。
「だから頼むよ・・・エクレア先生しか頼る人はいないんだ」
できるなら、教え子の危機を助けたい。でもどうしたらいいのだろうか?
そんな時、アルベールが待ったを掛ける。
「カール王子、この神殿は既に魔王国が正式に認可している。その神殿長やスタッフを引き抜くことは許さん」
「何だよ、お前は?僕は王子だぞ!!偉いんだぞ」
「俺も王子だ。魔王国第二王子のアルベールだ」
興奮したカール王子は、更に続ける。
「第三王子の僕より、第二王子のお前のほうが偉いって言うのか?だったら僕は「勇者」だぞ。凄いんだぞ!!」
「それで言うと、俺も「魔勇者」だ」
カール王子はこういう所がある。
ずっと不遇な目に遭って来たため、何かにつけてマウントを取ろうとしてくる。研修期間にそのような態度を改めるように指導してきたのだが、興奮すると未だにマウントを取ろうとする。
私は、指導者として苦言を呈することにした。
「カール君!!人を立場やジョブで蔑んではいけないと指導しましたよね?」
「そ、それはそうだけど・・・」
「勇者の教育期間は3年以上必要と言われています。貴方は王子という立場から仕方なく1年で研修を修了しました。後はカリキュラムに従ってきちんと修行するはずだったのですが、修行をサボってますね?」
「ちゃ、ちゃんとやってるよ」
私はザバスさんに尋ねる。
「失礼ながら申し上げますと、最近カール殿下は修行はサボり気味で、王子としての責務も果たされていません」
「ザバス!!なんてことを言うんだ!!」
私は勇者であるカール王子を最後まで指導できなかったことが心残りだった。
勇者は絶大な力を手に入れることから、その教育は重要だ。カール王子を不完全なまま送り出してしまったことは、今でも後悔している。
だからこそ、アルベールには丁寧に悔いがないように指導している。
「カール君!!まだ修行が足りないようですね。アルベールさん、カール君を修行させてください」
「了解した。行くぞ、カール」
渋々カール王子はアルベールについて行った。
「勇者としては、僕のほうが先輩だぞ。カール先輩と呼べ」
「分かった。では行くぞ、カール先輩」
去って行く、カール王子とアルベール。
ザバスさんが言う。
「国の危機といっても、将来的なものです。今すぐに国が滅ぶとかいう話ではありません。修行という建前で、滞在期間を延ばし、その間に解決策を模索することも可能です」
お父様が言う。
「すぐには思いつきませんが、最悪私とこちらで務めているショコラだけ帰還することはできますが、エクレアと再び離れ離れになるのは・・・」
それは嫌だ。
折角、一緒に暮らせるようになったのに・・・
何かいい解決策はないのだろうか?
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