46 皆と仲良くしたいシルヴィアス
「なんということだ……! これは一体どんな手品だ? まさか、私の孫は魔法使いなのか?」
「違いますよ、お祖父様」
シルヴィアスは微笑んで答えた。
「僕は森の精霊たちと仲良しなだけなんです。花や木も、みんな僕の友達なんです。生まれた時からずっと、彼らが僕と遊んでくれているんです」
「・・・・・・なるほど。では、シルヴィアスは精霊の愛し子、精霊に守られた奇跡の子ということか? 伝説にそんな話を聞いたことがあるが、まさかそれが我が孫だとは・・・・・・」
前ワイマーク伯爵は驚きに目を見張りつつ、慎重に言葉を選んだ。
「よいか、シルヴィアス。これは決して他人に話してはならない。世の中には、お前の力を利用しようとする悪い人間が大勢いるのだ」
「はい、お祖父様。もう一人のお祖父様も、そう言っていました。だから、さっき人払いをお願いしたんです」
シルヴィアスは小さな声で答えた。
「うむ、シルヴィアスは賢いな。ところで、ギャロウェイ伯爵はまだ爵位を譲らず、現役でおるようだな。私のように隠居していれば、釣りにでも誘えるのだが・・・・・・」
前ワイマーク伯爵は聡明な孫を誇らしく感じながら微笑を浮かべた。
「そうですね。でも、お祖父様は言っていました。僕がワイマーク伯爵家とギャロウェイ伯爵家の両方を継ぐことになったから、隠居できないって。でも、釣りはきっと好きだと思いますよ。よく、昔釣った大きな魚の話をしてくれます。お祖母様は、『それはだいぶ昔の話だわね』と、笑っていましたけど」
前ワイマーク伯爵はシルヴィアスの言葉を聞きながら、彼の聡明さにますます感心した。孫の透き通った若草色の瞳が、まっすぐにこちらを見つめてくる。まだ幼いながらも、その目には確固たる信頼と愛情が込められているのがわかる。
「もしよかったら、一緒にワイマーク伯爵邸に行きませんか? 今日の夕食は、僕とマルタが採ったキノコを使ったお料理です。お祖父様が遊びにいらっしゃらないのは寂しいですよ。お父様はお祖父様のことを気難しいって言っていたけど、僕はお祖父様が好きです。お祖父様も、僕のことが好きですよね?」
その言葉に、前ワイマーク伯爵は一瞬驚き、思わず黙り込んだ。この純粋でまっすぐな愛情表現は、愛情に満ちた家庭で育った子供に特有のものだった。彼は孫の真剣な瞳を見つめ、その問いに応えずにはいられなかった。
「もちろんさ。自分の孫を嫌う者など、この世にいない。まして、シルヴィアスのように聡明で美しい子ならなおさらだ」
伯爵は柔らかく笑みを浮かべ、続けた。
「さて、そろそろ私も隠居生活を終わりにするべきだな。これほどの素晴らしい孫がいる以上、王都に出て、誇らしく紹介せねばならんだろう。だが、あの秘密は決して漏らさぬよ。悪い奴らが狙うかもしれないからな」
シルヴィアスはうなずいたものの、「悪い奴ら」という言葉の本当の意味までは、まだ完全に理解できないようだった。
「お母様、ただいま戻りました。お祖父様をお連れしましたよ」
居間で寛いでいたアリッサは、シルヴィアスの隣に立つ男性の姿を見て驚いた。前ワイマーク伯爵は気難しい人物だと、ラインから聞いていたからだ。その居間にはクリスタルやギャロウェイ伯爵夫妻も顔を揃えていた。もちろん、アリッサの隣にはラインもいる。
「シルヴィアス。まさか、勝手にお祖父様のところに伺ったの? すみません、お義父様。息子がご迷惑をおかけしたのでは……」
「いやいや、迷惑だなんて。むしろ感謝しているよ。こんなにも賢く、愛らしい孫を育ててくれて。アリッサさん、シルヴィアスを生んでくれて、ありがとう」
前ワイマーク伯爵は微笑んでシルヴィアスの頭を撫でた。
「シヴィ、すごいな。父上を連れてくるなんて、私には到底できないよ。やはり、父上もシヴィの可愛さには勝てなかったんですね?」
ラインのからかうような言葉に、前ワイマーク伯爵は苦笑を浮かべつつ、視線をクリスタルに向ける。
