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9 思いがけない訪問者

 ラインの説明に、アリッサは曖昧に微笑んだ。自分の価値を客観的に評価したことはなく、自分が『高嶺の花』と思われているという自覚もなかった。彼女が望んでいるのは、ただ誠実に自分を大切にしてくれる男性一人だけだ。


「私はライン様がそばにいてくだされば、それで満足です。他の男性がどう思っているかには興味がありません。私・・・・・・ライン様と出会えたことを本当に幸せに思っています。ライン様と一緒にいると、何でもできるような気がしますもの」


「それは嬉しい言葉です。実を言うと、私も同じ気持ちですよ。アリッサが一緒にいてくれるだけで、まるでこの世界の半分を手に入れたように感じます。もし結婚して家庭を築けたなら、きっとこの世界すべてを手に入れたような気持ちになるでしょうね。それは、これ以上望むものはない、という意味です」


 アリッサは心の底から幸せを感じていた。ラインは彼女の期待以上の言葉を返してくれる。不安や疑念、嫉妬や悲しみなどが入り込む隙間など微塵もない、穏やかな世界を与えてくれるのだ。


(ライン様と一緒にいると、心が癒されて・・・・・・本当に安心できるわ。彼の隣こそ、私の居場所なのだわ)




 

 アリッサがラインへの確かな愛を自覚し始めた頃、思いがけない客がギャロウェイ伯爵家を訪れた。アリッサの元婚約者であったサミーである。先触れもなくいきなり来るのは相変わらずだった。サミーはアリッサと婚約していた頃から、格式張ったことをことごとく省く傾向があったのだ。


 サミーの訪問を知らせる執事は居間に向かい、ギャロウェイ伯爵に指示を仰いだ。サミーは既にアリッサの婚約者ではないし、ギャロウェイ伯爵家を気軽に訪れてよい立場ではないのだ。以前のようにまっすぐ家族が寛ぐ居間に通されることはない。


「追い返すわけにもいくまい。サロンではなく、玄関先の小さな客間に通せ。いったいどんな要件で来たのか、聞くだけ聞こう」


 「すでにセリーナ様と結婚したサミー卿が、わざわざギャロウェイ伯爵家に来るなんて・・・・・・きっと、これはなにかあるぞ。父上、私も同席しましょう。ギャロウェイ伯爵家の重要な出来事は、跡継ぎの私も関わっておくべきですからね」

 

 ギャロウェイ伯爵夫妻はサミーの突然の来訪に顔をしかめたが、ニッキーは面白そうな表情を浮かべ、興味津々の様子だった。

 

「私は自分のお部屋に戻りますわ。今更、サミー卿が私にお話しがあるとは思えませんし、私も会いたくありません」

「あぁ、そうだな。アリッサは自分の部屋にいなさい」

 ギャロウェイ伯爵はうなずきながら、サロンへと向かった。


 両親の後ろを嬉々としてついていくニッキーに、プレシャスはきっぱりと言い切った。

「私も同席する必要はありませんよね。自室に下がらせていただきますわ。ニッキー様がサミー卿に会おうとする気持ちがわかりません」

「なんだよ、プレシャス。サミー卿がなにをしに来たのか興味がないのかい?」

「えぇ、興味はないですし、サミー卿には会いたくありません。だって、アリッサ様を裏切った方ですよ? よくも、ここに来られたものです。アリッサ様。私の部屋で一緒に紅茶を飲み直しましょう。ライン卿のお話しを聞かせてくださいな」

「えぇ、ライン様はね、とっても優しくしてくださるの。・・・・・・」


 今のアリッサの心にはラインがいて、サミーは跡形もなく消えていた。だから、アリッサはサミーがなにをしに来たのかさえ、気にならなかった。機嫌良く鼻歌を歌いながらプレシャスとともに居間を出た。ラインから言われた優しい言葉や男らしい顔立ちを思い出し、幸せな気持ちが広がる。


 

「聞いて、プレシャス様。サミー卿をあんなに好きだと思っていたけれど、今は呆れるぐらいなんとも思わないのよ。不思議ね。それより、いまごろライン様はなにをしているのかしら? と、つい考えてしまうわ」

 アリッサはプレシャスの部屋で、自分の気持ちを正直に話していた。プレシャスは義姉ではあるが、実の姉のように思っていたのだ。


「それが恋というものですわ。アリッサ様にも本物の大切な恋人ができたということです。ライン卿とおつきあいをするようになってから、アリッサ様は何倍も綺麗になって明るくなりました」


「本当に? そうだとしたら、とても嬉しいわ! ライン様はね、いつも私を褒めてくださるから自信がどんどんついてきて、自分が素敵な女性だと思えるようになったの。ライン様といれば、私はなんでもできそうな気がするわ」


「本当に良かったと思いますよ。サミー卿と結婚しなくて正解でした。あの方は、どう見てもアリッサ様を大切にしているようには見えませんでしたからね。それに比べて、ライン卿は違います。アリッサ様を心から大切に思っているのがわかりますもの。あれほどの敬意と愛情を持って恋人に接する方と巡り会えたのは、まさに幸運でしょう」


