2日目
アイリが戻ったのは宣言通り日が傾き出した頃だった。
ダンは結局これまでの習い性か、昼寝が終わったら簡易的だが熱燻製機を作り、昨日仕留めた動物の肉を保存食化する。
塩をケチったので多分そんなに長くは持たないが5日も持てば良いだろうと思って作っている。
本当は乾燥や味を染み込ませる工程が必要だが、それ用の調味料も素材もない。
キレイに洗って魔法で加工した石皿の上に出来上がったものを置いて燻製の煙臭を飛ばす。
悪くない出来ではないだろうか。などとあり合わせの素材で作った燻製もどきを眺める。
聖剣も手入れ用の布で拭いて汚れがついていないか確かめる。
聖剣の刀身が錆びるというのは聞いたことがないが、後付けの装飾品などは錆びるだろうし手入れしておくに越したことはない。
ダンが一通りのメンテナンスを終えて、雨で手を洗っているとアイリが帰ってきた。
「ダーン、戻ったわー」
かすかな声に顔を上げると
先ほどの雨合羽代わりの油紙を傘のようにして、大きな旅行カバンを引きずりながらえっちらおっちら歩いてくるアイリの姿が見えた。
集落はこの近くにあるのかどうなのか、あんな調子で良くもまぁ危険な目に遭わなかったなとおもう。
「おかえり、降りるからそこで待っていろ」
外套を羽織って雨の中、段差を降りてアイリを迎える。
「ありがとう、ダン」
「あぁ戻るぞ」
アイリを手の平に座らせて胸に抱えるようにして跳躍する。
魔法の作用でふわっと着地したダンにアイリはパチパチと拍手した。
「すごい風になったみたいね」
「アイリは魔法で空を飛んだりしないのか?」
「身体強化魔法や攻撃魔法はあるけど、そんなにやたらめったら使うものじゃないわ
私も多少は使える方だと思うけど特に森の中では温存するのが常ね」
「そういうものか」
「そういうものよ。
それに体の大きさは魔力の内在量や取り込み量に影響するでしょ?」
「そういうものなのか」
「魔法の基本でしょ?先生や師となるひとはいなかったの?」
「気が付いたら使えたからな。騎士や聖騎士になってからはそういう勉強はしなかったし」
「あきれた、さぞ名高い師についたのかと思ってた
自学でその練度は相当に大変な努力が必要だったでしょう」
「そうかもしれん」
アイリはシルクのハンカチをまだ体にまとっている。
部屋の中に戻ってからは水気がついた油紙の水を払い、カバンをドンと下ろしてその上に座る。
顔をよく見ると化粧をしている。
アイリは白いシルクのドレスのその上に黒色の上着を羽織っている。
何処の貴婦人が旅行に行くというのか。
「着替えるから」
と彼女は少しぶっきらぼうに言った。
「見ててもいいけど」
ジロリとこちらを試すように見る。
「じゃぁ遠慮なく」
私は聖剣を杖のようにして座っている椅子から前のめりに彼女を見た。
「そっか」
彼女はカバンの横につってあった小さな革靴を履き、
代わりに履いていたサンダルをカバンの横につるした。
干してあったままになっていた昨日の衣服についた砂を払いをカバンに詰め、
カバンからくすんだ白い下着を出してシルクのハンカチを脱いで着替える。
「やっぱり肌触りが全然違う。
なんていう生地なの?」
「シルクと言うんだこれ以上に肌触りの良い生地はまだ世界にないんじゃないかな」
「へぇ。」
そして下着のままで私が先ほどついでに作った机の上に50センチ四方ほどの麻布を絨毯のように敷き、
そこに小さな椅子や机を置いていく。
それらすべては彼女が持ってきた(彼女にとっては)大きなカバンから出たものだ。
「なんで下着のまま?」
素朴な疑問を投げる。
「その方が嬉しいかと思って」
「確かに眼福だけど、着飾った姿も見てみたい」
「そう?」
アイリはすごすごとカバンを物色し胸元が開いたワンピースを着る。
よく見るとスリットが入っていて足もちらちら見えている。
「生着替え、楽しんでいただけましたでしょうか?」
「なんか俗物的だな君は」
「乙女の着替えを凝視する騎士様に言われたくないんですけど~」
「確かにそうだ」
ダンはハハっとわらった。
アイリは笑顔を返したあと髪を器用に後ろ手に束ねてよし!
