15 やり直しの結婚式
「国王陛下、私たちはこの国の未来を案じてここに参りました。ライン卿の医薬品がどれほどこの国に貢献してきたか、あなたもよくご存じのはずです」
先王もまた、その場の空気を引き締めるように、ゆっくりと前に進み出る。
「わしと王太后の持病には、ライン卿の開発した医薬品が必需品となっておる。しかし、わしたちは自分のためだけに来たのではない」
先王は国王を鋭く睨みつけながら続けた。
「ライン卿の医薬品が手に入らなくなれば、どれだけの人間が困るのか。国王として、その重大さをよく考えなかったのか? 目先の利益だけに囚われて、なんと情けない」
さきほどまで威厳たっぷりに構えていた国王の姿が、先王の言葉によってひとまわり小さく見えた。広間は静まり返り、人々は固唾を飲んでこのやり取りを見守った。国王は王太后、先王、ライン卿を順に見つめた。
「ライン卿。あなたは誠に爵位を返上し、この国を捨てると申しているのか?」
国王はついに声を発したが、その声には焦りと迷いが混ざっていた。ラインは毅然とした態度で答える。
「国王陛下、ワイマーク伯爵家は代々ゴドルフィン王国のために尽くしてきましたが、今後もその意志は変わりません。しかし、もし私とアリッサ嬢との結婚を阻まれるのであれば、私は国を去る覚悟です。喜んで私を受け入れてくださるという、諸外国からの書簡も届いております」
近隣諸国の王家の紋章をあしらった公式書簡をいくつも掲げたラインは、これが脅しでないことを証明した。その言葉に、広間全体が静まりかえる。先王と王太后は国王を見つめ、彼が下すべき正しい判断を待っていた。大物貴族たちは彼らが愛用しているラインの医薬品や化粧品を失う恐怖で青ざめた。
「ダイヤより薬だろう? ダイヤは身につけなくても死なないが、医薬品がなくなったら命にかかわる」
「ライン卿の化粧品が手に入らなくなったら、大変なことですわ。あの魔法のように肌が潤う化粧水やクリームは貴婦人の必需品ですわよ」
大物貴族たちの動揺は凄まじかった。高位貴族になればなるほどワイマーク伯爵家の医薬品や化粧品を愛用しているし、その効能は他の物とは一線を画すほどに素晴らしかったのだ。大騒ぎになり始めた頃、王太后が優しく、しかし決然とした声で国王に訴えかけた。
「この結婚は国のために、絶対に阻止しなければなりません。ライン卿を失うことは、この国にとっての破滅を意味します。あなたが下した愚かな王命裁定を、今ここで取り消すべきです」
「つっ・・・・・・母上・・・・・・承知しました。ここに余は宣言する。アリッサ嬢とサミー卿の結婚を無効とし、アリッサ嬢とライン卿との結婚を承認する!」
王命裁決が覆された瞬間、アリッサの凍っていた心がゆっくりと溶けていく。アリッサに向かって静かに歩み寄り、その手を取ったラインにアリッサは抱きついた。
「もう心配はいらないです。一生、私はアリッサのそばにいます」
アリッサにとって、ラインの言葉は誰よりも信じられる。
「ライン様・・・・・・私、サミー卿とは絶対に結婚したくありませんでした。この前言った言葉は嘘です」
「もちろん、わかっていましたよ。私が罪に問われることを恐れたのですよね? だが、もう大丈夫です」
途端にアリッサの世界がバラ色に染まった。色をなくした景色が再び鮮明に輝く。アリッサとラインが手を取り合うと、先王と王太后が拍手をし始めた。それに倣い、他の貴族たちからも拍手が巻き起こる。
「結婚式の仕切り直しをしよう! これから、神聖なる結婚式を執り行う。ワシと王太后がこの式の進行役となろう。さぁ、今一度、大聖堂に!」
先王の呼びかけに貴族たちの歓声があがった。
「お待ちください。アリッサにふさわしいドレスを持ってきました。アリッサ、そんな下品なドレスはサミー卿にさっさと返したほうがいい。私が用意したウェディングドレスを着ておいで」
ラインの後ろに控えていたワイマーク伯爵家の侍女が持っていたのは、アリッサらしいドレスだった。シンプルでありながらも高級感が漂う純白の生地で仕立てられており、そのドレスは滑らかで光を柔らかく反射する。装飾は控えめながらも、繊細な手仕事による刺繍が胸元と袖口に施されており、細やかな花々が描かれていた。
「この刺繍は植物や草花をモチーフにしていて、ライン様の私への思いが込められているみたい。腰から裾にかけて柔らかく流れるシルエットがとても綺麗ね」
アリッサは王宮内の控え室で、侍女に着替えるのを手伝ってもらいながら、ドレスの生地を愛おしそうに撫でた。
「はい、とてもお似合いです。歩くたびにふんわりとした動きを見せるのも可愛いですし、旦那様がアリッサ様のために特別にみずからデザインしたのですよ」
