2 エクレア先生
エクレア先生・・・
いつしか、そう呼ばれるようになった。
当初は、「こんな小娘が先生なんて・・・」と、こそばゆく思っていたけど、慣れとは恐いもので、3年も経つと当たり前のことのように思ってしまう。
どうしてそう呼ばれていたかというと、私は新規の転職者に初期研修を行っていたからだ。私の「見習い体験」のスキルは、ほぼすべてのジョブの初級スキルが使える。ぶっちゃけた話、なったばかりの「剣士」に剣で負けることがないくらいに強い。
なので、そのスキルを活用し、転職者に教えてきた。ほとんどの転職者が、真面目に研修を受けてくれたのだけど、偶に跳ねっ返りもいたわね。今ではいい思い出だけど。
その跳ねっ返りというのは、冒険者パーティー「赤い稲妻」のメンバーだ。
メンバーは三人、「剣士」のラドウィック、「槍使い」のゴードン、「魔道士」のステラで、全員が同じ村の出身で赤い髪をしている。年齢も私とほぼ同じだ。それで舐められていたのだろう。研修を始める前にこう言われた。
「こんな弱そうな奴に何を教われって?なあ、ゴードン」
「そうだな。研修と聞いて、神官騎士団のエースであるユリウス辺りが教えてくれると思っていたけど、期待はずれだな。研修は止めて、研修費を払い戻してもらおうぜ」
「駄目よ!!村長から『研修はきちんと受けてこい!!』って言われているから、ちゃんと受けましょうよ」
彼らの態度を見て、私は言った。
「貴方たちにはスキルを教えるよりも、まずは人としての礼儀から教えなければなりませんね。とりあえず、掛かって来てください。研修はそれからにしましょう」
「ふざけるな!!俺は世界一の剣士になるんだ!!」
「俺は世界一の槍使いになる!!」
ラドウィックとゴードンが、キレて向かって来た。
私は「罠師」の初級スキル「落とし穴」を発動させた。「落とし穴」に落ちた二人を訓練用の木剣で滅多打ちにする。
「早く出せ!!」
「卑怯だぞ!!」
冷たく二人に言う。
「これが実戦であれば、貴方たち二人は死んでいました。その辺をまず反省してください」
ステラが言う。
「エクレア先生、ありがとう。この馬鹿二人は強いだけに村でも手を焼いていたのよ。追加料金を払ってもいいから、厳しくしてくれって村長にも言われていたんだよね」
「村長がそう思われるのも当然ですね。要望通り、厳しく指導してあげます。もちろん、追加料金は必要ありません」
二人は青ざめていた。
お祖父様が転職者のサポートにこだわった理由は、転職したての戦闘職の者の死亡率が高いからだ。自分は強くなったと勘違いして無理をするからだと言われている。そんな者たちを減らすために私がいるのだ。だから、嫌われてもいい。
神官騎士団に指導を頼んでもいいのだが、彼らはエリートで、ユリウスを筆頭に教えるのが下手すぎる。ユリウスなんて、その最たる例だ。
「もっとシュッとしろ!!違う!!シュッとだ!!シュシュッとではない」
ユリウスは「聖騎士」のジョブを持っているので、かなり強いんだけどね。
だから私が指導するようになった。
私は「鍛冶師」や「薬師」などの指導もできるが、神殿に併設している町に薬師ギルドも鍛冶師ギルドもあるので、わざわざ私が指導する必要がないのだ。だから、戦闘職の指導をメインで行っている。
2週間後、彼らが卒業した。もう私が教えられることがないからだ。
最後に模擬戦をラドウィックとゴードンと行ったが、完敗した。まあ、世界一の「剣士」と「槍使い」を目指している彼らが、いつまでも私に勝てないなんてあり得ないからね。だって私は初級スキルしか使えないしね。
その時のことは、今でも覚えている。
生意気だったラドウィックとゴードンが涙ながらに私に握手してきた。
「エクレア先生、俺は世界一の剣士になる。そうしたら、先生を・・・」
「ラドウィック、それは言わない約束だろ?先生ありがとう、俺も世界一の槍使いになるからな」
若干引いた感じのステラが言う。
