37 レイモンの活躍 / サミーの関与
「だが、君がこちらの味方だとバレたら危険だ。君はまだ未成年だろう? そんな危険な任務は任せられない」
ラインはレイモンを見つめて心配そうに言った。
「未成年だって関係ありません! 俺は今まで何度も危険な仕事をしてきました。むしろ、危険なほど興奮するんです」
「それは、まだ守るべき大切な人がいないからよ。いつか、愛する人ができたら、その命が何よりも大切だとわかるわ。無茶はしないで。命は一つしかないのよ」
アリッサは穏やかな表情で諭した。レイモンは首をかしげながらも、アリッサの言葉を胸に刻んでいるようだった。
レイモンの能力はアリッサたちの期待を遥かに超えたものだった。アリッサが重傷を負い命の危険にさらされているという噂を領内に流すと、レイモンは堂々とシメオンの元に戻り彼の信頼をさらに深めた。シメオンに成功を祝う宴を開かせ、レイモンは隠し持った自白剤を酒に混ぜ、多くの情報を巧みに引きだす。
後日、レイモンが持ち帰ったのは、ギルドの書類や密約の契約書など、驚くべき数々の証拠品だった。アリッサたちは戻ってきたレイモンから詳細な報告を受けていた。
「自白剤? レイモン、そんなものどこで手に入れたの?」
アリッサが驚きつつ尋ねると、彼はこともなげに答えた。
「自分で作りました。俺は孤児として育ち、幼い頃から裏社会で生き抜くための知識を身につけてきました。そこで、毒薬や自白剤、隠密行動を独学で学び、刺客として生きてきたんです」
アリッサはその言葉に胸を痛め、涙がこみ上げてきた。もし、この少年が自分の子供だったら、と思わずにはいられなかった。彼が背負ってきた過酷な運命を思うと、心が締めつけられるようだったのだ。
「ところで、レイモンはどこの領地の街にいたの?」
「ウィルコックス伯爵領です」
「え? サミー卿の領地に……?」
アリッサの背筋に寒気が走った。その名が示す不吉な予感が、彼女を捉えたのだ。
「ウィルコックス伯爵領はどこも綺麗に整備されていたはずだけど。中心に位置する町はセントラルタウンよね?」
「そうです。ですが、セントラルタウンの裏通りには孤児が溢れていますよ。ウィルコックス伯爵は僕たちみたいな者にはまるで関心がありません。国一番の麗しい伯爵様は、自分の姿を鏡で眺めるのに忙しいって、もっぱらの噂です。いつも女性を追いかけていますしね。生まれる前の子を婚約者にしようとしたなんて噂も聞いたことがあるなぁ。……信じられない話ですけど」
「それは事実よ。婚約者にしようとしたけれど、私が阻止したのよ」
「え? あの噂は本当だったんですか? 気持ち悪い伯爵だなあ……」
アリッサは苦笑しつつ、レイモンの部屋をワイマーク伯爵邸の二階に用意させた。アリッサたちの部屋の両隣りは、これから生まれてくる息子とクリスタルのための部屋だ。そして、息子の部屋の隣をレイモンに与えた。
「俺の部屋は使用人たちが住む離れで構いませんよ。ここはワイマーク伯爵の家族が住むエリアでしょう? しかも、こんないい部屋、俺なんかにはもったいないです」
「レイモン。あなたはこれから私たちの息子の専属護衛騎士になるのよ。それに、あなたを他人とは思えないの。孤児だって言ってたわよね? 親の顔も知らないんでしょう? 私とライン様を両親だと思ってくれてもいいのよ」
「えっ? ワイマーク伯爵夫妻をですか? お二人とも、俺の両親になるには若すぎますよ。姉貴と兄貴みたいに思うことならできるかもしれませんが、それでも恐れ多いです」
「そうね。それなら、私があなたの姉で、ライン様が兄ということにしましょう。今日から私たちがレイモンの家族よ」
「家族……ありがとうございます……そんなことを言われたのは初めてです。俺、命がけでワイマーク伯爵家の方々を守ります!」
レイモンは目に涙を浮かべていた。アリッサは、全ての孤児を救うことができないことは理解していたが、それでも自分が関わる孤児たちには手を差し伸べたいと強く思ったのだった。
☆彡 ★彡
時間は少し遡るが、ウィルコックス伯爵邸では、サミーがアリッサとラインへの憎しみを募らせていた。彼はなんとかして二人に仕返しをしたいと考えていたが、ワイマーク伯爵領で安価な医薬品や化粧品が飛ぶように売れているという新聞記事を目にし、さらにはアリッサの懐妊を祝う記事を読むと、絶望感に襲われた。
「アリッサ……君は本来、私の妻になるはずだった。それが、妊娠だと? しかもワイマーク伯爵領で成功を収めているだなんて……私への当てつけか? 忌々しい!」
サミーはむしゃくしゃした思いで毎日を過ごしていたが、ゴシップ誌の1つを手に取ってにんまりと笑った。そこにはワイマーク伯爵領のめざましい改革が書いてある傍ら、アリッサが商業ギルドと激しく対立していることが書いてあったからだ。
サミーはすぐにシメオンの連絡先を調べ、ウィルコックス伯爵領に招待した。シメオンはサミーの招待に応じて、ふたりの恐ろしい悪巧みへと発展する。
「シメオン、君はワイマーク伯爵夫人を詳しく知らないだろうが、彼女は商才も度胸もある強い女性だ。ちょっとやそっとのことでは怯まない。セントラルタウンの裏通りに寄ってから帰るといいかもしれないよ。腕の立つ者がごろごろいるんだ。試しに雇って彼女を脅してみたらどうかな? ワイマーク伯爵夫人も少しばかり怖い思いをすれば、商業ギルドのことを無視しないさ」
サミーの狙いはあくまでアリッサを怖がらせることだったが、シメオンはそれ以上を企んでいた。彼はアリッサを亡き者にしたいと本気で考えていたのだ。
シメオンはサミーの忠告に従い裏通りでレイモンに声をかけ、アリッサとラインが極悪人であると吹き込んだ。
「ワイマーク伯爵夫人が致命傷を負えば、伯爵も反省するだろう」
もっともらしい理由を並べ立て、レイモンを巻き込もうとしたのだった。