と言うふうに両手を腰にして荷物を確認している。
彼女の荷物は先ほど机に置いたいくつかの家具。
それに何組かの着替えと彼女が扱える大きさのショートソード。
裁縫具類それに幾つかの小瓶たちと何かの調合道具類。
彼女のサイズの食器類。
小さな(彼女との比率からすれば大きな)カバンは中がぼやけておりその中には彼女の持ち物が無数に漂っているように見える。
こういうところは魔法の種族っぽいよなとうんうんとうなずいてしまう。
彼女は机の上で自分のスペースを作って
干してあった洋服類も砂を払ってカバンにしまい込む。
ダンの目線に気づいたのか
「このハンカチもう少し借りていてもいい?」
綺麗にたたまれた一枚のハンカチを抱きしめながら上目遣いで聞いてくる。
「あぁ、いいよ」
多少の躊躇はあったがあまりに愛おしそうに生地をなでているので許可してしまった。
「ほんとう!嬉しい!ほんとよ!ありがとう!ダン!」
アイリはギュッと自分を抱きしめるようにシルクのハンカチを抱きしめなおす。
そこからアイリはご機嫌だ。
アイリは鼻歌交じりに焚火の近くに棒で器用に雨水の入ったポットを近づけ湯を沸かしてお茶を入れる。
100mlはいるかどうかのポットから少し分けてくれたが、大匙2~3杯ほどのお茶はフルーティな味がした。
昨日の肉の代わりに燻製を焼き、食事をしながらアイリとダンは他愛もない身の上話をする。
アイリは両親が早くに無くなって兄以外に肉親はおらず、村から出ていくことは確定だったことや、排他的な村の風習なんかもそうだ。色々と話してくれた。
私も簡単な生まれや両親のこと話した。
話していてアイリが良い奴で、一緒にいて不快感の無い女性だということはわかった。
だから彼女が本気なのか確かめたくなった。
「アイリーニア。
ここから先は真剣なこれからの話をしようと思う。」
「うん」
アイリは向き直る。
「君は私に嫁ぐとか、これから旅を共にすると言うが」
「はい」
「旅を共にするのは構わない。」
「それは嫁入りは駄目と言うこと?」
アイリが言う。
「駄目とは言わないが、
君と僕では子供が為せないだろう」
「なっ!」
アイリはぎょっとした顔をする。
「考えてみろ。
私の男性器は君の半分くらいあるぞ。
いや半分は言い過ぎか」
アイリは真っ赤になる。
「そんなに・・・、ちが、それは・・・そうだけど・・・」
「正直、私は聖騎士になった時点で結婚をあきらめていた。
だが、結婚したからには嫁をできる限り抱きたい」
「・・・・うん」
「それはもう壊れる手前まではいく」
「・・・はい」
「だがそれは無理そうじゃないか。
君と言う存在は得難いものだが、
実質的なところで生殖相手として不可能ではないかと見受けられるんだ」
「この問題は解決できなくはないか?」
相手は50センチほど。こちらは170センチほどだ。
さすがにやばいのはよくわかる。
「できるよ。私たちはほんとの姿じゃないから」
アイリは両手を前に出して言う。
「手を貸して」
左手を出す。
「魔力を練って」
アイリが両手で人差し指を抱え込んで口付ける。
言われた通り魔力を彼女が触れている指あたりに集中させると、
体内で圧力を増す魔力が媒体無しに急に体外へ誘引されるような感覚を覚えた。
次第にアイリが触れていた唇が指の周囲を覆い、舌が指先をなめるまでになる。
そして、範囲殲滅魔法を使うくらいの魔力消耗の後、アイリは一端のエルフの躯体になっていた。
「どう・・・嫌じゃない?」
「驚いた。おとぎ話でも見たことないよ」
アイリは躯体バランスそのままに背丈150センチ後半の細身の女性の体に変化している。
もちろんご立派なプロポーションを維持したままだ。
顔の造形や四肢はそのままだが、髪は銀よりの金髪からクリーム色っぽい色に変わっている。
肌も少し色素が入ったように見えるだろうか。
「もらった魔力の性質の影響を受けるの、あなたの髪色が少し混じったみたい」
少し照れながらそう言った。
立ち上がった彼女は当然全裸で彼女の着ていた衣服は破れてしまっている。
自らの体をたしかめながら彼女は続ける。
「魔力を吸えるだけ吸ったからこれが私の本来の大きさ。
こじんまりしててごめんね・・・・」
うつむく彼女はこじんまりとは死んでも言えない立派なものをお持ちだ。
彼女が動くたびに確かにこちらを誘惑している。
「そんなことはない。
失礼なことを言っていたようですまなかった」
急に体が大きくなったことの弊害なのかアイリがバランスを崩してダンの懐に倒れこむ。
「魔力が濃くて・・・初めてこんなふうになった」
「これはどのくらいもつんだ?」
「大きさを保つだけなら1か月は大丈夫。