「えぇ、私もそう思うわ。ライン様はどんなに綺麗な方が側に近づいてきても、私のほうだけを見てくださるのよ。夜会でも他の女性には見向きもしないわ」


「誠実で信頼できる男性ですね。アリッサ様が幸せそうで、私も嬉しいですわ」


 アリッサはプレシャスと話しながら楽しい空想に耽っていた。今頃、ラインがどこでなにをしているか想像していたのだ。


(ライン様は今頃、薬草の手入れをしているかもしれないわ。それとも、難しい事業関係の本を読んでいるかもしれないわね。・・・・・・いいえ、違うわ。きっと、私に会いたいと思ってくださって私のことを考えていらっしゃるわよ。次のデートの行く先を調べてくださったり、私に似合うドレスをプレゼントしようと生地を選んでいるところかもしれないわ)


 初めてのデートのすぐ後に、アリッサはラインからドレスをプレゼントされていた。白百合のような清楚さと上品さを漂わせる優しいクリーム色が基調となっているドレスで、滑らかな生地が光の角度によって繊細に輝き、柔らかな光沢が女性らしい優美さを引き立てていた。


「百合のように清らかで綺麗なアリッサに、特別似合うデザインにしてもらいました。これからは、私がアリッサのドレスを選んであげましょう。綺麗になりすぎて、他の男性にもてすぎてしまうのが心配だが・・・・・・」


「肩から胸元にかけてのレースが素敵ですわ。華やかでありながら派手すぎず、とても上品なドレスですね」


「アリッサのイメージそのままですよ。清楚で優雅で気品がある。最高の女性だと思います。これからも、たくさんドレスをプレゼントしますよ。楽しみにしていてくださいね」


 その時の会話を思い出し、アリッサは思わず顔がほころんだ。幸せそうに微笑むアリッサの様子を、プレシャスは嬉しそうに見守っていた。彼女にとってアリッサは実の妹同然の存在であり、心から彼女の幸せを願っていたのだ。


 しかし、二人の穏やかな時間は侍女の思いがけない一言で中断された。


「お嬢様、旦那様が客間へお越しになるようおっしゃっています。サミー卿がお嬢様にお話があるそうです」

「まさか、私のなんの話があるというの? 私は会いたくありません。お父様にそう伝えてちょうだい」

「お嬢様を客間にお連れしないと、私が旦那様から怒られてしまいます。どうか、旦那様の言いつけどおりになさってください」


 アリッサは仕方なく立ち上がった。プレシャスは励ますようにアリッサの手を握る。

「私も一緒に行きましょうか?」

 プレシャスの言葉に侍女が首を橫に振る。

 「お嬢様だけをお連れするようにとのご命令でしたので、若奥様はいらっしゃらないほうがよろしいかと思います」

 プレシャスは融通の利かない侍女に、思わず顔をしかめたのだった。

 

 

 ため息をつきながら、客間まで歩くアリッサの足取りは重い。サミーとの出来事は彼女にとってすでに遠い過去のことに過ぎず、今さら何の用があるのか全く想像もつかない。アリッサはサミーと会うために、玄関先の小さな客間に移動するだけでも、つくづく面倒くさい気がしていた。


 客間の扉を開けると、いきなりサミーがアリッサに抱きついてきた。あまりの驚きで咄嗟に鋭い叫び声が飛び出た。


「きゃぁ――! いったい、どういうおつもりですか? この手を離してください」


(この状況はなんなの? いったい、なにが起こっているの?)


 ギャロウェイ伯爵夫妻やニッキーはサミーの暴挙を止めようともせず、ただにこにこと微笑んでいる。


「お父様、お母様! サミー卿をなんとかしてください。ちょっと、離して、離してくださいませ! 私たちはもう婚約者同士ではないのですよ。それに、あなたには奥様がいらっしゃるでしょう?」


 アリッサは、思わず「気持ち悪い」という言葉が口をつきそうになったが、慌ててそれを飲み込んだ。サミーの腕がきつくアリッサの身体を抱きしめている。アリッサは吐き気さえ感じて、立っているのがやっとだ。


「アリッサ、違うんだ。私はセリーナに騙されていたんだよ。彼女は妊娠していなかったし、浮気をしていたのもセリーナの方で、ライン卿ではなかったんだ。あいつはとんだ嘘つき女だったのさ。私は、可哀想な被害者だったんだよ」


 サミーは爽やかな笑顔を浮かべ、まるで全ての問題が解決したかのように、アリッサを抱きしめ続けていた。ときおり、アリッサの髪を撫でてくるその手は、アリッサの頬や腰のあたりにもさりげなく触れてくる。そのたびにゾッとしたアリッサは、心の中で何度もラインの顔を思い浮かべていた。


(ライン様! 助けて……私はライン様以外の男性に触れられたくないっ!)


 アリッサは精一杯、威厳のある声をだそうとした。はっきりと拒絶の意志を示さなければ、サミーの腕から解放されないと悟ったのだ。

「それが私に何の関係があるのですか?  私たちはすでに別れたのです。サミー卿が選んだのは、私ではなくセリーナ様でしょう? 私たちは他人同士で抱き合う仲ではありません。早くこの手をどけてくださらない?」


「セリーナを選んだことは間違いだった。だからこうして、アリッサの元に戻ってきたんだよ。待たせてしまって本当にすまない。すぐにセリーナとは離婚するつもりだ。本来の道に戻ることができて、私は満足だ」

 サミーは麗しい顔に満面の笑みを浮かべたのだった。


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