30 初陣
訓練も順調に進み、ある程度戦力が整ったところで、アバレウス帝国の部隊が里に向かっているとの情報が飛び込んで来た。早速対策を練る。
現在アバレウス帝国の部隊は、里から徒歩で3日の地点で野営をしているようだった。
ここまで早く同行が掴めたのは、コボルトシーカーたちの活躍が大きい。彼らは素早く、鼻が利くからね。
アルベールが部隊員に指示を始める。
「初めての実戦で緊張していると思うが、訓練通りにやれば心配することはない。明日に夜襲を掛ける。そのつもりで、各自準備を始めろ」
一斉に獣人部隊が散開していく。
私はアルベールに声を掛けた。
「アルベールさん、分かっていると思いますが・・・」
「ああ、十分に理解している。獣人たちが自分たちで戦えるようにということだったな?」
「そうです。これはアルベールさんの指揮能力を高める訓練でもありますからね」
「緊急事態であれば別だが、獣人たちだけでやり遂げられるような運用にしているし、訓練もしているからな」
アルベールも実力はついてきた。
自分で戦いたい気持ちもあるのは十分に理解している。でもそれを押し殺して、指揮に徹しようとしている姿勢は評価できる。これが、私が指導した勇者だったら「絶対に僕が戦う!!」と言って聞かなかっただろうけどね。
「ゴブキチ、貴方の役割は分かっているわね?」
「もちろんだ!!俺が恰好よくやっつければいいんだろ?」
「馬鹿!!アンタは何も分かってないんだから!!」
理解してない奴がここにいた。
アルベールが言う。
「ゴブキチ殿は、部隊員に指示を徹底させる難しさを教えてくれているのだろうな」
多分そんなことはないと思う。でも訂正することは止めておいた。
だって、アルベールはこの後に再度部隊員を集めて、指示をしていたからね。今後、修行を積んでいけば、いい指揮官にもなれるだろう。
★★★
準備を整えた私たちは、すぐに里を出発した。
夕暮れ時にアバレウス帝国の部隊が野営する地点まで到着した。彼らが寝静まるまで、しばらくは待機だ。アルベールは、再度手順などを確認していた。
そして夜も更けた頃、作戦を決行することになった。
斥候に出していたゴブリンシーカーが報告に来る。報告を受けたお父様が言う。
「間違いなく、実戦経験の少ない部隊でしょう。酒を飲んでいるし、警戒員も居眠りをしているなんて、普通の部隊ではありえません」
「そうだな。だがこちらが油断していい理由にはならん。皆の者、気を引き締めていくぞ」
アルベールが指示を出し、先発隊が動き出した。
私とお父様もアルベールと共に第二陣として出発する。
報告のとおり、アバレウス帝国の部隊に緊張感は全くない。数は報告のとおり50名弱、警戒員は5名で3人は寝ているし、2人は酒を飲んでいる。
アルベールがハンドサインを出して、部隊員に指示を出す。
寝ている3人は部隊員が近付いて、ナイフで仕留め、残り2人は遠距離から弓で射抜いた。この作戦は上手くいき、相手は襲撃に遭ったことさえも気付かない。
更に獣人たちがこっそりと近付いて、爆発する魔石を天幕に設置していく。
アルベールが再びハンドサインを出した。
魔法部隊が一斉に火魔法を撃ち込む。そこかしこで、爆発が起きた。
これでほとんどの敵は葬ったが、何人かは天幕から這い出て来た。そこをゴブコを中心とした弓兵で討ち取っていく。
あっと言う間だった。
アルベールが今度は大声で指示をする。
「近接戦闘隊は確認!!決して気を抜くなよ!!」
まだ息のある者たちを確実にとどめを刺していく。
しばらくして、報告を受けたアルベールが声を上げる。
「我々の勝利だ!!」
「「「オオオオー!!」」」
そこら中で歓声が上がる。みんな興奮している。初めて彼らが一矢報いることができたのだから。
夜が明けてから、現状復帰が始まる。
お父様によると、アバレウス帝国の部隊は野営地点などは予め決まっているそうで、今後の襲撃に備えて、相手に気付かせない対策だという。
私はと言うと、敵の死体を集めて火魔法で焼却するとともに、祈りを捧げていた。
私としては、皆殺しまでする必要はなかったと思うのだけどね。
そんな時、お父様が声を掛けて来た。
「ショックだったと思うが、これも転職神官の宿命だ。ジョブを与えた者が殺し合いをする。今回は、わざわざ戦場に送り込むために転職させたのだから、もっと業が深い。エクレアを作戦に参加させたのは、こういったことも経験してもらいたかったからだ」
「十分に分かっています。こういったことも背負っていかなければならないということですね?」
「そうだ。この行いが良い事なのか、悪い事なのかは分からない。ただ、それを受け止めてどうするかは、自分で決めるしかないんだ」
転職によって幸せになる者もいれば、その逆もある。
転職神官は転職させるだけで、後のことは知らないという考えもあるだろう。しかし、お父様は転職神官はそういったことも背負っていくべきだと言っている。私のジョブは「上級転職神官」で「転職」のスキルが使えるようになったが、まだまだ転職神官としては未熟だと感じた。
今回のことは答えの出ない問題だろう。
ただ、それから逃げてはいけないと思う。
お父様との話の後、再び復旧作業を手伝った。
そうしたところ、今度はアルベールが声を掛けてきた。
「エクレア殿、浮かない顔をしているようだが?」
「大丈夫ですよ。色々と思うところがありまして・・・」
私は曖昧に答えた。
「もし今回の作戦で気に病むことがあるなら、言ってくれ。それと今回の責任は全て俺が引き受ける。エクレア殿は何も悪くない。地獄に落ちるとしたら俺だけでいい」
アルベールは「魔勇者」としては、まだまだだけど、少し頼もしく思えた。
「こういったことを背負っていくのも、転職神官です。貴方だけに責任を押し付ける訳にはいきません。地獄に落ちるとしたら、私もご一緒します」
「そ、そうか・・・では、エクレア殿とは、長い付き合いになりそうだな」
そう言うとアルベールは、足早に皆の所に戻って行った。
今回のことは、決して楽しい出来事ではなかった。
しかし、乗り越えなければならない試練だと思うことにした。
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