「ところで……あちらの娘さんは?」
「デズモンド卿。ずいぶん昔の夜会でご挨拶した以来でしょうか。この子はクリスタルです。私の愚息、ニッキーの娘です。わけあって、今はアリッサが育てています」
ギャロウェイ伯爵は、ニッキーの名前を口にしたところで、顔を曇らせた。
前ワイマーク伯爵はふと、以前読んだ貴族の報道記事を思い出した。ギャロウェイ伯爵家の長男が、生まれたばかりの娘をサミー卿の婚約者にしようとした騒ぎだったと記憶していたが、その娘とはこのクリスタルのことだったのか、と。
「おぉ、長らくお会いしていませんでしたな。お久しぶりです。……いろいろと大変な状況だったようですね……それはさておき、ギャロウェイ伯爵、釣りはお好きですか? 今度、一緒に行きませんか? 釣りをしながら親交を深めるのもいいと思いますよ」
「それはいい! ただ、私もまだ現役で領地を預かっている身ですから、なかなか時間が取れなくてね。孫が成人して領地を継ぐまでは、私も引退とはいかないんですよ」
「お父様、シルヴィアスが継ぐまでの間、私が代理で当主を務めても良いのですよ」
アリッサはにっこりと微笑んだ。ギャロウェイ伯爵もそれほど若くはない。すっかり孫思いになった父親に、アリッサは親孝行がしたくなったのだ。
「おぉ、その手があったか! アリッサが仕切ってくれるなら、ギャロウェイ伯爵家は安泰だ。そろそろ、この行ったり来たりの生活も少々厳しくなってきたところだ」
こうして、ギャロウェイ伯爵と前ワイマーク伯爵は釣りの話に熱中し、互いの孫、シルヴィアスへの深い愛情を通じて、強い絆が生まれたのだった。以降、ふたりは、天気の良い日にはシルヴィアスやクリスタルを連れて釣りに行くのが楽しみになった。
川辺で釣り上げたばかりの魚を、皆で手分けして串に刺し、焚き火の炎でじっくりと炙る。新鮮な魚が焼ける香ばしい匂いが辺りに漂い、シルヴィアスたちは待ちきれない様子でそれを見守る。魚の皮がパリッと焼きあがると、一口かぶりつく彼らの顔には満足げな笑みが浮かび、川のせせらぎに笑い声が混ざり合うのだった。
前ワイマーク伯爵は頻繁にワイマーク伯爵邸を訪れるようになったが、家族が集まる居間に一人だけ姿を見せない人物がいた。シルヴィアスのもう一人の祖母、エリザベスである。
「デズモンドお祖父様、なぜエリザベスお祖母様はワイマーク邸にいらっしゃらないのですか?」
シルヴィアスは純粋な疑問を抱え、祖父に尋ねた。最近、彼は祖父母をそれぞれ名前をつけて呼ぶことにしていた。「お祖父様」と呼びかけた際に、二人の祖父が同時に返事をしてしまうことがあったからだ。
「エリザベスか……彼女は特別なんだよ。あの人は芸術の世界で生きている。冷たいわけじゃないんだが、一度制作に没頭すると、すべてを忘れてしまうんだ。自由奔放な人さ。」
ギャロウェイ伯爵夫妻も、エリザベスについては以前から気にしていたため、その話に耳を傾けた。
「芸術家だなんて初耳です。どんな作品を作っていらっしゃるのですか?」
ギャロウェイ伯爵が尋ねると、前ワイマーク伯爵は穏やかに微笑んで答えた。
「貴族なら一度は目にしたことがあるはずですよ。妻のアーティスト名はリサベス・アートリアです」
ギャロウェイ伯爵夫妻はその名を聞き、驚きに絶句した。シルヴィアスはそんな大人たちをよそに、無邪気に言った。
「リサベス・アートリアの絵なら、ワイマーク邸のサロンにも飾ってありますよね? 綺麗な女性から花が咲いている不思議な絵とか・・・・・・僕は好きだな、とても綺麗です」
その瞬間、シルヴィアスは何かを思いついたように、目を輝かせる。
「そうだ、エリザベスお祖母様にお手紙を書きましょう! 一度、僕に会いに来てください、って書いてみます!」
彼は純粋な決意を胸に、自分なりに丁寧な文字で手紙を書き始めたのだった。