「二人とも行くわよ!!まずは、冒険者としてCランクを目指しましょう。エクレア先生ありがとう。ここが嫌になったら、私たちに声を掛けてね。何なら今から「赤い稲妻」に入ってもらってもいいんだけど」
「有難いお言葉ですが、私は「転職神官」として、職務を全うしようと思っています」
転職神官冥利に尽きる。研修業務をやって来て、本当によかったと思える。
そんな彼らは、瞬く間に頭角を現し、現在は新進気鋭のBランクパーティーとして、大活躍中だ。将来は最高ランクのSランクパーティーになることも夢ではないと思う。
思い出に残っていると言えば、テイマーの兄妹、ミロスとミラだろう。
ある日、研修の委託をしているテイマーギルドから呼び出しがあった。テイマーギルドに行ってみると、ギルマスから直々に相談された。
「研修をしているミロスとミラの兄妹だが、全くテイムできないんだ。あれこれ試しているけど、どうにも駄目でなあ・・・アンタたち転職神殿を疑うわけじゃないんだが、本当にあの兄妹は「テイマー」なのか?」
「それは間違いありません。文献によると、一種類の魔物しかテイムできない「テイマー」がいます。もしかしたら、彼らはそうかもしれません」
「それは俺も聞いたことがある。こっちも色々と試していたんだが、結果はこの通りだ」
「分かりました。それでは私が研修をしてみます」
私はミロスとミラに接触した。
彼らは私と同年代で、出身の村から全面的に支援されて、転職神殿にやって来たようだ。
「お願いします。何もテイムできないんじゃ、村に帰れません」
「貧しい村なんですが、みんなが資金を集めてくれました。何とかしたいんです」
私は、テイマーギルドであまり好まれていない魔物を飼っている。種類は豊富だが、戦闘力が低く、使い道がない。特に仲がいいのはホーンラビットのラビだ。私はラビに彼らを見てもらった。
「キュー」
言葉は話せないが、何となく言っていることは分かる。
なるほど・・・そういうことか。
「ミロスさん、貴方は竜種しかテイムできません。そしてミラさん、貴方はスライム種しかテイムできません」
「やったあ!!俺はドラゴンテイマーだ!!」
「そ、そんな・・・スライムしかテイムできないなんて・・・」
大喜びするミロスと落ち込むミラ。
ドラゴンテイマーなんて、かなり稀で、どこに行っても引く手あまただ。しかし、スライムはどこにでもいるし、子供でも木の棒で叩けば討伐できるレベルの魔物だ。わざわざテイムする必要がない。可哀そうになった私は、飼っているスライムのスラに相談する。
そういうことか・・・
「スラが言うには、貴方はかなりレベルの高いスライムテイマーになれると言っています。スライムの能力を引き出す才能があるのだとか。こちらのスラはすぐにでも貴方と契約がしたいと言っています」
すぐにミラとスラは契約することになった。
その後の話だが、スライムは本当に有用だった。浄化能力が高く、泥水でも2~3時間あれば、飲み水に変えてしまうほどだ。なので、ミロスよりもミラのほうがテイマーとしての評価は高くなってしまった。もちろん、ドラゴンテイマーも凄いんだけどね。
★★★
荷造りを終えた私は、厩舎にやって来た。
「みんなともお別れだね」
専門の「テイマー」でもない私が、魔物たちを連れていくことはできない。みんなと話をして、テイマーギルドに預かってもらうことになった。しかし、ホーンラビットのラビだけは、頑なに私から離れなかった。ベテランのスタッフさんが言うには、「魔物にも情があるし、偶にそういった個体もある」とのことだった。「テイム」のスキルを使わなくても、深く繋がりがあることもあるらしい。
「仕方ないわね、ラビ。でも苦労するわよ」
「キュー!!」
テイマーギルドで引継ぎを終えた私は外に出た。そこには驚きの人物がいた。
私を断罪した転職神官の一人、ショコラだった。
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