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6 アリッサに告白するライン

「自分で捕まえる? 誰を選んでもいいのですか?」

「おバカさんね。誰でもいいわけはないでしょう? 爵位や財産があって、家柄もギャロウェイ伯爵家と釣り合う方ですよ。ただ、思い当たる方たちは皆婚約者がいるから、それで困っているのよ」

「まぁ、どうしても見つからないのなら、貴族でなくてもいいかもしれないよ。大金持ちの大商人の後妻なんてどうだい? 思いっきり年寄りの大商人がいいよ。亡くなるのを待てば、優雅な未亡人になれるぞ。子供がいたって、遺言書を書かせれば問題ないさ」

 ニッキーはニヤリと笑った。


 「ニッキー様。そのようなことを冗談でもおっしゃってはいけませんわ。アリッサ様、きっと、良い方が現れますわ」

 

 ギャロウェイ伯爵家の会話はだいたいがこんな調子であった。アリッサに優しい言葉をかけてくれるのは、プレシャスだけだったのである。


(私の家族は私よりお金が大事な人たちなのだわ)


 昔は家族に対して不満に思うことはそれほどなかった。しかし、今回のように大金が絡んで婚約解消を受け入れた両親や兄に、アリッサは日に日に不信感が募っていくのだった。




☆彡 ★彡




 トラスク公爵家主催の舞踏会は豪華さと壮麗さが漂う大広間で催された。絢爛たるシャンデリアが高く吊るされ、無数の蝋燭が暖かな輝きを放っている。壁には巨匠と呼ばれるリサベス・アーストリアの絵画が飾られ、重厚なカーテンがその荘厳さを一層引き立てていた。

 

 豪華なドレスをまとった女性たちは、宝石のように煌めく笑顔を浮かべ、男性たちは洒落た装いで貴婦人たちにエスコートを申し出ている。トラスク公爵夫妻はその中央に立ち、集まった貴族たちと和やかに言葉を交わしていた。


 いつも穏やかな笑みを浮かべ、周囲に人当たりの良い印象を与えるトラスク公爵は国王の弟である。誰と接しても謙虚で控えめな姿勢を見せ、言葉遣いも丁寧で気品がある彼は、貴族たちからとても尊敬され好かれていた。

 

 アリッサも両親と一緒にトラスク公爵の元に行き丁寧に挨拶をしたが、すぐにその場を離れ、隠れていられる場所を探した。


(あそこがいいわ)


 大広間の片隅にひっそりと存在するそのバルコニーは、重厚な柱の陰に隠れており、派手な装飾に彩られた他のバルコニーとは対照的に、まるで忘れ去られたかのように目立たない場所にある。周囲に気を遣いながら、少しずつその場所に移動していく。


 こんな時、アリッサは自分があまり目立たない存在であることを感謝した。アリッサはそこで、ただ時間が過ぎていくのを待っていた。大広間の華やかさとは隔絶された世界で、時間すらもそこでは止まっているかのように感じる。


「初めてお目にかかります。私はライン・ワイマークと申します。あなたはアリッサ・ギャロウェイ伯爵令嬢ですよね?」


 低めで深みがあり、聞くだけで知性が感じられる声だった。誰も来ないと思っていたアリッサは、突然声をかけられてビクリと身体を震わせた。


「ライン・ワイマーク? ・・・・・・セリーナ様の婚約者だった方ですわよね。あなたが浮気をしたせいで、セリーナ様はサミー様を誘惑したのですよ? 酷い方ね。私は婚約者を失って、おかしな噂まで流されています。こうなったのも、全部あなたのせいです。あなたがセリーナ様をしっかり捕まえておかないから・・・・・・」


 アリッサはサミーを奪われた悲しみを、ラインを責めることで紛らわせようとした。もちろん、アリッサにも理不尽なことを言っている自覚はあった。なので、このような言葉をラインにぶつけたことをすぐに後悔したけれど、言ってしまった言葉は取り消すことができない。


(非常識な女性だと思われたわよね。恥ずかしいわ、どうしよう)


「なんてことだ! 私が浮気をしたことにされているのですか? それは大きな間違いですよ。浮気をしたのはセリーナ嬢のほうで私ではありません。あぁ、今ではセリーナ嬢をウィルコックス伯爵夫人とお呼びしたほうがいいですね。ウィルコックス伯爵夫人は麗しい殿方が好きなのですよ。ご覧の通り、私は並みの容姿なのでお気に召さなかったらしいです」


 自嘲気味に言ったラインの姿は、決して並みの容姿ではない。ラインの顔立ちは整っていたし、凛々しく男性らしい魅力が備わっていた。茶色の髪と瞳に特別な華やかさはないけれど、その平凡な色がかえって精悍な印象を強調していた。背が高く筋肉質でがっしりとした体つきが彼の存在感をさらに際立たせ、言葉少なに立っているだけでも、周囲に確固たる威圧感を漂わせていたのだ。


「ごめんなさい。私、ライン卿にやつ当たりをしてしまったようです。それにしても、セリーナ様は嘘つきですわね。私やサミー卿には、自分が浮気をされて彼女のほうから婚約破棄をした、とはっきりおっしゃっていました」

「逆ですよ。今回のことを考えればわかるでしょう? ウィルコックス伯爵夫人は平気で友人の婚約者に色目を使う。そのような女性の習性は変わることがないのです。それより、ずっとここにいるおつもりですか? 私と一緒に大広間へ戻りましょう。こんなところに籠もっていたら、くだらない噂を認めたことになります」

