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麗しい婚約者様。私を捨ててくださってありがとう!  作者: 青空一夏


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21 マルタの料理は絶品

 アリッサの部屋はラインの部屋と夫婦の寝室を挟んで隣り合わせになっていた。扉を開け放していたので、お風呂上がりのラインの姿がアリッサの部屋からも見ることができた。肌が艶っぽく輝やき、知性的で精悍な顔立ちは男らしい。


「いつ見ても、私のライン様は素敵。ライン様の妻になれて世界一幸せだわ」

「それは私のセリフだよ。アリッサの肌が桜色に染まって、いつもの数百倍も可愛い。温泉は気持ち良かったかい?」


 アリッサたちの仲睦まじさを、控えている侍女やメイドたちは、微笑ましく見つめていた。手を繋ぎながら大食堂へと向かうアリッサとラインはお似合いの夫婦であった。


 食事はマルタ特製のラベンダー風味のハーブサラダから始まった。フレッシュな葉野菜に、薄くスライスされたリンゴとトーストしたアーモンドが散りばめられている。


「ラベンダーを使ったドレッシングは初めて食べるわ。爽やかでほんのりとした花の香りね」

「シャキシャキとした野菜の食感と、リンゴの酸味、ラベンダーの香りが絶妙に絡み合い、後味が爽やかだろう? マルタの特製ドレッシングはここでしか食べられないよ」

「でしたら、私はもう王都に行きたくないです。ずっと、ワイマーク伯爵領にいたいわ」


 メインディッシュは蜂蜜でキャラメリゼされた仔羊のローストだった。外側はカリッとしたキャラメル状の皮が美しく、ナイフを入れると内側からジューシーで柔らかな肉が現れる。仔羊の肉は繊細な風味が特徴で、蜂蜜の甘さと独特の香りが絶妙にマッチしていた。ふんわりとした食感と芳醇な香りが、食卓を豊かに彩った。


「美味しい! これほどジューシーな子羊は初めてよ。焼き加減がちょうどいいわ」

「だろう? マルタの料理はどれも絶品さ。王都で一番のレストランよりも上だと思うよ」


 次に出されたのは、松の実と干しイチジクがたっぷりと詰められた焼きたてのパン。外はカリッとしたクラスト(外側のかたくて焼き色がついた部分)が香ばしく、クラム(内側の白い部分)はふんわりと柔らかい生地でしっとりとした食感を楽しませる。甘酸っぱい干しイチジクが松の実のナッツの風味と相まって、口の中で自然な甘さとほのかな酸味が広がり、パン自体が主菜に劣らない存在感を持っていた。


「パンだけでもいくらでも食べられそうです。あぁ、きっと太ってしまうわ。どうしましょう」

「アリッサはもう少しふっくらしたほうが可愛いぐらいだよ。美味しいものを思いっきり味わっても大丈夫さ」


 ラインはアリッサがどんな体型になろうとも愛は変わらない、と言い切った。アリッサはこの際だから心ゆくまで食事を楽しむことにして、二つめのパンに手をのばす。


 サイドディッシュには、栗とカボチャのグラタンが用意されていた。濃厚なクリームソースに包まれた栗とカボチャは、ホクホクとした食感が口の中で心地よく広がり、甘さとクリーミーさがバランスよく調和している。仕上げに上から振りかけられたグラナ・パダーノの香ばしいチーズが、全体の味を引き締め、心地よい余韻を残していた。


 デザートはレモンのシャーベットだった。アリッサは小さな銀のスプーンでシャーベットをすくい口に運ぶ。冷たいシャーベットが舌の上で溶けると、ほどよい酸味が広がり一瞬にして口の中がさっぱりとした。


「ふふっ、これならいくらでも食べられそうね」

 アリッサは微笑んだ。


 仔羊のローストの濃厚な余韻が、シャーベットの爽やかな酸味で一気に洗い流され、食後の重たさがすっかり消えていく。口元に残るわずかな甘さとともに、アリッサは心地よい満足感に包まれ、自然と微笑みが浮かんだ。



「最初から最後まで、すべてが完璧なお味だったわ。こんな美味しいものを毎日食べられるなんて、夢みたい。社交シーズンなんて気にせず、このマナーハウスで暮らし続けましょう。今まで出席した夜会や舞踏会の料理なんか、比べ物にならないわ」

 

「それは良かった。マルタが聞いたら、きっと泣いて喜ぶだろう。ほら、どうやら食堂の隣の部屋でこっそりアリッサの感想を聞いていたみたいだ」

 

「奥さまぁ!  そんなにお気に召していただけるなんて、光栄でございます!  旦那様はこの味に慣れてしまって、あまり感動がないようですから、作りがいがなかったのですよ。大奥様や大旦那様もお味にこだわらない方でした。でも、やっと私の料理を心から味わっていただける方が現れたんですね。これで、ますますやる気が湧いてきましたっ!」


「大旦那様って、ライン様のお父様ね。私はまだお会いしていないけれど、このお屋敷にいらっしゃるのかしら? ご挨拶もしないで、申し訳なかったわ」

 

「父上は爵位を私に譲ってからは、さきほど通って来た村の川沿いにある別荘で、少数の使用人たちと供に暮らし、釣りを楽しんでいるよ。近くの釣り好きの領民たちとも、とても仲がいい」

 

「じゃぁ、ライン様のお母様もそこにいらっしゃるのね? 日を改めて、近々ご挨拶に行かないといけないわね」

 

「実は、母上は魚介類の料理を食べたあのトラスク公爵領に住んでいるのだよ。トラスク公爵は芸術家の育成、保護をなさっていて、芸術家のために広大な土地を割き、彼らが自由に創作活動に専念できる環境を整えていらっしゃるからね」


 トラスク公爵領には画家や彫刻家、音楽家といった様々な分野の才能が集い、互いに切磋琢磨しながら作品を生み出していた。トラスク公爵はその才能を見極め、優れた作品に対しては惜しみない支援していたのだ。

 温厚でありながら、文化と芸術の発展に尽力するその姿勢は、多くの貴族や芸術家たちから深い尊敬を集めており、まさに文化の守護者として広く知られていたのだった。


「そうだったのね。あの時、ご挨拶に行けば良かったわね」

「いや、行かないほうが良かったんだよ」


 ラインが意外な返事をする。アリッサは思わず首を傾げたのだった。







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