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[コミカライズ決定]麗しい婚約者様。私を捨ててくださってありがとう!  作者: 青空一夏


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28 森に踏み込む不届き者たち

 ギャロウェイ伯爵家の騎士は、ニッキーから託され手紙をワイマーク伯爵家に届けるため、森の中へと進んでいった。手紙をしっかりと胸元にしまい込み、堅い表情で馬を進める。しかし、森に入ると、すぐに不思議な感覚が彼を襲う。静寂の中で、何かが彼を見つめているような気配を感じたのだ。


 しばらく進むと、騎士の周りに小さな白い影がちらちらと現れ始めた。七匹の白い子ウサギたちが、まるで遊ぶように跳ね回り、彼の進む道を遮りながら左右に飛び出してくる。騎士は眉をひそめ馬の手綱を引いたが、ウサギたちは楽しげに彼の足元をくるくると駆けまわった。


「なんだ、このウサギどもは……」


 騎士は苛立ちを隠せず、馬を急かすように鞭を振るった。しかし、ウサギたちはまったく気にする様子もなく、さらに大胆に近づいてくる。一匹のウサギは、ふわふわの耳をぴょこんと立て、騎士の前に立ちふさがるように座り込んだ。騎士が進もうとすると、ウサギたちは一斉にぴょんと跳び上がり、まるで誘導するかのように道を変えていく。

 

 騎士はその動きに戸惑い、どの道が正しいのか次第に分からなくなっていった。ウサギたちは時折、木の後ろに隠れ姿を消したかと思うと、再び違う場所から現れる。騎士はその姿を追おうとするが、ウサギたちは彼をからかうように、彼の行く手を遮り続けた。


 次第に苛立ちが限界に達した騎士は剣を抜き、ウサギたちを追い払おうとした。しかし、その瞬間、ウサギたちは一斉に森の奥へと消え去った。騎士が剣を振り下ろす前に、森は再び静寂に包まれる。

 

 騎士は荒い息をつきながら、再びワイマーク伯爵邸に向かう。しかし、どれだけ進んでも道が開けることはなく、森の中でただ同じ場所をぐるぐると回っているような感覚が彼を襲った。気づけば日が暮れ、あたりは薄暗くなっていた。


 ついに、騎士は道に迷ったことを悟り、仕方なく森を出ることを決意した。帰り道は驚くほど簡単に見つかり、ウサギたちが再び彼の前に現れ、今度は森の出口へと誘導するかのように道を示した。

 

 騎士は悔しさを胸に抱きながら、森を抜けていく。ニッキーからの手紙は、ワイマーク伯爵家に届くことなく、騎士の無駄足に終わった。ウサギたちは静かに森に戻り、まるで何事もなかったかのように消えていく。


 騎士は帰り道、ニッキーとサミーのことを考えていた。


(考えてみたら、いくら政略結婚とは言っても、生まれる前のお腹の子供をサミー卿の婚約者にするか? その子が年頃になる頃には、サミー卿は40近いおっさんだよ。自分の娘なら、いくら相手が大金持ちでも可哀想で嫁がせられない。辞めた・・・・・・俺はギャロウェイ伯爵家のお抱え騎士を辞めるよ。もっと、心のある主人を探すぞ)

 

 騎士はくるりと向きを変え、ギャロウェイ伯爵家に向かう道とは反対方向に消えていったのだった。




 ギャロウェイ伯爵家では、いつまで経っても騎士が戻ってこないことに、ニッキーは腹を立て悪態をついていた。

 

「くっそ! こうなったら、私たちで行こうではありませんか? サミー卿も誘って皆で行き、プレシャスを説得しましょう。なぁに、あの婚約はなくなったと言えば、すぐに帰ると言ってくれますよ。サミー卿が他の女性と婚約でもしたふりをすれば完璧でしょう」


「そうだな。あてにならん使用人たちに任せてはおけない。サミー卿と一緒に行くとしよう。ついでに、アリッサにもギャロウェイ伯爵家の利益になるよう動けと言わなければな。まったく、ギャロウェイ伯爵家の女たちは、ろくでなしばかりだ」


 ギャロウェイ伯爵がそう言うと、ギャロウェイ伯爵夫人が不満を言う。

 

「私はまともですわよ。ろくでなしは、娘のアリッサと嫁のプレシャスでしょう? 自分の義務を放棄して逃げ出すことばかりがうまくて。いつの時代も、女性は家族のために犠牲になるのです。それは当然受け入れなければならない事実なのですわ。私だって、かつてはあなたではない殿方に恋をしていましたが、家のために諦めてこうなったのですもの」

 