魔法で戦うとかそういうことを考えるとすぐ元に戻っちゃうかも」
「そうか、このぐらいの魔力なら毎晩でも供給できるから言ってくれ」
「うそ・・ほんとに?」
私は軽く相槌をうつ。
小さくヤッタと聞こえる。
彼女曰く、妖精とまぐあった彼女の先祖のエルフには呪いがかけられてしまい、
本来魔法が使える高等生物は体内の魔力量がある程度減少しても生物としての在り方自体は変わりないのだが、彼女らは魔力量が減ると呪いへの抵抗力が低くなってしまい、
妖精の姿に体を変えられてしまうようになったそうだ。
小柄が好まれる村の風習や代を追うごとに魔法力の生成量が減ることで今は40~60センチほどの姿で日常を過ごす種族となったらしい。
はぁ、種族として固着化するということは・・・
そういう性癖のやつが・・・一定数いたんやろな・・・
変態の末裔・・・そんなふうに思ってしまったことはアイリには伏せておこう。
伏していたと思ったアイリは妖艶な表情で私右肩と胸板に手を置いて言う。
「これで、問題ないと思うのですけど、騎士様・・・」
確かに動転していたが相応の大きさである。
「年は」
「今更?19歳よ人間の数えでね」
「寿命は?」
「130歳は生きるわね」
「私も祝福を受けた身だ、寿命は長いに違いない」
「助かるわ、さみしいのは嫌だもの」
アイリがダンの服の胸元の紐を緩める。
「人間の文化では婚姻の儀式はするがそっちは?」
「今やってるじゃない」
「・・・・・そうだったな」
すっかり忘れていた。やっぱり事故が起こりやすいシステムすぎるだろう。
「そういえば・・・」
顔を赤らめつつアイリが聞く。
「なんだ」
「男の人って魔法を使いすぎると立たないって聞いたんだけど・・」
「自慢では無いがあのくらいならあと100回は出せるぞ」
「わぁお」
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鳴りやまない雨の轟音が森の中に響いている。
雨はさらに2日ほど続いた。
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外套にくるまりながら焚火の炎に当たる二人。
幸せな笑みを浮かべて目を閉じるアイリにダンが語り掛ける。
「衣服はどうする」
目を閉じたままアイリは言う。
「新しく調達するしかないかな・・・
もう私の里に人間サイズの衣服はほとんど残ってなくて・・」
「そのままで出歩くわけにもいかないだろうから、
一端私の雑納の中に隠れて人里で服やで手ごろなものを買うことにしよう。
さすがに自分の女に裸で出歩かせたくはない」
アイリはボソッと
「あんなに獣みたいに求めてきたのに今更紳士ぶっちゃって」
とぶー垂れる。
「なんだ?」
ダンが片方の眉を上げながら聞く。
「うんうんなんでもない。
それがいいと思う。
でも、服は多分高いとおもうけど」
「意匠は違うが銀貨ならある、2~3着は買えるのではないかな」
雑納からいくつか銀貨を出す。
そのうち一つをアイリはとって火の光にあてながら見上げる
「ハンカチもそうだったけど、これも純度が高い銀ね
鋳つぶして測り両替してもらった方がかえって価値が出そうよ」
「そうなのか、こちらでは普通の貨幣だったが」
「うん、お兄が旅好きでよく話を聞いたの。
あ!そうだ!金具屋や鍛冶屋に売る手もあるかも!
まとまった量があれば路銀には困らないんじゃないかしら!」
キャーと言うふうに銀貨を握りしめてダンの上でくねくねするアイリ。
急に子供っぽい仕草をする。でもダンの目の前にぶら下がるの光景は全然子供じゃない。
「喜んでいる妻の姿を見ていたらがぜんやる気が出てきたな」
彼女の腰に手を添える。
「ひぇ、これ以上はおばかになっちゃうから!め!」
「雨が降っている間二人は求めあうのだろう」
「それちょっと意味合い違うから!風習じゃないから!まって」
「だめだ」
「はぅ!だめ!魔法使えなくなっち”ゃう”っがらっ!だめ!」
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後で知ったことだが、エルフの婚礼は雨が降っている間は部屋に籠って二人の愛を語らいあうが
四六時中合体しているわけではなく、時に語らい、まどろみ。詩を編み、魔力を絡めて同じ時を生きる準備をするというそこそこに結構ロマンティックな風習であって
雨が降っている間は声があんまり外に聞こえないからヤリまくるぜ。
みたいな子孫繁栄物語的な話ではなかったし後でしこたまダンは怒られたのである。
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