侍女はラインがアリッサをとても大事に思っており、ウェディングドレスも心を込めて準備していたことを教えてくれた。アリッサの頬が嬉しさで緩む。着替えをすませ更衣室を出ると、ラインが扉の前で待っていた。
「思った通り、とても似合いますよ。アリッサは清楚で綺麗だから、上品でシンプルなドレスが一番似合うと思ったのです」
「はい、ライン様が仕立ててくださるドレスは、私に一番似合いますわ。けれど、以前いただいたドレスはお母様に捨てられてしまいました。ごめんなさい」
「気にしないでいいのですよ。さぁ、私たちの式を挙げましょう。これからが、本当の結婚式です」
たくさんの貴族たちの祝福を受け新たな結婚式が始まったが、そこにギャロウェイ伯爵夫妻やニッキーの姿はなかった。サミーも姿を消していて、プレシャスだけは嬉しそうにアリッサを見守っていた。
「本当に良かったですわ。あのままサミー卿の奥方にならずに済んで、心からほっとしています。ライン卿、どうかアリッサ様のことをよろしくお願いいたします。アリッサ様は、私にとって実の妹のような大切な存在なのです。私がギャロウェイ伯爵家に嫁いできた当初から、何かと良くしてくださったのですもの」
「プレシャス様、ありがとう。私もあなたがお義姉様になってくださったことで、たくさん助けられました。家族に心ないことを言われた時に、必ず庇ってくださったわ。このご恩は一生忘れません」
アリッサはプレシャスの手をしっかりと握り、感謝の気持ちを伝えたのだった。
アリッサは王宮の大聖堂の中央に立ち、心からの安堵と幸福を感じていた。ステンドグラスから差し込む柔らかな光が、白いウェディングドレスに虹のような輝きを映し出している。ついさっきまでの絶望はすっかり消え去り、嬉しさと喜びで心がはち切れそうだった。
アリッサの隣には、ラインが静かに立っている。彼の瞳には穏やかな愛情と深い敬意が宿っており、その眼差しを受けるたびにアリッサの胸は温かく満たされていく。今この瞬間、彼と共にいることが何よりも自然で、運命のように感じられた。
進行役を務める先王と王太后は、堂々とした態度で式を取り仕切っていた。先王の声が大聖堂に響き渡り、誓いの言葉を促すと、ラインはアリッサの手をしっかりと握った。
「アリッサと出会い、私の世界は光で満たされました。どんな時も守り、いつもアリッサが笑っていられるように、私のすべてをかけて誓います。アリッサは私の大切な人であり、私の未来のすべてだ」
ラインの声は誓いの言葉として、しっかりとした決意が込められていた。アリッサは涙を浮かべ、胸に響くその言葉を聞きながら、彼女もまた誓う。
「ライン様、私はあなたに出会って、初めて本当の幸せを知りました。あなたの側で、どんな困難も乗り越えていく覚悟です。あなたを愛し、尊敬し、いつも支え続けます。あなたの笑顔が私の喜びです。これからのすべての瞬間を、ライン様と一緒に分かち合いたいです」
二人の声が重なり、大聖堂じゅうに温かな空気が広がる。プレシャスは感動で目を潤ませながら、二人を見守っていた。
アリッサはラインの手を握り、誓いの言葉を交わした瞬間、全身に幸福感が満ちあふれるのを感じた。大聖堂の輝かしいステンドグラスから射し込む光が、アリッサの心の中まで温かく照らし出していた。
(こんなに幸せを感じる瞬間が来るなんて……)
アリッサはついさきほどまで、愛のないサミーとの結婚に悩み、家族からの期待で押しつぶされそうになっていた自分を思い出す。だが、今隣にいるラインがその全てを覆し、新しい人生を切り開いてくれた。ラインの存在が、アリッサにとって生きる意味であり、彼と一緒にいられるだけで十分に満たされている。これから始まる新しい日々が、どれほど幸せで輝かしいものになるのかを想像すると、自然と微笑みがこぼれた。
二人が誓いの言葉を交わしその余韻が空間に広がる中、先王が立ち上がりアリッサたちを祝福する言葉を述べた。
「この結婚は、真の愛と信頼に基づくものだ。この国の未来を共に築いていく二人に、幸多きことを願う」
大聖堂の鐘が鳴り響き、二人の結婚が成就したことを告げると、アリッサはその音に包まれながら、ラインと共に新たな一歩を踏み出した。多くの貴族たちに見守られ、アリッサはこれまで感じたことのない安らぎと喜びを噛み締めていたのだった。
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※まだまだ、続きます。次は子ウサギの妖精がでてきます。ざまぁは、もう少し先です。