34 幕間 ランカスター転職神殿の今 3
~マロン視点~
どうしてこうなったのだろうか?
財政状況が激しく悪化している。
腹が立って、会計報告書を床に投げ付けた。
理由は分かっている。転職者が激減しているからだ。
転職神殿本部からも指導が入り、仕方なく禁忌とも呼べる犯罪者や素行不良者の転職も行った。これで当面の危機は回避できると思ったが、考えが甘かった。それをネタに今度は裏ギルドから脅された。裏ギルドへの支払いで、財政状況は更に悪化する。
そしてとうとう、犯罪にも手を染めた。
裏ギルドの斡旋で、禁止薬物の取引にも協力させられることになった。もう私は、歴とした犯罪者だ。悪い噂が広がるのは早く、更に転職者が激減するという悪循環に陥る。
私が頼れる人は誰もいない。
多くのスタッフが辞め、残ったのは他に就職先がないクズどもと、裏ギルドの関係者しかいない。
それにエクレアから奪い取った婚約者のユリウスも、碌な奴ではなかった。女好きで、誠実さの欠片もないゴミ野郎だった。戦闘力と顔以外は、人間として終わっている。初期研修の指導者をしてもらっているが、訓練と称して、転職者を痛めつけるだけなので、今では戦闘職の転職者で、初期研修を受ける者は誰もいない。
最近では、小銭欲しさに禁止薬物の売人のようなこともしている。聖騎士が聞いて呆れる。
そんな時、スタッフが神殿長室に報告にやって来た。
「カール第三王子殿下、冒険者パーティー「赤い稲妻」、テイマーのミロス様とミラ様が来られております」
私は歓喜した。まだ、神様は私を見捨てていなかったのだ。
「すぐにお通しして。お茶やお菓子も最高級の物を用意しなさい」
というのも、この転職神殿で転職した有名人に窮状を訴え、力を貸してくれるようにお願いしていたのだ。ここまでのビッグネームが来るとは予想していなかったけどね。
だって、カール王子は、超レアジョブの「勇者」だし、「赤い稲妻」は新進気鋭の若手有望パーティーだし、ミロスとミラはテイマー界隈で知らない者はいない有名人だからだ。
私は、服装を整えて彼らを待ち受けることにした。
★★★
私が神殿長室で待っていると、武器を抜いた彼らに取り囲まれた。
「こ、これは・・・一体どういうことですか?」
カール王子が言う。
「自分の胸に手を当てて、よく考えてみるんだな。もうネタは上がってるんだ」
「赤い稲妻」のメンバーも口々に言う。
「俺が許せないのはエクレア先生のことだ。酷いことをしやがって!!」
「エクレア先生とは、似ても似つかない出来損ないめ」
「こんな立派な転職神殿を短期間で、ボロボロにして恥ずかしくないの?」
私は悟った。
彼らは私を助けに来たのではなく、私を拘束しに来たのだ。
カール王子が言う。
「令状を確認するか?不適格者への転職行為、不正経理、禁止薬物の組織的な売買・・・弁解はあるか?」
諦めた私は自白する。
「ありません・・・」
「この馬鹿を拘束しろ!!」
それからのことは、ショックであまり覚えていない。
気が付くと拘束されて、馬車に乗せられていた。担当の騎士が説明をしてくれたが、あまり頭に入らなかった。分かったことは、私は犯罪者として王都まで護送されるとのことだった。
人生が終わった。
どうしてこうなったのだろうか?
私は誰からも慕われる転職神官に成りたかっただけなのに・・・
そんなことを思いながら、馬車に揺られること2日、突然外から轟音が響いた。すぐに剣を切り結ぶ音や激しい怒号が響く。
盗賊の襲撃?
こんな犯罪者を襲って何になるの?