「なんだと? そんなことを言うのなら、私のほうこそ好きな女性がいたぞ。しかし、親の決めたお前と結婚するしかなかった。それが貴族というものだからな」


 夫婦喧嘩をはじめたギャロウェイ伯爵夫妻に、ニッキーはため息をついてたしなめる。


「父上も母上も夫婦喧嘩をしている場合ではないでしょう? ギャロウェイ伯爵家のいち大事ですよ? なんとしてもダイヤモンド鉱山の事業に携わり、莫大な利益を得るのです。常に発展しつづけなければ、周りから取り残されてしまいますよ」


「よし、わかった。皆でワイマーク伯爵領に乗り込むぞ!」





 ワイマーク伯爵邸の庭園は、朝の光を受けて緑が一層鮮やかに輝いていた。アリッサとラインは庭師のグスタフと共に、手入れの行き届いた庭を歩きながら、森やそこに住まう精霊たちについて話していた。


「森にはさまざまな伝説がありますが、その中でも特に有名なのは、精霊は森の動物たちに化けることがあるということです」

 グスタフは穏やかな声で続けた。

「彼らは森の守り手とされており、主と決めた人間に危機が迫ると現れると伝えられています。奥様が見た子ウサギたちはソフィアが言うように、間違いなく精霊たちですよ。奥様たちを守るために現れたのでしょう」


 アリッサはその言葉に共感を持ちながら、グスタフの話に耳を傾けた。グスタフは40代後半の男性で、がっしりとした体格だった。日焼けした肌に短く刈り込んだ黒い髪、そして鋭い茶色の瞳を持っていた。彼の手は大きく、常に土や植物の香りが染みついているように見えた。服装はいつも実用的な作業服を着ている。


 その時、庭の片隅からひょっこりと現れたのは、まさにその七匹の子ウサギたちだった。彼らは愛らしい姿で跳ね回りながら、アリッサに向かって一斉に駆け寄ってくる。


「精霊のウサギさん。こんにちは、今日も会えて嬉しいわ」


 アリッサは微笑んでウサギたちを見つめた。けれど、ウサギたちはただ遊んでいるわけではないようだった。彼らは必死に何かを伝えようと、アリッサの足元で落ち着きなく動き回り、時折アリッサの服の裾を引っ張るような仕草を見せた。


 アリッサは困惑しながらウサギたちを見下ろし、「何を伝えたいのかしら……?」とつぶやく。すると、グスタフがふと思い出したように言った。

 

「伝説によれば、ウサギたちの鼻のあたりにそっと触れると、彼らの気持ちが伝わってくるとされています。あるいは、頭に手を乗せるといいとも聞きました」


 アリッサはためらいながらも、一匹のウサギの鼻先にそっと手を伸ばす。その瞬間、アリッサの目の前に鮮やかな幻影が浮かび上がった。目の前に、森に侵入してくるギャロウェイ伯爵夫妻とニッキー、そしてサミーの姿が見えたのだ。アリッサは思わず顔を曇らせたが、すぐに子ウサギたちに優しい声で話しかけた。


「今は会いたくないわ。二度とこの地に立ち入らないように、追い払ってもらえる?」


 ウサギたちはアリッサの言葉に反応し静かに頷く。アリッサにはギャロウェイ伯爵家の人々に対する復讐の念はなく、ただ静かに過ごしたいという思いだけが胸にある。そして、それを理解してくれた子ウサギたちに、深い感謝の気持ちを抱いた。


「思いっきり怖がらせてやってくれ。あのような者たちは痛い目にあわないとわからないからね」

 ラインは子ウサギたちの頭を撫でながら微笑んだ。しかし、ラインにはアリッサが見たような幻影は見えない。


「精霊は主と認めた人間をどんな敵からも守るそうですよ。子ウサギたちと意志の疎通ができた奥様は、精霊たちの愛し子なのかもしれません。森の守り手である精霊の愛し子は緑の髪と瞳で生まれてくるそうですが、奥様は茶色の髪と瞳。もしかしたら、これから髪や瞳の色が変わってくるかもしれませんよ」

 

「え? 私が緑の髪と瞳になるの? ライン様、どうしましょう? 今の落ち着いた茶色の髪と瞳で充分ですのに、ライン様も同じ髪色ですし」

 

「アリッサはどんな髪色でも瞳色でも、とても奇麗だと思うよ。どんな姿になっても私の大事な妻だ。なにも心配しなくていいよ」


(だったら、緑の髪も素敵かもしれない。ライン様が奇麗だと思ってくださるなら、どんな色になっても構わない)


 愛されていることを実感しながら、アリッサは空を見上げた。澄み切った青空には雲ひとつない。精霊たちがギャロウェイ伯爵家の人々を懲らしめている一方で、アリッサとラインはガゼボでマルタ特製のお菓子を頬張るのだった。


 さて、精霊からお仕置きされることになったギャロウェイ伯爵たちは……

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