36 刺客の少年レイモン
アリッサの身体から鮮やかな緑の閃光が空気を切り裂き、男の身体はふわりと浮かび上がって木の根に叩きつけられた。
鋭い短剣はぐにゃりと曲がり、あたりに生えている植物の茎や枝、蔓が男の身体をぐるぐる巻きにしていく。
顔を覆っていた黒い布がひらりと落ち、あどけなさの残る少年の顔が露わになった。
「あら、まだ子供なのね? 背が高いからてっきり大人だと思っていたわ。なぜ私を襲ったの?」
「お前がとんでもない悪女だからだ! 領民を虐げて贅沢三昧、気に入らない平民を平気で殴りつけ、領民のための金を着服し・・・・・・たくさんの男を惑わして・・・・・・」
「ちょっと、待って。いったい誰のことを言っているの?」
「お前だよ、悪女め! 清楚で美人だが、俺は騙されないぞ!」
アリッサが困惑して首を傾げると、七匹の子ウサギが駆けつけ、アリッサを守るように取り囲んだ。
「精霊さんたち。この子を屋敷まで運ぶのを手伝って。大きな誤解をしているみたいなの」
一匹のウサギが巨大化し、少年を乗せてワイマーク伯爵邸まで運ぶと、ラインが驚いた顔で駆けつけた。
「その怪しげな男は誰だい? なぜ精霊が運んでいる?」
アリッサが事情を説明するや、少年は今度はラインを睨みつけた。
「出たな! 悪伯爵め。自分の利益しか考えない人でなし!」
少年は私たちに身に覚えのない悪事を並べ立て、「僕がワイマーク伯爵領に平和を取り戻してやるんだ!」と息巻いた。
「どうやら、この少年に大嘘を吹き込んだ黒幕がいるようだな。アリッサ、一人で勝手に森へ向かうのは危険だ。今回の話を聞いて冷や汗が出たよ。しかし、妙だな。精霊たちはワイマーク伯爵家に害をなそうとする者は決して寄せ付けないはずなんだが」
「精霊は悪いことをしようとする者は必ず阻みますよ。悪巧みをたくらむ者には森の入り口を閉ざし、足を踏み入れさせないのです。ですが、正義を信じて森に踏み込む者がいれば……精霊も混乱してしまうのでしょう」
グスタフは目を細めながら言葉を続けた。
「この少年は、旦那様たちを極悪人だと信じて疑わず、正義のためにここへやってきた。だからこそ、森のウサギたちも気づかずに彼を通してしまったのかもしれませんな」
どうやら精霊も完璧ではないらしい。その証拠に、子ウサギたちはしょんぼりと肩を落とした子供のようにうなだれていた。その長い耳も垂れ下がり、まるで自分たちの失敗を理解しているかのように見えた。
「精霊さんたち。気にしなくていいのよ」
アリッサたちは刺客の少年を保護し、数日かけて真実を伝え続けた。最初は信じていなかった少年も、ワイマーク伯爵邸の使用人たちや薬草工場で働く村人たちと話をするうちに、徐々に誤解を解いていった。
「ごめんなさい。シメオンの言葉をすっかり信じ込んでいました。危うく、ワイマーク伯爵夫人に危害を加えるところだった。俺はどんなに金を積まれても、悪人しか手にかけないと誓っていたのに……あいつら、絶対に許せない!」
少年は憤りに満ち、雇い主に報復しようと今にも飛び出しそうだった。アリッサは冷静に、彼の怒りを宥めるべく言葉を紡いだ。
「もしかして、シメオンに報復を考えているの? それはやめてほしいわ。あなたは刺客には似合わないほどの正義感を持っているわ。その気持ちをワイマーク伯爵家のために生かしてみない? これから生まれてくる私の子の専属護衛騎士を、あなたにお願いしたいの。暗殺者としての経験があれば、この子を守るのに誰よりも頼りになるはずよ」
少年は驚き、信じられない様子で問いかける。
「俺みたいな者を? 紹介状も身元保証もない、ましてや騎士の家系でもない俺を、名門のワイマーク伯爵家が雇ってくれるの?」
「精霊もあなたを保証してくれているのよ。無理強いはしないけれど、私はあなたの正義感を信じているわ」
アリッサは微笑んで答えた。
「やります! 喜んで若様の専属護衛騎士になります。俺、隠密行動が得意ですし、陰で動くこともできます。必ずお役に立ってみせます! あっ、俺はレイモンです。どうぞよろしくお願いします」
アリッサは心強い味方ができたことを実感した。周囲では精霊の小ウサギたちがレイモンの周りを跳ね回り、仲間入りを祝っているかのように見えたし、お腹の子供も嬉しそうに感じられた。
一方、ラインはシメオンへの怒りを露わにしていた。
「シメオンがアリッサを狙うなんて、絶対に許せない。徹底的に調査して、彼の暗躍を暴く必要がある。アリッサ、しばらくの間は村に出かけるのを控えて、怪我を負ったふりをしてほしい。彼らに計画が成功したと信じ込ませるためだ。その隙に、証拠を集めることが必要だ」
「僕がやります! シメオンの信頼を勝ち得た後なら、探るのは簡単です!」
レイモンがすかさず申し出たのだった。




