26 プレシャスの苦悩-2
占い師は黙って水晶玉に手をかざし、瞳を閉じる。静寂の中、彼女の口元が微かに動き、何かを呟いていた。やがて、水晶玉の中に淡い光が現れ、それがゆっくりと形を成していく。
「見えるわ……子供の姿が……」
占い師の声は部屋の中に低く響き渡った。
プレシャスは固唾を呑んで見守っていたが、ニッキーは興奮を抑えきれない様子で、「早くその先を言え!」と叫んでいた。
「この子は女の子です。奥様にそっくりの金髪碧眼の素晴らしい儚げな美貌をもつ、麗しい女性になるでしょう」
占い師は静かに告げた。その瞬間、ニッキーの顔は喜びで輝く。
「女の子か! やったぞ! 私が望んでいた通りだ」
彼は満面の笑みを浮かべ、プレシャスの手を握りしめた。
プレシャスはニッキーの笑顔に少し安心したが、それでも不安は完全には消えなかった。占いが終わると、ニッキーは満足げに席を立ち、プレシャスを優しく引き寄せる。
「でかした、プレシャス。行こう、これで安心だ」
ニッキーは占い師に感謝の言葉を述べ、大金を払った。プレシャスはなにか胸騒ぎがしてたまらない。
(なぜ、女の子であるということを、それほど喜ぶのかしら?)
不思議だった。通常なら、跡継ぎになる男子を望む夫が多いのに、ニッキーは初めから女の子を望んでいた。
数日後、サミーがギャロウェイ伯爵家を訪れ、プレシャスのお腹を無遠慮になで回した。
「このお腹の中に、私の未来の花嫁がいるのですね? ニッキー卿、喜んでこの新しい命を授かった女の子と婚約しましょう。プレシャス様にそっくりなら、素晴らしい美人になる。しかも、私よりずっと若い」
「まさか・・・・・・ニッキー様。この子とサミー卿では年齢が離れすぎです。あまりにも可哀想です」
「可哀想なものか! 大金持ちの家に嫁げるのだぞ。それに、サミー卿はこれほど麗しいのだ。きっと、この子も喜んで嫁ぐはずだ」
ギャロウェイ伯爵は大声でプレシャスをたしなめた。
「冗談じゃありませんわ! この子が年頃になるころには、サミー卿は40歳近いおじさんです! そんなこと、この私が許しませんっ!」
そう言ったプレシャスを、ギャロウェイ伯爵夫人が平手打ちする。
「嫁のくせに口答えは許しませんよ。サングスター男爵家など末端の家柄のくせに、口を慎みなさい。ニッキーはもっと高位貴族の令嬢と結婚させたかったのよ。プレシャスさんのような容姿だけが取り柄の女性に引っかかって大損よ」
「母上。これからプレシャスはたくさん美しい女の子を生んでくれますよ。そうしたら、政略結婚の駒として大活躍です。容姿はプレシャスに似て麗しく、頭は私に似て賢い。完璧ですよ」
「あぁ、そうね。せいぜい、女の子をたくさん生んでちょうだい。もちろん、男の子も生まなくてはなりませんよ」
プレシャスが絶望のどん底に突き落とされた瞬間だった。
(好きでギャロウェイ伯爵家に嫁いできたのではないのに・・・・・・ここでは、私の尊厳なんてない。子供を生むだけの存在なんだわ。今回ばかりは我慢できない。だって、私の娘がサミー卿の婚約者になるだなんて、ぞっとするわ)
プレシャスは実家に帰ろうと考えたが、すぐにその考えを打ち消した。サングスター男爵家はギャロウェイ伯爵家に刃向かう力はない。サングスター男爵家を継いだ弟は優しい性格だから、匿ってくれそうではあったが、迷惑はかけられない。
(どうしよう・・・・・・ギャロウェイ伯爵家の力と張り合える家格で、私を匿ってくれそうな方はいないかしら?)
プレシャスは友人の顔を次々と思い浮かべたが、どうにも匿ってくれそうな人物がいない。
(そうだわ。あの方なら・・・・・・迷惑をかけてしまうけれど・・・・・・きっと、あの方なら……)
「奥様、そのように多くの荷物を抱えて、どちらへ向かわれるのですか?」
翌朝、ギャロウェイ伯爵家の人々がまだ眠る早朝、プレシャスはそっと屋敷を抜け出そうとする。声をかけたのは、彼女の専属侍女だった。
「今までお世話になったわね。私はここを出て行くわ。さようなら」
「・・・・・・お気をつけて。奥様のお世話ができて光栄でした」
専属侍女はプレシャスに対する忠誠心と尊敬の念を抱いていたため、ギャロウェイ伯爵夫妻には知られぬよう、彼女の後ろ姿を静かに見送った。