「私がなにか不祥事を起こした、という噂でしょう? 私はなにもしておりませんわ。私に罪があるとしたら、セリーナ様より魅力がなかっただけです」


 アリッサが悲しい面持ちでつぶやくと、ラインは心底びっくりしたような顔をした。そして、次の瞬間、お腹を抱えて笑い出したのだった。


「え? 今、なんておっしゃいました? アリッサ嬢がセリーナ嬢より魅力がなかった? 悪い冗談はやめてください。アリッサ嬢のほうが何倍も清楚で上品で綺麗ではありませんか? それに、とても賢い女性だと評判です」

「嘘ですわ。私には女性らしい魅力がないのです。だって、私は『いまひとつ華やかさに欠ける』存在なんですもの」


 アリッサの言葉にラインが顔色を変えた。


「誰がそんなことを言ったのです? まさか、サミー卿ですか?」

「いいえ。私の家族ですわ。お母様やお兄様・・・・・・お父様からも言われます」

「・・・・・・失礼ですが、アリッサ嬢の家族は皆目が相当悪いと思われます。そんな言葉を信じたらいけません。あなたはとても綺麗です。清楚だし上品で美しい・・・・・・なんというのかな・・・・・・高貴な白百合のような存在なのですよ」

「慰めてくださってありがとうございます。少しだけ、元気になれそうですわ」


 アリッサは必死に自分のことを褒めてくれるラインに微笑んだ。


(お世辞よね。でも、悪い気はしないわ。容姿を男性に褒められたことなんてないもの)


「さぁ。大広間のほうに行きましょう。こんなところで白百合がくすぶっていてはいけません。それから、ひとりでこのような隠れた場所に来てはいけませんよ。人目につかない場所で女性がひとりでいたら、なにをされるかわからないからです」


 アリッサはそう言われて、自分の迂闊さを自覚した。確かに、このような場所にいて不埒な男性に見つかったとしたら、とんでもないことに発展しそうな気がした。


「ごめんなさい。これからは気をつけます。ここに来たのがライン卿で幸運でした」

 ラインに手を引かれるまま、アリッサはバルコニーから大広間に戻った。


「せっかくですから、ダンスを一曲、お願いできますか?」

 にっこりと微笑みながら、流れるように曲に合わせて、ラインがアリッサをリードする。アリッサは久しぶりのダンスだったけれど、ラインの巧みな動きに助けられおおいにダンスを楽しんだ。


(ダンスってこんなに楽しかったかしら?)


「ライン卿はダンスがとても上手なのですね? こんなに楽しく踊れたのは初めてです」

 アリッサは嬉しそうに微笑んだ。





 優雅な音楽が大広間に響き、多くの貴族たちが談笑しながらシャンパンを楽しんでいた。ラインはアリッサが踊りやすいように、注意深くリードする。嬉しそうに微笑んでいる姿が、とても美しいと思いながら。


 しかし、楽しい時間に水を差すように、もっとも嫌いな女性がこちらに向かってくるのを確認すると、ラインは心の中で盛大なため息をついた。

 

「あら、まぁ。アリッサ様とライン卿はとても親しくなったようですわね? こうして見ると、とてもお似合いですわ」


(セリーナ嬢だ。いや、ウィルコックス伯爵夫人と呼ぶべきだな。それにしても、ずいぶんと趣味の悪いドレスだな。ドレス全体に金糸の刺繍がびっしりじゃないか・・・・・・照明にギラギラと光って目障りとしか思えないのだが・・・・・・まるで魚の鱗みたいだ)


「アリッサ嬢。久しぶりだね、元気にしていたかい? もう、ライン卿とそのように親しく話す仲になったのかい?」


 セリーナの隣にいるサミーは、傷ついたような眼差しをアリッサに向けた。


「サミー卿、お久しぶりです。ライン卿とは今日初めてお話しをしました。とても、優しい方ですわ」

 

「サミー卿とは呼ばないでほしい。私たちは婚約していた仲だよ。前と同じように呼んでくれて構わない。君には幸せになってほしいんだ。本当だよ。嘘偽りのない本心だ」


 ラインはサミーの勝手な言い草に呆れていた。婚約者の友人に乗り換えておきながら、「君には幸せになってほしい」と言えることが信じられない。


「それはできませんわ。だって、サミー卿はセリーナ様の旦那様ですよ。けじめというものがありますので」

 

「私は心の広い女性ですよ。アリッサ様が私の旦那様をサミー様と呼んでも、まったく構わないです。それより、今から結婚相手を探すのは大変でしょうね。貴族の有望な男性には既に婚約者がいますもの。残っている方は爵位を継げない次男以下の方か、爵位があっても後妻を求める年上の方ばかりだと思いますわ。本当に、お気の毒です」


 セリーナは同情しているような表情を作っていたが、その口角は嬉しそうに微かに上がっていた。それは、抑えきれない満足感が滲み出ているかのようだった。ラインはセリーナの性格の悪さを熟知している。


(アリッサ嬢の婚約者を奪っておいて、さらにこうしてくだらないことを話しかけてくるとは・・・・・・浅ましい女性だな)


「ウィルコックス伯爵夫人、そうとも限りませんよ。アリッサ嬢、私と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか? ワイマーク伯爵家は昔から医薬品の製造を手がけている家柄です。事業はうまくいっているし、アリッサ嬢に不自由はさせません。今年23歳になりますが、私には結婚歴もないし婚約者もいない。いかがでしょう?」


「それはダメだ。ライン卿には浮気癖があるのだろう? セリーナから全て聞いている。婚約破棄された立場で、アリッサに近づくな!」

 サミーがラインを睨みつけると、ラインは不敵な笑いを浮かべたのだった。


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