しばらくして、音が消えた。戦闘が終わったのだろう。
そして、馬車の中に人がなだれ込んで来た。どう見ても警備兵ではない。私は死を覚悟した。
こんな最後?まあ、どうでもいいけど・・・
そんな中、私に声を掛けてくる人物がいた。婚約者のユリウスだ。
「マロン、逃げるぞ。裏ギルドの連中に協力してもらったんだ」
「そ、そんな・・・いくら何でも逃げ切れないわ。それに転職神官としてはもう終わりだし・・・」
「何を言ってるんだ。これからだろ?実は近々戦争が起きるんだ。大儲けするチャンスだろ?」
「それって、ヤミ神官じゃないの?嫌よ・・・」
戦争が起これば、無理やり徴兵した民衆を強制転職させることがよくあると聞く。アバレウス帝国なんかは、ヤミ神官をこっそりと雇って、部隊を編成しているともいう。
「なんだ・・・肩書きを気にしてるのか?だったら大丈夫だ。転職神殿本部にポストを用意してもらってるからな。今日からお前は本部直轄の一等転職神官だ。因みに俺は特務隊長だ」
全てを悟る。
裏ギルドの斡旋も違法薬物の売買も、すべて本部が仕組んだことだったのだ。
「心配するな。俺もいるし、裏ギルドも本部も協力してくれる。まあ、やることは今までと同じだ。犯罪者を転職させ、違法薬物を売りさばく。簡単だろ?」
私は諦めて、ユリウスと同行することにした。
ここでゴネても、どうすることもできないしね。
こうして私は、ヤミ神官としてのキャリアをスタートさせることになったのだ。
★★★
~ショコラ視点~
思い出の職場の強制捜査に立ち会うことになった。
強制捜査に至る証拠のほとんどが、私が集めたものだったから、協力を要請された。そして、目の前で神殿長のマロンが拘束されて、護送されて行く。気掛かりといえば、マロンの婚約者のユリウスが逃走していることだ。ユリウスは本当のクズで、女好きだ。私にまで言い寄ってきた。それに違法薬物の売買にも携わっているという。
担当の騎士に案内されて、私は神殿長室に入った。
私が呼ばれたのは、帳簿などを確認させるためだ。指示に従って帳簿や報告書の類を確認していく。更なる余罪も発覚することになった。
捜査の最高責任者であるカール王子が言う。
カール王子はホーリスタ王国の第三王子で、今年成人したばかりの15歳。まだまだ、あどけなさが残る少年だ。
「この資金の流れはもっと捜査したほうがいいな。それに裏ギルドと本部との関係も・・・ということで、後は任せたぞザバス。俺はエクレア先生の捜索に向かうからな」
お付きの老騎士ザバスさんは、鬼の形相で怒鳴る。
「殿下!!この状況で丸投げですか?「勇者」となり、立派になったと思ったら・・・エクレア殿も草葉の陰で泣いているでしょう。これからの事件指揮が一番難しいのですよ。押収資料の精査、関係機関との調整・・・やる事は山程あります。それでも、この状況で捜索に向かわれると?」
「い、いやあ・・・そういうわけじゃ・・・でも僕が行かないとエクレア先生が・・・」
ここで冒険者パーティー「赤い稲妻」の剣士ラドウィックが言う。
「カール、エクレア先生のことは、俺たちに任せろ。ミロスとミラもいるしな。じゃあ、そういうことで、俺たちは捜索に向かおう。行きましょうショコラさん」
「おい、お前たち!!抜け駆けは許さないぞ!!聞いてるのか?」
怒鳴り声を上げるカール王子を無視して、私たちはエクレア様の捜索に出発したのだった。
「赤い稲妻」とテイマー兄妹とともに「恐怖の森」を何日も掛けて奥に進む。
こちらの見立てでは、もしエクレア様が生きているならば、魔族と接触した可能性が高い。最近の情報では、魔族はそれなりに知能が高く、意思疎通もできるとのことだった。これはアバレウス帝国が魔族と交戦し、停戦協定を結んだという情報がもたらされたからだ。
ラドウィックが言う。
「魔族がどんな奴らか知らないが、戦闘になっても俺たちに掛かれば何とでもなるぜ」
「赤い稲妻」の魔道士ステラが言う。
「まずは交渉よ。話はそれから。それにここは敵地よ。本当にエクレア先生に何を習ったんだろうね・・・」
そんな話をしながらも私たちは、進む。
すると、巨大な城壁が姿を現した。ステラが言う。
「これを見る限り、魔族は高度な知能を持っているわね。交渉はできそうね」
恐る恐る城壁に近付いた。
門番の槍を持ったゴブリンが警戒を強めるのが分かる。私は彼らの前に歩み出る。
「私は転職神官のショコラ。同じ転職神官のエクレアという女性の捜索に参りました。協力をお願いしたのですが?」
ゴブリンの表情が一変する。
「大聖女様のお知り合いですか?これはめでたい!!すぐに宴の準備をいたします。どうぞこちらへ」
あっさりと交渉は成立した。
それにしても大聖女って・・・
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